注意:このシリーズの話は、悟チチ好きさんには物凄くお勧めしません。
チチさんが痛いです。ちょっとドロっとしたのが苦手な方はすぐさま戻りましょう。
見てから文句言われてもどうしようもありませんので…よろしくお願い致します。




多重次元 6






 いつも――自分の世界でだが――の時間に起きた悟空は、自分が置かれた状況にまず困惑した。
 床で寝ていて――しかも隣にはがおらず、自分そっくりの姿をした人物が寝転がっていたので。
 まだ、ぼやけている頭を振る。
「……そっか、オラ、今自分の家にいるんじゃねえんだっけ」
 ひとりごち、伸びをして体をほぐす。
 まだ眠っている、もう1人の自分を起こそうか考え――ふと気付いた。
 見知った気配が、家の中にないことを。
「……?」
 リビングへ行くが、まだ他の人物はいない。
 外への扉に手をかけると、鍵がかかっていなかった。
 扉を開けて外を見やると――
「……
 樹木に寄りかかって眠っている妻を見つけた。
 頭をかりかりと掻き、悟空は彼女に近づく。
 の側には『時空転移マシン』が置いてある。
 この状況を見やるに、彼女は自分が寝ている間になんらかの作業をし、疲れたかなにかで――そのまま眠ってしまったのだろう。
 自分がいたからといって、手伝えたとは思えないが、それでも少し後ろめたい。
 大事な妻が、一生懸命に元の世界に戻ろうと努力している間、のうのうと眠っていたのだから。
 悟空は小さく息を吐き、の肩に手をかけると軽く揺さぶる。
。起きろよ」
「……んぅ〜」
 緩慢な動きで右腕を上げ、目を擦る。
 やがてゆるりと瞳を開いた。
 片手で口元を押さえ、はふ、とあくびをする。
「ん〜……おはよ……悟空」
「おはよ、。おめえ駄目じゃねえか、外で寝ちゃ」
「……あれ?」
 自分が今どこにいるのか分かっていないらしく、は周囲を見回した。
 事態を理解すると、目の前にいる悟空を見やって苦笑する。
「あ、あはははー……ええと、なんと言いますか」
「その機械をいじくってて、疲れて眠っちまったんだろ?」
「うっ……その通りです」
 言い当てられ、彼女は俯いた。
 の頭をそっと撫でてやる。
「あんま、無茶すんなよ?」
「うん、大丈夫」
 彼女は大丈夫だと言い張るが、実のところ、無理をするなと言って聞かない性格だということは、悟空にはよく分かっている。
 多分、もう1人の自分とチチとのことで色々と気を揉んでいるからこそ、夜中に『力』を使うようなことをしたのだろうが――悟空にはどの事象よりも、のことの方が大事で、心配である。
「もしまた夜に出て、機械をいじるような時は、オラも呼ぶんだぞ」
「で、でも悟空寝てたし」
「それでも起こせって。な?」
 有無を言わさぬ笑顔で言えば、彼女は苦笑しつつ頷いた。

 朝食を済ませ、悟空はもうひとりの自分に誘われ、裏山で修行をすることにした。
 のことが気にならないでもなかったが、彼女が
「大丈夫だから」
 と言い張れば、ずっとついて回っているのも、かえって邪魔になってしまいそうで。
 結局言い負かされ、外に出てきてしまった。
 悟空とて彼女が本当に調子が悪かったりすれば、言い負かされないで押し返すのだが。


「……なあ、ちょっと聞いていいか?」
 午前中いっぱい組み手をし、休憩しようということで合意して手頃な場所に座り込んだ悟空に、もうひとりの自分が声をかけてきた。
「なんだ?」
「あのさぁ、おめえ、なんでチチとケッコンすんのやめたんだ?」
 いきなりの質問だが、相手が自分なだけに別に不審にも思わない。
 と出逢わなければ、自分は多分――チチと結婚していただろうから。
 悟空は首をかしげる。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
 彼は答えない。
 答える気がないのか、それとも答えられないのか分からないが、自分には量れない表情をしている彼を見やり、悟空は腕を組んで背後の木に背を寄せた。
「……ま、いっけどさ」
 小さく息を吐き、話を続ける。
「オラ、チチにはホントに悪いことしたと思ってる。でも……じゃなきゃ、駄目だと思ったんだ」
 ――もうひとりの自分に分かるだろうか。
 それとも、彼もチチに同じような感情を、感覚を抱いたのだろうか。
 に触れたときの、底知れぬ歓喜と高揚。
 彼女が自分の所にやって来てくれた時、悟空は己の心が満たされるのを感じた。
 立ち去ってしまった時は――
「あいつが天下一武道会でオラから離れていった時、なんちゅーか……自分の半分がいなくなっちまうみたいだって感じた。よく分かんねえけど、オラにはあいつが絶対に必要で、だからチチとケッコンしちゃいけねえし、できねえって思ったんだ」
 本当に、自分の血という血が固まったかと思うほどの寒気がしたものだ。
 離れて行ってしまう。
 出逢えないかも知れない。
 忘れ去られるかも知れない。
 誰か、自分の知らない別の男のために笑って過ごすかも知れない。
 そんなこと――許せなくて。
 誰かに取られるぐらいなら、絡めとってでも彼女を自分に縛り付けておく。
 それは『男』としての、凶暴なまでの本能的な感情だったけれど、悟空にとっては未だに不思議なもので、余りよく理解できてはいない。
 もうひとりの自分は小さく呟いた。
「……おめえ、いいな」
「なんでだ? おめえさ、チチのこと好きなんだろ? そういう気持ちに――なったことねえのか??」
 悟空にしてみれば、当然な質問だった。
 好きな人とするのがケッコンだと、クリリンから教えてもらったから。
「そりゃあ、チチのこた嫌いじゃねえさ。でも、おめえがを想うのとは、ちょっと……いや、全然違うみてえだ」
「そうなんか」
 彼は地面に座り、背中を石に預けたまま話を進める。
「オラはさ、修行で頭いっぱいんなっちまうと、他のこととかどうでもよくて、頭ん中真っ白んなっちまう。おめえは?」
「そうだなあ。修行してる間は修行のことで頭いっぱいだけどよ。でも、家に帰らねえってのは……しねえなあ」
 チチが叫んでいた言葉から察するに、もうひとりの自分は修行のために、平気で家を空ける。
 しかも連絡せず――つまり行方不明状態になるわけだ。
 自分がそれをやると、が心底心配してしまう。
 そっちの方が気になって、修行どころでなくなってしまう可能性もあるので、やらないし、できない。
 連絡をつけておくならば、まだいいのだが。
 もうひとりの自分はため息をつき、悟空をまっすぐ見やる。
「……オラとおめえってさ、姿かたちは凄ぇそっくりなのに、ココロん中は、なんか……違うみてえだな」
 悟空は知らず、口に出していた。
 ただひとつ、これだけは、という言葉を。
「――駄目だかんな。いくらオラそっくりでも、誰にもを渡す気はねえぞ」



2012・10・7