注意:このシリーズの話は、悟チチ好きさんには物凄くお勧めしません。 チチさんが痛いです。ちょっとドロっとしたのが苦手な方はすぐさま戻りましょう。 見てから文句言われてもどうしようもありませんので…よろしくお願い致します。 多重次元 7 「……ふぅ」 定位置となりつつある木の下で、は『時空転移マシン』を目の前に、手の甲で汗を拭った。 はじめはうんともすんともいかなかった機械全体に、異能力が放つ淡い光が纏いつつある。 もう少しなのだけれど、そのもう少しがやたらと困難だったりする。 と悟空がこの地に来て、実に3週間が経っていた。 来た当初、2、3日でなんとかなると踏んでいただったが、 蓋を開けてみればとんでもなく時間がかかる作業で、食事をする間も惜しんで異能の力を注ぎ込んでいるにも関わらず、遅々とした進み具合であった。 3週間かけて、転移エネルギーが充分にラインに伝導するようになり、やっと力を機械に溜め込む段階になった。 ――問題が起きたのは、その日の午後。 いつものように昼食を済ませた悟空2人は、連れ立って修行へと出てゆく。 はチチの片づけを手伝い、また機会の調整に入ろうと、家の外へ出ようとした。 「……なあ、さん」 ふいに呼ばれ、は振り向く。 テーブルを挟んだ向こう側で、チチが微妙な――否、神妙な顔をして立っていた。 どうかしたのかと首を傾げる。 「はい、なんでしょう」 「申し訳ねえだが……その、出て行ってくれるだか」 以前から分かっていたといえば分かっていたし、そんな予感もしていたのだが――やはりいざ目の前で言われると、ちょっと衝撃がある。 言葉を探すに、チチは更に言う。 「別に、おらは……おめえさんが嫌いじゃねえだよ。でも……その」 チチは気付いただろうか。 が、と――のみ固定で喋っていることに。 「でもな、おらんちも……色々あるだ。悟空さはあんなだから気にしないだろうけんど……」 言葉を綴る彼女に、は苦笑して手を振る。 確かに家計がどうの、ということはあるだろう。 家に大人数がいるという、気詰まり染みたものもあるだろう。 けれど、一番の問題は――悟空さんの、チチの夫の近くに、別の女が寝泊りしていることだろう。 もしが男だったなら、チチはなにも言わなかった。 が、残念ながらは女で。 1週間ならまだ大丈夫だったかも知れない。 あるいは、2週間でも。 だが3週間ともなると、チチには限界なのだろう。 それを責める気持ちなど毛頭ないし、当然だという思いもある。 だから、はあっさりと頷いた。 「分かりました。本当に……ご迷惑かけてしまってすみません」 迷惑をかけないように、と思っていたのに、結局かけてしまった。 自分がもっと力を制御できていれば、回避できたろうに。 はぺこりとお辞儀をする。 「悟空を探して、すぐにでもお暇しますね」 チチは唇を噛み締め、 「――すまねえだ。でも、おらたちの邪魔、して欲しくないだよ」 無理して笑顔を作っていた。 「へ?」 チチの夫――悟空さん――が側にいるため、かいつまんで話をすることもできず、は悟空にとりあえず、 「迷惑かけるから、でることにした」 とだけ伝えた。 悟空は頭を掻き、うーんと唸る。 「まあオラは構わねえけどよ。どこ行く? 天界に戻っか?」 「それは……神様に迷惑がかかるし」 ふと気付き、はひとつの考えを悟空さんに問う。 これが駄目なら、本気で天界に厄介になることになるだろう。 「悟空さんが昔住んでた家って、今使ってる?」 「ん? じいちゃんちか。いやぁ、使ってねえけど……」 ならば、とは手を合わせる。 「そこ借りて構わないかなぁ。多分、もうすぐ私たち帰れるだろうから」 言うと、悟空さんは暫し考える素振りを見せ――頷いた。 「いいけどさ。……チチのヤツ、なに考えてんだ……」 ブツブツ言い、案内すると言ってくれるが、それには及ばないと悟空が言う。 確かに地理が同じならば、悟空が案内できるだろう。 悟空さんは笑い、様子を見に行くからなと告げると、とりあえず帰るということで 「じゃあな」 と言葉を残し、早々にその場を立ち去った。 残されたと悟空は、一路、孫悟飯の家へと向かう。 ――孫悟飯宅は、結婚した当初に見やったものと、変わりはなかった。 木々に囲まれた小さな家。 少し行けば崖があり、その崖の下には川がせせらいでいる。 家の中には寝台がひとつに、家具がいくつか。 ひとりで生活する分には問題がなさそうだが、今は少し困る。 悟空との2人なので。 掃除をして埃払いをする。 悟空は懐かしそうに、部屋を見やっていた。 「、オラは表で寝るからさ、おめえベッドに寝ろよ」 「駄目。悟空が表で寝るなら、私も外で寝るからね」 絶対に譲らないと力を込めた瞳で彼を見やれば、悟空は言うと思ったとばかりに苦笑した。 「じゃあ、ちぃっと狭いけど……2人で寝るか」 「――うん」 他に方法がないので、最初からそれしかなかろう。 食料調達はどうしようかと考えたが、悟空は笑って言う。 「オラが捕ってくるさ。だからおめえは、気にしねえで機械の方やってくれな」 「うん、ありがと。ごめんね」 もっと早くもとの世界に戻るほどの力があればよかったのに、としょげる。 悟空は肩に手を置き、微笑みかける。 「おめえが無茶するより全然いい。ゆっくりでいいからな?」 こくりと頷く。 彼はそれじゃあ、と獲物を狩りに出かけた。 残されたは、チチと悟空さんのことを考え――頭を振る。 本当に迷惑をかけてしまった。 できればなんとか御礼をしたいけれど、それもできない現状。 「……うん。がんばって帰るのが、一番いい方法だよね、きっと」 気を入れなおし、は時空転移マシンを前にして、また奮闘し始めるのであった。 ――この世界の孫家に緩やかな――けれど確かなる歪みが生まれていることなど、全く知らずに。 2012・12・1 |