海神の息子である少年が、ある1人の少女に恋をした。
 少年が少女に惹かれたように、少女もまた少年に恋をした。
 けれど海神は2人の仲を許せず、少女と少年を引き離した。
 島は大荒れに荒れ、海産物は獲れなくなり、人々は困り果てた。
 少女は村人に責められ続け、それならばわたしが海神さまにお許しを得ますと言い、子供の頃から持っていた真珠を残して、ひとりで荒れた海に船をこぎだして海神の島へと向かった。
 そうして何日かたった頃、突如として海は穏やかになった。
 驚く人々の前に一筋の道が現れ、そこを歩いてきた少年が言った。
 少女は身をもって海神の許しを得たと。けれど、少年の恋した少女はもういない。
 少年は悲しみのまま、島民に言った。
 ぼくは待ち続けます。あの子が廻ってやってくるのを。
 どうか、ぼくが彼女を感じられるように、どうぞ少女の持っていた真珠を、ぼくのために、海神の島へ持ってきてください。
 そうすれば、ぼくは少女のためにも、島民に豊かな海の幸を約束する。
 少年の恋した少女と、同じ年頃の娘を使いに出すと、海産物が今まで以上に獲れる様になった。



水面の衣、空色の真珠 2




 祭りの当日、沸き返る島民が集まる浜に、たちはいた。
 盛大な料理が振舞われた後、<海神の儀式>にくりだすため、は亀仙人たちと分かれ、浜から近い民家に連れてこられていた。
 彼女の準備を担当するらしい女性は、装飾のついた箱の中から衣装を取り出す。
 は少しだけ驚いた。
 まさか、衣装があるとは思わなかったので。
「それじゃあ、これに着替えてくれるかしら。着替えてる間に、あなたがこれからしなければならないことを説明するわね」
「うん。分かりました」
 こくりと頷きながら言い、女性から手渡された衣装を受け取る。
 両手で持ち上げて、まじまじと見てみた。
 浅い海の色を薄く伸ばしたような色彩の上着。
 深い海の色を伸ばした長いスカート。
 不思議なことに、角度によって色が違って見える気がした。
 形状としては浴衣のようであるが、腰に巻いた紅色の帯のような幾重もの紐で、ふわりとしたスカートをおさえ、落ちないようにしている。
 巫女さん装束のスカート版。
 横に薄くスリットが入っていて、装飾品がついている。
 結構凝っているなぁと思いながら、さくさくと着替える。
 その横で、女性が儀式についての説明を始めた。

 の儀式での役どころは、<海神の息子に恋をした少女>。
 数年に一度現れる海神の島への道を、その年一番の真珠を首に下げて歩き、島で待つ<少年>に真珠を渡し、そして少年と共に道を戻ってくる。
 ……ということなのだそうだ。
 ついでに言うと、少年は手渡された真珠を『海神の洞』という、大穴に投げ入れるのだそうだが。
 とにかく、それだけの工程をはするのである。

 女性はの衣装をきちんとチェックし、それから大きな真珠を首にかけた。
「わぁ」
 びっくりするほど大きくて、綺麗な真珠。
 は真珠をきちんと見たことなどなかったが、売れば高価なのは間違いなさそうな代物だった。
「それじゃあ、島長(しまおさ)のところに行きましょう」

 一方<海神の息子の少年役>の悟空はというと。
「……動き辛ぇなあー」
 ぶつくさ言いながら、お付きの男性と一緒に海神の洞の前で少女――つまり、――を待っていた。
 悟空もまた衣装を身につけているが、のと違ってまだ動き易そうな格好である。
 ごてごてした装飾品の類は一切なく、深い海色をした浴衣を着ている感じだ。
 適当な岩に座っている悟空に、お付の男性が苦笑いをこぼす。
「すまないね。なんというか、間が悪くて……すぐ終わるからさ」
「別にいいけどよ。1人であそこ歩いてくるんか」
 あそこ、と示された場所は、不思議と潮が引いていて、盛り上がった砂が、道を作っているところ。
 悟空たちがここに来た時には、まだその道は現れておらず、船でやって来たのだが。
 男性は頷く。
「そう、<少女>はあの道を歩いて、<少年>に会いにくる。道は何年かに一度、ああして姿を現す。儀式が終わると不思議と消えるんだよな」
「ふぅん」
 余り興味がなさそうに悟空は相槌を打った。

 夕暮れの刻。
 は島民に見送られ、ひとり、海神の島への道を歩き出した。
 クリリンは
「ぼくの方が少年にふさわしいのでは」
 とブツブツ言っているが、それは亀仙人に黙殺されている。
 苦笑いしながら、は歩みを進めた。

 胸にある真珠は、少女の胸には不釣合いなほど大きい。
 道を少し外れれば海で、打ち寄せてくる波は、時折衣装を濡らさんばかりの勢いで跳ねる。
 片道で、大体1時間だといわれた砂の道は、脆くて崩れてしまいそうな外見でありながら、固い大地のように踏み固められていた。
 とはいえ、やはり砂は砂。
 裸足で歩くは、コケて海に落ちないよう、少しだけ注意をしながら、少年の待つ島へと歩いていく。
 道は夕暮れの光に照らされて、橙色の帯になっている。
 海神の息子の少年と、その少年に恋した少女の話が本当かどうかなど、には分からないけれど、こうした道が数年に一度現れるのは本当で。
 起源がなんなのか分からない。
 でも、この橙色の道を通って、少女が歩いていくという儀式の行程は、とても神秘的に思えた。
 少年と少女の想いの道。
 まるで彦星と織姫みたいな。
 聞いた話では、少女は死んでしまったという、悲恋話なのだけれど。
 さく、さくと音を立てながら歩いていく。
 少年――悟空は今頃、暇を持て余して、飽きているのだろうなと考える。
 思うと、歩みが速くなる。
 走って行くことも可能なのだが、スカートがひどく長いのでちょっと危険だ。
 足首までの丈のそれは、今までがはいていたスカートのどれよりも長い。
 ここ最近は修行のために、ずっとズボンだった事もあるので少し歩き辛い。

 少しずつ、少しずつ、海神の島が近づいてくる。

 ただ歩いているだけは暇なのか、思考は少年少女の物語へと向かっている。
 少年は、少女の最期を見たのだろうか。
 神様の考えなどさっぱり分からないけれど、少年は少女が好きなのに、海神さまが彼女を屠るのを止めなかったのだろうか。
 または止めた結果、こうなったのか。
 今もまだ少年はどこかで儀式を見ていて、やってくる少女たちを見ては、生まれ変わりを探し続けているのだろうか。
 なんにせよ、少年はひどく寂しいに違いない。
 形見として、真珠を届けて欲しいと願った部分もあるだろう。
 けれどには、少年が真珠を少女と見立てているのではないかと思う。

「……なに考えてるんだろ」

 すっかり思考に沈んでしまっていた自分に、ふと気付いて――微妙に気恥ずかしくなり、頬を掻く。
 さく、さく、さく。
 歩いていく。
 もし悟空が少年だったなら、どうしただろう。
(悟空が好きだとか好きじゃないとか……そーゆーの、考え難いなぁ)
 ……想像できなかった。

 道がすぼまる。
 島に上がると草木に囲まれた階段があって、はそこを上りはじめた。
 素足のままで、レンガが積まれたような階段を上るのは、少し足によろしくない。
 痛くはないけれど。
 階段を上りきると、円状の小さな広場があった。
 周囲には木々が立ち並んでおり、向こう側に見えるはずの海は全く見えない。
 その中央にお堂のようなものがあり、その堂の前には悟空がいた。
 海神の息子の衣装を身に纏っているその姿は、いつもの彼と違って新鮮味がある。
 の姿を見て、ぱっと顔を輝かせる少年。
「でえじょうぶだったか?」
 心配してくれていたらしい彼の言葉に、は心からの笑顔を向けた。
「うん、だいじょぶだよ」






悟空初恋(と勝手に思っているだけ)編、2話目です。お話捏造。
2005・9・7