ブウの体内にて 2



 は悟空と手を繋ぎ、はべジータに抱っこされながら、ブウの体内をあてどもなく歩き続ける。
 正直、あまり時間があるとは思えない。
 体内にいることに気づかれる前に、地球が奴によって吹き飛ばされる可能性がある。
 地球が崩壊した後に仲間を救出しても、はっきり言って意味がない。
 外に出た瞬間に『宇宙空間で死亡』、なんていうことになりかねないからだ。
 仲間を助けてすぐに、悟空の瞬間移動で逃げられればいいのだが、残念ながらそれは不可能のようで。
 の異能力も不安定なものが見られる。
 悟空とベジータの合体が、この中に入った途端に解けたこともあわせて考えると、ブウの体内の中では、ある種の能力が封じられてしまうようだ。

 脈打つ壁を気味悪く思いつつ、は小さく溜息をついた。
「全く……人の中って案外広いね」
 気で探ってみたものの、反応がない。
 気絶していても探りだせる程に見知った、彼らの気配だ。
 分からないとなると、やはりこれもブウの体内だから、だろう。
「埒があかんな」
 先を行くベジータがこぼす。
 適当に進んでいるが、道筋が合っているのかさえ判らない現状に、かなり苛立っているようだ。
 ずり落ちかかっていたを、彼が抱えなおす。
 同時に、が「あ」と声を上げた。
「……どうした」
「なんかめっけたんか?」
 首を傾げる悟空を見て、が首を傾げる。
「うー……分かんないけど、悟天兄ちゃん、こっちにいる気がする」
 あっちの道、と指で行く先を示す。
 はこくんと頷き、悟空とベジータに呼びかける。
「無駄に歩き回るより、の言葉に従った方がいいと思うよ。この双子の繋がり方、半端じゃないから」
「わたし、悟天が隠れてるとこ見つけるの、得意なの」
 凄いでしょうと無邪気に笑う
 遊びではないのだと言いたそうな雰囲気のベジータは、けれど口にはせず、「そうだな」と同意するだけにとどまった。

 に従うまま向かっていくと、急にがベジータから離れた。
「お、おい!?」
 走り出したを、たちも慌てて追いかけていくと、開けた場所に出た。
 その中央付近に、がいる。
 彼女は一生懸命、天井と地面を繋いでいる奇妙な柱に声をかけていた。
「ちょっと……あ」
 見れば、彼女が一生懸命に声をかけている物体――その膨らんだ部分に、悟天の顔があって。
 周囲をざっと見回す。
 悟天だけではなない。吸収された仲間達が全員、そこにいた。
 気を感じはしなかったが、ちゃんと生きている。呼吸をしている。
 やはりブウの体内では、気をスキャンすることが出来ないようだ。
「よ、よかった……けど、たちは……」
 ここにいるのは、『闘える者』だけだ。
 ブウに見初められた超人たちばかりで、お菓子に変化させられた者たちはいない。
 当然のように、の姿はなかった。
 の瞳に薄っすら涙が浮く。
 悟空に頭をぐりぐり撫でられた。
 悲しむな、大丈夫だと言われているみたいだった。
 肩の力を抜いて、は改めてその柱のようなものを見る。
 柱というほど、かっちりした感じではないようだった。
 中央に、彼らを包み込んでいる膨れがある。
 見ようによっては卵みたいだ。色がピンクで気色悪いけれど。
 ベジータがの傍らに立ち、しげしげと悟天、それからその直ぐ隣にいるトランクスを眺めた。
「チビたちの合体も解けているな」
「そりゃ、30分経ったからだろ」
 吸収した時は、フュージョンの特徴を持っていたはずだったし。
「それより早くみんなを助けなくちゃ」
 は悟空の服の端を引いて言う。
 が泣きそうな顔をしながら、悟天を包む袋を、天井から引き剥がそうとしていたからだ。
 彼もベジータも頷き、手分けして仲間達を救出にかかる。
 気で彼らを繋いでいるものを焼き切っていくと、ブウの気がどんどん低下していくのが分かった。
 ただ、ブウも当然この異常には気付いているはず。
 急がないと危険だ。
 は悟天の傍に立ち、不安そうにベジータを見上げた。
「さっさと脱出するぞ」
「うん……」
「ちょっと待てよ! いくらブウが弱くなったって、オラたちには敵わねえ強さなんだぞ!」
 このまま外へ出たら、間違いなくやられてしまう。
 悟空の心配はもっともだ。
 噛み付く悟空に、ベジータは舌打ちする。
「他にどうしろというんだ」
「おめえがポタラを壊しちまうからさぁ……」
 腕を組み、じとーっとベジータを睨みつける悟空。
「フン、感謝して欲しいぐらいだぜ」
「へ?」
「よく考えてみろ。合体したままでは、お前の妻は貴様ではなく、『ベジット』のものになるんだぞ」
 合体した時点で、それは『悟空』ではない。
 そこにベジータという部位が介入している以上、個を与えられた別人だ。
 逆もしかり。
 悟空という要素が入った時点で、『ベジータ』ではない。
「第一、どっちの家に帰るつもりだ」
「……いや、それは。……うわ、今ベジットがを抱えてるとこ想像しちまった。すっげえムカツク」
 悟空は本気で嫌そうな顔をした。
「お父さん、ベジータさん、早くいこ?」
 何を遊んでいるのかとばかりに、が2人をたしなめた。
 は苦笑しつつ、娘に同意する。
「横道にそれてないで、結論出そうよ。このままでは外に出られないけど、他に方法もない。出るしかないでしょ」
「……そうだ、フュージョンすりゃいいじゃねえか」
 悟空がぽんと手を叩く。
 ポタラを壊されて失念していたらしい。だがそれにも、ベジータの有無を言わさぬ否定が入る。
 曰く、あんなみっともないポーズができるか! だそうだ。
 合体は2度とゴメンだとも付け加える彼は、意地でも意志を変えるつもりはないらしい。
 けれどそうすると、話は元に戻ってしまう。
 結局のところ、表に出るしか道はないわけで。
 表に出て、悟飯を回復させて戦ってもらうしか方法がないと、は思う。
 くん、と服を引っ張られ、下を向く。
 がある一点を指差していた。
?」
「お母さん、魔人ブウがいる」
「え」
 ぎくりと身を堅くした。
 悟空とベジータもの言葉に身構える――が。
 示された先にあったのは、確かに魔人ブウではあったけれども。
「一番最初のヤツか?」
 悟空の言う通り、それは出てきたばかりの時のブウだった。
 それぞれがブウに近づき、しげしげと眺める。
 ――どういうことなのだろう。
 ベジータが魔人を見上げながら
「確かこいつからガリガリの魔人ブウが生まれ、そいつがデブの方をチョコにして食ったんだったな。……吸収したってことか?」
 呟く。
 どこで見ていたのかとが問えば、「あの世だ」という返事があって。
 は『あの世』という単語に反応してか、寂しそうな表情を浮かべていた。
「じゃあもしかして、他のチョコにされた皆もどっかにいるかもしんねえな……」
「いない。特別扱いはそいつだけだ」
 悟空の言葉に反応した声を耳にして、一気に緊張が高まる。
 を後ろに隠しながら、地面からじくじくと出て来た魔人ブウに、意識を集中した。
 悟空の手が、を下がらせる。
 ブウの身体は半分ほどで、足までは現れていない。
 それでも攻めあぐねる程の、相変わらずの気だ。
「おかしいと思ったら、おまえたちの仕業か」
 ジロリとを見やり、ブウは胡乱気な表情を浮かべる。
「どうやったのかしらないが、吸収されなかったらしいな……とくにそっちのコドモはチョコにして食ったはずだが」
 はべーっと舌を出す。
 ブウのこめかみがピクリと動いた。
「――せっかく吸収したやつらを、よくもはがしたな!!」
 びくりとの身体が震える。
 叫びで起きた風圧に、は僅か、瞳を細めた。
「だ、だからポタラを着けてろって言ったじゃねえか! 外に出さえすりゃ合体して倒せたのによ!!」
 あっ、と思った時には、悟空はこちらの状況を露呈してしまっていた。
 黙っていればハッタリにでも使える事柄だった。
 ブウが『ベジット』を危険視する限り、奴は否でも応でも『突然合体する可能性』を考慮せねばならない。
 そこには多少の隙があるはずだったが、今の悟空の暴露で無に帰した。
「ばっ、馬鹿ヤロウ! 黙ってりゃこいつ知らなかったんだよ!!」
「え、あ……」
「そうか、お前たち……もう合体できないのか……」
 にやにやしながら地面から抜け出たブウは、静かに立つ。
 半分埋まったままで居て欲しかった。
 悟空とベジータが超化する。
 を後ろ手に隠したまま、ブウがいきなり攻撃を仕掛けてきてもいいように、壁を張る準備をし始めた。
 ブウの体内では、異能の力は殺がれてしまうようだが、ないよりマシだろう。
「おまえたちじゃ、おれには勝てない」
 にたにた笑うブウ。悟空は左手を壁に向けて構えた。
「よーし、来るなら来い! おめえの身体ん中にでっけえ穴を開けてやるぜ!」
 悟空の脅しにも構わず、ブウはにぃやりと笑うだけだ。
「な……何笑ってやがるんだよ。できねえとでも思ってんのか?」
「ムリだ」
 笑ったままのブウが、きっぱりと口にした。
 悟空が口端を上げる。
「なめんなよ」
 至近距離から壁に向けて、気が放たれた――が。
 は驚きの眼差しで、今しがた悟空が気を放った場所を見やった。
 焼け焦げてはいるが、穴は開いていない。あれほどの気の力を受けたのに。
 何も言えないでいる悟空。
 腹の立つ笑いを浮かべているブウが、ちょいちょいと自分の頭を示した。
 あっ、とは声を上げる。
?」
「悟空、今の私たちは物凄く小さいんだよ。だから……」
 ましてや普通の人間の中ではなくて、魔人の中だ。
 その身体に風穴を開けるのは、余程のことだろう。
 悟空は拳を握る。
「くそ……おめえを倒してから、どっか出口を探すしかねえってことか」
「今のおまえたちじゃ倒せない」
 冷や汗が背中を流れる。
 確かにここにいる全員でかかったとしても、生存率は高くない――正直に言えば塵程にもないだろう。
 外と中は違う。例えこの『ブウ』を倒せたとしても、また湧いて出てくるのではなかろうか。
 ――だってここは、ブウの中身だ。
 体内を探して心臓を痛めつければ倒せるというのなら、は今すぐにでもそれを探しに行くだろう。
 ただし、魔人ブウにそんな弱点があるならば、だ。
 身体が粉々になっても再生する相手に、中枢があるとは思えない。
 最後の一瞬まで諦めるべきではないと理解しているし、今までの経験で(慣れたくはないが)絶望慣れもしている。
 何かしら手はないかと頭をぐるぐる巡らせるが、毎度のことながら思考がパンク気味。
 せめてだけでも逃がせたら。
「でえじょぶだ。落ち着け」
 背中を向けたまま、語りかけてくる悟空。
 安心させようとしてくれている、その心が嬉しい。
 少しだけ緊張の解けたを他所に、魔人の笑い声が場を支配した。
「おまえたちはしぬんだ」
 ぐっと眉根を寄せるの近くにいたベジータが、
「それはどうかな」
 微かな笑い混じりの声を上げた。
 声に釣られるように横向くと、彼は『最初の魔人ブウ』が入っている柱を手にしていた。
 今にも千切れそうなほど引っ張っている。
 それを見たブウが、明らかに態度を変えた。明らかな焦り。
「こいつをブッ千切ったら、ちょっとはこっちに有利になるかもな」
「や、やめろ」
「デブになるかガリになるか知らんが、今よりパワーが落ちる事は間違いなさそうだ」
 意地の悪い笑みを浮かべてブウを見やる。
 ベジータの行動によって、先ほどまでの余裕は、ブウから失われていた。
「そ、そいつにさわるな、手をはなせ!!」
 余程都合が悪いらしい。
 だらだらと冷や汗を垂らすブウは、なんとかしてベジータの行動を押し留めようとしている。
 言葉ではなく実力行使という手もあるが、そうしない。
 自分が攻撃をしかけて止めるよりも先に、ベジータが行動を起こす方が断然早いと、ブウは理解しているのだろう。
 ブウ自身の攻撃で、吊るされた魔人が千切れる可能性も考えているのかも。
「たのむっ、そいつだけはムリに千切ってはだめだ! オ、オレがオレじゃなくなる!!」
 意味不明なブウの言葉。
「オレがオレじゃなくなる……?」
 悟空が呟く。その音の不穏さで、は同時に同じ事を思った。
 ――千切っては駄目だ。
 かといって、このままでは間違いなく殺されてしまう。
 だとしたら取れる手は、やはりこれしかない。
「貴様の言うことを、このオレが聞くと思うのか」
 鼻先で笑い、ベジータは吊るされた魔人を引き千切りにかかる。
 無我夢中で攻撃をしかけようとしたブウは、当然のように間に合わなかった。
 繊維質の切れる音が無情に響き、勢いよく『卵』が転がされる。
 一瞬の、静寂。
 後、ブウは突然事切れたかのように地面に倒れこんだ。
 途切れ途切れの苦しげな声を上げ、ぐずぐずと融けて、地面に同化していく。
 1分もしないうちに、跡形もなくなってしまった。
「……な、なんだ?」
 ベジータは困惑してブウが融けた地面を見つめている。
「と、とにかく逃げようよ。今のうちでしょ」
「よくわかんねえけど……そうだな」
 悟空が頷き、悟飯を抱える。
 が悟天を、がトランクスを、ベジータがピッコロを抱えた。
 それと同時に、外から大声が響いてくる――ブウが咆哮している声だ。
 身体の中全体がびりびり震えるような声。
 細胞が奇妙な脈動を始める。
 が顔をしかめた。
「なんか、キモチワルイかんじになったよ……?」
「さっさと脱出するぞ!!」
 ベジータが先に飛び、達も慌てて彼の後を追った。



2009・9・4