界王神界 3



 魔人ブウが、超サイヤ人3状態になっている悟空に飛び掛った。
 ぐっと腰を落とし、構えを取って、飛び込んでくるブウに対して悟空の気が放たれる。
 物凄い火力の気が、ブウの下半身をごっそり削ったが、ブウのかけ声ひとつで元の状態に戻ってしまう。
 悟空は舌打ちし、すぐさま後ろに回ってブウを両手で殴りつけた。
 手酷い音と共にブウが地表に向かって吹っ飛ぶ。
 しかし大きく体を――凧状に――変形させ、衝突を避けた。
 ブウは体を元に戻しながら地面を蹴って反転。悟空を逆に、殴り飛ばす。
 彼は体が力に逆らえず、背後にあった山に突っ込む。
 鉄錆の味が口に広がる。それを吐き出し、拳で口元を拭った。
「ヤロウ……っ」
 一間と経たぬ間に戻って、ブウに反撃を始める。
 頭上から踵落としを決め、残る足で追撃を試みた。
 ぎりぎりの所で回避されてしまう。
 不可解な動きで裏拳を繰り出したブウのそれに、悟空は横っ面を叩かれそうになる。
 その拳を掴み、逆に地面にブウを体ごと地面に叩きつけた。
 衝撃で大地がえぐれる。
 超サイヤ人3になった悟空とブウの実力は、拮抗していた。
 ――否。

「あれだけ攻撃を喰らってるのに……」
 は、激戦を繰り広げている悟空の様子を見ながら、ぽつりと呟いた。
 一見、いい勝負をしているように見える。
 その実、彼らの間には、どうにも変えようのない性質の違いが横たわっている。
 人間と魔人の違いがそれだ。
 悟空は、普通の相手だったら致命傷どころか、絶命させるような攻撃を、何度もブウに放っている。
 ブウの体を何度も気功波で吹き飛ばし、削り、体にダメージを蓄積させようと肉弾戦をも繰り返している。
 けれども、ブウの気は殆ど減っていない。
 体が新品に戻る度に、気も――全快近くまで戻ってしまう。
 人間だったらあり得ないが、相手は魔人。なんでもありだ。
 これでは悟空の消費ばかりが激しく、いずれは負けてしまう。
 宙に浮いたブウは、気弾を自身の周囲にいくつも作り、にたりと笑う。
 同じく舞空術で浮いていた悟空は、連発を受ける直前に、周囲にバリアを張った。
 の力とは違い、悟空のそれは護るだけ。逆攻撃ができない。
 力が独立している訳でもなく、バリアを張りながらの攻撃も難しい。
 バリアに気が着弾した後の、一息にも満たないバリア解除の間を見過ごすことなく、ブウの膝が悟空の腹に入る。
 悟空は一瞬早く、ブウの膝を両手で防いだ。そのまま気を放つ。
 斜めに放たれた力が、ブウの体を地面に叩きつけた。
 界王神界の地表に大穴が開く。
 穴の中から、ゆっくりとブウが戻ってきた。
 悟空は息を吐き、同じように地面に足をつける。
 彼は一気にブウとの間を詰めようとした。
「あ!」
 が驚く。
 ブウが、柔らかいものを割るように、自身の足を地面にめり込ませる。
 かと思えば、その足先が悟空の顔先に現れた。
 彼は思い切り顎下から攻撃を受ける。
 辛うじて背を反り、威力を逃がしたようだが、続けざまに同じ事をされて、悟空は後退した。
「あぶ、あぶな、お父さん!!」
 不安気に飛び跳ねる
 彼女の頭を、べジータが落ち着かせるように撫でた。
「……お前の父親は凄い奴だ」
「ベジータさん?」
 が、同時に彼を見る。
 ベジータの目は悟空を見据えたままだ。
 口の端を軽く上げ、誰に言うでもなく――ただ、独白のように言葉を綴る。
「……あの魔人ブウは、オレにはとても敵う相手じゃない。……あいつと闘えるのはカカロット、お前だけだ」
 が口を開こうとするが、ベジータの表情を見て口をつぐんだ。
「なんとなく分かった気がする。何故、天才であるはずのオレが、お前に敵わないのか……。守りたいものがあるからだと思っていた……」
 守りたいものが在る。
 その強い心が、得体の知れない力を生み出しているのだと、ずっと思っていたらしい。
 にもそれは良く分かる。
 悟空や家族を守りたいと思う時、もまた、常よりも強い力を発揮できるから。
 けれど。
「今のベジータには、同じものがある」
 はつい呟く。
 彼は頷いた。
「……オレは、オレの思い通りにするために、楽しみのために……そして敵を殺すために、プライドのために闘ってきた」
 それが、サイヤ人が誰しも持っていた、基本的な欲求。
 本能に基くものだった。
「だが、あいつは違う。勝つために闘うんじゃない。絶対に負けないために、限界を極め続け闘うんだ……!」
 だから相手の命を断つことに拘らない。
 もしも悟空が、最初の頃のベジータのようなサイヤ人だったなら。
 は彼と結ばれなかっただろうし、ましてベジータはこの場にいなかっただろう。
「あいつは……ついにこのオレを殺しはしなかった。まるで、今のオレがほんの少しだけ人の心を持つようになるのが、分かっていたかのようにな……」
 ベジータは拳を握る。
「頭に来るぜ……! 闘いが大好きで、優しいサイヤ人なんてよ……!!」
 黙りこむベジータを、は不思議そうに見つめ続けた。
 は激闘を続ける悟空に視線を向けたまま、ベジータの言葉に耳を傾ける。
 沈黙の中に悔しそうな気配が混じっていた。
 ややあって、彼が鼻を鳴らす。
 和らいだ雰囲気。笑っているのが分かった。
「頑張れカカロット……お前がナンバーワンだ!」
 は瞳を閉じ、微笑む。
 今の言葉を悟空に聞かせてあげたかった。


 戦いを見守ること暫し。
 べジータが突然、大きく息を吐いた。
「…………さてと。そろそろ行動するか」
「え?」
「カカロットに本気を出させないといかんからな……」
 ベジータの言葉の意味が分からず、は視線を悟空から外す。
 腕組みをしたまま、彼はを見た。
 何を思ったのか、いきなり移動し始めるベジータを、慌てて追う。
「ちょ、ちょっと!?」


 悟空が距離を取ったところを狙い済まし、ブウの気功波が襲ってくる。
「っ波ぁ!!!」
 瞬時にかめはめ波で切り返す。
「バッキャロー! こっちは本場のかめはめ波だ!」
 粉々になったブウは、すぐにひと塊になりだした。
 息を吐き、悟空はブウを睨みつける。
 視線の先にいるそれは、殆ど気を減らしていない。
 闇雲にせめても埒があかないが、かといって……。
「……ちっくしょう。やっぱり同じことやってても、あのヤローは体力を減らしやがらねえ……すぐまた新品に戻っちまいやがる」
「ちょっとベジータ!?」
「へ?」
 の声が近くから聞こえ、悟空が振り向く。
 腕組みをしたベジータが目の前に浮いていて、その後ろからが追いかけてきていた。
「お、おめえたち」
「カカロット」
「な、なんだよ交替か? も、もうちょっとやらせてくれよ!」
「……へっ……最初から交替する気なんぞないくせに、白々しいことを言うな」
 交替すれば、魔人ブウにたちまち殺されてしまうと分かっていたと言うベジータ。
 自嘲の彩はなく、ただ事実を、在るがままに受け入れている口調だった。
 どちらかといえば、聞かされた悟空の方が微妙な笑みを浮かべて、焦っているように見える。
「い、いや、そんなことは……」
「……つまらん気を使うな」
 は悟空の近くに寄り、ちょっとの間だけでもと彼の手を掴み、癒しの力を送り込む。
 それを見ても同じように――の手を掴んで――力を使い出した。
 異能力の合わせ技。
 独りでやるより、2人の方が割がいい。
「わ、悪ぃな
 首を振る
 ベジータが息を吐く。
「カカロット。……確かにあの魔人ブウは想像以上に強かった。貴様もだ」
「ベジータ……」
「オレに遠慮せず、止めを刺してしまえ! その超サイヤ人3なら、目一杯に溜めた気で、完全にブウを消し去ることが出来るはずだ!」
 拳を握り締めて、力強い言葉をかけるベジータ。
 は探るように悟空を覗き込む。
 彼は少し詰まったような顔で、
「あ……あぁ、オラもさっきからそうしようと思ってんだけど、なかなかそのチャンスがねえんだよ……」
 素直に伝えた。
 
「え」
 目を瞬き、
「……え」
 きょとんとし、ベジータが
「…………え」
 目を見開いた。
 悟空はノドの奥で唸る。
「あいつを消しちまおうと思ったら、1分間ぐらい気を溜めねえとな〜〜」
「い、1分間だと?」
 本気で、自分に遠慮してブウとの戦いを長引かせていると思っていたのだろう。
 ベジータは驚きで組んでいた腕を外し、妙に背筋を伸ばしている。
「くっそ〜〜、ポタラだったら一発でやれたのにな。……ちぇ〜〜、カッコつけ過ぎちまったかなぁ」
 もうちょっと上手くいくと思ってたのによーと言いつつ、指先で音を鳴らす悟空を見ながら、は失笑した。
 こんな時になんだけれど、彼のこういう態度を見ているとホッとする。
 緊張で息も出来ない程では、身体が固まって動けなくなってしまいそうだから。
「お、おい……カカロット。オレに気を、使っていた……のでは」
 か細い声で訊ねるベジータ。
 耳に入らなかったのか、悟空はブウの状態を見て口唇を引き結ぶ。
「あの野郎……さっさと元に戻れるくせに、わざとダラダラして楽しんでやがる……」
 上半身だけ戻し、下半身は中途半端に形作られたブウ。
 足が生えていない。
 一見ランプの精のようにも見える。むしろランプに籠もっていて下さいお願いします。
 意味の分からないことを思いながら、はふと、悟空のちょっとした違和感に気付く。
 ――あれ?
 不思議な感じだった。
 傷は治っている。なのに、何故だか彼を癒しているという実感が湧かない。
 例えるなら、暖簾に腕押し。手応えがないような気がする。
 ――なんで?
「……1分間だな」
「ベジータ?」
「1分間、オレがなんとか奴を食い止める。キサマはさっさと気を溜めろ……!」
「お、おめえがブウを食い止めている間に、気を溜める……? い、1分かかるんだぞ……」
「だったら早くしろ!」
 ベジータの怒号。は、悟空から手を離した。
 気を溜めながら治療をすることも出来るだろうが、正直集中の邪魔だろう。
 悟空は気を高めながら、ベジータを横目で見る。
「いいか、おめえは今死んでる状態だ。そんな奴がもう一度死んだら……」
 がごくりと息を飲む。
「この世からもあの世からも消えちまう。存在しなくなるんだ」
 ベジータの額に、冷や汗らしきものが流れる。
「死ぬなよ、ベジータ」
「…………ふん、大きなお世話だ」
 彼は気合いを入れて超化すると、時間を稼ぐため、ブウの元へと飛び出した。
 強力な気砲を撃ち込み、ブウの身体を半分にする。
 ニヤついた笑みを浮かべたままの奴に、続けざまに気を撃ち込む。
 地面が削られ、爆煙で周囲の視界が一気に悪くなる。
「い、いいぞ……うまくいけば、このまま1分ぐらいはいけるかもしれねえ!」
「あっ、だめ!!」
 ベジータの後ろ側に、桃色の塊が集まり始める。
 彼は目の前のことに集中していて、背後に気が回っていない。
 否、固形化するまでは『気』が散っているから、気配が上手く読み取れないのかも知れない。
「ベジータ後ろーーーっ!!」
 が叫ぶ。振り向こうとしたベジータより先に、ブウが両腕を固めて腕を振りかぶる。
 そのまま頭上に下ろされ、凄い勢いで地面に叩き付けられた。
「ぐ……っ!!」
 実力の差がありすぎる。
 一方的にやられ出したベジータを見て、
「べ、ベジータさん!!」
 が名を呼び、前のめりになる。
 はベジータがやられている背中を見ながら、うん、とひとつ頷いた。
「悟空、早く気を溜めてね!」
「お、おい!?」
「お父さんいってきます!」
 焦る悟空の声を背にしながら、はベジータの所へと向かった。



2009・11・6