異転流転 12



 の気分は復活しているが、かといって何をする事もなく、ただ行く道をぼうっと眺めていた。
 片手は悟空に繋がれたままだが、動いていないので別段動き辛いとも感じない。
(……あの声の人は、誰だったんだろうなあ)
 ぼーっとしつつ、酷い頭痛がしていた時に聞こえた声について考える。
 凄く悟空の声に似ていた気がするけど、悟空はあんなに声低くないし。
 瞳を閉じて思い出してみると、凄く温かな気持ちになる。
 とても大事な人だった気がした。
 悟空は、瞳を閉じてなにやら考えているを見、頬を膨らませた。
 凄く幸せそうな顔で、けれどもそれは自分に向けられたものではないと、何となく分かって。
 どうして腹が立つのかは、彼には分からなかったけれど。


 現在までに集まっているドラゴンボールは6つ。
 残りの後ひとつに向かう途中、ガソリンが切れそうだったため、最寄の町へ寄る事にした。
 レンガ造りの家が立ち並ぶ町で、樹木の代わりに大きなキノコが町中に生えている。
 凄い町もあったもんだ。
「さて、燃料燃料……あった」
 ウーロンがガソリンスタンドに車を停める。
「満タン頼むぜ。液体プラニウムな」
 ブルマは買い物のために、1人で町へ歩いて行った。
 周囲の人間が、なにかに怯えている気がして、はその『怯え』の原因を探す。
 すると――
「……ウーロン、なんだかブルマ、怯えられてない?」
「そうなんだよなあ。あいつ、自分で気付いてないのか?」
 ブルマを見て、人々は怯えている。
 どうしてだろう?
 訳が分からない。
「ど、どうも。満タン入りました」
「金持ってる奴が戻ってきたら、支払するからよ」
「い、いえっ! そんな、お金なんていりませんっ!!」
 ……は?
 お金がいらない??
 どういう良心的な店員――というか店だろう。
 貧相に見えて、施しをくれたという感じでもないし。
 怖がっている所を見ると、多分、ブルマが関係しているのだと思うけれど。
 釈然としない感じでいると、悟空がの手を引いた。
「ん?」
「もう平気か?」
「うん、だいじょぶだよ。悟空、そんなに心配しなくても平気だってば」
 悟空は目を細め、じーっとを見る。
「……なぁに?」
「別に。おめえ、頭いてえって言ってる時、誰かの名前呼んでたからさ」
「え、誰の名前」
 知らねえと返され、首を捻る。
 悟空の知らない人の名前なのか、それとも聞き取れなかったのか。
 寝言みたいで少し恥ずかしい。

 暫くして、ブルマが戻ってきた。
 バニーガール姿ではなく、普通の服(といっても、ちょっと民族系だけども)に着替えていた。
 途中で色々買ってきたようで、悟空には肉まんを、にはカットされたリンゴを買ってきてくれた。
 悟空はから手を離し、肉まんをモムモム食べ始める。
 もリンゴを食べ出した。
「うめぇ」
「おいしい」
も肉まん食うか?」
「うん。はい、リンゴあげる」
 交換して食べっこする。
 2人で並んで食べていると、ブルマがくすくす笑った。
「あんた達、ほんっとにいいペアよねえ」
「「?」」
 何がおかしいのか、分からないと悟空は、互いに顔を見合わせた。

「ケッ、不味いリンゴだぜ」
 決して悟空が言ったわけではない。
 通りの向こうからやって来た、ウサ耳をつけた2人組みのうち、1人が言ったのだ。
 浅黒い肌をしたウサ耳バンドをつけた男は、食べ物の入ってる箱を蹴り飛ばし、色白の方が別段なにもしていない男性にイチャモンをつけている。
「なんだあいつら。ガラ悪いな」
 ウーロンが呆れたようにしていると、男2人はブルマを見止めてやって来た。
「おいそこの女、ちょっと俺たちに付き合ってもらおうか」
「ふん、なによあんた達」
 胸にウサギのワッペンなんて貼っているくせに、本当にガラが悪い……。
 当人たちいわく、泣く子も黙るウサギ団らしいのだが。
 なるほど、だからさっきブルマのウサギ耳を見て、怖がったんだなあ、町の人たち。
「せかくだけど、あんたたちに付き合ってる暇なんて、これぽっちもないわ!」
「ほう、えらく威勢がいいな。長生きしたくねえのか」
 チャキ、と音を立てて銃を出し、ブルマを脅す。
 がきょとんとそれを見やっていると、ブルマがため息をついた。
「孫くん、この人たち悪者だから、やっつけちゃっていいわよ」
「うん、そうだな」
 すっかり肉まんを口に放り込んでから、にぃっと笑う悟空。
 特筆する事もないぐらい、あっさりとウサギ男2人を倒す。
「あー! 久しぶりに闘ったからキモチいいな〜」
「悟空って、ほんとに闘うの好きだよね」
 が車の縁に顎を乗せて、はふ、と息を吐く。
 すると、浅黒い肌をした男がなにやら無線で誰かに呼びかけていた。
 途端に逃げ出す周囲の人々。
 阿鼻叫喚とまではいかないにしろ、凄い悲鳴を上げてみんな家の中に籠もってしまった。
「……みんな隠れちゃったね。どうしたのかな」
 きょろきょろ周囲を見回すけれど、人っ子ひとりいない。
「今すぐオヤブンが来るぜ! おまえらもうお終いだ、人参になって食われちまうがいいぜ!」
 人参?
「悟空、あのひとたち、頭大丈夫かな」
「打ちどころ悪かったんかな?」
 情け容赦のないと悟空の言葉に、男2人がきーきー言っていると、遠くから車が近づいてきた。
 どういう趣味か分からないけれど、ドアの所に兎と書かれ、車そのもののディテールは兎型。
 車に耳がついている。
 なんの意味があるんだろう……芸術?
 扉が開き、中から、
「うわぁ、ほんとに兎が出てきた! ウサギ車からウサギ! 飼育場!」
 服を着たウサギが出てきた。
 もっとも、この世界は犬型の人がいたりとか、の世界とは相当違うのだけれど。
「オヤブンー!!」
 ウサギ団男2人がオヤブンと呼び、ウサギに駆け寄っていく。
 ブルマは思わず吹いた。
「ぷぷっ、あれがウサギ団のオヤブン? ばっかじゃないの」
 オヤブンは飛び上がり、ブルマの前に来ると、すっと手を差し出した。
「握手しましょう」
「……ふんっ。誰があんたなんかと握手するもんですか!」
 ぱしん、とブルマがオヤブンの手を触る。
 すると――瞬きの間にブルマの姿が、人参になってしまった。
「あーーー!!」
「げげげ! ブルマが人参になっちまった!!」
 オヤブンはブルマ人参を手に持ち、ひひひと笑う。
 素手で向かおうとする悟空に、が如意棒で闘うように言う。
 如意棒を介してならば、素手で触った事にならないだろうから、人参にならないはずだ。
 悟空人参なんて、冗談じゃない。
「とりゃーー!」
「まま、待ちなさい! この人参がどうなっても構わないのですか!!」
「き、きったねえな、ちくしょう……」
 は困り、何か手がないかと考えていると、ウーロンが不穏な動きをした。
 彼がエンジンをかけたのに気付いて、は慌てて車から降りる。
 ――しまった、ピーピー言うんだった!(ウーロンは現在ピーピーキャンディー効果で、ピーピー言われると下痢になるんだよね)
 が降りると同時に、ウーロンは素早く逃げ出す。
「あ、あんにゃろ……また逃げ出しやがったなっ」
「ほっほっほ、楽しいお友達だねえ」
 オヤブンが憎たらしく笑う。
 ブルマ人参がオヤブンの手にあるうちは、悟空は闘えない。
 ……なにか、なにかできない?
 は考えに考え――何も思いつかなくて。
「……悟空、後よろしく!」
「へ? ……おめえ、なに……うわ、ばかっ!!」
 女の子だからと油断していたのか、駆け寄ったに頓着せずにいたオヤブンの耳に思い切り噛り付いてやった。
 口の中にもさもさした毛の感触が……。
「ぎゃーー!」
 痛がってもがくオヤブン。
 その隙にブルマ人参を奪おうとして――微かにオヤブンの手にふれたような気がした。
 そこからの記憶がない。

 気づいた時、は地面の上に座っていた。
 ぼーっと周囲を見回し、自分の両手を確認し、うーんと伸びをする。
!」
 怒ったように名を呼ばれ、呼んだ人物――悟空に視線を向ける。
 どうしてそんなに怒ってるんだろう。
 そして、ブルマ人参は……と首を回し、無事に戻ったらしく、隣に同じように座っていた。
、なんであんな無茶すんだよっ」
「無茶だったかなあ」
 かりかり頬を掻く。
 考えてみると、確かに無茶だったかも知れない。
 ……っていうか、バカだったかも。
「ご、ごめんね……でも、悟空の力になれるかなあって……」
 思わず正座する
 彼は彼女を立たせると、手を引っ張って車に乗った。
「ヤムチャが助けてくんなかったら、食われちまってたかもしんねえんだぞ」
「へえ、ヤムチャさんが助けてくれたんだ」
 悪い人だと思ってたけど、そうじゃなかったみたい。
 悟空は口を引き結ぶ。
「……悟空?」
「…………なんでもねえ」
 それ以上何も言わないでいる彼。
 は首をかしげた。
 ふと前を見ると、ブルマとウーロンがニヤニヤしている。
「どうしたの、2人して」
「べっつにー。なんでもないわよ」
「そうそう、なんでもないぜ」
 ……?



2007・10・23