異転流転 8


 ウーロンはMサイズのカプセルを持っていた。
 一度悟空が負けそうになった時、差し出そうとしたので発覚したのだが、あるなら最初から出しておこうよと何となく思う。
 とっておきらしので、出したくない気持ちは充分よく分かるけれど、フライパン山までの行程を考えれば、ずっと徒歩でいられるわけはない。
 ウーロンも当然それに付き合わされるわけで、だったらやはり最初から出しておけばよかったように思う。

 先にシャワーを浴びて、戻ってきたの耳に、ブルマのぼやきが聞こえてきた。
「あんた、こんなカプセルがあるなら、さっさと出しなさいよね。ああ、。食事しなさいよ」
「……うん。でも、ウーロン1人で頑張ってるし……」
 ウーロンは1人であくせくと食事を作っていた。
 当然のように悟空は食べ専門だし、ブルマは窓側に備え付けられている椅子に座って、コーヒーを飲んでいる。
 手伝おうとして、ウーロンに止められた。
「いいから、食っちまえよ。キッチンも狭いしな」
「そう? ごめんね」
 ひと言断りを入れて、はブルマの横に座る。
 目の前には肉やスパゲッティー、サラダにパンなどが並べられている。
 たいていは悟空の胃に入っていくのだが。
 お肉をひと口頂く。
(……うん……?)
 おかしい。
 やたらと肉が咽喉に逆らって、飲み込み辛い。
 水で流し込むようにして飲み込んだ。
 今日、あれだけ歩いたのに、なんだか食欲が湧かない。
 シャワーだったからか、身体は冷えているみたいなのに顔だけ熱くて。
 例のちくちくした頭痛が、妙に気になって。
 それでも何かを口にしなければ、翌日絶対にもたないと、なんとか果物を口に運ぶ。
 甘い味も、今は何だか嬉しくない。
「んむ……」
 水ですら咽喉に逆らう気がする。
 顔が熱い――。
「……ちょっと、あんたどうしたのよ」
 隣にいたブルマが、いち早く異変に気付く。
 なんでもないの意で首を振るが、彼女は眉根を寄せ、の額と首元に手をやり――
「あんたっ、熱があるじゃないの!」
「熱……?」
 ああ、そっか。
 だから顔が熱くて、身体が冷えてたんだと、妙に納得する。
「早く寝なさい!」
「でも、寝室ひとつしかないんだよ……? 私、ここでいいよ……」
「バカ言わないの! ほら、上行くわよ」
 ブルマに腕を引かれ、2階にある部屋に連れて行かれる。
 悟空はきょとんとしていたし、ウーロンはブルマに命ぜられ、ホットミルクを作り始めた。

「ブルマ、疲れてるでしょ……? やっぱり布団で寝た方がいいよ……」
 ベッドに横にされ、ブランケットを何枚もかけられる。
 横になったら、急に先ほどより体が気だるい気がしてきた。
「お子様は変な気遣いしないの。わたしは床で寝るわ」
「……ごめんなさい」
「疲れが出たのよ。しっかり寝ておいた方がいいわ」
「うん……」
 布団をぽふぽふブルマに叩かれ、は微笑んだ。
 なんだか、安心する。
 ――ああ、頭痛い。
!」
「こらっ、孫くん静かにしなさいよ!!」
 食事を終えたのか、悟空が駆け込んできた。
 手にはウーロンが作ったらしい、ホットミルクがある。
「ああ、。飲んでから寝なさいよ。身体暖まるわ」
「ん……分かった」
 ブルマの手を借りて起き上がる。
 なんだか本当に身体が辛くて、悟空からカップを受け取るという行為も辛い感じがした。
「孫くん、わたし下行くけど」
「オラ、ちょっとここにいる」
が寝るの、邪魔したらだめよ」
 うん、と頷く悟空を見て、ブルマは1階に下りて行った。
 はちまちまミルクを飲む。
 悟空がベッドに座った。
、でえじょぶか? 身体おかしいんか」
「多分、疲れちゃったんだと思う。風邪かなにかだろうし、だいじょぶだから」
 はふ、と息を吐き、ミルクを咽喉に流した。
 悟空は何をするでもなく、じっとがミルクを飲む様子を見ている。
 すっかり飲み干してしまい、ベッドサイドにカップを置いた。
「オラ、なんかする事ねえか?」
「悟空にして欲しい事かあ……ちょっと、手、繋いでてくれると、嬉しいな……」
 布団にもぐりこみ、手をひょいっと出す。
 彼は出された手を取り、きゅぅ、と握った。
 妙に安心できて、すぐに睡魔が襲ってきた。
 依然、微かな頭の痛みは取れないけれど、それでも気にしないでいられる位の眠気。
 眠くて眠くて、瞳を開けていられなくて、目を閉じた。
 こやって熱を出すのは久しぶりで、前に出した時は、夫がこうして手をつないでいてくれた。
(夫……夫って……誰だっけ。私は子供で、結婚なんて……ああ、頭痛い……)
 なんだか、とても大事な事をどこかに忘れてきた気がして、更に気分が悪くなる。
 握る手に力を込めると、悟空が小さく笑う気配がした。
「そんな強く掴まねえでも、オラちゃんとここにいるぞ」
「……うん、そう、だね……悟空は……ちゃんと……」
 彼はちゃんと、ここにいる。



 翌日。
 目覚めると、はベッドからずり落ちていた。
 熱は、とりあえず下がったみたいだ。
 頭痛だけは健在だが。
「……で、私ってこんなに寝像悪かったっけ」
 耳の後ろをぽりぽり掻いて立ち上がると、1階から悟空の呼ぶ声がした。
 返事をして下に下りる。
 ……なんで、運転席の辺りと扉付近が黒焦げに?
「何かあったの?」
「ヤムチャってのがまた襲ってきてさあ、クルマが壊れちまったんだ」
「そっか、じゃあ歩きだね」
 早々と納得し、とりあえず顔を洗って外に出ると、ブルマが慌てての額に手をやった。
「うん、熱はないみたいだけど、無理はだめよ」
 ブルマは何をどうしたのか、バニーガール姿。
 ウーロンの趣味だろうか。
 その彼は、また歩きだとあってかげんなりしている風である。
、オラがおぶってやるよ」
 悟空に進言される。
 さすがにそれはご面倒でしょうと、丁寧にお断りするものの、ブルマが素直におぶられろとかなり怖い顔で言ったため、しぶしぶながら彼の背に負ぶさった。
「お、重くてごめんね」
「別に重くなんてねえよ。ちゃんと掴まってろな」
 うんと頷き、彼にしがみ付く。
 周囲は暑いのに、悟空の体温が嫌じゃないのは、なんだか不思議な感じがした。

 暫くそうしてフライパン山方面へ歩いていると、ヤムチャがやって来た。
 きゃーきゃー言うブルマから逃げるように、
「さっきのお詫びにこのカプセルあげる!」
 車を置いて、その場から立ち去ってしまった。
 気をつけてねーなんて爽やかに消えていくヤムチャ。
 ウーロンは出された車を警戒したが、特に異常なもの(爆弾とか)はついておらず、結局その車を拝借する事にした。
 悟空の背から下ろされ、後部座席に彼と一緒になって座る。
 ブルマは助手席だ。
、着くまで寝てろよ」
「だ、だいじょぶだよ。今まで寝てたんだし」
 けれど悟空は眉を潜める。
「ネツが出たら、おめえ、動けなくなっちまうぞ。寝ろ!」
 激しく言われ、は勢いに呑まれて頷く。
 窓辺に寄りかかり、瞳を閉じた。
 だからといって、眠れはしなかったけれど。



2007・8・7