異転流転 3



 解決策がないまま、なんと1ヵ月が経ってしまった。
 今日も悟空は食料を調達しに山へ行き、は川で洗濯……という、まあ物凄く昔話に出てくるようなシチュエーションを繰り広げている。
「……悟空、ちゃんと食事してるかなあ……。悟飯は泣いてないかな……」
 はふ、と息を吐く。
 悟空と言うのは、自分の夫の方であり、今一緒に暮らしている悟空ではない。
 この次元の悟空に頼んで、修行を始めていたりはするものの、彼は強くってなかなかついていけない。
 気が高まってくれれば、異能力も使えるようになり、次元の壁を超えられるかも――なんて思っているのだが、今のところ力はうんともすんとも言わなくて。
 もう一度、深く息を吐くと、いつの間にやら戻ってきていた悟空が、顔を覗き込んできた。
「わ、おかえりなさい」
「うん、たでえま。またなんか考えてんか?」
「んー、まあ、色々と」
 今日の得物はお肉らしい。
 が薪の準備を始め、悟空は下ごしらえをする。
 分担作業というわけではないのだけれど、何となくこういう風になった。

 焼き終わり、切り分けた肉をが咀嚼する前で、悟空は物凄い勢いで肉を胃に入れていく。
 すっかり食べ終わってしまってから、悟空はに聞いた。
「なあなあ、
 なに? と問い返すと、悟空は眉をひそめ、
「おめえさ、帰りてえんか」
 少し口唇を尖らせてそう言った。
 いきなりだったので、ほんの少し戸惑ってしまった。
「……んー、私の大事な人たちに、心配かけてるかなあ、って思って」
 だから、考え事をする時間が多くなってしまっているのは確かだ。
 悟空はじっとを見つめ――
「オラと2人じゃ、だめなんか?」
 しょぼんと肩を落とす。
 他に人がいないから寂しいのだろう。
 がいなくなれば、彼はまた独り――少なくともブルマが来るまでは――のはずで。
 だから、自分に固執しているように感じるだけのはず。
 他に、何の意味もない。
 そうは思っていても、やはり想い人(小さい姿でも!)に、先ほどのような事を言われると……。
 ――いやいや、駄目だって。
 目の前にいるのは、想い人であって、そうでない人なのだから!
「でも、私、今はちゃんとここにいるよ? ね!」
 無理矢理明るく笑むと、悟空もにかっと笑った。
 内心はどうか分からないが、それでも笑ってくれる事が嬉しかった。


 あっという間に1日が過ぎていくなあと、夜空に浮かんだ月を見上げて息を吐く。
 既に悟空は寝てしまっている。
 も身体が子供だからか、眠気を感じてはいるものの、今日に限っては色々考えてしまい、落ち着かなくて。
 ――今日で1ヵ月と1日。はこの場所に縫いとめられている。
 『悟空』が側にいるからか、不思議と強烈な寂しさは感じない。
 それでも、彼は夫ではなくて、また、自分もこの場にいるべき『』ではない。
 こんな風に悟空と一緒にいていいのだろうか。
「……悟空」
 は家の壁に背を預け、軽く息を吐いた。


……、聞こえっか……?』
 微かに聞こえてきた声に、は思わず立ち上がった。
「……悟空?」
 子供じゃなくて、青年の悟空の声。
 薪小屋の近くが妙に明るい。
 なんだろうと思いながら近くに寄る。
『見つけた!! ばあちゃん、見つけたぞ!!』
 はっきりと声が聞こえ、の目の前に青年の悟空が――なぜだか身体が透けているけれど――唐突に現れた。
「悟空……私の旦那様だよね……?」
『あたりめえだろ! 探したんだぞ、
 は嬉しくなり、彼に抱きつく。
 不思議な事に、彼は透けているにも関わらず、抱きとめてくれた。
 体温も――多少は感じられる。
 身長差が物凄くあって、子供みたいに抱きかかえられている
 それでもとても嬉しくて、思わずぎゅっとしがみ付く。
「ごめ、ごめんね。私、何がなんだか分からなくて、帰る方法が見つからなくて」
 悟空はあやすようにの髪を撫ぜ、頬に口付けようとして――やめた。
『今、おめえの身体じゃねえから、チューしねえでおく』
 凄く苦しそうに言う彼に、は目を瞬く。
『へへ、なんか妙な感じだなぁ。おめえ、ちっさくなっちまってるしよ』
「ご、ごめん……」
『謝らねえでいいって。おめえが悪ぃわけじゃねえんだしさ』
 頬を撫でられ、くすぐったくては軽く身を奮わせる。
「ねえ悟空……一体どうなっちゃってるの?」
 彼はを抱え上げたまま、眉を潜めた。
『それがさあ、界王様とうれないババに聞いたんだけどさ。どうも、この世界のおめえに、おめえが引き寄せられちまったみてえなんだ』
 うれないババじゃなくて、占いババだってば。
 それはともかく、引き寄せられたとは、どういう事だろうか。
 小首を傾げると、彼は眉根を寄せ、思い出すみたいにして言葉を紡ぐ。
『なんかな、と、この世界の、凄ぇ波長ってのが合ってんだと。んで、魂ってやつがくっついちまってんだって。気持ちの動きも似てるっつうし』
「ちょ、ちょっと待ってよ。ええと……」
 つまり、今、こうして悟空に抱っこされている自分は、この次元の『』と波長が似ており、何らかの理由でひっついてしまっている。
 考えている事や感じている事は、たいていが一緒である――という事だろうか。
 どういう理由で魂が1つにくっつくのだろう?
 これも、異能力関連のものなのだろうか。
 手は自由に動かせるし、何かの干渉を受けているなんて、全然そんな感じはしないから、『』とくっついてると言われても、よく分からない。
 自分の意識ははっきりしているが、主体はどちらなのだろう……。
「元の身体は、どうしちゃってるの?」
『寝てんだよな、ずっと。オラんちじゃどうしようもなくて、ブルマんちで寝てる』
「そっか……」
 はっきり分かるのは、この次元の自分は、こんな早くから悟空に出会うという事だけだ。
「私、帰れるよね……?」
 不安気に問うと、悟空は頷いた。
 けれど、制約がないわけではないらしい。
『うれないババが言うには、引き戻せるタイミングっちゅーのがあるんだと。んで、戻すにはもう少し時間がかかるってさ』
「そっか……」
 ふう、と息を吐く。
 どれ位の時間がかかるのだろう。
 分からないけれど、気をつけなければいけない事は、沢山ある気がした。
「あれ? そういえば悟空はどうやってここへ……身体は透けてるけど」
『ババが、なんとかってのを持ってきてさ、それ使ってんだ。長時間使えねえんだって』
 全然説明になっていない……。
 なんとかって、なに。
 は苦笑し、とりあえず頷いた。
 ふいに、悟空がを地面に立たせる。
 どうかしたのかと思えば、彼の体が消え始めていた。
『ちきしょう……もう時間なんか』
「悟空……」
『また絶対、会いにくっから! それと、ダメだぞ! オラに惚れたらっ!』
「へ? ご、悟空?」
『ダメだかんな!』
 言い含め、悟空は――その場から消えてしまった。

「……なんなんだろう、一体」
 最後の悟空の言葉が気にかかる。
 惚れたらダメ、なんて。
 今更な――と思い、ふと気付く。
 彼はもしかしたら、この次元の自分に惚れるなと言っていたのだろうか。
 から見て、今の悟空は子供なのだけれど、この次元にいる『』は確実に年下。
 そして現状でも、『達』は、気持ちをある程度共有しているという。
 もしかして、この世界の『』が悟空を好きになったら、今の自分も当然のように『こちらの彼』を好きになるのでは?
 いや、現状でだって悟空の事は好きだけれど。
「……あ、頭痛くなってきた……考えないようにしよう、うん、そうしよう」
 頷き、はひとつ欠伸をする。
 自分の夫に会えた安心からか、急激に身体が眠りに落ちようとしていた。
「む〜……とりあえず寝よう……」
 もうひとつ欠伸を落とし、部屋に入ると、大の字になって寝ている悟空をちょこっと横にどけて、布団の中に潜り込む。
 するりと彼の尻尾が、にの腕に巻きついてきた。
「ふあぁ……お休みなさい……」
 寝ている悟空に言い、瞳を閉じた。



あんまり深く考えないで下さいね〜。いきあたりばったりなんで(汗)
2007・6・1
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