:注意:悟チチ好きさんには物凄くお勧めしません。
     チチさんが痛いです。不実が混じります。
     ドロっとしたのが苦手な方はすぐさま戻りましょう。
     自己責任でお願いいたします。







多重次元 2




 急に視界が真っ白になり、瞬間的に目を閉じたは、瞼の裏側に届かんばかりの光が静まると、ゆっくりと双眸を開く。
 目の前には緑と、畑の土色、そしてせせらぐ川。
 見慣れた風景が目の前にあった。
 ただ呆然と立ち尽くすの手を、悟空が軽く引っ張る。
 光の粒に包まれた時から、握られたままだった。
「……なあ。ここって……戻ってきちまったのか?」
 悟空が周囲を見回しつつ言う。
 は、それに答える事ができないでいた。

 天界で時空転移マシンを止めるために、1本のラインを手に取った――。
 でも、それでどうしてここに出るのだろう?
 目にしている光景は間違いなく自分たちの家で。
 つまり、元の場所に戻ってきてしまったという事で。
「……私にも良く分からないけど……なんか失敗しちゃったみたい」
 不用意に触れてはいけなかったのだろう。考えもせずに触っていいものではないと、分かっているべきだった。
 どういう概念なのか分からないが、戻ってきてしまったものは仕方がない。
 は小さく息を吐き、
「とりあえず、戻ってきちゃったものは仕方がないから……」
 表に出しっぱなしにしておいた洗濯物を、取り込んでしまおうと考える。
 そうして、酷い違和感に襲われた。
 悟空が首をかしげる。
「なあ、洗濯もんって……誰か取り込んだのか?」
「そんなはずは。だって私は悟空と一緒に天界へ行っちゃったし」
 干した場所に、洗濯物はなかった。
 誰かが取り込んだとしか考えられない。
 の患者がやって来て、気を利かせて取り込んでくれたのだろうか――。
 可能性は低い。
 変な居心地の悪さと違和感を感じながら、とりあえず家の中に入ろうと悟空を促す。
 悟空は良く分からないという表情をしたまま、家の扉を開いた。
 途端、中から怒声が飛んでくる。
「悟空さ!」
「……あ、れ? チチ?」
「え、チチさん?」
 悟空の後ろにいたは、彼の横から顔を出して家の中を覗き込む。
 確かにチチがいた。
 椅子に座っていたのか、テーブルに手を付いて腰を浮かせている。
 その表情は、どう好意的に見ても――虫の居所が悪いとしか言いようがない。
 なんだかひどく入り辛い状況の中、それでもとりあえず自宅に入る2人。
 チチはを一瞥し、悟空に視線を戻す。
 物凄い形相でテーブルを叩いた。
「悟空さ! 2週間もどこ行ってただ! 連絡もしねえでッ」
「へ?」
 ぽかんとする悟空。
 と悟空は顔を見合わせた。
 はっきり戸惑いが顔に出ている。
 彼女の言っている意味が、まるで分からない。
 困惑する悟空からに視線を移し、チチは胡乱気な瞳で問う。
「そんで? そっちの娘っこさ誰だ」
 驚きに更に目を丸くする2人。
 悟空は呆れたように言う。
「な、なに言ってんだよチチ。の事、忘れちまったんか? それに、どうしておめえ……オラんちにいんだ。遊びにきたんか?」
 それを聞いたチチは、血管を切れさせんばかりに怒り出した。
 髪が逆立つほどに怒り、家中どころか、外にまで聞こえるであろう轟音で叫ぶ。
「おらが自分の家にいちゃ悪いだか!! それに、おらはこのオナゴに会ったことなんかねえだよ!!」
「じ、自分の家!?」
 悟空が驚き、が絶句している間に、チチはもう一度テーブルを叩く。
「悟空さ! まさかそのオナゴをナンパしてきたんじゃあんめえな!!!」
「ちょ、ま、待った!」
 ひどく困惑した表情で、悟空はに問う。
……ど、どうなってんだ一体」
 困惑しているのはも同じこと。
 答える術もなく、怒りのオーラを出し続けているチチに時折目線を移しながら、必死に思考を巡らせる。
 自分の家に、チチがいる。
 それも、彼女はと悟空の家を、自分の家だと言い張っている。
 一体どうなっているのか。
 自分と悟空の頭が一挙におかしくなったか、幻覚を見ているとしか言いようがない。
 ぐるぐるとあれこれ思考を巡らしていると、
「たでえまー」
 背後から見知った声が聞こえてきた。
 無意味に明るい声は、が――そして悟空も良く知っているもの。
 思わず飛び退り、声の主を見やった。
「……な、な、な」
 悟空がその人物に指を示し、わなわなと震える。
 チチも、もだ。
 帰ってきた当人だけがキョトンとして周囲を見回し――異常に気付いて、一言こぼす。
「……オラがもう1人いる」


 悟空が2人、チチとの合計4人。
 チチは困惑したままお茶を出し、これまたも困惑したまま、お茶を受け取る。
 全員が席に着き、事のいきさつを――から話した。
 天界の『時空転移マシン』で、多分こういう状況になったのだと。
 もっとも、とて確信があったわけではない。
 ただ状況から考えると、それしかないだけであって。
 正確には分からないが、異能力者であるが、転移線に触れてしまったことによって、引き起こされた事象であるのは想像がつく。
 結果としてこんなことになるなんて、思ってもみなかったけれど。

 悟空さん――悟空が2人いるので、自分の夫じゃない方の悟空を『さん』付けすることにした――が、の話を聞いて、不思議そうに、でもなんとなく理解したように頷く。
「神様んトコの機械かー。よっく分かんねえけど、目の前にもうひとりオラがいるんじゃなあ」
 悟空も微妙な顔で、もうひとりの自分を見やっている。
「変な感じだな、オラがもうひとりいるって」
「オラだって変な感じだぞ」
 ……紛らわしい。
 少なくとも、は自分の夫を間違えるようなことはない。
 気配や感覚が、悟空と悟空さんでは少々違ったりするからだが。
「で、どうするだ。えーと、さん」
 チチに問われ、うーんと唸る。
「えっと……とりあえず、天界に行ってみようと思うんです」
 ただ、問題がないわけではない。
 こちら側の神様やミスター・ポポはを知らないので。
 考え込んでいると、悟空さんが明るく声をかけた。
「じゃあさ、オラが連れて行ってやるよ。もうひとりのオラでもいいけど、オラの方が都合がいいんじゃねえか?」
「悟空さ!」
 チチが咎めの声を上げるが、言われた当人は飄々としている。
「だってよ、こっち側のオラの方が、色々説明できんだろ?」
「……あの、じゃあ、お願いします悟空さん」
 ぺこりと丁寧にお辞儀をする
 チチは大きくため息をつき、で、と自分の夫を見やる。
「2週間もどこさ行ってただ」
 悟空さんは頭をかりかりと掻き、ばつが悪そうに笑った。
「いやぁ……修行してたら、すっかり時間が経つの忘れちまって」

 どうやら、こちらの悟空は、自分の夫よりも修行好きのようだと思う、であった。


2012・2・11