「オッス!」
 翌日は目の前、というほどの夜更けに、元気よく挨拶するその人を見て、は目を瞬いた。
 困惑の後、
「………お、おっす」
 返した声は、どことなくぎこちない気がした。




せっかく聖夜なので。




 こちらの世界には、厳密には『クリスマス』というものは存在しないと、ブルマに聞かされた。
 ここでの、『クリスマス』はの世界で言う所の、聖人が云々、というものではないそうだが、大昔、神が降りてきて人に奇跡を与えたとかなんとかいう辺りは、似たような物だと、は思う。
 神殿の『神』を知っている身としては、実際がどうなのか聞いてみたい所だ。

 とにかく、その聖なる日であるクリスマス。
 久しぶりに見たその人が、果たして自分の求める人だったかと、一瞬なりとも困惑してしまうには、訳があった。
 開け放した窓を隔て、筋斗雲に乗って浮いているその人に確認を取る。
「……あの、孫悟空さん、ですよね?」
 思わず敬語になるほど、実は焦っていたらしい自分に気付く。
 彼はきょとんとして、次いで頬を膨らませた。
「なんだよー、オラ悟空だよ。はオラの事、忘れちまったんか?」
「ち、違うよ! でもそのっ……余りにもなんかこう、違って見えたっていうか、大人っぽくなったっていうかっ!」
 そう。の困惑はそこにあった。
 約1年ほどだろうか、会っていなかった片思いの君は、以前とは見違えるほど身長が高くなり、体つきが男らしくなっていた。
 面差しこそ変わらないものの、今ではどこからどう見ても青年で。
 少年から青年へ唐突に変わったとしか思えず、は驚きと戸惑いで、彼の名前を確認したのだった。
 だが、当人はその変化に気付いているのかいないのか、
「そんな変わったかあ? 背は伸びたかもしんねえけど」
 暢気な口調である。
 悟空は、窓から部屋の中へ入って来た。
「へへー。久しぶりだな! オラちょっと困ったぞ」
「困ったの?」
が、でかくなっててさ」
 それはお互い様だと苦笑する。
 も、悟空と離れたあの時からすれば、大分成長していた。
 少女から女性への、発展途上最中。
 飲み物でも出すついでに、ブルマに悟空が来た事を教えようかと言うと、彼によって止められた。
「ブルマに知られちゃ駄目なの?」
「ああ。ホントはオラさあ、次の天下一武道会まで、誰にも会っちゃなんねえって、神様に言われてるんだ」
「え!? でも……じゃあ私に会っちゃっていいの?」
 窺うように聞くと、悟空は笑って頷いた。
「神様にうんとお願いして、許してもらったんだ。にだけなら、会っていいって」
「そうなの? えっと……凄く嬉しいけど、どうして急に」
 問えば彼は、はにかんだ様な笑みを浮かべて、頬を掻いた。
「今日ってさあ、クリスマスっていうんだろ? スキな奴と一緒にいる日だって聞いたんだ」
 まさか、クリスマスを意図して来たなんて思ってもみなくて、は目を見開いた。
 次の瞬間には、彼が言っている言葉に赤面して。
「す、スキって……っその、あのっ」
が、オラじゃねえ奴とクリスマス一緒にいたらヤだなあって思って……だから、神様に頼んだんだ」
 笑顔を向けてくる悟空が、クリスマスの幻影の類ではありませんようになんて、思わず願う。
 夢落ちも勘弁して頂きたい。
 きっと、悟空の『好き』は番人向けだろうけれど、今日という日を気にして、自分の元へ来てくれた事が、ひどく嬉しかった。
「……うん、ありがと。凄く嬉しい。修行しなくちゃいけないのに、来てくれて、ほんとに――嬉しいの」
 悟空の顔が見れず、床を見つめて、でも言葉だけはしっかり伝える。
 彼はの気持ちを知ってか知らずか、彼女の顎下に手をやり、軽く持ち上げた。
 かち合う瞳。
 次いで、抱き締められた。
「ごっ、悟空!?」
、ヤダぞ」
「なにが……?」
 分からないという思いを音に含むと、悟空が耳元に口唇を寄せて、
「オラ以外の誰かと、こうやってくっついちゃ、ヤだかんな」
「――っ!!」
 囁いた。
 ビックリして身体が固まるを面白そうに見て、悟空は名残惜しげに距離を取る。
 彼はふと時計を見て、眉根を寄せた。
「戻らねえとなあ……ちぇー。神様も意地悪だよなあ、もっと時間くれりゃあええのに……」
 ブツブツ言いながら、彼は筋斗雲を呼ぶ。
 まだ復活しきっておらず、顔がリンゴほどに赤いのではと思われるほど染められたまま、は筋斗雲に乗る彼を見る。
「天下一武道会で、また会おうな」
「う、うんっ。元気でね、身体に気をつけてね、それからええと……無理しないでね!」
もな! そんじゃ、またな!」
 手を振り、悟空は天空に向かって飛び立つ――かと思いきや、途中で急ブレーキをかけて、凄い勢いで戻ってきた。
「どしたの? 忘れ物でも……」
「ああ、忘れもんした!」
 部屋の中を見ようとしたを、悟空は窓越しに引き寄せる。
 何事だと訝る余裕も暇もなく、口唇に当たる、柔らかくて熱いもの。
 目を瞬き、はなにをするでもなく、悟空の顔を見つめていた。
「……へへっ、ごちそうさん。んじゃな!」
 それこそ目にも止まらぬ速さで飛び去る彼。
 1人部屋に残されたは、呆然としながら指を口唇に触れさせる。
 ――確かに、悟空はキスを落として行った。
「台風みたい……」
 呟き、微笑む。
 恥ずかしくてたまらないのに、気持ちは幸せで弾けそう。
 
「……サンタがいるかは知らないけど、神様には感謝かな」

 呟き、紅くなった頬を押さえた。





物凄い思いつき的に雑然と執筆。
クリスマス用と言い張るが、別にクリスマスでなくてもいいと思う……。
でもクリスマスと言い張ってみる。

2006・12・24