それは、午前中の治療が終わって、が一息ついた時のことだった。
 携帯に着信が入り、画面を見てみれば、
(ブルマだ。なんだろ……?)
 西の都に住む親友からの連絡で。
 はいつも通り電話に出、
「もしもしブルマ?」
「…………オレだ」
 誰だ、と固まった。




夫婦と娘とライバルと



「べジータよォ……が驚いてたぞ。ブルマからの電話だと思ったら、おめーでさぁ」
「フン。無礼な女だ。このサイヤ人の王子がわざわざ連絡してやったのに、驚くだと? 感謝か感激するのが筋だろう」
「なんでが、おめぇからの電話で感謝だの感激だのしなきゃなんねぇんだよ……オラやだぞ」
 コーヒー片手に、ソファに踏ん反りかえっているべジータを眺めながら、悟空は勝手に緑茶を入れると、彼の向かいに座った。
 『用事があるから来い』とべジータに連絡をされただったが、生憎と仕事と子供の面倒が立て込んでいたため、外出する余裕がなく。
 そこで修行をしていた悟空にお鉢が回ってきた、という訳だ。
 いつも通り瞬間移動でカプセルコーポレーションに出て、べジータを見つけたはいいが。
 を呼びつけたべジータ当人は、何食わぬ顔でコーヒーなど飲んでいる。
 用事があったんじゃなかったのか。
 に会いたいがために呼んだ、などという想像すら、彼の場合はできない。
 ヤムチャならば、多少は有りうるかも知れないけれども。
 悟空は少しばかり熱い茶をすすりながら、べジータを見やった。
 表情に全く変化はないが、少しだけそわそわしている気配がある。
「なあべジータ、そんでなんの用事だったんだ? じゃねえとダメな事なんか?」
「せっかちな奴だ」
「だってよぉ、も気になってっぞ、多分」
 やれやれとばかりに、やっとで彼は腰を上げた。
 おもむろに冷蔵庫へと向かったかと思うと、なにかを取り出し、更にキッチンでがさごそと作業をしている。
 ――オラがこんなに異様だと思う光景も、結構珍しいんじゃねえかなあ。
 台所に立つ長年のライバルである男の姿を眺めながら、悟空は一気にお茶をすすった。
「なあべジータ……オラ、おめえが台所に立ってっと、ちぃと鳥肌立つんだけどなんでだろうな?」
「貴様、それはオレに対しての侮辱か」
「そ、そういうつもりじゃねえけどさあ」
「今すぐ倒してやってもいいが、残念ながら今は貴様の相手をしている場合ではない。――よし」
 深く頷くと、べジータは20センチ四方ほどの白い箱を悟空に手渡す。
 悟空は目を瞬きながら、お茶をテーブルに置いて、それを受け取った。
「な、なんだよコレ」
「……持って帰れば分かる。いいか、絶対に揺らすな。傾けるな。そして落とすな」
「あ、ああ。それが用事だったんか?」
「そうだ。さっさと帰れ」
 呼びつけておいてこれだ。
 悟空は片手で箱を持ったまま、後頭部をかりかり掻く。
 べジータに『両手で持て、この阿呆が!』と怒られた。
「じゃあオラ帰る」
「フン」
 手先でさっさと帰れと更に言われ、悟空は瞬間移動で自宅へと戻った。



 はたいてい、子供たちのおやつ時には仕事を切り上げて戻ってくる。
 というか、患者側も急患でなければこちらの事情を分かっていて、家族との時間を優先させてくれる。ありがたい話だ。
 そんな訳で、は今、悟空がべジータから受け取ってきた白い箱を前にし、微笑んでいた。
 その隣には、きらきらと目を輝かせている娘の姿がある。
「すごいねお母さん! びっくりした!」
「そうだね。はい。カードがついてた」
「うん」
 箱の中にこっそりと入っていたそのカードを見て、が感激か感動かで、顔をほんのり赤らめている。
 本当に嬉しいのだろう。
 カードを抱きかかえながら、は箱の中に納まっていたもの――ケーキを見つめた。
「これ、べジータさんが作ったんだって! すごい。わたし作れないよ。お母さんが作ったみたい!」
「つーかアイツ……からのチョコがホントに嬉しかったんだなあ」
 ひょこっとの隣から顔を出した悟空が、の肩に顎を乗せながらそんなことを言う。
 先月、バレンタインではべジータに手作りのチョコを贈った。
 そのお返しとしてやって来たのが、このホワイトチョコレートケーキ。しかも1ホール。
 更に言うならば、どこぞの店で売っても遜色ない程の見栄え。
 ふわふわのスポンジをクリームでコーティングし、更に薄くスライスしたホワイトチョコが、雪かなにかのように散りばめられている。
 乗っかったイチゴとブルーベリーの飾りつけも妙に均等。
「べジータ、パティシエとして仕事できそう……」
 しみじみそんな事を思いながら、を覗き見る。
「おやつに食べようか」
「うん!」
「なあ、そのカード、なんて書いてあったんだ?」
「ヒミツなの!」
 言うが早いか、みんなを呼んでくると言ってその場から逃げ出してしまった。
 悟空は小さくため息をつき、の腰を引き寄せた。
「お父さんとしてはヤキモチかな?」
「オラやだぞ。が、べジータと結婚してぇとか言い出したら」
「……既にブルマと結婚してるし、それはないよ。ていうか、そんな事を言い出したら、まずトランクス君が暴動を起こす思う」
「その前に悟天じゃねえか?」
 そうかも。
「あのカード、なんて書いてあったんだろうなあ。オラすっげぇ気になっぞ」
「あんまり突っ込みいれすぎると嫌われるよ、お父さん」
 くすくす笑う
 悟空の抱きしめる力が強くなった。



 は、悟天たちを呼びにいく前に部屋に戻っていた。
 べジータから貰ったカードをじっと見つめる。
 そこにある文字は当人のぶっきらぼうさを表していたが、それでもにとってはとても温かい言葉だった。

 ――このケーキはオレの礼だ。手作りだから味わって食え。
 ――チョコは美味かった。今度はトランクスにも作ってやれ。喧しくて敵わん。

「トランクスくんは、たくさん貰ってるからいらないと思う」
 報われない言葉を誰にともなく言い、は大事なもの入れに、丁寧にカードをしまい込んだ。
「べジータさんありがと!」
 カードにぺこりとお辞儀をし、改めて皆を呼びに向かう。
 べジータお手製ケーキの味を想像しながら。



相変わらずトランクスが悲惨な…。
2009・3・14