「なんだよー、そんな怒る事やってねえだろー?」 「ものすごい事やったべ!!」 怒鳴り散らすチチを横にし、は肩をすくめる。 改めて筋斗雲に乗りなおした3人は、海に向かって駆けていた。 異転流転 10 は怪我をした膝と腕を見て、確か自分はこれを治す方法を知っているのではなかったかと、頭の隅で考えた。 ――そんな都合のいい事があるはずがないよね。 「海は広すぎて、亀仙人のじっちゃんどこにいるか分からねえなあ。誰かに聞いてみっか」 悟空が言うと、彼に掴まっていたチチが口元に手をやって、 「そうね、あなた……ふふ」 可愛らしい声で言いながら笑んだ。 ――うん? あなた?? が目を瞬き、チチを見やり、それから悟空を見た。 悟空は訳が分からず、 「なんだ、その『あなた』って」 首を傾げる。 するとチチは、自身の赤くなった頬に両手で触れてから、分かってるくせにーと悟空を突付く。 よもや彼女がパンパンされた事がきっかけで、悟空の所にお嫁に行くしかないと思っているなど、悟空もも知る由もない。 は気取られぬよう、小さくため息をついた。 少なくとも、チチは悟空を好いているらしいと気付いて。 別にそれがどうだという訳ではないはずなのに、妙に心に重石が乗る気がした。 途中、喋るイルカ(凄い……)に亀仙人宅の場所を聞き、教えてもらった方向に飛ぶ。 そうして暫く行くと、小さな島が見えてきた。 ピンク色の家で、周囲には樹が幾本か生えている。 仙人が住むというイメージではない家だ。 「おーっす!」 浜辺で掃除をしていた亀仙人を見つけ、悟空が声をかけた。 仙人はすぐに、悟空との存在に気付く。 「おや、誰かと思えば筋斗雲をやった小僧と、無欲な娘っ子じゃないか」 無欲な娘って……。 「じっちゃん元気だったか? 貰った筋斗雲、すげえ調子いいぞ!」 筋斗雲からを連れて飛び降りる悟空。 は腕を引かれ、ちょっとコケそうになったが、何とか無事に着地した。 チチも跳ね下りる。 「筋斗雲は、神様から授かった素晴らしい物じゃ。調子よくて当たり前じゃろう」 「へーっ! 神様からかあ、すっげえな!!」 「ところで、一緒にいる娘っ子、ちょっと縮んだんじゃないか?」 チチを見て言う亀仙人。 前に見たときは、もっと胸が大きかったとジェスチャーつきで言う彼に、チチが驚いて口元を隠す。 「違いますよ仙人さま。ブルマじゃなくて、彼女は牛魔王さんの娘さんで、チチさんです」 「ほぉ、牛魔王の娘か」 ぺこりとお辞儀をするチチ。 飄々とした好々爺がとても武天老師だと思えなかったのか、チチは『試してみる』と、ヘルメットの頭頂部についている、大振りの刃物に手をやり――思い切りそれを仙人に向かって飛ばした。 真っ直ぐに進む刃を察知し、仙人は高らかな声を上げて、防御しようと杖を自分の前に出した。 ……杖だ。 木材。 勢いよく飛んでくる刃物に、木材が敵うか? 敵うわけがない。 見事に杖の上部分をすっぱり切り、刃は仙人の頭に、こう、ぐっさりと。 うーん、ギャグじゃなきゃ死んでいる。 「むっ、武天老師さまじゃねえべ!」 「アホンダラ!! いくらわしでも、あんなの急に避けられるかっ!!」 「んだら、証拠を見せて欲しいべっ!!」 無茶するチチに、仙人は運転免許証を見せた。 それで納得するチチ。 顔に足をかけて、飛ばした刃を抜き、また自分のメットに戻す。 ……だから、ギャグじゃないと死んでるって。 「ところで、お前たちは一体なにをしに来たんじゃ」 「じっちゃんさあ、芭蕉扇っての持ってっか?」 仙人は持っている頷く。 何に使うのかと問われ、が 「フライパン山の、凄い火を消すの」 答えた。 頷く亀仙人。 「ふぅむ、よし、では貸してやろう。ただし、条件がある! 小僧、ちょっとこっち来い、ほれ」 仙人は離れた所に悟空だけ呼び、なにやらごそごそと会話をしている。 とチチには、なにを話しているんか全く聞こえない。 「……ちゃんと芭蕉扇、貸してくれるだかなあ」 「だいじょぶだよ。仙人さま、真面目なところは真面目だから」 妙にエッチいけども、でも本当にちゃんとする所はすると知っている気がした。 不思議だけれど。 「……なに話してんだろ」 遅いなあと思いつつ、は髪の先を指で弄る。 「なあ、さん。おめさんは、悟空さの事――」 「おーい、ーー!」 なにか言いたそうなチチの言葉を遮るように、悟空が駆けて戻ってくる。 悟空の前では言い辛い事なのか、チチは言葉を続けなかった。 「なに、悟空」 「じっちゃんに、おめえが怪我してるって言ったら、消毒液っての貸してくれるって」 「あ、うん」 そうだねと頷き、芭蕉扇を探すために家の中へ入った仙人についていった。 悟空もその後に続く。 チチは、外でカメと一緒に待っているのだけれど。 芭蕉扇を探す仙人の横で、は救急箱を開く。 自分でやろうと、コットンと消毒液を取り出したのだが、それを悟空に奪われた。 「どしたの悟空」 「オラがやってやるよ」 「うん? 自分でできるよ」 「いいからっ、オラがやるったらやるんだ!」 やり方を教えろと迫る悟空に、は不思議そうな顔をするが、とりあえず消毒の仕方を教える。 といっても、コットンに消毒液をつけて、患部へ当てるだけなのだけれど。 コットンへ適量――よりも少し多いぐらいの液をつけ、膝にそれを当てた。 沁みて、小さく声を上げる。 「ひぅ……し、沁みる……ちょ、ちょっと付けすぎだよ、消毒液」 「そか? 悪ぃ。でも、よく効くんじゃねえかなあ」 そういうものだろうか。 次に傷用の塗り薬を取りだすと、それも悟空に奪われた。 ふぅ、と息を吐く。 「んと、それは指で少し塗ればいっかなあ……」 「おう」 悟空が強くぐりぐり塗り込むものだから、は息を詰まらせてしまう。 小さく震えた身体に気付き、彼はぱっと指を離した。 「でえじょぶか?」 「ん、平気。ごめん、だいじょぶだよ」 「ならいいけどさあ」 悟空は両方の患部に薬を塗ると、蓋を閉めて救急箱に戻した。 その間には自分でバンソウコウを張る。 これは帰ったら、ブルマになにか言われるなあ……。 それにしても、悟空はこの間熱を出した時から、少し過保護になっている気がする。 それ以前からもそうだったような気がするけれど。 「ねえ悟空、私、別に死ぬほど弱いってわけじゃないから、そんな風にたくさん心配しなくても、大丈夫なんだよ?」 悟空はなにを言われているのか分からない様子で、首を傾げる。 けれど、自分を納得させたように頷くと、に向かって太陽顔負けの笑顔を振舞う。 「だって、じいちゃんが大事にしてえオンナには、いっぺえ優しくしろって言ったし」 ……大事にしたい? そりゃあここ暫く、家族同然の生活を続けているのだけれど、実際は違うし、自分は悟空を少なからず想っているから、そんな風に言われると。 なんの意図もないに決まってるのに。 目を瞬くの顔に、自分の顔を近づける悟空。 あまりに近くて、は身体を後ろに引き気味になった。 口がくっついてしまいそう。 恥ずかしくて瞳を伏せたいのだけれど、身体が固まってそれもできなくて。 「、目ぇキレーだな」 「ごく……顔、近づけすぎ……じゃ……」 「そっか?」 どくどく心臓が波打ってる。 体温急上昇。 また熱でも出始めたんじゃないかと思うぐらい、顔が熱い。 「あ、あの……」 「ん?」 そんな眩しい笑顔を、顔の目の前で披露しなくても! 無邪気さと好奇心を同居させた瞳が、を射抜く。 じりじり寄ってくる彼。 「ちか、すぎ……」 口が、ほんとに、くっついちゃう――。 「ないっ!」 大声が聞こえてきて、悟空がふいに顔を逸らす。 はほっと息を吐いて、ゆっくり立ち上がった。 「せ、仙人さま、どうしたの?」 「芭蕉扇が……うん? お主、随分顔が赤いのう」 「そっ、そんな事ないよ!」 仙人は悟空との顔を見比べ、ふむ、となにかを納得したみたいに頷く。 なにを言うでもなかったけれど。 「じっちゃん、芭蕉扇がどうしたんだ?」 「ないんじゃよ。カメに聞いてみるかな」 亀仙人が外に出るのに続いて、も外に出る。 悟空も、今しがたの事など全く気にしていないみたいに、の後に続いて外に出た。 カメに聞いたところ、芭蕉扇は鍋敷きに使われた後、仙人がワンタンの汁をこぼしたので捨てたらしい。 「えぇ!? じゃ、じゃあどうするの!」 「ふむ。ではわしが自らフライパン山に出向いて、火を消してやろう」 あんな凄い火を消せるのだろうかと訝る子供3人。 だけれども、仙人は大丈夫だと太鼓判を押す。 準備があるからと仙人は一旦家に入り、悟空たちが筋斗雲に乗って表で待っていると、着替えて出てきた。 本人曰く、今回ぐらいはそれらしく決めたい、らしい。 仙人は筋斗雲に乗れないので、彼は子ガメラに(ほんとに火を噴いて飛んできた)乗って、先行する悟空たちについてゆく。 子ガメラは回転しているので、上に乗っている仙人も回転している。 酔わないのかな。 ――案の定、到着した時に、仙人は酔って吐いた。 2007・9・14 |