訪問者 2




 大自然を背景にした家。
 自然と調和したその区画に、孫家はあった。
 は呟く。
 ここに彼女がいるんだ、と。

 悟飯と突然の来訪者であるは家へと足を進めた。
「ただいまー」
 先に入った悟飯は荷物を置く。
 は探している人物の姿を探すが、リビングには悟飯以外の人物の姿はない。
 どこか別の部屋にいるのだろう。
「悟飯くん、さんは?」
 荷物を置いた悟飯は手を洗ってに冷えたお茶を出した。
 座るように促され、自分の荷を床に置いて素直に席につく。
「今呼んでくるよ。弟たちのところにいるだろうから」
「う、うん、分かった」
 別の部屋に悟飯が消えていく。
 は静かに、出されたお茶を口に運んだ。
 この先に言うべきことを考えると、頭が一杯になる。
 12歳の自分が、まさかこんな話をする羽目になるとは、ちょっと前まで到底考えもつかなかった。
 けれど、役目を果たさなければ、亡くなった己の両親が報われない。
 大事なことを託してくれたのだから、きちんとしなければ。
 その後のことなど、後で考えればいい。
 冷たい液体を咽喉に流し込み、冷静になれと言い聞かせる。
 ちゃんと話を聞いてくれるだろうか。
 不安は尽きない。

「お待たせ、母さん連れてきたよ」
 悟飯が部屋から出てくる。
 その後ろに、肩までかかる黒髪の――まだ十代じゃないかと思えるほど若い女性がいた。
 黒い瞳をぱちぱちと瞬かせ、を見ている。
 かと思うと、ふわりと笑んだ。
 優しくて温かい笑顔。
「ええと、ちゃん、だったよね。初めまして、私がです」
 は立ち上がって静かにお辞儀をした。
「初めまして。お邪魔します」

 3人とも席につき、お茶を口に運ぶ。
 は、どういい出したものかと悩んだ。
 いきなり用件を切り出すのは、どうなのだろう?
「……ちゃんは中の都からきたって悟飯が言ってたけど……」
「あ、はい、そうです」
「結構遠いのに。私に用事でここまで来てくれたんでしょ?」
 気を使ってくれたのだと気づく。
 話しづらそうにしていたのが分かったのだろうか、それとも彼女が人の心に聡いのか。
 どちらにせよ、の負担を減らしてくれたことに変わりはない。
 意を決して口を開く。
「これから私が話すことは、凄くいきなりで……困るかも知れないですけど、でも」
 一旦言葉を切る。
 悟飯もも何も言わずにの言葉を待った。
「……でも、本当のことなんです。聞くだけでもいいんです、聞いてください」
「うん、分かった」
 優しい言葉。
 それを最後まで保ってくれるか、自信はないけれど。
 はカバンから白地の紙を取り出した。
 まだ、開かない。
 息を吸い――そして、言う。

「私は、あなたの義理の妹です」

「……え?」
 の目が驚きに見開かれる。
 当然だ。
 いきなり現れた自分のような子供が、義理の妹などと言えば。
 しかも彼女は、自分の親を覚えているかどうかすら不明……いや、覚えてはいないだろう。
 何しろ、赤子の頃に捨てられたはずなのだから。
「ど、どういうこと? あなたが私の妹って」
 悟飯も驚いて二人の顔を見比べている。
「でもさ、母さんとさん目が大きい所ぐらいしか似てないけど」
 は小さく笑った。
「当人が言うには義理、だからだと思うけど」
「そ、そっか」
「それで、どういうことなの?」
 気持ちを落ち着けたらしいは説明を求める。
 はそれに応じた。
「私は、あなたのご両親に引き取られたんです。だから義理の妹」
「私の両親……」
「もう2人は亡くなってしまいました。それで……遺言でここにきたんです。どうしてもこの手紙を……渡したくて」
 すっと白地の紙を渡す。
 は差し出されたそれを、すこし躊躇してから――受け取った。


 私たちの、本当の娘へ。

 こんな物を見るのも嫌かもしれません。
 既に私たち夫婦は、きっとあなたにとって過去の産物でしょう。
 もしかしたら、過去どころか記憶の中にすらない存在かも知れない。
 けれど、どうしても残しておきたかった。
 そして、あなたに見て欲しかった。
 受け止めてとは言いません。
 ただ、誤りたかった。
 本当にごめんなさい。
 わたしたちは愚かな親です。

 あなたは……不思議な力を持っていた。
 最初は気にならなかったそれが、毎日になると怖くなって。
 周りからの視線に耐え切れなくなって、あなたを捨てた。
 大きくなったあなたがどう育つのか、分からなかった。
 人を傷つける存在になるのではないかと恐れ慄いていた。
 捨てることが、最善だと思ったんです。
 弱くて、情けない人間です。
 怖くて、父親と母親という責任から逃れたんです。
 それでも、捨てた後わたしたちは後悔しました。
 もう1度あなたに会えれば、どんなに嬉しく思えるでしょう。
 しかし、きっと会いたがらないだろうと思っていましたし、あなたが何処にいるのかも分からない。
 もう既に、この世にはいないかもしれない。
 わたしたち夫婦は、あなたを捨てた日から後悔の中で生きてきました。
 そんな折、という女の子を、わたしたちの子に迎えました。
 あなたへの愛情も含めて、一生懸命育てたつもりです。
 こんなことは償いにもならないし、あなたへしてしまったことを消すこともできない。
 でも、が笑ってくれると、あなたも笑ってくれている気がしました。
 の存在を通して、あなたを見ていました。
 多分最後の瞬間まできっとそうでしょう。

 わたしたちはにこの手紙をあなたに渡してくれと頼みました。
 受け取ってもらえれば、それだけでもいい。
 読んでくれれば、悔いはありません。
 本当にごめんなさい。
 あなたに、に、幸があることを心から願っています。


 名の表記はなかった。
 は文面から顔を上げ、を見た。
 の表情から何も読み取れない。
 怒りも悲しみも、何も。
「……母さん」
 悟飯が呟くと、は首を横に振った。
 大丈夫だと。
「そっか……。両親はどうして亡くなったの?」
「……両親とも病気で。それで……病の床でこの手紙を書いて……あなたに、どうしても渡して欲しいと。それが遺言だったんです」
 は手紙を閉じた。
「そう……」
「両親はよくさんの話をしてくれました。赤ん坊の頃、本当に少しの間のことだけど。優しくて、温かい目をしてたって。私もそう思います」
ちゃんは、どうして両親のところへ? 聞いていけないことなら、言わなくてもいいけど」
 隠すことではないとは小さく笑う。
「子供の頃過ぎてよくは覚えてないんです。5歳まで、あの……セルを倒したとかって言ってる、ミスター・サタンの家にいたみたいで」
「えぇ!!??」
 悟飯が驚いて目を開いた。
 も結構衝撃的だったのか、口を開いている。
 は2人の様子に少々びくっとしながら、先を進めた。
「だから、その、本当の親はミスター・サタンなんです。何らかの事情でさんのご両親に引き取られたみたいで……」
「ミスター・サタンか……」
 が眉間にしわを寄せる。
 悟飯はというと、何とも形容し難い……強いて言うなれば複雑な表情をしていた。
 世界チャンピオンはチャンピオンなのだろうが、セルを倒したというのは微妙な発言だ。
 クリリン曰く、世界的大ボラ吹きの彼。
 その娘にしては……似ていない。
「あなたも複雑な人生送ってるんだね」
 苦笑い気味で言うに、は首を横に振った。
 お茶を一口咽喉に流し、は彼女に言う。
「……あのね、私は本当の両親を怨みに思ったりしてない。私は、私を育ててくれた親が本当の親だと思ってるし、……今の私がいるのは、その不思議な能力があったからだし。捨てられたことは、もういいの」
「……そうですか、よかった」
 心底ホッとする
 悟飯もどこか肩の力が抜けた。
 物凄くヘビーな会話だったので。
 は暫し考え、に問う。
「ねえちゃん、あなた両親亡くなって……今どこに住んでるの? 親戚の家? それともミスター・サタンの家??」
「いえミスター・サタンのところには連絡とってませんし、親戚は、両親と繋がりがないに等しい状態だったようですし」
「じゃあ、一体」
「あの……ここに来ることだけしか考えてなくて。お金は両親の遺産があるから、まあまあ大丈夫なんですけど」
 家がない、というのが実際のことだった。
 今まで連絡すらして来なかった親戚連中は、と両親が住んでいた家を、すっかり奪い取ってしまって。
 遺言で金銭的な遺産はに全て譲渡されたが。
「……じゃ、今住むところがないんだね?」
 悟飯に言われ、はちょっと渋面を作りながら頷いた。
 が息を吐く。
「よし、じゃあウチに住みなよ。部屋は……私と同じ部屋になっちゃうけど、いいかな」
「そ、そんなご迷惑を!!」
「先行きをどうするか考える時間だって必要でしょ? もしミスター・サタンの家に行くっていうのなら、その時に言ってくれればいいし。今は行く気、なさそうだし」
 言い当てられ俯く
 暫し考えるが――結局の言葉に甘えることにした。
 確かに今、自分には先行きを考える時間が必要だったから。

「よろしく、お願いします」





そんな話でした(どんなやねん)相変らず無茶苦茶しますね自分…。

2005・3・15