亀仙人の元で修行を始めて幾ばくか。
 毎日毎日、過酷な修行をこなす悟空とクリリン。
 そして、仙人に基本を習っている
 3人の弟子達は、それぞれ悪戦苦闘しながら、日々を過ごしていた。

そんな、ある日の出来事。


水面の衣、空色の真珠 1


 快晴が続く東の島が夕暮れに染まる頃、今日も元気に修行を終えた悟空は、クリリンと一緒にカメハウスへ帰宅した。
 わりあい丁寧に入るクリリンと違って、悟空は無遠慮そのもの。
 玄関に靴を脱ぎ捨てると、そのままリビングにいる亀仙人の側へ座った。
 既に過度の運動で腹が減っており、今にもぎゅるると凄まじい腹の音が鳴りそうだ。
 にもかかわらず、今日に限って食事の用意がなされていない。
 後から入って来たクリリンも怪訝に思ったのか、仙人に質問する。
「亀仙人さま、今日の夕飯は――」
 仙人はビールを口にし、ぷっはーと息を吐く。
「もうすぐできるじゃろう。……そうじゃ悟空、食事が終わってからでよいから、と一緒に用事を頼まれてくれんか」
「メシが終わってからなら別に構わねえよ」
 これが食事前に、だったなら、断っただろうことが容易に知れる。
 暫くすると、出来上がった料理を持ってランチとが入ってきた。
 今日のメニューは、海鮮クリームシチューに山菜炒め、魚のから揚げ。
 それから亀仙人の希望で塩辛だ。
 それぞれ定位置につき、いただきますをしてガツガツ食べ始める。
 物凄い勢いで食べる悟空に、ランチはいつも白米をおわん山盛りにして出す。
 それでもカラリとなくなってしまうのだが。
 比べては、とても少食に見える。
 いつも隣で食事をしているが、少しばかり心配になるときが――悟空にはあった。
 食べなさ過ぎて、倒れるのではないかと。
 ……今まで倒れたところなど、見たことがないが。

「ぷはー。ごちそうさん!」
 お腹一杯になるまで食べた悟空は、膨れた腹をさすって息を吐く。
 も同じ頃に食べ終わったが、食事の量は雲泥の差だ。
 後片付けを始めるランチ。
 彼女を手伝うために立ち上がったに、亀仙人がストップをかけた。
、悪いが悟空と一緒にビールを買ってきてくれんか。ケースじゃから2人で行ってこい」
「おっ、そういや、そうだったな!」
 悟空は立ち上がると、玄関に向かって靴を履く。
「ほれ、早くこいよー」
「う、うん。えっと仙人さま、いつも飲んでるビールでいいんですよね」
「そうじゃ。店はまだ開いておるはずじゃからな。――とと、ほれ、金じゃ」
 悟空に渡すとどうなるか分からないと思ったのか、亀仙人はに金を手渡した。
ー、早くいこうぜ」
「うん。それじゃ、行ってきます」
 ぺこりとお辞儀をして、悟空の後に続く
 クリリンがの代わりに、ランチの手伝いをすることになった。

 すっかり夜になってしまった島は、それでも星の瞬きと月の明かりで充分に明るい。
 悟空はの少し後ろを歩いていた。
 彼は基本的には修行に明け暮れていて、島の全貌を知らない。
 けれどは、ランチがどこでなにを買っているのか知っていたし、たいがいの村の店の配置を知っていた。
 なにも知らない悟空は、の後をついていくしかないのである。
 悟空にはない、黒い艶やかな髪が目に映っていた。
「ねえ悟空」
 声をかけられ、自分が彼女の黒髪に視線を合わせていたことに気づく。
 何故かすこしだけ驚き、返事を返した。
「なんだ?」
「悟空のおじいちゃんって、どんな人だった?」
「オラのじいちゃんか?」
「仙人さまに聞いたんだけど、やっぱり悟空のおじいちゃんも、仙人さまのとこで修行したんだって?」
 いきなり問われ、少しだけ考える。
 どんなヒトだったか――考えてみても、悟空には上手く言葉に出せない。
 ただひとつだけ言えるとすれば――
「じいちゃんは、すっげえ強かったぞ」
 そう、はっきり口に出来るほど強かった。
 そして、優しかった。
 捨てられた自分を育て、鍛えてくれたじいちゃん。
 孫悟飯。
 今はいないその人。
 に会わせてみたいと思った。
「オラ、亀仙人のじっちゃんに聞くまで、じいちゃんがじっちゃんの弟子だったなんて、知らんかったんだ」
「へえ……」
「でも、じいちゃんが昔やったことを、今、オラがやってるって思うとさ、なんか修行が楽しくなんだよな」
 毎朝の牛乳配達を、今まで乗り越えてこられたのも、じっちゃんの存在によるところがある。
 は、羨ましい、と呟いた。
 横顔は少しだけ、寂しそうに見える。
「私も強くなりたいな……」
「なれるさ。オラ、おめえは、ホントは凄くつええと思うぞ」
「……そうかな」
 少しだけ照れたような笑いを浮かべ、は悟空に微笑んだ。
 その顔を見てホッとした。
 に寂しそうな顔をして欲しくなくないのだと、彼は自分で気づいていない。

 浜が近い場所に、その店はあった。
 カメハウスからそれなりに離れた場所にあるその店の周囲には、ぽつぽつと家があり、明かりが灯っている。
 店はまだギリギリ営業時間内で、は店主の男性にビールを注文していた。
 悟空は店内をしげしげと見やる。
 日常雑貨もあるのだが、やはり彼が目に留めたのは食料品だった。
 店主がビールを出してくれるまでの間、は不思議そうに悟空の姿を見ていた。
「なにか珍しい物でもあるの?」
 あちこち目を動かしている悟空に、首をかしげる
 悟空は首を横に振る。
「別にそういうんじゃねえよ。オラ、ここ来たの初めてだからさあ」
 きょろきょろ見回している間に、はビールを運んできてもらって、代金を支払っていた。
 店主が悟空との姿を見て、思い出したように言う。
「そういや、君たちは亀仙人さんのお弟子さんだったね」
「はい、そうです」
 が丁寧に答えると店主は笑んだ。
「そうか、いや丁度いい。ちょっと仙人さまに頼みたいことがあってね。といっても、正確には君たちに頼みごとなんだが」
「私たち?」
 悟空とは顔を見合わせる。
 彼女の横に立ち、悟空は「なんだ?」と軽く聞く。
「実はね――」

 カメハウスに戻った2人は、仙人に店主から頼まれたことを説明した。
 といっても、説明したのはだけで、悟空は特になにを言うでもなかったが。
 話を聞いた仙人が、2本目のビールを開ける。
「ふむ。その海神の祭りとやらに出るはずの子供が怪我をして、儀式に出られないから、おぬしと悟空とでやってくれないか、ということじゃな」
「はい。よくは分からないんですけど、子供じゃないとだめなんだそうです」
 クリリンが、そういえばと口を開く。
「まだボクが寺にいた頃ですけど、そういう話を聞いたことがあります。海の恵みを受けて生活する人たちが、海の神さまを敬い、豊漁を祈るとかなんとか」
「なあ、それってコドモだとかそうでないとか、関係あんのかな」
 悟空が言う。
 自分たちが修行の時間をなくしてまで、手伝うほどのものかと。
 悟空の中では、今のところ修行が1番、メシ2番といったところなので。
 仙人はビールの瓶を傾け、コップに小麦色の液体をなみなみ注ぐ。
「悟空よ。その場所には場所のしきたりっちゅーもんがあるんじゃ。
 お主とて、修行でこの島を使わせてもらっとる。困った時はお互い様じゃからの。
 その儀式だか祭りだかに出てやるがよい。ああ、もちろんもな」
「うっへー。じゃあ修行はどうするんだ?」
「まあ、時間によってはある程度休みになってしまうかも知れんがの」
「……こんなんで天下一武道会出られるんかなぁ」
 不安そうな悟空の言葉にも、亀仙人は意見を変えなかった。
 クリリンも祭りの手伝いに借り出されることになり、結局、祭りの日は修行を一時中断ということになった。




3連続更新しようが基本の1回目。悟空さ初恋編とか勝手に思ってるんですが、
今読むとあんまりそうでもないなぁ…。
2005・9・6