新年詣り こちらの世界に、の知る『神社』そのものはないが、少なくとも似たようなものは存在している。 鳥居がないが、パオズ山にも小さな神社がある。 神様を祀るというより、土地神――山神さまを祀る色合いの濃いもののようだったが、はそれを見た時、少しだけ安心したものだ。 普段から神棚に手を合わせるような生活を、異世界でしていた訳ではない。 ただ、それはそれとして新年には親と一緒に神社に出向いて、お祈りをした。 だからこちらで、異世界でそうしたのと同じ行為を行えることに、少しばかりほっとした。 神様なる人物を知っている今であっても、あちらで習慣化したものを排除するのは、なかなか気持ちが悪いものだ。 は指先をこすって、息を吐きかける。 じん、と熱が沁みて、すぐに冷えた。 「」 隣から悟空が声をかけてくる。 きつい冷え込みで、さすがの悟空もコートを羽織っていた。 それでもまだ周囲の人々に比べれば薄着な方だ。 神社に来る人々の大半は、夜の寒さに耐えようと不必要なほどの厚着をしている。 パオズ村に住む人々は、たいてい早く寝てしまうから、深夜の身を切るような寒さには不慣れなのだろう。 「寒くねえか?」 「そりゃあ、寒いよ。お参りしたらすぐに戻ろうね」 「ああ。……しっかし、オラ、村の近くに住んでたんに、こんなことしてるなんて全然知らんかったぞ」 悟空が人の列の先を見る。 も自然、同じ方向を見つめた。 おそらくパオズ村の大半が、今ここに集まってきていた。 並んで、お祈りを待っている。 神社の主――所謂、神主にお祓いをしてもらうので、進みが遅々としているのだが。 「悟空は、ずっと山に住んでたんでしょ? だから知らなかったんじゃないの」 「そうだなあ、修行ばっかしだったしな」 ふぅっ、と悟空が息を吐く。 白いそれは、夜闇に溶けて消えた。 祈りの順番が近づいてくるにつれて、悟空が時たま唸りだす。 は小首を傾げ、訪ねた。 「どうしたの」 「……なあ、これって何をお祈りすりゃええんだ?」 「神様に、『こうして欲しいです、こうなりたいです』みたいなことをお願いする人が多いみたいだよ。家内安全とか商売繁盛とかが一般的なのかな」 「…………神様にお願いって、当人にすりゃあええじゃねえか」 「ふ、普通の人は『神様』には会えないでしょうが」 こそこそと耳打ちすると、悟空は納得したようにぽんと手を打った。 第一、実際の『神』にお願いする類の事柄と違うだろう、こういうのは。 「行事だから。悟空が思うことをお願いすればいいんだと思うよ」 「そっか。じゃ、オラのお願い事はもう決まったぞ」 急に、くっと顔を寄せられて、は少しだけ体を引こうとする。 しかし悟空に体を引き寄せられて、逃げることができない。 それなりに人がいる場所で、これは勘弁して欲しいのだけれど。 寒さではなく頬を染めたを見、悟空がにっこり笑う。 願い、を口にしそうになっている気配を感じ、は悟空の口に指先を、ぴ、と付けた。 「言わないでね! お願い事は、自分の胸の内に秘めておくんだよ。言ったら叶わない、って言ってた。……お母さんが」 指を離そうとしたら、悟空にかぷっと噛まれた。 かと思えば、ちゅぱっと音を立てて吸われ、解放される。 「ご、悟空……ッ」 「伝わったか? オラの『お願い』」 「へ? ……え、あ……うん」 悟空の言わんとしていることを理解し、は頬を染めながら柔らかく笑む。 口にしていないから、大丈夫だよなと笑う彼。 きゅ、と手を握られて、自然、握り返した。 そのまま順番を待ち、やっとで回ってくる。 は二度頭を下げ、二度拍手を打ち鳴らし、もう一度頭を下げる。 悟空が、見よう見まねで同じ行動をとる気配がした。 「さて、じゃあお祈りし終わったし、帰ろうぜ」 「うん。……あ、悟空」 舞空術で軽く浮いた悟空の、服の裾をくいっと引っ張る。 彼は目を瞬き、地面に足をつけた。 「なんだ?」 「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」 ぺこり、頭を下げる。 悟空は目を瞬き、ややあって、ふうわりと笑った。 「こっちこそ。おねげーします!」 2009・1・1 |