異転流転 4



 はリンゴをたっぷり両手に持って、悟空の家に戻ってきていた。
 自分の夫に会ってから、約1週間が経過している。
 あれから毎日薪小屋の前を覗いて見るのだけれど、一切音沙汰がない。
「んー……まだ引き戻せないのかなあ……」
 小さな悟空と一緒にいるのが嫌なのでは、決してない。
 だけれども、それこそずっと一緒にいると夫の忠告ではないが『惚れて』しまったら不味い。
 自分の身体の中に、もうひとり、この次元の『』がいるのだし、彼女が悟空を好きになれば、自分もそんな気持ちになってしまうだろうし。
 ……いや、現状で悟空が好きな自分が、何を言うかという感じでもあるのだが。

 家に戻ると、悟空が周囲を見回していた。
 の姿を認め、嬉しそうに駆け寄ってくる。
! 変なオンナが来たぞ! んで、おらのじいちゃんがドラゴンボールっていって……」
「ご、悟空。落ち着いてよ……ええっと、女の人が来たの?」
「ちょっと孫くん、その子が?」
 悟空に続いて出てきた女の子は――
(ブルマだよ……)
 が一番最初に会った頃よりも、ほんの少し幼い顔つきをしたブルマだった。
 なるほど、ドラゴンボールを探しに来たのか。
 彼女自身から聞いた話で、その辺は何となくだが理解している。
 ブルマはの前に来ると、へぇーなんて言いながらジロジロ見る。
 そうしてから悟空を見やり、にやっと笑った。
「孫くんってば、こんな可愛い子と一緒に住んでるなんて、結構おませさんじゃないの」
「おませって何だ?」
 とんちんかんな事を言っている悟空。
 はブルマにお辞儀をした。
「初めまして、です」
「ブルマよ。……ふぅん、孫くんと違って随分礼儀正しいのね。兄妹でもないんでしょう?」
「話せば長くなりまして……」
「まあいいわ。孫くんと一緒にドラゴンボールっていう球を探しに行くんだけど、あんたどうする?」
 ブルマの言葉に、より先に悟空が反応する。
「一緒に行くに決まってっぞ。オラ、がいないなら、いかねえ」
 ……随分懐かれたなあ……。
「それは困るわよ! ちゃん、一緒に来るわよね!」
「あ、はい……あの、迷惑でなければ」
 お願いしますと一礼した。


 ホイポイカプセルを使い、家を出したブルマについて、も悟空も家の中に入る。
 文明の光に当たった事がないらしい悟空は、家の中が明るい事に驚いていた。
は驚かないのね」
「私は電気がある所に住んでたから」
「へぇ……」
 ブルマがリモコン操作をしてテレビを点けると、悟空が物凄く驚く。
「お、おいっ、この中のちっこい奴ら、こんなとこで何してんだ?」
 如意棒で軽く画面を叩く彼。
「テレビっていうんだよ」
「へー、てれびか……」
 それより、とブルマが悟空を呼ぶ。
「あんたちょっと臭うわよ。晩ご飯前にお風呂入らないと」
「オフロって、が入りてえって言ってた奴だな。オラは入った事ねえけんど」
「ぎゃーー! 不潔ーーーー!」
 驚くブルマ。
 一応、水浴びと称されるようなものはしている悟空だが、厳密には風呂ではないし。
「ほら、入るわよ。洗ってあげるから。は後で私と一緒に入りましょう」
「うん、ありがとう」
 頷くと、ブルマは悟空を連れてバスルームに消えた。
 戻ってきた時、ブルマは悟空に尻尾がある事に、物凄い衝撃を受けていたが。

「なあー、尻尾が生えてんのって、変なんか?」
 彼に問われ、はほんの少し考える。
「確かに、普通とはちょっと違うかなあ。でも、私は悟空の尻尾、好きだよ?」
「……へへっ、そっか」
 嬉しそうに尻尾を振る悟空。
 の手をブルマが引いた。
「ほら、。お風呂入るわよ」
「はーい」


 泡の立った浴槽の中にブルマが入り、も同じ浴槽の中に入る。
 ここ最近はずっと水浴びだったから、温かな風呂が身体に心地いい。
「ぷはぁ……気持ちいー」
 ふるふると頭を振ると、ブルマが小さく笑った。
「あんたって、どういう子なのかしら。孫くんと一緒にいた割に、電気も知ってるし」
 彼女は風呂の縁に手をやる。
「事情があるなら、聞いてみたいんだけど?」
「うー……」
 次元が違っても、物凄くお世話になっているという感があるブルマからの言葉に、は悩む。
 どこまでなら言えるだろう?
 未来から来た異世界の人間。
 ――直すぎてダメか。
 考えに考えた挙句、自分が一番最初に持っていたステータスだけを話すことにする。
 つまり、異世界から来たという、その一点のみ。
「私は、ええっと、ここの地球じゃない地球から来たの」
「……異世界って事かしら?」
 こくんと頷く。
 こちら側の『』の両親がどうなっているのか、には分からないため、言葉を差し控えた。
 ブルマは暫く考える素振りを見せていたが、小さく息を吐き、顎を風呂の縁にやった。
 は肩をすくめる。
「はい。ええと、信じられないとは思うんですが……そうなんです」
「まっさかあー! ……でも、髪の毛なんて見た事ない感じよねえ。それに異世界なんて冗談、真面目な顔して言えるタイプに見えないしね、あんた」
「あはは……」
 とりあえず、信用しきってもらわなくても問題ないし、一応は理解してくれたらしいのでよしとする。
「それよりさあ、敬語とかやめなさいよ。あんたそれ、地じゃないでしょう」
「うん、でも……いいんですか?」
「いいから」
 では、とは普段の状態に戻る事にした。
「異世界にもカプセルがあるのかしら。あんた、驚いてなかったものね」
 それは、この世界に来て知ったのだけれど、その辺りの事情を詳しく話すわけにはいかない。
 軽く笑顔で濁し――ふと横を見て、固まる。
 悟空が立っていた。
 何気なくとブルマを見ている彼。
 ブルマはがぼっと音を立て、風呂の中でずっこける。
「ぶはぁっ! ちょ、ちょっとあんた、そんな所でなにしてんのよ!!」
 は慌てて首から下を水の中に沈ませる。
 何だか、物凄く恥ずかしい。
 分からないけれど、思わず自分の夫に謝りたくなった。
 悟空はというと、全く害意のない顔をしている。
「オンナって変わってんなあ。こんなとこにもシリがあんのか?」
 胸の部位を示して言う悟空。
「でもさあ、の見たけんど、なかったよなあ?」

 ぐっさあーーーっ!!!

 胸に槍が飛んできたよ!
 水浴びの時にでも見たらしいが、言葉が痛い……。
「わ、わ、悪かったねっ! どうせ、ぺちゃんこですよ!! 大人になったらそれなりになるんだからっ!!」
 顔を真っ赤にしてそっぽを向く
 恥ずかしいやら腹立たしいやら。
 子供だから仕方がないとはいえ、成長してからも決してブルマほど大きいとはいえない胸なだけに、ため息がこぼれる。
 ブルマが首まで浸かったまま、悟空に問う。
「……ったくもう。孫くんいくつなわけ?」
「オラのトシか? 14だ」
 それを聞いたブルマは、悲鳴を上げながら手近のものを彼に向かって投げまくる。
「のぞきーー! チカーーン! わたしと2つしか違わないじゃないのーーーーっ!!」
 はというと、出て言った悟空を見て、頬を膨らませた。
 自分の夫の言動ではないのだが、帰ったら文句を言ってやりたくなったりした。


 風呂から上がり、食事をしたのだが、悟空はパンはスカスカして嫌だと外へ獲物を取りに行った。
 は一通り食事を終え、一息をついていると、
ー! 肉くうかー!?」
 外から悟空に大声で呼ばれた。
 ブルマは呆れ、はペットボトルを持ち、立ち上がって外へ出る。
 悟空はムカデと狼を焼いていた。
 分かっていた事だが、本当に昔の悟空は野生児だ。
 てほてほと彼の側に寄る。
「お腹はいっぱいだから、悟空だけ食べて。私はジュースだけでいいよ」
「そか? んじゃ、オラだけ食うな」
 ガツガツと物凄い勢いで食事を進める悟空。
 はその横で、ちびちびジュースを飲む。
 うーん、相変わらず凄い食欲。
「なあなあ、おめえ、願いが叶うならなに頼む?」
「お願い事かあ……うーん。悟空は?」
「オラか? そうだなあ、めちゃんこたくさんのメシかなあ」
「あはは……悟空らしい」
 くすくす笑う
 彼は相変わらず物凄い勢いで食事を進めながら、けれどじっとを見ていた。
 真っ直ぐな視線に、胸が跳ねる。
 不思議な感じがした。
 自分の気持ちというより、誰かの気持ちが跳ねたみたいな。
 ――うーん?
 悟空はきょとんとし、の顔を覗きこむ。
「どうかしたんか?」
「へ、あ、ううん、なんでもない……ないない……」
 変なの、と言い、やっと視線を外してくれた。
 ちょっとホッとする。
 ずぅっと見つめられていたら、心臓に悪い気がして。
「で、はなに頼むんだ?」
「私は……とっても大事な人に、会いたい、かなあ」
「大事な人って?」
 名前をいう事はできなくて(だって悟空だもん)、は彼に微笑みかける。
「ひみつなの」
 悟空が、ほんのちょっぴり眉を潜めた。
 はそれに気付かなかったけれど。
 家の中からブルマに声をかけられ、と、食事を終えた悟空は家の中に戻った。


2007・6・12
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