異転流転 2


 福、と描かれた小さな紋様を貼り付けている扉を開き、悟空が家の中に入る。
 は彼について入った。
 結婚してすぐに来た事があるが、目線の違いからか、以前に来た時よりも部屋が広く感じられた。
「じいちゃん、っちゅー奴が来たぞ。行くとこさねえらしいから、オラんちにいろって言ったんだ」
 手を合わせて、じいちゃん――つまりドラゴンボール――に話しかける悟空。
「ほれ、。じいちゃんだ!」
 後ろから押され、小さな棚の上に、ちょこんと乗っている四星球の前に出る。
 も悟空と同じように手を合わせ、ぺこりとお辞儀をした。
です」
 知り合いだなんて嘘ついてごめんなさい、と内心で付け加える。
 自分の世界で孫悟飯――息子ではない方――に会った事はあるけれど、こちらでは知り合いではないから、何となく罪悪感が。
 この家にいる許可を求め、(勿論、返事はないのだが)暫くしてから顔を上げた。
「それで、あの、どうしようか?」
「オラ、メシ摂ってくっからさあ、おめえ、まき割ってくれよ」
「う、うん、分かった。気をつけていってらっしゃい」
「おう!」
 悟空は至極嬉しそうに、家から駆けて出て行った。
 残されたは物言わぬ四星球を見つめ――ふぅ、と息を吐く。
 一体、どうなっているんだろう?
 考えつつ、とりあえず薪割りをしておこうと、家の外に出た。
 巨木を横にスライスしたような、割られていない大きな薪が、薪小屋らしき物の横にいくつか転がっている。
 普段ならば、それこそ簡単に割れる薪なのだけれど、今の自分はどうだろう。
 体内の気がひどく弱々しいし、異能力も顕現しないし。
 とりあえずやってみようと、は拳に力を入れて――木の真ん中を思い切り突く。

 ゴヅ。

「……いぃ……ッ……たぁ……」
 拳にひどい痛みを感じて、は手をプルプル振る。
 昨日までのならばできたであろう行為が、今日のには無理だった。
 やはり、全ての力が弱くなっている。
 仕方なく薪小屋に立てかけてあって、やたら大きなノコギリを使い、薪を作る。
 ノコギリが重たくて、ちょっとフラフラしながら、それでも何とか作業を終えた。
「はぁ……はぁっ……き、厳しい……!」
 自分の身体が思うように力を発揮できないのが、気持ち的に辛い。
 昨日までできた事が、今日できないのは辛くて当たり前かも知れないが。
 汗を拭い、伐っていない薪の上に座る。
「ふぅ。どうしよう、ほんとに……」
 ここに来る前の行動を思い出してみても、特におかしな事はしていなかった。
 すぐさま帰還できればいいのだが、異能力が使えないため、現状での帰還は不可能に近い。
 そもそもどうしてここに現れたのか、それが分からないのだから、帰る方法など見つかるはずもない。
 現時点では、まだ悟空はブルマとも出会っていないようだし、そうなるとは頼れる人が――
「……父さん」
 ふと気付く。
 もしかしたら、別次元であっても、界王――義父――は気付いてくれるのでは?
 思い、念じてみる。
 ……。
「――やっぱ駄目かあ」
 異能力が使えないからなのか、それとも基本的に今のが異分子だからか、父との間にあるホットラインが切れてしまっているみたいだ。
 参った。
「ぐあーーー! どうしろってーーー!!?」
 頭をかきむしりたくなっていると、
「……おめえ、どうしたんだ?」
 悟空が戻ってきた。
 きょとんとしている彼に、は苦笑する。
「お帰りなさい! なんでもないよ」
「そっか? まあいいや。今、魚焼いてやっからさ」
 子供の目で見て(当然大人の目で見ても)大きい魚を背中から下ろし、悟空はが作った薪を使って火を起こし始めた。
 ともかく、食事してお腹一杯になったら、また考えよう。


 結局、何の解決策も見出せないまま、夜になってしまった。
 パオズ山――少なくとも悟空の家には、文明の光というものがない。
 ロウソクの灯りすらない。
 まさに、朝日が昇ったら起きて、日が沈みきったら寝るという状態。
 不思議なもので、身体が子供だからか夜更かしはできないように思えた。
 周りが暗いせいもあるだろうが、時間にしたら多分まだ早い方なのに、少し眠い。
「……眠いけど……お風呂入らないと……」
 冷や汗だのなんだのと、色々流している気がするので。
 しかし、肝心の風呂釜が見つからない。
 既に寝の体勢に入りつつある悟空に聞いてみる。
「悟空、悟空」
「なんだ?」
「お風呂ってどこにあるの?」
「……オフロ?」
 げ。
 は唖然とする。
 悟空さん、もしかして……おフロの存在を知らない……?
 こんな事なら、もっと悟空に小さい時の事を聞いておくんだった……!!
「あ、あのね。ええと……身体を綺麗にしたいの」
「なんだ、なら近くに水場があっから、そこで水浴びすりゃあいいさ」
 水浴びか……。
 基本的な地形などは、のいた次元と同一らしい。
 聞けば、以前悟空と一緒に言った事がある場所だったため、は独りで水浴びに出て行こうとした。
 それを見た悟空が手を引く。
「悟空?」
「おめえ、平気か? 男のくせによわっちそうだしよ、ケモノに食われっちまわねえか?」
 悟空の言葉に、は目を瞬く。
 今、『男』って言った?
「あ、あの……悟空。私、女の子なの。男じゃないよ?」
「へ?」
 彼は驚いて手を離し、じろじろとの体躯を見つめる。
 余り気分がいいものではないが、これには多少なりと覚えがある。
 の夫の悟空も、似たような事をした覚えがあったので。
「オンナなんか。そっか、じゃあ大事にしねえとな! じいちゃんが、オンナには優しくしろって言ったしよ!」
「ありがと……。あ、でも、私も悟空を大事にするからね!」
 思わず言う。
 言ってから、しまったと思った。
 つい、いつもの調子で物を言ってしまっているが、彼は自分の夫ではない。
 好きだという気持ちは、抑えておかなければ。
 ……結構、難しいなあ。
「な、なんでもないの。ごめんね」
「……変なやつだなあ。ま、いっか。水浴びすんなら、行こうぜ。オラついてってやる」
「う、うん」

 水浴びについてきた悟空に裸を見られるのが嫌で、一生懸命お願いして後ろを向いていてもらうのに、やたらと苦労するであった。


弱くなってマキも素手で作れないヒロイン。
2007・5・25
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