夜桜



 珍しくも夜に目覚めた。
 目一杯修行をして疲れ、しかも常時よりも遅く寝ているはずなのに、それでも目覚めた。
 悟空は、後頭部を掻きながら起き上がって理由を考え、隣にあるべき温もりがないことが原因だと直ぐに気付く。
 気配を殺して褥を抜け出たらしい妻。
 彼女が寝ていた場所はまだ微かな温もりがあって、そう長く時間を空けた訳ではないと知れる。
……?」
 まさか、また異世界へ帰ってしまったのかと一抹の不安を感じながら、悟空は彼女の気を探す。
 存外側にあるが、外だ。
 冷えた床に足を付き、ズボンを穿いて部屋の外へ出る。
 気の在る方向に向かって歩いていく。
 パオズ山は外灯がないが、月灯りで周囲は思いの他明るい。
 だから、樹に背を預けて座っている彼女も、直ぐに見つかった。
!」
 呼べば、彼女はこちらを見て驚いていた。
 向こうが立ち上がる前に、悟空の方が駆け寄る。
「悟空、どうしたの?」
「そりゃオラの台詞だ。こんな夜更けにどうしたんだよ」
 彼女の横に座りながら訊く。
 は笑み、正面の樹を示した。
「昼間は仕事があるから、ゆっくり見れないなあって……。だからこっそりお花見をと」
 示された方を見やれば、確かに満開の桜がある。
 零れ落ちそうなぐらい寄り添いあう、淡い花色のそれらが、視界いっぱいに広がっていた。
 時折吹く柔らかい夜風に、花が擦れあい音を立てる。
 甘い香が周囲に広がり、まるで誰かを誘っているかのようにも思えた。
 パオズ山は、基本的に人の手が入っていない、自然のままの場所だ。
 特に東方の花や樹は、季節ごとに見事に咲き育つが、都会のように、花見と称して酒飲みがわんさと集まることはない。
 便が悪すぎるからだ。
「ライトアップとかはされないけど、月明かりでも凄く綺麗だよね」
「ああ。……でもさあ、外出んなら、オラも誘ってくれよ。帰っちまったのかって、心配しちまったじゃねえか」
 微かに頬を膨らませる悟空。
 は失笑した。
「子供の頃みたいに、いきなり帰ったりしないと思うよ。帰りたいとも、思ってないし」
「帰してやんねえけどな」
 ニッと笑い、悟空はの腰を掴む。
 驚く彼女を自分の足の間に入れて、背中から抱き締めた。
「……悟空?」
「オラもちょっと花見する」
「だ、だからってこの格好は……」
 若干居心地が悪そうにしているの耳朶に、悟空は指を這わせた。
 ひくり、身体が動く。
 じろりと睨まれるが、彼女が本気で怒っていないことなど知っている。
 口先だけでエッチと言われるが、男はみんなそうなんだと亀仙人に教わった悟空は、いたずらっ子のように笑むだけだ。
 彼女の黒髪を横に流し、首筋にキスを1つ落として、桜を見る。
「なあ。の世界にも、桜のきれーなとこ、あったか?」
「あったよ。毎年、父さんと母さんと友達で、花見をしたの。……父さんのダジャレ10連発が、物凄く寒かったなあ」
 思い出しているのか、楽しそうに微笑む見て、悟空はなんだか嫌な気分になる。
 の幼い頃の記憶には、自分が側にいない。
 それは悟空にとって、なんだかとても嫌なことだった。
 いつだって彼女の側に居て、護りたかった。
 楽しいことも苦しいことも、全部一緒に感じたかった。
 ギュッと抱き締めれば、は不思議そうな声を向ける。
「悟空?」
「オラ、もっと早くにおめえと会いたかったなあ……。そしたら、もっといっぺえ、色んなこと出来たのにさ」
「うん……でも、大事なのは今でしょう?」
 腰に回していた悟空の手の上に、のそれが重なる。
 この温もりを知らない頃があったなんて、信じられない。
 こんな風に、互いの体温を傍に置くことが幸いであると知ってしまった今、手放すことは到底できないように思えた。
「オラは花より、の方がいいなあ」
 指先で、の胸の膨らみの付け根をなぞる。
 変に可愛い声を出して、彼女は悟空から離れようとした。
 彼はそれを許さず、強く抱く。
「ちょ、ちょっと悟空」
「桜もきれーだけどさ、オラはの身体についた花のが好きだ」
「……悟空がつけるんでしょーが」
 溜息をつく
 悟空は笑む。
 彼は、自然の花見よりも、自分が彼女に散らした花を見る方が好きだ。
 ブルマあたりが聞いたら呆れるかも知れない。
。大好きだ。ぜってえ、手放してなんてやんねえ」
「うん、私も大好き。……手放さないでね」
 誰が手放すもんか。
 せっかく結婚して、妻になってくれたのに。
 愛しくて愛しくて、誰にも渡したくない。
 閉じ込めてしまいたいぐらい。
 悟空はの耳朶をべろりと舐め、指を動かし出した。
 文句を言おうとする彼女の耳元で低く囁けば、諦めたみたいな溜息をつかれた。
 きっと、は潤んだ瞳で、それでも桜を見つめ続けているんだろう。
「……桜、きれい」
の方が、ずっと綺麗だと思うけどなあ」
 桜の甘い香の中、悟空は彼女の肌に手を這わせる。
 彼女の、本当に小さな抵抗の声は、桜の花擦れの音で消えた。




2007・4・3
98万キリ、蒼さまご指定の悟空夢、甘いの、でした。
…途中まで書いて、甘くねえー!と急いて甘味を突っ込んだら、微エロになりました。すみません。
難しいね、甘いのって…。普段意識して書いてないんですね、私。
車での帰り道に、花見客を見たのでそのネタで(笑)
ともあれ。リクありがとうございました!今後とも宜しくお願いします。
こ、こんなんでスミマセン。