界王神界 4



 容赦なくベジータの顔を殴りつけ、その首に頭の太い触角を巻き付けて締め上げているブウ。
 捕縛した彼を甚振ることしか考えていないブウの頭に、は同時に蹴りを撃ち込む。
 不意を打たれた格好のブウは、ベジータの首から触覚を離し、吹っ飛ぶ。
 地面に大穴が開いた。
 すぐさま戻ってくるかと思いきや、沈黙している。
「き、キサマら……ごほっ……一体なにを」
「独りで戦いたかったらゴメン。けど、ちょっとだけ手助けさせてね」
「ばっ、馬鹿ヤロウ! きさまら……特にお前!」
「私?」
 は自分を示し、必死の形相のベジータにとりあえず少しばかり治療を施す。
 付け焼刃だと分かっているけれど。
 ブウが突っ込んだ穴に注意しつつ、彼の言葉の意味を訊ねた。
「えと、どうしたの?」
「キサマが死にかかりでもしてみろ! カカロットが気を集中するどころではなくなるだろうが!!」
「…………さ、流石にこの状況で、それはないよ多分」
 微妙な心配をしているベジータに、苦笑を浮かべた。
「来たよお母さん!」
「ベジータ話は後っ!」
 治療を切り上げ、はベジータの背中を叩く。
 向かってくるブウ。が気を入れ、超化する。
 金糸の髪をなびかせて、彼女は突っ込んでくるブウに気を叩き込んだ。
 あっさり避けられてむっとするの横から、が融合力を飛ばす。
 奇怪な軌道を描くそれが、ブウの右腕を吹き飛ばした。
 ベジータが瞬時に右側に回りこみ、回し蹴りを入れた。
 ブウは顔をしかめながらも、その足に身体をぎゅるりと巻きつかせる。
「ぐぅ……!! こ、こいつっ……!!」
「ベジータさんからはなれろーーー!」
 がベジータの身体に巻きついているブウに直接手を当て、破壊の力を叩き込む。
 ブウが予想していたより、ずっと強い衝撃だったのだろう。
 電気がショートするような音と共に、ブウの身体が弾き飛ばされた。
 そこを狙って、がもう一度力を放った。今度は左腕が吹き飛ぶ。
 ただ次の瞬間には、やはり両腕とも生えて来てしまった。
 ――狡い。
 に向かって、凄まじいスピードで距離を詰めてきたブウ。
 拳を腹に打ち込まれる一瞬前に、腹部に障壁を展開した。
 しかし、その攻撃の威力を殺ぎ切ることなど到底できない。
 軽い呼吸困難に陥りながらも、ブウの後頭部に肘鉄を落とす。
 至極あっさり避けられた。
 助けに入ったベジータと一緒になって吹き飛ばされる。
 背中から岩棚に突っ込んだ。
 痛む背面を気にしつつも、震える手で身体を起こす。
「っつ……! ほんとに……悟空こんなのとよく戦えるよ……」
 なんとか立ち上がった途端、近くで爆音がした。
 今度はが攻撃を喰らっている。
 ブウのスピードが速すぎて反応できなかったらしい彼女は、その場にがっくりと膝をついた。
 地面にはいつくばり、肩で呼吸をしている。
っ!!」
 足を持ち上げ、を踏み潰そうとしているかのような動きを見せるブウに、は腕を突き出し、
「閉じろ!」
 異能力でブロックをかける。
 青い光がブウを捕縛し、身体を締め上げて気を抑え込んだ。
 ブウの目が、こちらを睨む。その直ぐ近くにベジータがいた。
 元々体力を著しく減らしていたベジータは、地面に叩きつけられた衝撃で、身体を引き上げることすら難しくなってきているようだ。
『ぅ……っ、、早く逃げなさ……っ』
 動けないでいるらしいに、思念を送る。
 反応がない。
 超化はしているから気絶はしていないのだろうが、返答する余裕がないらしい。
 は指で糸を引き操るようにしながら、ブウを閉じている力を制御する。
 鬱陶しそうに、締め付ける力を眺めるブウ。
 ぐ、と力を入れて気を発した途端、力の捕縛が一気に解けた。
 衝撃でまた岩に叩きつけられる。
 ぎゅっと目を閉じたの腕に、切り傷が入った。
 瞬間的に、浮いた血を癒しの力に変換し、に飛ばす。
 目を開けると、ブウがこちらに突っ込んでくるところで。
「や、ば……っ!!」
 背面には岩。このまま攻撃を喰らったら、力を逃がせずに内臓がやられる。
「はぁぁあーーー!!」
 一直線に進んでくるブウの、その途中に割り込んできたベジータが、ブウを蹴り上げた。
 はその間に岩棚から脱出した。
 ブウは上空に跳ね飛ばされたものの、途中で球状に身体を変形し、ベジータの背中に衝突する。
 次の瞬間には元の形を取り戻し、ベジータの首を、伸ばした手で絞め始めた。
「ご、ぁ……ぐ……!!」
 完全に絞め殺しにかかっているブウを、が引き剥がしにかかる。
「ギッ」
 小さな声と共に放たれた裏拳を、クロスした腕で防ぐ。
 力が凄くて堪えきれず、思い切り後退した――というより、転がった。
 腕に激痛が走って、力が入らなくなった。
 余りある痛みで声すら出ない。
 砕けてないだけマシだろうと、脂汗を浮かせながら自己治癒を施す。
 翠の力が腕を奔る。
 痛みが和らぐと同時に、力が入るようになった。
 落ち着いて治療しているわけではないから、若干の痛みは腕に残ったまま。
 治しきれていない。ダメージは体に蓄積されている。
 さりとてブウは攻撃の手を休めやしない。放置すればベジータが窒息する。
 が立ち上がるよりも早く、 
「波ぁーーー!」
 起き上がったが気砲を放つ。
 が、ブウは伸ばしていない方の手だけで弾き飛ばし、べジータの首に巻いた腕をを更に締め上げた。
 あのままでは――。
「まず……っ」
 焦って気を放とうとするの体が、
「ブウーーーーーー!!」
 男の大声で止まった。
 ――な、何事?
 は目を丸くする。
 ブウの向こう側に、声を上げたその人――ミスター・サタンが、腰に手を当てて仁王立ちで立っていた。
 どう見ても場違いなのに、当人はその場の空気というか、違和感など全く無視している。
 ブウに向かって右手の親指を突き立て、それを下向けた。
 所謂、地獄へ落ちろポーズ、だろうか。
「な、何してんのあの人……」
 の疑問を他所に、サタンは大声を張る。
「オラオラオラッ! 黙って見てたらいい気になりおって!」
 ブウの目線が、ゆっくりとサタンに向いた。
「この全世界格闘技世界チャンピオンのミスター・サタン様が、キサマの非道を黙って見過ごすと思うのかっ!」
 長い口上。
 その間にはこっそり、の元へと駆け寄った。
 ぼろぼろになった娘を治療し始める。
 その間にも、サタンの口上は続く。
「このわたしが成敗してくれる! 覚悟しろ!! キサマも相手が悪かったと、すぐに後悔することになるぞ!!」
 一種の満足感というか、ヒロイズム的興奮を覚えてすらいそうなサタン。
 この状況でああまで言えるのは凄いことだが、当人は現実だと思っていない節がある。
 は焦りながらも、
「お母さん……」
 の目がしっかりしたのを確認し、手を離した。
 土に物が落ちる音がして、2人はブウに視線を向ける。
 ブウに掴まれていたベジータが、地面に放り出されていた。
 咳き込むようにして息を吸う彼に注意を払うことなく、ブウは伸びていた手を元のサイズに戻す。
 ブウが、にぃやりと笑った。
 軽い動きでその場を蹴り、サタンに向かって飛ぶ。
「や、やるかっ!!」
 サタンも構えを取るが、正面にまで来た兇悪な存在に、今更ながら思い切り逃げ腰になる。
「ひいぃぃ!! や、やっぱし夢でも怖い!!!」
 手刀がサタンの首を狙う。その動きが突然、速度を落とした。
 不自然なほどに遅くなった攻撃を、サタンが避ける。
 避けた、というのは適切ではない。
 『ごめんなさい』と両手を合わせ、地面に伏した行動が、偶然にも回避行動に繋がったというだけの話だからだ。
 それでも避けたことに変わりはないけれど。
 何が起こっているのか分からないが、この隙を利用しない手はない。
 と一緒に、地面に転がったままのベジータの元へと向かう。
 息も絶え絶えの彼に2人で手を触れ、
「ベジータ、しっかり」
 一気に力を流し込む。
 翠の力がから溢れ、収縮して彼の体内に滑り込んで行く。
 随分と手酷くやられていて、全部を癒すには時間がかかりそうだ。
 酷すぎてか、2人がかりでも焼け石に水の状態に近い。
 それとも彼は元々死んでいるから、治療の効果が薄いのだろうか。
 表面的な傷は治すことができたものの、内実、気の状態に大した変化はない。
 唐突にブウの苦しげな声が聞こえてきて、は治療を続けながら首をそちらに向けた。
 理由は分からない。
 ただ、サタンの目の前で、ブウは苦しんでいる――ように見えた。
「だっはっはーーー! それそれ! わたしの気迫パワーでもっと苦しめーーーーい!」
 ――気迫パワー?
 全く状況が読めない。
「お、おい……何が起こっている……」
 ベジータは、に手伝ってもらって身体を起こした。
 苦しんでいるブウを見て、ベジータはに問う。
「よく分からない。サタンに攻撃を仕掛けたブウが、突然苦しみ出して……」
 頭を抱えて目を見開き、凄まじく葛藤しているような様を見せているブウ。
 その彼が、急に叫ぶことを止めた。
 口をもむもむと動かして、ガムでも噛んでいるように見える。
 今まで強気だったサタンも、不思議そうにしていた。
 ベジータは苦しげに顔を歪ませながら、未だ気を溜めている悟空に叫んだ。
「カ、カカロット、いつまで掛かるんんだ……まだか……っ!」
 必死すぎて時間を忘れていたが、明らかに悟空が必要だと言っていた時間――1分以上経っている。
 悟空は気を集中した状態のまま、こちらに言葉を投げてきた。
「わ……分かってっけど……変なんだ! 殆どフルパワー近くまで気は溜まったんだが……ま、また溜めた気が減り始めてる!!」
「な、なんだと!?」
 必死に頑張っている間に、悟空の身に何が起こったのかは分からない。
 ただ彼の言葉は真実で、こうしている間にも少しずつ、力の波が引いて行っている気がする。
 悟空がフルパワーにならなければ、ブウには勝ち得ないのに。

「お母さん、ブウがブウを吐き出した!」
「え!?」
 ぼん、と音がした。
 地面を擦りながら、魔人ブウ――太っちょのそれ――が転がり出る。
「なんだと……!?」
 驚くベジータと同様、も目を瞬いてその『ブウ』をつぶさに見つめる。
「身体の中にいたブウ、だよね、あれ……」
 出たきり、身動きをとらない太っちょブウ。
 気絶している状態なのか。
 細身のブウが口元を拳で拭い、いやらしい笑みを浮かべる。
 不要なものを出してすっきりしたのか、改めてサタンに向かい合った。
「ななっ、なんだコイツ、このわたしとやる気か!」
 先ほどまでの躊躇はどこへやら、ブウはサタンと正面から対峙できるようになっている。
 ――これは不味いのでは。
 今吐き出した『ブウ』が、サタンへの気持ちを残していた部分だとしたら。
 今の細身ブウには、彼への攻撃に、全く厭いがないことになる。 
 焦りながらも構えを取るサタン。
「ちゅ、忠告する!! やっ、止めた方がいいぞ、オレは強すぎる!!」
 野卑な笑いを浮かべたまま、ブウはサタンに近づいていく。
「い……いいだろう。そんなに痛い目に遭いたいのなら、やってやる……来いっ!」
 少しでもとベジータへの治療を続けながら、はサタンの行動にはらはらしていた。
 時間を稼いでくれているから、その点については頭が下がる。
 ただ、当人が命の危険を全く感じていないのが問題だ。
 ブウの笑みが深くなる。
 ぱんっ、
 と音を立ててサタンの顔面を殴った。
 ブウにしては、それはもう常軌を逸するほどに優しい攻撃だっただろうが、サタンは両手で顔面を押さえて地面をゴロゴロ転がった。
「うっ、うぉぉおおおーーー! ひぃいぃ! やっぱり夢なのに痛いぃぃぃ!!」
 ゲラゲラ笑うブウを尻目に、サタンは満足するまで転がると、こっそり立ち上がった。
 そのまま素早い動きでブウから距離を取る。
「きっ、きさまいい加減にしろよ! オレ様を本気で怒らせるつもりか! 痛い目に遭いたいのか! あ、謝るなら今のうちだぞ!!」
 距離があるからか(ブウにしたら、全く意味のない距離感だけど)、少し強気のサタン。
 雄叫びを上げながら胸板を叩き出すブウを見、サタンは沈黙した。
 何かぶつぶつ言っているが、ここまでは聞こえない。
 太鼓を止めたブウが、急に、物凄い速度でサタンとの距離を詰め始める。
「ひーーーーーーーー!!」
 サタンの盛大な悲鳴。
「っああもう!」
 今更遅いかと思いながら、が飛び出そうとした瞬間、
「え!?」
 ブウに向かって桃色の力が飛んだ。
 気功波だ。
 それを跳び退って避けたブウが、気が飛んで来た方向を睨みつける。
 たちも同じように視線を向けると、
「ふ、太っちょのブウ……と」
 娘のが、ブウの隣に立っていた。
「お前の娘……あのブウの野郎を治療しやがったようだな」
 ――いつの間に。
 ブウは、細身のブウを見据えたまま、口をへの字に曲げる。
「……おまえキライだ。サタンをいじめるな!!」
 細身ブウの攻撃対象が、サタンから『ブウ』へと移動する。
 蛇のような声で吼え、彼らは同時に突撃した。
 は慌てての傍へと戻ってくると、にっこり微笑んだ。
「あの『ブウ』、きっと助けてくれるっておもったの。だってミスター・サタンが好きだから」
「うん、そうね」
 の頭を撫でてやり、ブウ対ブウの闘いを見守る。
 同族嫌悪、とでも言うべきなのだろうか。細身のブウは、太身のブウへの攻撃が容赦ない。
 太身のブウも善戦しているが、細身ブウの方が圧倒的に力がある。
 細身ブウの身体を気功波で抉ってみても、やはり簡単に元に戻ってしまうし。
 が見ている限りでも力の差がありすぎて、倒すことはできないように思える。
 ベジータは苛立ち、悟空に向かって叫んだ。
「カ……カカロット、いい加減にしろ!! どれだけかかってるんだ、い、今のうちだぞ!! まだか、まだ気は溜まらんのか!!」
 の目には、悟空が必死に、何かを堪えているように見えた。
「ち……畜生っ、こんなはずは……っ、こんなはずはねえんだ……!!」
 悟空は僅かに前屈みになり、己の手の平を見る。
 超化した際の、金色のオーラが明滅を始めた。
 必死で保とうとするも、それはどんどん萎縮していって――
「ご、悟空……!」
「ち……力が、抜けて……いく……っ」
 次の瞬間には、悟空は超サイヤ人3どころか、超化状態すら解けてしまっていた。


2009・11・20