落明愁夢 4



 部屋を出た悟空とクリリンは、別の広間にいた。
 リビングというよりはちょっとした休憩室のような場所だ。
 2人は何を飲むでもなく、ただ椅子に座っている。
「なあ悟空……ブルマさんの言うことももっともだ。お前はどうしたいんだ?」
 クリリンの問いに、悟空は眉を潜めた。
 どうしたいか。
 ……何かが間違っているとしか言いようがない。
 その間違いの部分は分かっている。
 自分がチチと結婚すると言ってしまったことだ。
「悟空。そもそもお前、なにを考えて結婚するなんて言ったんだよ」
「……オラ、ほんと言うとさ……なにも考えてなかったんだ」
「マ、マジか?」
 こくんと頷く。
 ――そう、あの時。
 チチに結婚を求められた時、悟空は物事を深く考えていたわけではなかった。
 ただ単純に、一緒に住むものだと聞かされて。
 でもと一緒にいちゃいけないなんて言われなくて。
 ちょっと考えれば分かることだったのに、悟空はすっかり言葉を鵜呑みにした。
 結婚がどういうものかは、クリリンから大会後、懇々と教えられて今は漠然とながら理解している。
 心から一緒にいたい、傍にいたいと願い、するのが結婚だ、と。
 そういう意味では、悟空はチチと結婚できない。
 幼い頃の約束を律儀に守った結果が彼女との結婚であり、片時も離れずに側にいたい存在ではないからだ。
 だが、既に悟空は彼女と結婚すると言っている。
 これをどうすればいいのか、また、どうやればが戻ってきてくれるのか、悟空にはさっぱり分からなかった。
 深くため息をついた悟空の後ろから、チチの声がかかる。
 部屋から走ってきたのか、彼女の息は少々上がっていた。
「悟空さ、ここにいただか。なあ、これからどうするだ?」
 悟空の腕を引っ張って立ち上がらせ、チチはその腕に自身の腕を絡ませて引っ付く。
 クリリンが悟空を見やると、彼は迷惑そうにしていた。
 くっ付かれるのが好きじゃないらしい。
 そんな様子に気付かず、チチは笑顔で悟空に喋りかける。
「なあ。フライパン山のおっとうのトコに戻って、式させねば――」
「式?」
 不思議そうに首を傾げる彼に、チチは呆れたように言う。
「あたりめえだべ。結婚式させねば、おらと悟空さ、ちゃんと結婚したことになんねえでねえだか」
「じゃあ……じゃあオラ、まだおめえと結婚してねえんだよな!」
「? そうだべ。まだ『婚約』の状態だべさ」
 婚約云々の意味は分からなかったが、悟空はチチの腕を振り解くことも忘れ、クリリンを見た。
「じゃあ、オラ……オラまだ……」
「なにを言ってるだ?」
 訳が分からないらしいチチに対し、クリリンは少し考えた後――頷いた。
「お前にその気があるなら、だけどな」
「……そっか。そっか! 戻ってきてくれっかも……っ!」
「悟空さ!」
 チチが腕を思い切り引っ張る。
 悟空は彼女を見やった。
 眉根を寄せ、今にも叫びださんばかりに顔を赤くしている。
「なんだよチチ、今、オラ考えごとを――」
「――ッ!! あのオナゴのことなら、考えることなんかねえべ! 忘れるだよ!! もうここにはいねえだべ! 悟空さはおらと結婚するだっ!!」
 離さないという意思表示として、チチは悟空の身体に腕を回してしっかり抱きしめた。
 悟空が力で外すことは簡単だが――怪我させかねないため、なすがままの状態になっている。
 腰に纏わりつく感覚に眉を潜めながら、悟空は彼女に話しかけようとした。
「チチ、オラは――」
「いい加減にするだ! あんなオナゴの何処がいいだ! 本当に悟空さが好きなら、いなくなるなんておかしいべ!! 他に好きな男がいたから、悟空さを諦めただ! 悟空さはあのオナゴに騙されただよっ!」
「違うっ!!」
 悟空が叫び、チチを引き離す。
 その瞳は真っ直ぐで、が自分を騙したなどということは全く信じていない。
 真摯な眼差しに、チチもクリリンも驚いた。
「あいつは……はなんも悪くねえ」
 ――そう。
 彼女が消えてしまったのも、さよならと言わせたのも自分。
 泣かせた。
 あんな悲しそうな、寂しそうな目は初めてだった。
 今なら分かる。
 心底――彼女に惚れている自分を自覚できる。
 たとえ、チチの言うとおり他に好きな男がいたとしても、奪おうとしている位。
 こんな想いを抱えているのに、どうして別の女性と結婚などできようか。
 気付くのが遅い、とブルマに怒られるだろう。
 彼女の先ほどの激怒具合も分からなくない。
 悟空様子の様子に、チチは更に眉を吊り上げた。
「そ、そったらこと……そったらこと分かんねえべ!」
「……オラはが」
「――き、聞きたくねえ! おらは認めねえだ! 悟空さはおらと結婚するだ!!」
 言うが早いか、その場から立ち去ってしまった。
 クリリンが大きくため息をつく。
「どちらにせよ、ちゃんが戻ってこないとな……。戻すなら絶対に早い方がいいぞ」
「そりゃあ、早く会いてえよ」
 違う、と首を振るクリリンに悟空は首を傾げる。
ちゃん、きっとお前のことを忘れるのに必死だろう? それに傷ついてる。――他の男に言い寄られて、そいつとくっ付いちまうかも知れないだろ」
「――っ!! 嫌だッ!!」
「……もういっぺん、ブルマさんに頼んでこようぜ。お前、ちゃんと自分の気持ち自覚したみたいだしな」
 言うが早いかクリリンはリビングに向かって歩き出す。
 けれど何十歩も行かないうちに、ブルマと鉢合わせた。
「あ、ブルマさん。今そっちへ行こうと――」
「孫くん」
 クリリン言葉を遮り、ブルマは真剣な目を悟空に向ける。
 悟空の返答を待たず、彼女はそのまま話し出した。
「今さっき、の父親だって人から……よく分からないんだけど心を通じて会話してね」
の父ちゃんが?」
「……孫くんが、を本気で求めるなら……私とその人が協力するわ」
「ほんとか!?」
 一気に全身に喜びがかけ上げる。
「じゃあ、じゃあ、を早く呼び戻してくれよ!」
「……できないわ」
 どういうことです、とクリリンが問えば、ブルマははっきりとした口調で言った。
「孫くんがあちらへ行って、を連れて来るのよ」




また無茶苦茶してんなあ、自分…。
2006・5・30