父ちゃん


 目下の育ての親であるの手が仕事で塞がり、その息子の悟飯が勉強に集中している時、孫家の双子の面倒を見るのは、の仕事である。
 頼まれたわけではないのだけれど、御世話になっているという面と、勿論自身が双子――悟天とを気に入っているという面で、彼らの面倒を見る事が多々ある。
 ついでに頼まれごとをされればそれもこなす。
 という事で、本日がやるべき事は食材確保……要するに村での買い物と、悟天、の両名の面倒を見る事だった。

「少し遅くなっちゃった……」
 呟きながら荷物を両手にして、足を早める。
 悟天とが、村の広場で遊びたいとごねるので、買い物を済ませてしまわねばならなかったは、仕方なく双子を広場で遊ばせ、自身は広場のすぐ近くの雑貨店で買うべき物を買ったのだが、特売日だったのか、いつもより時間がかかってしまった。
 まだ小さな双子を、広場に置いていく事には抵抗があったが、見える範疇だったので、そう心配もないだろうと結論を出した。
 失敗だったかなと考えているうちに、広場の前に着く。

「えーっと……いたいた。……?」
 なにやら双子の他に、2人ほどの男の子がいる。
 一緒になって遊んでいるのかと思ったが、どうも雰囲気がおかしい。
 悟天は雰囲気を荒くしているし、は今に泣き出しそうな気配だ。
 が歩いて側に行く前に、少年達の方から声が響いてきた。
 2人の少年のうち、背の高いほう――悟天やより年が確実に上の少年――が、双子を小ばかにするような目で見ながら、言葉を発している。
「おまえんち、父ちゃんいねえんだろー?」
 背の高い少年の隣にいた少年も同じように言う。
「いねえんだろー」
 言いながらを突っつこうとして、悟天に阻まれた。
 さすがお兄ちゃん。
「だからなんだよぅ!」
 悟天が言う。
 からは、がなにをしているのか分からないが、一生懸命に涙を堪えているのか――怒っているのか――肩が大きく上下している。
 大きな少年が悟天を軽く突き飛ばす。
 かといってよろけたりもしないが。
「父ちゃんいない奴は村の広場で遊ぶなよー」
「そうだそうだー!」

 その言葉を聞いたは、頭にきて今まで止めていた足を動かし、ズカズカと少年たちと双子の間に割って入った。
 いきなり現れた、明らかに年上のに、少年2人はたじろぐ。
 そんな事など全く気にせず、は少年を睨みつけた。
「なにしてんのよ」
 大きな少年は気勢をそがれながら、それでもに対抗する。
 その根性だけは認めてやりたいところだが、そもそも意見する事柄に間違いがある。
「だ、だって……こいつら父ちゃんいないからさぁ」
「それがどうしたっていうの」
 更に眉を寄せて睨みつける。
「お父さんがいないから広場を使っちゃいけないとか、イジめていいとか、誰が決めたの? 第一、父親がいないからって、なんだっていうの。悟天とになんの違いがあるっていうの」
 少年2人は無言で顔を見合わせ、肩を落とした。
 大人気ないと分かりながらも、悟天とをイジメる少年たちに好意を持てというのは無理な話だし、残念ながらはそこまで大人でもない。
「ごめんなさい、は?」
 ビシッといわれ、少年たちはの後ろにいる双子に向かって頭を下げる。
「ご、ごめんなさい……」
「もうしません……」
「よし」
 は少年2人の頭をぐりぐりと撫でてやった。

 帰宅し、後はもう寝るだけの段階になって静かな孫家のリビングで1人、が入れてくれた紅茶を飲んでいた。
「……あ、さん」
「悟飯くん勉強終わったの?」
 紅茶のカップをソーサーに置きながら言う。
 悟飯は「とりあえず今日は終わり」と言いながらの向かいの席に着いた。
「あ、ごめんね。紅茶全部飲んじゃった」
「いいよ、もう寝るし」
 言いながら悟飯は真剣な目になり――ばっと頭を下げた。
「ありがとう」
「……は、え? へ??」
「今日、悟天とから聞いたんだ。さんがイジめられてる双子を助けてくれたって」
「あー……やめてよ悟飯くん。双子のためじゃなかったんだから……そんな丁寧なお礼されたくないよ」
 顔を上げ、不思議そうな視線を向けてくる悟飯に、は小さく息を吐いた。
「自分のために怒ったんだもん。父さんがいないーって……ほら、なんかね、自分にも当てはまる所があったりするから」
 そう、確かにあの少年達の言葉は、にもある意味で痛い言葉だったのだ。

 の本当の父はミスター・サタンだという事だけれど、気持ちの上での本当の父は育ての親――の両親――なのだ。
 だから父親がいないわけではないけれど、それでもどこから聞き出したのか、イジメっ子は、を本当の父親に捨てられた子供として扱った事がある。
 その記憶があるから、双子が言われた『父親がいない』発言に無性に腹が立った。
 双子のためが半分、自分のためが半分。
 お礼を言われるような動機じゃない。

「だから、お礼なんて言わないで?」
 苦笑いになっているであろう己の表情を無視して、それでも笑う
 だが悟飯は優しく微笑んだ。
「それでも、悟天とのためにも怒ってくれたんだったら、僕は何度でもお礼を言いたいよ。……ありがとう」
「……うん」

 とても――とても優しい人たちだとは思う。
 孫家の人たちと一緒にいられて、本当に本当に幸せだと――心底思った。




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悟飯というより、双子な話だったかも。
2005・11・29