お出かけ先で



 大声を張り上げるが、声は都会の喧騒に飲み込まれて、遠くまで届かない。
 黒髪の少女は緑色の瞳を忙しなく動かし、どうにかして、この状況から逃げられないかと考えていた。
 完全に袋小路になっている場所。
 背中には壁の冷たさがある。
 少女――――は目の前の者たちに不安を見せないよう、キッと強い視線を向けた。
 視線を向けられた者たちは、一様にニヤついた笑みを顔に貼り付け、手でナイフを弄んだり、壁を殴る仕草をしていたりする。

 はそっと手を握っている存在を確認した。
 彼女の手を握って側にいるのは、厄介になっている家の娘、だ。
 不安そうな顔など微塵も見せずと前にいる者たちを見比べている。
「さて大きなお嬢ちゃん、いい加減観念してくれや」
「観念なんてしません」
 前にいる3人の者たち――少年たち――は、眉根を寄せた。


 ここは東の都。
 空は橙色に変わろうとしてもいい頃合い。
 今日はちょっとした買い物で、孫一家――を含む――全員で都に来ていた。
 別になんの事もなく買い物を済ませ、昼食を食べてまた暫く買い物をし、ただ普通には手を繋ぎながら歩いていた。

 それが、急に何者かに腕を引っ張られ、連れ去られた――多分。
 なにを嗅がされたのか分からないが、暫く気を失っていたようなのだ。
 気付いた時には、少年たちがどこだかの裏路地に入ろうとしている時で、慌てて少年の腕から逃れ、を連れて逃げ出したのである。

 で、どこをどう迷ったか袋小路に入ってしまった、という次第。

「あなた達、なんの目的があって私たちを襲うの?」
 声を出す事で恐怖を誤魔化しつつ、聞きたい事を聞く。
 答えてくれるとも思っていないが。
 少年の1人、リーダー格らしい背の高い男が無感動に言う。
「そんなの決まってんだろ。ちょっと楽しませてもらうだけさ」
「……」
 無言でいるの服の裾を、がきゅっと引っ張った。
 怖がっている反応と明らかに違ったので下を向くと、なにか考えているらしい素振りを見せている。
「どうかした?」
「おねーちゃん、あのね、あのね」
「?」
 は少年一人一人に指をさし、
「あのひとと、あのひとと、あのひと」
 それからを改めて見た。
 そして口にする。
「ろりこん、というひとたち?」

 ロリコン。

ロリータコンプレックス。

「……ぷっ」
 の真剣な瞳に、は思わず噴出していた。
 この状況で、そんな事を言われてるとは思わなかった。
 肩の力と緊張感が一気に抜ける。
 少年はわなわなと肩を震わせ、怒りに瞳を燃やしていた。
「ロ、ロリコンじゃねえ!! くそ、テメェからだ!!」
 叫び、に掴みかかる少年。
 小さく悲鳴をあげながら、その掴みかかった少年の手を、思わず捻って投げていた。
「……あれ?」
 投げた当人もビックリである。
 空いた時間に、悟飯に稽古をつけてもらったりしているは、知らないうちに武道の基礎以上のものを、しっかり心得るようになっていたのだ。
 投げられた少年は背中を壁に強かに打ちつけ、ずるずると地面に落ちて、へなちょこな格好のまま気を失っている。
 打ち所が悪かったんだろうか。
「も、もう容赦しねえぞ!!」
 残った2人に羽交い絞めにされ、が呻く。
「い、いや! 離してよ!!」
 バタバタと暴れるの頬を、少年の1人が平手打ちする。
 それを見たがカッと目を見開いて――泣き出した。
「うわぁぁあああーーーーん!!」
 思いがけず大きな声に怯む少年2人。
「が、ガキを黙らせ……」

「見つけた!!」

 新たな声が割り込んできて、少年達がハッと袋小路の入り口の方を見やる。
 ――見て、彼らはそのまま倒れた。
 否、気絶させられたのだ。
 は良く分からないまま、自分の手を掴んでくれている人物を見上げる。
「悟飯……くん?」
「ごめん、見つけるのに時間かかっちゃって……」
 やっぱり悟飯だ。
 彼はの頬に触れると、申し訳ないような表情をした。
「……殴られたね?」
「平手打ちだから、そんなに痛くないよ、平気」
 苦笑いし、悟飯に問う。
「どうしてここが分かったの?」
「ああ……の気を探ったんだ。小さくて捕捉し辛かったもんで……遅くなっちゃって、ほんとにゴメン。が泣いたから、気の出所がハッキリして助かったけど」
 そのはと言うと……悟飯に殴られて気絶している少年たちをじっと見ていた。
 キッと睨みつけ――
「おねえちゃんイジメちゃだめー」
 むっとした言い方で少しばかり宙に浮かせ、そのままべちゃっと下に落とした。
 ……痛そうである。


「良かった、無事だったんだね」
 待ち合わせていたらしい喫茶店の前で、にとっては母親代わりのが、をぎゅーっと抱きしめる。
 よほど心配をかけてしまったようだ。
「ごめんね、私がもっとキッチリ見てれば……あーもう……情けない親でゴメン」
「だ、大丈夫です。悟飯くんが助けてくれましたから」
 抱きしめられた事に、少々テレを感じつつ微笑んでみせる。
 のほうはにくっついて、ちょっと眠たそうだ。
「悟飯ありがとね。そろそろ帰ろうか、悟天もも眠たそうだし」
 今日はお昼寝してないからねぇ、と呟きながら大荷物を持って立ち上がる
「それじゃ、ちょっと外れから帰ろうね」
 街中から舞空術を使うのは大問題。
 少し人の少ない路地の方から飛ぶ事にする。
 の後ろを歩くに、悟飯が声を掛けた。
さん、あの男の子たち3人いたけど……もしかして1人はさんが?」
「うん、なんか……やっちゃったみたい。悟飯くんのおかげだよ」
「凄いなぁ……やっぱり素質あるんじゃないかな」
「もう少し頑張って修行すれば、舞空術使えるようになるかなっ」
 まだは舞空術を使えないため、悟飯に運んでもらわねばならない。
 もしくは筋斗雲。
 それが彼女には悔しい。
「大丈夫、この調子ならすぐ使えるようになるよ」
「うん、頑張ってみる」
 気合を入れなおし、でも今日はやっぱり家まで悟飯に運んでもらうなのだった。



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でも割と普通のコなはずのさん。
2005・9・27