家族



「……けほけほ……」
「はい、コレ飲んで」
 ベッドで寝ているを起こして薬を渡す
 受け取ったそれを流し込むみたいに、一気に飲み下す。
 は大きくため息をつき――また咳をした。
 側にいる悟飯はやたらと心配そうに彼女を見ている。
「母さん、さんは……」
「平気。とりあえずは初期段階の風邪だってタド先生が。温かくして安静にして――食べる物きちんと食べれば良くなるって」
 額に冷たいタオルを乗せられ、はそのひんやりとした感触に心地よさを覚える。
「ごめんなさい……」
 悟飯は首を横に振る。
「謝る事じゃないよ。しかし……風邪かぁ……」
「まあ、うちの子たちの中では一番普通なんだろうね、は」
 が苦笑いする。

 孫家の中で風邪をひいた事があるといえば、だけだった。
 今回ので2人目という事になる。
 体力の有り余っている悟飯や双子は、風邪どころか、程度の軽い病気の類を一切やらない。
 サイヤ人の血が混ざっているからなのだろうが、体力的に超人のレベルに入っている彼ら。
 風邪程度では、体の方が強くてウィルスが逃げ出すようだ。
 とはいえ、以前の悟空のように心臓病ウィルスには、さすがのサイヤ人も人並みであるが。

「悟飯、頼めるかな。私双子のほうの面倒もみなくちゃいけないし……あ、おかゆも作らなくちゃ」
「分かったよ。さんの方は僕に任せて」
「お願いね」
 言うと、はトタトタと部屋から出て行った。
 残された悟飯は苦しそうにしているの側に椅子を寄せ、そこに座る。
 しかし居たからといって、なにが出来るわけでもない。
 じーっとを見続けているのも、彼女の気分を悪化させそうなものだ。
 暫く考える素振りを見せていた悟飯は、立ち上がると部屋を出た。
 すぐに戻ってきた彼が手に持っていたのは、一冊の本。
 が問う。
「なんの、本?」
「うん? 歴史の本。最近内容が大幅に増えたから……ほら、セルとの戦いの辺りが」
 見せてくれと頼むと、悟飯はにも見えるように本を上手く開いた。
 横になりながら字面を追って行くと――
「ねえ悟飯くん、これって嘘八百っていう奴だよね?」
 どうも、以前に悟飯から聞いたセル戦の内容とはかなり違う……なんと言うか、あちこち弄くられて、妙に演技がかった文面になっている。
 もしミスター・サタンが好きな人間ならば、そっくりそのまま丸呑み知識にするだろうが、残念ながら、はミスター・サタン贔屓ではない。
 どうも空々しい絵空事だと感じてしまう。
 まあ世界的には、そう感じてしまう側の方が少数である事は間違いないのだが。
 悟飯は苦笑いした。
「確かに……その、戦ったのは僕らだけど。別に有名になりたいわけじゃないし、逆に有名になると困るから、ミスター・サタンの存在って案外ありがたいんだよ……あ」
 急に申し訳なさそうな顔になる悟飯に、は首を傾げた。
 ずり落ちそうになるタオルを額に乗せなおし、どうしたのかと問うと、彼は暫し口ごもっていたが――黙っているのもなんだと思ったのか、苦笑いした。
「ほら……さんの本当のお父さんの事を……悪く言うみたいで、さ」
「ああ……」
 確かにはミスター・サタンの実の娘らしいが、自身はそんな事には余り頓着していない。
 育ててくれた親が、本当の親だと割り切っているから、案外気にならないものだ。
 とはいえ、全く気にならないわけでもないのだけれど。
「平気。気にしないで? だってまだちゃんとした面識もないわけだし……それに余り実感もないから、大丈夫」
「……うん、ごめん」
 律儀に謝る悟飯は、本当に優しくて気遣いの出来る少年だと思う。
 今は村の中だけだから、そうモテてもいないようだが。
 街に出るようになったら、相当いい具合になるのではないだろうかと勝手に思ったりする。
「それにしても……けほっ……凄いよね、こーゆーの……」
 誰が許可して教科書を作っているのか知らないが、嘘をここまで並べ立てて、しかもそれが通ってしまうというのは凄い。
 読んでいて別の意味で楽しいが。
「けほっ……けほん」
「水飲んだほうが良いよ。水分いっぱい取ってしっかり汗かかないと」
「うん……ありがとう」
 悟飯から水を受け取りごくごく飲み――ベッドに沈み込む。
「少し眠くなっちゃった……ごめんね、寝る……」
「大丈夫、お昼になったらちゃんと用意して起こすから……ゆっくり寝て」
「ん……」
 小さく頷き、は静かに目を閉じた。

 ……。
 暫く後に、彼女の静かな寝息が聞こえてきた。
 悟飯は静かに、の額に乗っている、温まってしまったタオルを水で冷やし、また同じように乗せてやる。
 そう熱は高くないから、すぐによくなってくれるだろう。
 お昼まではまだもう1、2時間ある。
 静かに歴史の本を開いて読み始める悟飯。

 家族のような――恋人のような――とても温かい風景。
 その風景はお昼に悟天とを心配して、うるさく走ってくるまで続くのだった。



2008・5・9