舞空術




 が孫家に住み始めて1週間。
 彼女はもっぱら悟天との面倒を見ていた。
 悟飯と一緒に勉強したりもしている。
 平和そのもの。

「だから、こっちの数式にこれを当てはめると……」
「あ、できた。悟飯くん凄いねー、さすが学者を目指してるだけある」
「そ、そんなことないよ」
 少しばかり頬を染めて頭を掻く悟飯に、は笑った。
 悟飯の部屋で2人が勉強するのは、殆ど日課になっていた。
 学校などというものがないパオズ山周辺は、自主的な勉強と、家庭教師か通信教育程度が関の山。
 のような一緒に勉強してくれる人物がいることは、悟飯にとっては嬉しいことで。
 分からないと言われれば教えて、分からないところがあれば、2人で一緒になって考える。
 それがと悟飯の勉強スタイルになりつつあった。

 午前中の勉強を追えた頃、遠慮がちに部屋の扉が開いた。
 何だと振り向けばがいる。
「ごめんね、2人とももう勉強終わった?」
「今、ちょうど終わったよ」
 悟飯が答え、が頷く。
 は心持ちホッとした表情になった。
「よかった。あのね、今からちょっと村の方行ってくるから、悪いんだけど……」
 仕事なのだろう。
 3人――を入れて4人の子供を養うのは大変なのだ。
 悟飯が笑顔で答える。
「分かった。悟天とだね」
「お願いね。なるべく早く戻ってくるから」
「うん」
 頷く悟飯に、も一緒になって頷いた。
 が不在のときや、悟飯が勉強にかかりきりのときは、が双子の面倒を見ている。
 それがにできる精一杯の手伝いだった。
 今回は悟飯も一緒だから、そう苦労もないだろう。
「じゃ、よろしく!」
 は急いで外へ向かうと、たちの目の前で空を飛んでいった。

「……それにしても、本当……何ていうか、見慣れちゃう自分が怖い」
「?」
 悟天との面倒を見ながら呟くの言葉に、悟飯は何を言っているのか分からなくて、彼女を見やった。
 視線に気づいたは悟飯にちょっと苦笑いしながら言う。
「あのね、アレ、何て言ったっけ。空飛ぶヤツ」
「ああ、舞空術?」
「そうそう! 最初見たときは何かと思ったけどさ……慣れるもんだね」
 けらけら笑うを真似してか、悟天とがきゃっきゃと笑った。
 2人をあやしながら悟飯も笑う。
「確かに……母さんいきなり目の前で舞空術使ったからなあ」

 が初めての舞空術を見たのは、4日ほど前のこと。
 急患が入ったと知らされたは、焦っての目の前で舞空術を披露した。
 まあ、この先一緒に住むのであれば、知っておいた方がいいことだが。

「悟飯くんも飛べるんだよねー」
 ちょっと眠くなってトロトロしているを、ゆっくり揺さぶる。
 まだ元気な悟天の方を抱っこしながら、悟飯は外を見た。
「うん。気のコントロールができれば、誰だって飛べるんだけどね」
「……私も飛べる?」
 いきなり言われ、悟飯は思わずを見た。
 真剣な目。
 悟飯は頷く。
「もちろん。さんは武道とかやって、ない、よね?」
「5歳まではどうだったか知らないけど、少なくとも6年ぐらいはやってない」
「そうかあ……じゃあ苦労するかも知れないけど」
「でも、やってみたいよ!」
 きらきらした目で見つめられ、ちょっと腰が引ける悟飯。
 悟天はぱちくりとした目で悟飯を見ている。
「それじゃあ、双子を寝かせたら少しやってみようか」
「やったー!」
 嬉しくてぴょんと飛び跳ねた衝撃で、が驚いて目を覚ました。
 きょろきょろと周りを見回し、の顔を見て首を傾げる。
 その様子が可愛くてはほっぺたをツン、と突付いた。
 くすぐったそうに身もだえする
 悟飯は2人の様子を笑顔で見ていた。


「えっと、それじゃあ舞空術を教えるよ」
「はいっ」
 ぴしっと立つ
 敬礼しそうな勢いの彼女に、悟飯は笑いを堪えた。
「まずは気を扱うことから。座って」
「うん」
 すとんと地面に座り、両の手の平を向かい合わせる悟飯。
 もそれを真似る。
「こうやって、気を集めるんだ。体の中に流れる力をこの……手の平に集中する」
「やってみる」

 …………。
 …………。
 …………。

「……せんせぇ、私才能ないですか」
 がっくりした雰囲気を漂わせる
 悟飯は首を横に振る。
「そんな急には無理だよ。ほら、力抜いて。そうそう、その状態で意識を集中して」
「…………」

 結局その日の練習中にが気を手の中に作り出すことはできなかった。
 のだが。

「母さん、さん随分と長風呂だね」
 悟飯に言われ、は時間を見た。
 ……かれこれ2時間。
 ちょっと長すぎる。
 今日は外でのお風呂ではなく、室内風呂の方なので、物音がすれば分かりそうなものなのだが、ほとんど音がしないと言うのはどういったものか。
 不安になっては風呂場を覗き込む。
「……? いつまでお風呂入って……ってちょっとーーーーー!!??」
「か、母さん!? 一体」
 絶叫に驚いた悟飯が風呂場を覗こうとして――慌てて引き返す。
 女の子の入浴シーンだと思い当たったからだ。
 は慌てて風呂場に入ると、中にいたを引き上げ、バスタオルでくるんでリビングに連れ出した。
 悟飯はの姿を見てはならないと逆を向く。
「ご、悟飯っ、水、水!!」
「は、はいっ」
 の要望にこたえて水を注いで渡す。
 ……後ろを向いたままで。
、水! ほら飲んで!!」
「…………ぷは。あ、あれ??」
 きょろきょろ周りを見回す
 何がどうしたのかと考えだし――慌てて謝った。
「ごめんなさい。お風呂の中で気を出す練習してて……のぼせちゃった」

 それ以後、お風呂の中で気功の訓練を禁止されただった。




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日々つつがなく過ごしてます。近々(あと5本ぐらい?)で16歳版に移行します。
2005・6・1