悟飯は分厚い書物を両手にしながら、がソファに座って何気なく見ているテレビの画面に視線をやる。 アナウンサーがマイクを片手に、ミスター・サタンの軌跡を紹介していた。 「、なに見てるんだ?」 「特番。明日の天下一武道会前の」 「ああ……そういえばいつもやってるね、この時期」 言って、悟飯は本をテーブルの上に置き、の隣に腰を下ろす。 「ビーデルは、いい加減こういう派手なパフォーマンス止めて欲しいらしいけど。事実知っちゃってるから」 『英雄サタンの軌跡』について、捏造度合いを知ってしまっている者としては、とても恥ずかしいらしい。 魔人ブウの脅威が消え去って10年。 恐怖の記憶は、ドラゴンボールによって人々の記憶から消され、人々は変わらぬ営みを繰り返している。 記憶を消してなお、ミスター・サタンが何かしらから世界を救ったという認識だけは大半の人の心に残っていて、あいも変わらず彼は『英雄』だ。 「明日は応援に行くんだろ?」 「悟飯の仕事が早く終わってくれたら、行こうかと思ってますよ?」 雑務が溜まってるでしょうと言いながら、くすりと笑うを見、悟飯も表情を緩ませる。 「厳しい奥さんを持つと大変だ」 その手の先に 前編 「ほら悟天、まだヘバるのは早ぇぞ!」 ぽんぽんと悟空から繰り出される拳を、息子の悟天はひいひい言いながら受けていく。 悟空にしてみるとそれなりに軽い攻撃は、ここ最近修行に身を入れていなかった者にすればかなり辛いもので。 「ほれほれどうした!」 「ぐ、おっ、お父さん、もう少し手を抜い……うわぁ!!」 少し腰の入った拳を叩き込まれ、それを両腕で受けてたたらを踏んだかと思えば、重力に逆らえずに尻餅をついてしまう。 完全に戦意を失った悟天。悟空は苦笑し、気を抜いた。 ぜいぜいと息を切らす悟天に向かって、 「悟天……ちょっと情けないんじゃない?」 傍らで観戦していたがそんなことを言う。 地べたに座り込んだまま、悟天は肩で荒い息を繰り返しつつ、に視線を向けた。 「お前、じ……自分は、出ないからって……」 「私は普段からしごかれてるし、少しは動いてるもの。ね、お母さん?」 の隣に立っていたは、少々苦笑いを浮かべて頷く。 「デートばっかりだもんね、悟天は」 誰に似たのやら。 「ほれ悟天、もう少し――お? ベジータの気だ」 言われ、その場にいる全員がその気配に気づく。 まだ距離があるものの、確かにそれはベジータのものだ。傍にブルマの気もある。 どうやらこちらに近づいて来ているようだった。 は小さく首を傾げる。 「私、約束してないはずだけど……」 連絡もなかったはずだが、会いに来たのだろうか。 ブルマの急な訪問は、ここ暫くなかったので少し驚く。 いつも突然お邪魔するのはこちら側だったので。 暫くするとジェットフライヤーが視界に入り、すぐ近くに着陸した。 上部が開いて、ベジータがブルマを抱えて飛び降りてくる。 足が地面につくや否や、ブルマは大きくため息をついた。 「ふぅ、相変わらず遠いわねここ。、西の都に越して来なさいよ」 「いきなりの無茶振りだね、ブルマ」 「よぉ、久しぶりだな」 悟空が緩んだらしい帯を締めなおしながら、物凄く軽い挨拶をする。 ブルマは腕組みをし、 「久しぶりなんてもんじゃないわよもー」 呆れたように悟空を見やった。 放っておくと永遠に合いに来ないのでは、と言うブルマに、悟空は「そんなこたねえよ」と切り返す。 「5年ぐれえ前に会ったばっかじゃねえか」 は悟空の服のすそをくいくいと引っ張り、 「悟空、5年はかなり長いよ……」 言ってみた。 彼は『そうか?』なんて顔をしているが、普通に考えたら年単位で会わない、電話すらしない、というのは疎遠な方だと思われる。 はブルマ宅によく遊びに行くし、悟天やはトランクスと同じ学校の関係などで、なんだかんだとお邪魔している。 悟飯とでさえ、時々顔を見せに行っているのに。 一番ブルマと付き合いの長い悟空が、とんとご無沙汰。 よくよく考えると、皆が集まる時ですら、悟空は修行するからと出席しない。 誰も無理強いしないので、結果として会うまでの時間が空くわけだ。 ――もう少し、引っ張り出さなきゃだめだなあ。 は『うん』と一人で納得して頷いた。 「はは、それにしてもブルマ、おめえすっかりオバサンだなー」 「ちょ、悟空!?」 「お父さん!!」 とが同時に声を上げる。 なんてことを!! 軽々しい悟空の一言に、ブルマは目を吊り上げた。 怒るのは当たり前だ。女性にそんなことを言ってはいけない。 というか普通言わない。 「おだまりッ! こう見えても『奥様お若いですね』ってよく言われるんだから!」 サイヤ人は化け物だとがなり散らすブルマに、悟空は少しだけ腰を引く。 今まで黙っていたベジータが、サイヤ人は戦闘民族ゆえに戦いに有利な青年時代が長いのだと、静かに説明する。 ブルマはふんっと鼻を鳴らした。 説明されても、納得できるような類のものではないだろう。特に女性にとっては。 「全く……も若いままだしねえ」 「え?」 話を振られ、目を瞬く。 「あんた10年前から殆ど変わってないわ。そうやってちゃんの隣に立ってると、母親っていうより少し年上の友達って感じ」 言われ、とは互いの姿を見やる。 同じような素振りをするものだから、悟天が後ろで吹き出していた。 「だ、だってしょうがないじゃない。父さん……界王の性質だし」 「都でふらふらしてると、ナンパされるわ。ほんと気をつけなさいよ」 「。都行っちゃなんねえぞ」 凄みのある笑みを向けてくる悟空に、は口端を引きつらせる。 無茶を仰る旦那様だ。 買い物やら仕事やら、ついでに息子と娘の学校行事やら、どうしろというのか。 「大丈夫だって、ナンパとかないから……」 「ふぅん?」 「じゃあ一応気をつけるから。大丈夫だからっ! もーブルマ、余計なこと言わないでよ」 じと目で彼女を見やれば、なぜだか呆れたようなため息が戻ってきた。 「あんた達……ほんっとに新婚から変わってないのね」 「そっか? オラは結構変わったと思うけどなあ」 どこがと訊ねるブルマに、彼はさわやかな笑みで『に色々やるようになった』と、突っ込みどころ満載の答を返す。 は一瞬、彼の言っている意味が分からずきょとんとしていたが、言わんとした意味を覚るが早いか、悟空の背中を思い切り叩いた。 ばちこんと盛大な音が立つ。 「いってぇ!! なにすんだよ……って、おめえ顔真っ赤」 「気のせい!」 ふいっと横を向く。 ブルマは手の平で自分の顔をぱたぱたと仰ぎながら、からから笑っている。 「あっはは! 全くあんた達ったら……」 「そ、それはもういいってば」 「おいカカロット。お前、明日の天下一武道会に出るというのは本当か」 「ん? おう出る出る。今日決めたんだ。……って、誰から聞いたんだ?」 「だ」 ベジータが顎でを示す。 全員の視線がそちらに向いた。当人は彼の言葉を肯定して頷く。 彼女は今朝、悟空がを共に、悟天を連れ出して修行に出た後、所用でカプセルコーポでベジータに電話した。 その時、彼に伝達していたのだが、まさかその事実確認に来るとはも思わなかったのだろう。 悟天が眉をひそめる。 「……ベジータさんに所用ってなんだよ」 「色々と」 教えるつもりはないらしい。 ブルマもも事情を知っているが、当人が言わないのだからと口を閉ざしたままだ。 隠すような大層なことではないのだけれど。ベジータと修行しているだけなので。 「しかし何故だカカロット。どうして今回に限って突然出る気になった」 「ああ、凄そうな奴が出るからさ」 ずっと気になっていたが、その人が今朝方、武道会場にやって来ていることを知って、出場を決めた、ということだった。 は既に悟空から聞いて知っていたものの、彼が気にするほどの強い気は、今のところ察知できない。 ベジータも同じ疑問を抱いたようだが、悟空は自信たっぷりに、今はぜんぜん気を抑えているのだと告げる。 普通、気を抑えている状態では、本来の強さを察することは難しい。 ましてや距離があれば、探りを入れること自体が困難なはずだ。 悟空の自信がどこから来るのか分からない。 は不思議に思うが、彼なりに考えがあるのだろうと、追求しなかった。 したところで、本人にも分かっていないような節があるのだから、明確な答えが返ってくるとは思い辛い。 ベジータは暫く気を探っていたようだったが、鼻を鳴らして集中を解いた。 「……冗談だろ? そんな奴いるはずがなかろう。……まさか宇宙人なのか?」 ならば理解の範疇内だと思ったのだろうが、悟空はあっさり 「いやあ、地球人さ」 否定した。 ブルマが、そんなのは在りえないと片眉を上げる。 「あ、トランクス君」 直後、悟天が飛んで来た親友の名を呼ぶ。 「あらなにトランクス、あんたも来たの。わたしたちの後に出たのよね?」 「うん。面倒くさくなって途中から飛んで来た」 トランクスは悟空とに挨拶すると、に向かって片手を挙げた。 「やあ」 「こんにちはトランクス君」 「なんだよ悟天、めちゃへばってるじゃん」 座りっぱなしの悟天に声をかける。 彼は体を重たそうに持ち上げ、やっとで立ち上がった。 「本当に修行してるんだな。お前も出場するつもりなのか?」 「お父さんが出ろって言うんだよ」 悟天は最初からずっと嫌がっていたが、父親のかなり強引な誘いで、結局こうして修行している。 「明日はデートの約束してたのにさ」 は小さくため息をつき、は頬を掻いて苦笑い。 悟天の連れて来た『彼女』の顔が、何度変わったか分かっているからだ。 「まあ、そう文句ばっか言うなよ。デートなんかいつでも出来るじゃねえか」 悟空が言えば、悟天は口唇を尖らせる。 ベジータが口端を上げて笑んだ。 「ふん、お互い我が子の軟弱ぶりには苦労するな」 「はは、ほんとだ。まあ平和だってことだな」 「あ、パンが帰ってきた」 が上空を見上げながら悟空に教える。 少し離れていたそれは、急速に近づき、一気に下降してきた。 小さな少女は大人たちの真ん中に着地すると、息を弾ませて満面の笑みで悟空を見上げた。 「じいちゃん! 地球をひとまわりしてきたよ!!」 「よーしいいぞ。なかなか早かったな!」 「ほらパン、お水」 は用意していた水筒の口をあけ、パンに渡す。 「ありがとうばあちゃん」 お礼を言い、ごくごくと水を飲み干すパンの額に流れる汗を、タオルで軽く拭いてやった。 パンは悟飯との娘で、かなりの祖父ちゃん祖母ちゃん子でもある。 明らかに修行をしている風体の彼女を見て、トランクスが驚いた。 「え、まさかパンちゃんも出るのか?」 「そうだよ」 「えぇー!? 大丈夫なの? 今の天下一武道会って子供の部がなくなっちゃったんでしょう?」 明らかにお子様の、しかも少女が武道会に出ると知り、ブルマも驚いてに視線を投げかける。 「悟空が大丈夫だって言うし、当人も出たいって言うし」 ちなみに、最初は悟飯もも乗り気ではなかったが、今は娘に説得されて容認していた。 何事も経験、ということで。 悟空は 「優勝はできねえかも知んねえけど、かなりいいトコまで行くはずだ。今、うちで一番根性があるのはこのパンだしな」 パンに肩にぽんと手を置く。彼女は「うん!」と嬉しそうに頷いた。 ブルマは、はぁーと驚いたような、気の抜けたような息を吐く。 「も出るわけ?」 「悟空には誘われたけど、出ないよ」 修行していないわけではないけれど、悟天に絶対やめろと言われてしまっていた。 なにせ天下一武道会は、ミスター・サタン主催の超大型イベント。 観客の数も半端ないが、それ以上にテレビ中継で茶の間に映像が流れてしまう。 は悟天との学校に、授業参観などで顔を知られているので、色々とフォローが面倒だということらしい。 「ねえ、べジータは出ないの? 悟空出るのに」 が訊ねると、彼は腕を組んだまましばし考え、 「面白そうだ。オレも出るか……トランクス。お前も出ろ。小遣いを半分に減らされたくなかったらな」 息子を道連れにして出場することにしたらしい。 トランクスは突然の理不尽に「げっ」と声を上げるが、悟天は仲間ができたと笑った。 2010・2・5 残り1話。 |