戻っておいで



 悟飯を部屋に引き入れたは、彼を床テーブルの側に座らせると、キッチンへ行き、お茶を持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 彼はお茶を受け取り、手に持ったままあちこちに視線を移している。
 は彼の向かい側に座った。
「ごめんね、汚くしてて」
「いや、そんなことないよ」

 の住み家は広くはない。
 ロフトつき1DK。
 けれど、普通の1DKよりは大きく、割に家賃は安いというお得物件だ。
 ただ、バイトや勉強などの都合により、掃除は孫家より――または同等に――できているかと言われれば、もちろん否だ。
 収納場所も限られているため、洋服が増えるようなことは全くない。
 実入りが少なすぎてやっていけない訳ではないが、洋服を買ってどこかに行くということがないため、しゃれ込むための費用など使った覚えがない。
 ここへ来て一番買い揃えた物といえば、高校受験のための物程度だ。

「それで、話があるって言ってたけど?」
 お茶を口に含んで飲み込んでから問う。
 に言われ、あちこちに移していた視線を慌てて彼女に戻した悟飯は、お茶を一口飲んで、カップをガラステーブルの上に置いた。
「ミスター・サタンには会えた?」
「うん。昨日会ってきて、一晩泊まって丁度帰ってきたトコだったから」
 そう、と頷く悟飯。
 それが話だったのだろうか?
 首を捻る
 悟飯は聞き難そうに、彼女の顔をみながら言う。
「……それで、どうだった?」
「どうって――うん、普通だった。元々何かして欲しいとか思ってたわけじゃないし、私の気持ちの切り替えっていうか……そういう意味で、会いに行ってきたわけだし」
「……うん」
「で、答えはちゃんと出たから、それでいいかなって」
 はにかみ笑いをする。
 彼は深く聞かなかった。
 代わりに、次の質問をする。
「でね、僕が今日来たのは――」
「うん」
さんに、僕の家に戻って来る気はないかって聞くつもりで」
 は目を大きく開けて悟飯の顔を見た。
 嘘偽りはない、真剣な瞳。
 唐突過ぎて――いや、考えようによっては、そう唐突でもないのかも知れないが――の思考はぐるぐると廻ってしまう。
 彼女に充分、考える間を置きつつ、彼は話を進める。
「ウチの皆で考えたんだ。もし、さんがサタンさんの家に住むならそれでいいけど、そうじゃなかったら――戻ってきてもらえないかって」
「だって、私なにもできないのに」
「できるとかできないとか、そんなの関係ないんだよ」
 悟飯は言い含めるような様子で、懸命に言う。
「僕らはさんを家族だと思ってる。だから1人暮らし、凄く心配なんだ」
「……うん」
 悟飯の母や兄妹が、心底自分を信用してくれているのは理解しているし、嬉しく思う。
 できることなら、ずっと孫家で暮らしていきたいとさえ思っている。
 育ての親が心から望んだでろう、『の幸せ』を近くで見ていられるし。
 自分勝手な思いかも知れないが。
 だから悟飯の言葉は、にとってとても磁力がある。
「悟飯くん。私、高校行こうと思ってるの。さん、許してくれるかな」
 不安そうに言うに、悟飯はふっと微笑んだ。
「そんなの、母さんに言ったら怒られるよ。『がやりたい事を、私が否定すると思ってんの?』って」
 確かに、それが間違った事なら別だが――は基本的にやりたい事をやりたいようにやらせてくれる。
 中途半端でなければ。
 杞憂になるだろうと思いつつ質問してしまうのは、が1年程度ではあるが――孫家から離れていたからだろう。
「悟飯くん。私、こっちで高校が決まり次第、戻ろうと思うんだけど――それをさんに伝えておいてくれるかな」
「うん。僕も楽しみに待ってるから」
 言い、悟飯は嬉しそうにお茶を飲んだ。
 も同じように微笑み、お茶を口に含んだ。



2008・10・28