細身のブウが、太っちょブウの頭を気で吹き飛ばす。
 それを横目にしながらベジータは舌打ちし、
「……どうやら、最悪のゲームになっちまったらしい……」
 口角を上げた。
 引き攣った、苦い笑みだった。






「ご、悟空……」
 は、超3状態が解けてしまった悟空に駆け寄る。
 呼吸が荒く、苦しそうだ。
「だ……大丈夫?」
「……はぁっ、はぁ……っ、ああ……でえじょぶだ」
「ば、馬鹿野郎……てめえ、気を溜めるどころか普通に戻っちまいやがって……」
 自分たちが苦闘した時間が無駄骨の状態になったせいか、ベジータの声には苦々しさが混じっている。
 彼の傍にいるは、不安そうに悟空を見つめていた。
「悟空、ちょっとごめん」
 は彼の身体に手を当て、ふぅっ、と息を吐きながら気の道を探ってみた。
 不思議なほど疲労している。力を流し込んでみても、底が視えない。
 と一緒に治療をした時、暖簾に腕押しの状態だと思ったが、あれはあながち間違いではなかったらしい。
 癒す先から抜けていくのでは、少しずつしか回復できないには、対処の仕様がなかった。
 超サイヤ人3状態が解けた今なら、多少の効果はあるだろうと治療をしてみる。
 外傷はともかく、内実には手が回らないのは相変わらずだ。
 暫くそれを続けていたの手を、彼はやんわり休めさせた。
 無理するな、と言いたいらしい。 
「ちくしょう……死んでたときは全然へっちゃらだったんに……」
 悟空は力なく、に向かって微笑む。
「やっぱし生身で超サイヤ人3になると、やたら気を喰っちまうらしい……」
「……悟空」
「ま……まいったなあ……。さすがにまいった……」
 前傾姿勢で膝に手を付き、身体を支える悟空の姿は、本当に万策尽きたと言わんばかり。
 誰も、何も言えなくなってしまう。

 そうしている間にも、魔人同士の戦いは続いていた。
 しかしどう見ても、圧倒的に痩身ブウの方に分がある。
 太身ブウは細身をチョコに変えようとしてみるも、あっさり避けられた。
 逆に気を喰らって、どてっ腹に大穴が空く。
 すぐさま復活できるとはいえ、永遠に続けられる訳もない。
 実際、太身ブウの表情は苦いものだ。
 悟空は未だ呼吸を整えれない、若干苦しい息の下のまま、
「はぁっ、は……っ、ま、不味いぞ……。あれじゃあやられちまうのも、時間の問題だ……」
 ブウの闘いを見て呟いた。
 は眉尻を下げる。
 このままではいけない。けれど、どうしたらいいのだろう。
 ここにいる全員が一斉に共闘したとしても、細身ブウには敵うまい。
 悟空を含め、近くにある誰も口を開かぬままだった。
 ただ、闘いの音と、ブウを心配して声を上げるサタンの悲鳴が耳に痛い。
 硬直したかのような空気を破ったのは、
「……界王神たち、デンデ!」
 ベジータの声だった。
「あの玉でこの状況を見ていやがるんだろ! このオレの声が聞こえるか!? 聞こえたら返事しやがれ!!」
「べ、ベジータさん?」
 が驚いて彼を見上げている。
 も悟空も、ベジータが急に界王神たちに声をかけた理由が見つからず、互いに顔を見合わせた。
 老界王神の声は、直ぐに戻ってきた。
『あ、ああ……聞こえとるが……』
「よし! じゃあ今すぐ復活したナメック星に行き、ドラゴンボールをかき集めて来い!」
 ドラゴンボール?
 は目を瞬く。
 次いで、デンデが困惑の声を伝えてくるが、ベジータは説明をする暇すら惜しいのか、
「ガタガタ言わずにさっさとしろ! 間に合わなくなるぞ!!」
 怒号を返した。
 それきり、界王神たちからの声の戻りがなくなる。
 こちらからはあちらの状況が見えないが――きっと、ボールを集めに行ってくれているのだろう。
 老界王神辺りはボールを使うことに否定的だったから、ごねているかも知れないけれど。
 やっとで呼吸の整った悟空は、ベジータに声をかけた。
「どうすんだよベジータ……。まだ早いぜ、ドラゴンボールを使うのは……」
 ベジータは悟空に背中を向けたまま、
「――カカロット。きさま、今までに何度地球を救った?」
 訊ねた。
 悟空は目を瞬く。
「な……なんだよ急に……。さ、さあな……何度ぐらい、だったかな……」
 悟空としては、強敵に向かい合って、必死で撃破したという記憶だけなのだろう。
 ひとつの闘いが終わってしまえば、それは過去のもの。
 闘って勝ち得た勝利の裏側に、『地球を救っている』という事実が付与されていることなどは、彼にとっては忘れていて当然の物なのかも知れない。
 つまり、意識外。
 あらゆる意味で大物だ。
 は夫の器に、改めて非凡なものを感じた。
「けど、それがどうしたってんだよベジータ。今はそんなの……」
「たまには、地球の奴らにも責任を取らせてやるんだ」
「え?」
 責任を取らせるとは、一体どういう意味だろう。
 彼の言葉は端的すぎて、内容が汲み取れない。
 すぐに分かるとだけ言って、彼は口をつぐんでしまった。
『ベジータさん、聞こえますか!! ドラゴンボールはもう全部揃ってますよ!』
 デンデからの報告は、予想よりもずっと早かった。
 ベジータがボールの収集を頼んでから、ものの数分しか経っていない気がする。
 もしかしたら、ナメック星の人たちが既に準備しておいてくれたのかも知れないと、は思った。
 でなければ、これほど早く集めるなど不可能だ。
 よし、とベジータは拳を握り、力強く言葉を伝えた。
「早速ナメック星の神龍(ポルンガ)を呼び出してくれ!」
 叶えて欲しい願いは2つ。
 破壊された地球を、元通りに戻すこと。
 もうひとつは、例の天下一武道会があった日から死んだ者全てを、極悪人を除いて生き返らせて欲しいこと。
 伝えられた要求に、デンデは少なからず狼狽しているようだった。
「デンデ。ベジータには何か考えがあるみてえだ。そうしてやってくれ」
『は、はい……あの、3つめの願いは……』
 ベジータは
「さっきの2つ以外はどうでもいい。好きにしろ」 
 あっさり言うと、大きく息を吐いた。
「ふぅ……」
「な、なあベジータ……2つめの願いさ、ブウに殺された奴を生き返らせてくれって言ったほうが、解りやすいんじゃねえか?」
 が頷く。
 も同意しようと思ったが、あ、と声をあげた。
「でも悟空、それだと」
「……馬鹿め。バビディやダーブラまで生き返ってしまうだろうが。それにそれでは、武道会でオレに殺された連中は生き返れんだろう」
「あ……そっか。おめえ、結構考えてんだな……」
「ベジータさん頭いいね!」
 得心する悟空と。そこへ、デンデの叫びが聞こえた。
『ああっ! だ、駄目です! そういえばこの神龍で生き返れるのは、1度の願いで1人でした!』
「な、なんだと!?」
 それでは計算が狂ってしまう。
 焦るベジータを他所に、デンデがまた声を届けた。
『だっ、大丈夫だそうです! フリーザのことがあってから、願いをパワーアップさせたみたいで……』
「……そうか、よし。始めてくれ!」

 遠くの星で起きていることを気にして、は些か落ち着かない気持ちでいた。
 こうしている間にも、太身ブウの体力はどんどん目減りしている。
 どうもブウ同士だと、互いにダメージを受けるようだ。
 圧倒的に、強い細身から攻撃を受け続けている太身の方が、断然、気の減退が激しい。
 息を切らしている太身ブウ。
 細身のブウが、自分の片腕を引きちぎって丸め、それを武器にして太身ブウに何度も打ち当てる。
 ベジータが焦って叫び、
「くそ……っ、まだかデンデ! まだ願いは叶わんのか!」
『ウルサイのう。そうギャーギャー喚くな。ポルンガも苦労しとるんじゃ』
 老界王神の声が戻る。
 その数瞬後、ベジータの頭上に浮いていた天子の環が、すぅ、と消えた。
「あっ! ベジータの頭の環も取れた! 生き返ったんだ!」
「な、なに?」
「よかったなー! おめえ、極悪人じゃねえって思われてるぞ!!」
 が物凄く嬉しそうに跳ねる。
「ベジータさん、極悪人じゃないもんね!」
 足元にぎゅっと抱きつくの頭を、彼は優しく叩いた。
 は娘の喜ぶ顔に、僅かに緊張を解きかかっている自分を認識する。
 まだ終わっていないのだから、駄目だ。
 目の前の脅威は立ち去っていないのだから、と。
「なんだベジータ分かったぞ。悟飯やゴテンクスを生き返らせて、闘ってもらおうってんだな?」
「違う」
 すぱっと否定された。
「始めるぞ。用意をしろ」
「用意って……なんのだ?」
「元気玉の用意だ」
 ――元気玉!?
 は目を丸くする。それは悟空も同じだった。
 は元気玉の存在を、や兄から説明されていただけだったので、両親の驚きに首を捻っている。
「お、おい、おめえの考えって元気玉のことだったのか!?」
「そうだ」
「む、無理だ、そりゃ無理だよ! ブウが相手じゃいくらちょっとずつ地球人から元気を集めたって……」
 悟空は焦る。
「そうだよベジータ。そりゃあ、威力は凄いけど……」
 も悟空の発言に同意した。
 確かに元気玉は、凄い威力を持つ。
 かつてベジータに、致命傷に近いダメージを与えた。
 フリーザにも相当の威力が認められた。
 けれどもそれが、同じようにブウに効くのかと言われると、正直、疑問を差し挟む。
 ましてやこの場合――対魔人ブウの場合は、塵も煙も残さずに、まさに『消滅』させなければ勝利はないのだ。
 致命傷では事足りない。
 ベジータは鼻を鳴らす。
「言っただろう。『たまには地球の奴らにも責任を取らせろ』とな」
 は片眉を上げる。
「……まさか、ちょっとずつじゃなくて……」
「そうだ。少しずつではなく、ギリギリまで元気を集めさせてもらう」
 なるほど。
 限界まで力をもらうことで、普通の人からであっても相当の元気が得られる。
 それを地球に住む人ぜんぶから集めたら、それはそれは凄い元気玉ができるだろう。
 軽く星がひとつ吹っ飛ぶぐらい――またはそれ以上だろうから。
『べジータさん、ポルンガが3つめの願いを言えと……』
「それはどうでもいい! おい、界王神は聞いているか!? 地球の連中全員に話がしたい。なんとかしてくれ!」
『バ、バビディみたいにですか? そ、そいつはちょっと無理ですよ……』
 界王神の狼狽したような声。
「な、なんだと!?」
 はポンと手を叩く。
「それなら……父さーーーん!」
 虚空に向かって、は声を張る。
 自分がここにいることを気にしているのだから、見ているはずだ。
 すぐに界王の言葉が聞こえてきた。
『わかっとるよ。わしに任せろ。得意技じゃからな。……全く。親ってのは大変じゃな。娘の行動にヒヤヒヤするぞ』
「あ、あはは……」
『これが終わったら、少しは淑やかにするんじゃぞ!』
 ゴホン、と界王が咳払いする。
『ベジータとやら。決め技にわしの元気玉を選んだところはナイスだぞ! さあ話せ! 地球どころか宇宙中にだって話ができるぞ!』
 ――父さん、そんなに凄かったんだ。
 考えてみれば、ナメック星に向かっている間も会話できていたのだから、当たり前なのか。

 ベジータは少し間を置き、口を開いた。
「聞こえるか、地球の人間ども!」
 ――い、いきなり人間どもっていうのは。
 今口を挟めば、の声も伝わってしまう。それは邪魔になるので、喋りかけないでおいた。
「オレは、ある所からお前達に話しかけている。分かっているだろうが、お前達の殆どは魔人ブウに殺された。だが、ある不思議な力で生き返らせてもらったんだ」
 町や家なども、すっかり元に戻ったはずだが、一度死んで蘇ったことは夢ではないと語りかける。
 悟空もも、ただ黙ってベジータの話を聞いていた。
「お、おい?」
 今までブウを応援していたサタンが、いつの間にか側にいた。
「夢じゃないって……な、何を喋ってるんだあいつは……」
 悟空が人差し指を立てて、サタンに注意をする。
「しー! 地球のみんなに喋ってんだよ」
「……や、やっぱり夢だ……! おいお前ら、そんな下らんボケをかましている暇があったら、ブウを助けてやってくれよ……!」
 残念ながら、ボケをかましているつもりはありません。
 サタンの必死さも分かるが、もう少しだけ待って欲しい。
 ベジータが言葉を続けた。
 今、ある所でお前達に代わって魔人ブウと戦っている戦士がいる、と。
 しかし情勢が相当に悪いことも――かつての脅威、セルを遥かに超える強さであることも、正直に伝えた。
「――そこで、お前達の力を借りたい」
 ベジータは拳を握った。もしもこれが失敗したら、本当に全てが終わる。
 彼なりに緊張しているのだろう。
「手を空に向かって上げろ! お前達の力を集めて、ブウを倒すんだ!」
 が、ベジータの手を握る。
 振り払うこともなく、彼は続けた。
「かなり疲れるが心配するな! 思い切り走った後と同じようなもんだ! さあやれ! 手を上げろ!!」
 ――これは。
 にだけ、界王が呟く。
『……あ、あいつ、なんちゅう頼み方の下手な奴じゃ』
『父さん……だって、相手はサイヤ人の王子だよ? 命令ならともかく……』
 同じく界王にだけ、返答した。
「よしカカロット、始めろ!!」
「お、おう!! やるなベジータ、見直したぜ!」
 悟空は、ぼろぼろだった山吹色の道着を剥ぎ取った。
 青のインナーだけ身にした、動き易い姿になる。
 飛び上がって宙に浮くと、両腕を上げて手の平を空に向けた。
「みんな! オラに可能な限り元気を分けてくれ!」
 少しの後、大きな気の塊の戻りがあった。
「うおほっ! 来た来た! いきなりでけえぞ、こいつは悟飯たちの気だ!」
 喜ぶ悟空とは対照的に、ベジータは眉根を寄せる。
「だ、だがまだ完全じゃない……何故だ……?」
 答えは直ぐにやって来た。
 界王を通してこちら側が皆に語りかけられるように、皆の会話もこちら側に聞こえる。
 それを耳にしながら、は拳を握った。
 要約すれば、手を上げろという声は信用ならないし、そんなことをしても意味がないだろうから、従う必要はない、だ。
 異世界で生活していたは、今更、改めて理解する。
 人間というものは、どこの世界でも基本的には変わらないものなのだと。
 ――当然だろう。自分だってもしも事情を知らなければ、悟空と出会っていなければ、彼らと同じ反応をしたはずだ。
 声に従って、何かもっと酷い目に遭うかも知れないことを怖れている。
 動かない方がいい。
 動かなければ、いずれ過ぎ去るだろう。
 もしも行動し、望む結果にならなかったら。
 怖れと憶測と疑心暗鬼。
 かつて、幼いは身の内にその感情を飼っていた。
 だからベジータの声に応えない人たちを、頭ごなしに怒鳴りつけたりできない。
 でも。もしこのままなら――全部終わってしまう。
 苦々しい思いをする
 悟空がベジータを呼ぶ。
「おいっ、ブウを消すには、これでも多分まだ足りねえぞ! 何やってんだよ、オラたちの仲間以外ほとんど気をくれてねえじゃねえか!」
「分かってる! どいつもこいつも、オレの言うことを信用しやがらないんだ!」
 がぎゅっと眉根を寄せ、ベジータを見上げた。
 幼い彼女は、地球にいる人々に怒りを向けているが、声を発しはしない。
「やい地球人ども、さっさと協力しろ! また魔人ブウに殺されたいのか!!」
 これは夢でもなんでもないと叫ぶベジータ。
「マジなんだ! たまには貴様らも力を貸しやがれ!!」
 ややあって、また地球側の声が戻ってきた。

『本当に力を吸い取られるらしい』
『苦しそうだ。みんな絶対に手を上げるな』
『誰がお前の言うことなんか聞くか』
『こいつ、バビディとかいう奴じゃないのか』

「……くそったれ……地球人どもめ……!!」
 奥歯を噛み締めるベジータ。
 がすぅ、と息を吸い――
「ばかーーーーー!!」
 思い切り叫んだ。ベジータにではない。地球人にだ。
 も声を張る。
「お願いします! 大事な人を失いたくないんです! だから協力して下さい、お願い!」
 反応を確かめる前に、ブウの悲鳴が耳に入る。
 そちらを見やれば、
「くそっ……ま、不味いぞ、デブの方はも死にかけだ……!!」
 気絶しているのか、太身のブウが地面に叩き付けらているところだった。
 細身ブウの手の平が、もうひとりのブウに向けられる。
 にぃやりと笑みを浮かべるブウ。
「ちっ、ちくしょう! なにしやがるーーー!!」
 激昂したサタンが、足元の小石を拾ってブウに投げた。
 石が、ブウの側頭部に当たった。
 野卑な笑みが失せる。ぎろりと此方を向いたその目が見開かれた。
 視線の先には、悟空と――彼が作っている、巨大な元気玉の姿。
「く……くそったれめ……気付かれた……ッ!」
 突進して来るブウ。
 ベジータが構えた。
「カカロット、オレがなんとか少しでも時間を稼ぐ! 後はきさまが地球の馬鹿どもを説得しろ!!」
「じ、時間を稼ぐったって……お、おめえは生き返っただけで、気はまだ充分じゃねえじゃねえか!!」
 叫ぶ悟空を待たず、ベジータが動く。
 も、同時に動いた。
! !!?」

 ――時間を稼ぐ。元気玉ができるまで!


2009・12・11