異転流転 11 幾分か時間をかけて、子ガメラ騎乗の酔いから復活した亀仙人は、改めてフライパン山を見る。 山の裾野から大分近い事があって、火の熱が、時折突風のように身体を吹き付ける。 顔が熱くて、はなんとなく頬を擦った。 確実に触っている手の方が冷たい。 亀仙人は牛魔王に、宝を守るために人を殺生している事を咎め、今後そのような事をしないと約束させた。 普段は凄く軽そうな人なのだけれど、こういう時は仙人さまなのだと納得できる。 「それにしても、あれしきの火が消せないとは情けないのう」 あれしきなんて言うけれど、本当に凄い火で。 仙人がどうやって火を消すのか、には全く考えがつかない。 すぐに消してくれるのかなと待っていると、仙人はなにやら悟空とブルマを連れて、物陰に歩いて行ってしまった。 「あれ? どこ行くんだろう」 「なんだべなあ……」 とチチが横並びで悟空たちの消えた方を見ていると、そう長い時間かからずに戻ってきた。 ブルマが不機嫌そうな顔をしている。 なにかあったみたい? 「よしっ、では火を消してやろう!」 仙人は上着を脱ぐと、ひとつ息を吐いた。 彼は背中にトクホンを貼ったまま、悟空に押し上げられて壁の上に立つ。 ヨロヨロしていて、本当に大丈夫かと心配になる。 「よ、よっしゃ、いくぞ」 後ろにいる悟空たちに言い、そうしてから正面を向く。 彼が気合を入れた瞬間――筋肉が一挙に膨れ上がった。 「でっ、出るだ! 武天老師さまのかめはめ波!」 牛魔王が拳を握って叫ぶ。 ひょろひょろとした老人からでは考えられない、物凄い威圧感。 びっくりして、は言葉も出ない。 仙人はかめはめ波の構えをゆっくりと取り、そして、気合と共に力を放出した。 彼の手から、青白い炎の柱にも似た光の帯が、真っ直ぐ山に向かって飛んでいく。 サーチライトをもっと物凄く強くしたみたい。 触ったら、自分の方が溶けて消えちゃうみたいだ。 凄い勢いで山を直撃したかめはめ波は―― 「……せ、仙人さま。山とお城が消えてなくなっちゃったよ」 の進言通り、消すべき火どころか、山それ自身を消してしまっていた。 ブルマとウーロンがドラゴンボールを探しに、レーダーを頼りに瓦礫の間を縫って行く。 その間、は悟空と一緒にいた。 悟空は今しがた見たかめはめ波を自分も使えないかと、興奮気味に仙人に聞いている。 だが、仙人は 「かめはめ波を出すには、50年は修行せんとのう」 笑いながら脱いだ服を見につけた。 50年も修行しなくてはいけない技なのか……。 考え、は首を傾げる。 ……自分はそれを、使えていなかっただろうか? 両手を見て、んーと唸る。 使えていた気がするのだけれど……でも、今見たのが初めてなはずで。 やってみれば分かるかと思い、かめはめ波の動きを真似る。 「……かめはめ……波ッ!!」 …………。 手の平から出されるべきエネルギーは、うんともすんとも言わなくて。 やっぱり、使えていた気がするのは気の迷いかなにからしい。 それでも不思議と、エネルギーを放出した際の圧力なんかを覚えている気がした。 なんでだろう?? いつの間にやら隣での様子を見ていた悟空が、 「オラもやってみる!」 同じように仙人を真似て、かめはめ波のポーズを取る。 「う〜〜っ……波ぁっ!!」 「あ! 出た!!」 悟空の手から、仙人には遠く及ばないまが、しっかりかめはめ波が出た。 かめはめ波は正面にあった車にぶちあたり、オシャカにしてしまう。 けれど悟空が撃てた事が嬉しくて、は軽く跳ねた。 「やった、悟空すごいー!」 「で、出た……ははっ、、出た!」 「うんっ、出た! やっぱり悟空は凄いよ!!」 2人して喜ぶその背後で、仙人や牛魔王、チチはぽかんとしている。 と悟空はひとしきり喜んだ後、壊れた車を見てはたと気付く。 これ1つしかない車なのに、壊してしまったら、ブルマが怒るのではと。 「な、直せねえよな」 「べっこりいっちゃってるから、ダメだよ……それに、私たちじゃどっちにしろ直せないし」 「うーん」 困っていると、仙人が声をかけてきた。 牛魔王から聞いたのか、悟空の祖父について質問してくる。 孫悟飯は元気か? と。 「じいちゃん、とっくに死んじゃったよ」 「なんと! そうか……惜しい男をなくしたのう……」 仙人はほんの少し、孫悟飯との思い出を脳裏に浮かべるみたいに、遠くを見た。 孫悟飯の名を聞くと、の頭に、あの小さい痛みが走る。 どうしてか分からないけれど、ひどく不安にもなって。 ふるふる首を振り、頭痛を追いやるようにした。 「ふむ……どうじゃ小僧。わしの家にこんか? 修行次第では、お前、このわしを抜けるかも知れんぞ」 「ほんとか? じゃあドラゴンボール探しが終わったら、すぐ行くよっ!」 あ、と悟空は気付き、の手を取った。 「なあなあ、こいつも連れてっていいか?」 「この娘っ子か。別にわしゃ構わんが、当人が嫌がったらいかんじゃろ」 「、いいよな?」 一生懸命な瞳で言われ、はこくんと頷く。 この世界でのツテなんて何も持っていないし、悟空と離れていたいわけではないし。 「うん、一緒に行く」 言うと、彼は嬉しそうに笑う。 「じっちゃん、オラと、一緒に修行すっぞ!」 そ……それはどうだろう……。 ドラゴンボールを見つけて帰ってきたブルマとウーロンは、壊れた車を見て当然驚いた。 この先の移動手段がない。 困っていると、 「車なら、おらのやつをやるべ」 牛魔王がプセルから車を出してくれた。 楕円を潰したような形のオープンカー。 結構大きめのタイプで、当人曰く「ちょっくら古い」だそうだが、速度の出るタイプのようだ。 「ありがとう!」 「牛魔王さん、ありがとうございます!」 ブルマとが同時にお礼を言う。 悟空は筋斗雲に乗らず、車に乗る事にしたようだ。 彼が乗った後、も後部座席に乗車する。 ブルマが車に乗り込もうするのを見て、仙人が待ったをかけた。 「こりゃ。なんか忘れとりゃせんか?」 一瞬、ブルマが舌打ちした気がした。 ちょっと待っていろと言われ、座ったままで待っている事にする。 何故か、ブルマはウーロンを連れて物陰にゆき、そうしてから仙人をそちらに呼んだ。 首を傾げると悟空。 「……なにしてんだろうな?」 「なんだろうねえ」 「クソしてんのかな」 「3人一緒に? ありえないって……」 軽口を叩いて、ふぅ、と息を吸った。 燃え盛る山がなくなったせいか、周囲の空気が大分冷えてきた。 冷えるといっても、過ごし易い気候になりつつある、といった感じ。 フライパン山ではなく、涼景山に戻るのは容易いかも知れない。 もっとも、あるべき山がひとつなくなっているけれど。 「……それにしても、ずいぶん長いね。まだかな?」 「オラ、腹へってきちまうよ」 悟空がお腹を撫でながら言っていると、 「悟空さ」 横からチチが声をかけてきた。 彼女は恥ずかしそうに足の前で手を組み、もじもじしながら悟空を見やる。 は2人の様子を見ていたのだが、 「もうちっと大きくなったら、おらの事、嫁にもらいにきてくれな」 チチがそういった瞬間、心臓が急に冷え固まったみたいな気がした。 ――怖い。聞きたくない。 誰かが内部で叫ぶみたいに、心が暴れる。 悟空は訳が分からないようで、首を捻っている。 「へ? なにをくれるって?」 「やんだー、わがってる癖に」 チチが悟空に顔を近づけると、彼は眉を潜めて、彼女から離れる。 「くれるもんなら、もらいにくっけどよ。……おめえ、顔近ぇよ。離れろって」 顔を近づけすぎだと、の傍に移動する悟空。 そうして、ふと気付く。 の態度がおかしい事に。 「……?」 「……なん、でもない、から」 一生懸命笑ったつもりだけれど、実際、悟空にどう見えているのか、には分からなかった。 悟空が、くれるもんならもらいにくると言った刹那、例の頭痛が始まった。 今までみたいにチクチクなんて生易しいものではなくて、脳天をハンマーで殴られたみたいな。 (……いっ……っつ……ぅ……なに、これっ……) 気持ちも痛くて、頭も痛くて。 震える手で、車の縁を掴む。 掴んでいる車の冷たさが、現実を繋ぎとめていた。 大丈夫だと自分自身に言い聞かせる。 今逃げてしまったら、この先はなくなってしまうのだと、誰かに言い聞かせている自分が妙で、だけれどもそれを深く意識するほどの余裕もない。 ――逃げるんじゃない。 ――結果が出るまで闘え。 おかしなもので、何度も何度もそう自分に言い聞かせていると、少しずつではあるが、痛みが引く気がした。 誰と闘うんだとか、誰から逃げるんだとか、不思議な事は色々あるのだけれど。 あまりに態度がおかしいに、悟空が眉を潜めて手を取る。 「、辛ぇんか?」 「……いつもの頭痛だから……気にしない、で」 全然全く平気そうに見えないだろう。 それでも大丈夫だと言っていなければ、余計に心配をかける気がして。 チチは相変わらず悟空との将来について色々考え、思考が飛んでいたが、悟空が自分を見ていないことに気付いて、彼の手を引く。 「悟空さ、こっちさ向いてけろ。なあ、ちゃんと嫁に貰いに来てくれな」 チチが嬉しそうに嫁という度、頭痛が酷くなる気がした。 は息を途切れ途切れに吐いた。 『……!』 誰かが、呼んでる。 悟空にとても似ている声で。 『……しっかりしろ……!』 声はすれども姿は見えず。 遠くへ視線を向けると、誰かがそこにいるみたいで。 頬に、手を触れられた気がした。 触れられた部分が気持ちよくて――頭の痛みが消えていく気がして。 「ご、く……」 『もう少しだから、頑張れ! もうすぐ、むけえに――』 手を伸ばせば、その人に掴んでもらえそうな気がして。 ゆるりと手を伸ばした。 「!」 ぎゅっと手を掴まれ、は目を開いた。 驚いて目を瞬き、横を見ると―― 「悟空……」 心配そうに悟空が手を掴んでいた。 眠っていたのだろうか? 誰かに呼ばれた気がしたのだけれど、あれは誰だったんだろう。 周囲を見回すと、既に車は動き出していて。 いつ出発したんだろうと疑問に思う。 記憶がないのだけれど。 悟空とは逆隣に座っていたブルマが、の額に手を当てた。 「……熱っぽいわね。あんた、大丈夫?」 「私……どうしたの? チチさんたちは」 運転していたウーロンが呆れたように言う。 「覚えてないのかよ」 「うん。すっごい頭痛くって……」 聞けば、ブルマたちが戻ってきた時、は物凄く辛そうだった。 牛魔王に頼んで薬を貰い、それを飲んだら直ぐに――それこそ意識を失うようにして眠りに落ちてしまったのだと。 薬を飲んだ覚えなんてないが、ブルマたちが飲んだというのなら、飲んだのだろう。 実際、頭痛も治まっている。 またもや熱が出ているらしく、身体はかったるいけれども。 はブルマに水を貰って飲むと、息を吐いた。 「次のドラゴンボールの場所まで、まだ時間があるから。静かにしてなさいよ」 「ん、ごめんなさい」 肩を落とす。 悟空が手をずっと握っているのに気付き、は首をかしげた。 彼はごく普通の態度で、いつもと何ら変わりなくて。 こっつんと額と額を当て、悟空はほっとしたように笑む。 うわぁ、顔が近い……。 「……、オラ、心配したぞ」 握られている手が、当てられている額が、気持ちいい。 夢の中の誰かみたい。 「ごめんね、もう、だいじょぶ」 「ほんとけ?」 うん、と微笑む。 それで納得したのか、額を離した。 手は繋がれたままだったけれど。 2人の様子を見て、ブルマは呆れたように笑った。 「あんた達、恋人みたいねえ」 「……コイビトってなんだ?」 言う悟空とは対照的に、は首をすくめて赤くなる。 顔が熱いのは、きっと熱のせい。 「ほら、もう少し寝てなさい」 「うん……」 は小さく息を吐き、瞳を閉じる。 悟空と手を繋いだまま。 2007・9・21 |