窓の外で空気が揺れる。 家人はもう寝静まっているはずの時間。 はなるべく物音を立てずにベッドを抜け出し、家の玄関ドアをくぐって外へ出る。 都では感じられない、澄んだ空気。 この月夜の中だからこそ、彼女は日の出ている間にはまったく顔を見せない気持ちを、素直に外に放出する事が出来る。 ――不安という、気持ちを。 位置づけ は家の側にある木に背中を預け、ただじっと座り込んで瞳を閉じていた。 山の空気は静かで心地よくて、それでいてどこか柔らかい。 「……さん、どうかした?」 「!! びっくりした……悟飯くんか」 唐突に声を掛けてきた人物。 気配を消していたのか、それともが気付かなかっただけか、ともかく悟飯が目の前にいた。 彼は隣に腰を下ろし、ふぅ、と息を吐く。 「家の中にいる気配がなかったから、ちょっと驚いた」 「ごめんなさい」 謝るに、悟飯は少々慌てたような口調で言う。 「あ、いや……えっと、別にほら、気で側にいるとは分かったから……うん、謝る事ないよ。それより、どうかした? 最近よくこうやってるよね」 「知ってたの?」 気付かれていないと思っていただけに、は目を丸くして悟飯に聞いた。 彼は少しだけ苦笑いし、 「だって気で分かるからさ」 頬をぽりぽりと掻いた。 はそんな悟飯に笑いかけてから、視線を少し横に移動させた。 すぐ側を見やれば孫家がある。 そこはもうずっと――生まれてきてからずっと住んでいるみたいに心地いい場所。 家の人はみんな優しくて、を本当の家族として扱ってくれている。 彼女がここに――に本当の両親の手紙を渡しに来てから、早いものでもうすぐ2年経ってしまう。 不満という不満はない。 けれど、不安はある。 自分がこの先――どうすればいいのかという不安が。 「悟飯くん……私ね、最近どうやってこの先生きていけばいいか分からなくなる事があるの」 「この先?」 こくりと頷き、暫くどう言えばよく伝わるかを考え――結局上手い言葉が見つからず、気持ちのままに喋る事にした。 「さんも悟飯くんも悟天くんもちゃんも大好きで……でも私は本当の家族ではないし……」 「そんな。僕らはもう本当の家族みたいなものじゃないか」 「分かってる。みんながそう接してくれるのは。でも」 一瞬口をつぐみ――は悟飯の顔をじっと見た。 そうしてからまた口を開く。 「私、ちゃんと考えてない。ちゃんと対峙してない」 「?」 「決めなくちゃいけないと思うの、最近特に。今みたいに流されてフラフラしてるんじゃなくて、自分で、納得したいの」 上手く言えない。 は歯噛みした。 こんなのでは、言いたい事の半分も悟飯に伝わらないだろう。 彼は言葉を挟む事はせず、ただじっとの言葉を待っている。 気持ちが済むまで付き合ってくれる気なのか、催促するような雰囲気も全くない。 少しばかり冷静になり、はぽつりぽつりと――断片のような言葉をつなぎ合わせ、全部ではないにしろ、想いが伝わる程度の言葉を形成する。 「さんに最初手紙を持ってきて……ずっと一緒にここで暮らしてて……。それで……さんが凄く強いと思った。本当の両親に捨てられて、でも全然そんな事気にしてなくて……」 そう。 強いと思ったのだ。 普通、あんな――いきなり捨てた親からの手紙を渡して、それでも平然としているなんて、出来る事ではないと思った。 泣きも喚きもせず、ただ事実を受け入れて、翌日も普通に生活しているなんて。 「でもね、一緒に暮らしてて分かった気がしたの。さんは……他の事は分からないけど、親の事についてはちゃんと……自分の立ち位置を決めてたんだって」 彼女が揺らぐ事がなかったのは、本当に本気で育ての親が自分の親だと――心の底からそう思っていられるからだ。 そう『位置づけ』をした。 との違いがそこにある。 勿論とて育ての親が本当の両親だと思っている。 でも――違う。 少なくともは、自分の本当の親がどんな人なのかを知らなければ、納得できないだろうと気付いてしまった。 それを解決できない間は、きっと不思議な不安感も消えてくれないだろう。 もう家族だと言ってくれる悟飯たちに、本気で家族として向き合う事ができないのは、とても辛い事。 だから。 「だから……私も、自分の気持ちに、きちんと向き合ってみたいんだ。そしたら、ちゃんと悟飯くんたちと一緒に気持ちよく暮らせると思って」 「僕は」 今まで押し黙っていた悟飯が口を開いた。 「僕は……さんをもう家族だと思ってる。でもそのさんが自分に必要な事だと思うなら――なんでも協力するよ」 「……悟飯くん」 悟飯は微笑み、ゆっくりと家の方を見る。 「……母さんはさんから見たら凄く強く見えるだろうけど、本当は……物凄く脆いんだよ。父さんがいないと、こんなになっちゃうんだ、ってぐらい」 「……お父さん、かぁ…」 にとっての本当の父親というのはミスター・サタン……らしい。 困惑気味に悟飯に問う。 「会った方がいいと思う? その、私の……本当のお父さんに」 彼は少しだけ考える素振りを見せた。 微妙に苦々しい笑みを浮かべているのは、多分セル戦の時の事があるからだろうが。 「僕は――そうだね、一度でも会っておいた方がいいんじゃないかと思うよ。それに、さんはもう決めたんでしょう?」 「――うん」 納得するためには、気持ちを整理するためには会う必要がある。 そう感じている。 だったら、やるべき事は決まっている。 「……悟飯くん、私暫く……街で生活してみる」 街で1人になって色々決めてくる。 自分のために。 ――そう告げた。 2008・9・26 |