「コーヒーキャンディーに変えられても、強さが変わらなかった人が、あっさり吸収されると思う?」 は遠見を中止して首を傾げる。 は幾度か唸り、分からないとばかりに首を振る。 その挙動が、途中で止まった。 娘の瞳が輝くのを見て、はホッと息をつく。 突然ブウの体内に発生した気配は、やを安心させるには充分過ぎるものだった。 ブウの体内にて 1 彼が現れたのが思いの他近くだったため、達はすぐに会うことができた。 だが、まだ30分経っていないのに、どういう訳か合体した状態ではなくなっている。 不思議に思いながらも、とは悟空に駆け寄った。 「! ! やっぱおめえら無事だったんだな!!」 満面に笑みを浮かべ、悟空はとを抱き締めた。 「悟空こそよかった……」 彼はひとしきりぎゅっと抱き締めると、腕の力を緩めた。 は悟空の緩んだ腕から抜け出すと、ベジータの方へと向かい、彼にしがみ付く。 ベジータは、一体なにごとだと思ったのか、ギョッとした表情でを見つめている。 「お、おいキサマ、離れろ……」 「ベジータおじさん、よかった、生きてた! とっても心配したの!!」 はぎゅっとベジータに抱きつき、ぱっと離れた。 ベジータは非常に気まずそうな顔をしているが、溜息をつき、 「生き返ったわけではない。頭に環がついているだろう」 嘘をつかずに教えた。 途端にはシュンとする。 それを見たベジータが、非常に複雑そうな顔をして、彼女の頭を軽く撫でた。 すると、はそれで気持ちを切り替えたようで。 「きっと生き返れるの! 信じるのはダイジだよ!」 「……そう、か」 「うん、そうなのっ!」 流石のべジータも、の満面の笑みには敵わないのだろうか。 もしかしたら、単純に彼は、がお気に入りなのかも知れないが。 子供相手でも無茶を繰り返す大人の代表べジータが、自分の娘に(多少なり)優しいのを見ると、なんだか不思議な感じがするのだけれど。 「それで悟空、ブウの中に入ってどうするつもりだったの?」 「お、さすが。目的がよく分かったなあ」 「だってベジット状態なら、絶対にブウを倒せたはずだもん。考えがあるとしか思えない」 悟空はにんまり笑い、それからの耳朶を、指先で軽く撫でた。 「おめえがブウの中にいんのに、オラが消せるわけねえだろ」 なんとしてでも助けるに決まっている。 言う彼の表情は、全く迷いがなかった。 自分のせいで彼が戦えなくて負けたりしたら、それこそは煮え湯を飲まされた気分になるだろうに。 もっとも、完璧に吸収されていたら、そんな風に思考することだって出来なかっただろうけれど。 「それにさ、セルの事を思い出したんだ」 「セルって……あのセルだよね。人造人間たちを吸収して強くなった」 「ああ。覚えてっか? あいつ17号と18号を吸収してパワーアップしたけんど……18号を吐き出したら、弱くなったろ」 確かにそれは覚えている。 悟飯の攻撃に耐え切れなくなり、吐き出してしまったのだったか。 吸収している状態でないと完全体でいられなかった彼は、必要なひとりを吐き出すことで――。 はぽんと手を叩く。 「そっか。じゃあ吸収した人たちが、体のどこかにいるかも知れないって考えてここへ」 「あったりー! とが吸収されてた割に、ブウが異能力を使ってねえからおめえらは無事なんだって思ったしな」 「吸収されていたとしても、私たちの力は使えなかった気がするけどね」 あまりにもシステムが普通とはかけ離れているので。 「おい貴様ら。さっさとせんと、ブウに気づかれたら終わりだぞ」 割り込んできたべジータの声に、それもそうだねなんて言いながら彼の方を見る。 瞬間、は目を瞬いた。 が、べジータの腕に抱っこされていたから。 思わず悟空と顔を見合わせた。 怪訝な表情に気づいたらしいべジータが、苦々しい顔をしてそっぽを向く。 「…………こいつが喧しいんでな」 「べジータおじさん、抱っこしてくれたの」 えへへと非常に嬉しそうな顔をしている。 「……おじさんは止めろ」 「はーい!」 は「よかったね」と同意しながら、ちらり、横に立つ悟空を見やる。 複雑そうな顔でもしているかと思いきや 「よかったなー!」 満面の笑みだ。 少しぐらいは不機嫌になると思っていたのだけれど。 何しろ大事な娘なわけだし。 父親としては、多少なりと複雑な気分になるものだと思っていたのだが。 ――まだが子供だから、かなあ? をお嫁に出す時には、やっぱり悟空も嫌だと思うのだろうか。 感極まって泣いちゃう悟空は、想像がつかないのだが。 余計なことに頭を使っているの手に、悟空が触れた。 「んじゃ、行くか」 「そうだね」 「……フン」 娘を落とさないように、気をつけながら進んでくれるべジータ。 は嬉しくなる。 安穏としていられる状況ではないが、不思議と落ち着いて物事を見られるのは――やはり夫が傍にあるからだろうと思った。 「しっかし、こん中気持ちわりぃなー」 仲間を探してブウの体内を歩きながら、悟空が呟く。 を抱えたままのべジータが鼻を鳴らした。 「よりにもよって、魔人ブウの体の中だぞ」 「綺麗だったら、それも逆に違和感があるかもね……」 も呟く。 入った先にお花畑でも広がっていたら、それはとてもメルヘンチックだが。 どちらにしても、好んで入りたい場所ではない。 「お兄ちゃんたち、どこにいるんだろ」 言いながら、が思いついたように壁に指先を触れさせた。 べっとりとした何かが付いて、顔が歪む。 彼女は何を思ったのか、気持ち悪そうに、べジータの服にそれをなすりつけた。 「こ、こら貴様ッ! 人の服に!!」 「きもちわるいの」 「だったら触るんじゃない!!」 ごめんなさいと微笑み、べジータの胸に顔を埋める我が娘。 隣を歩く悟空が、不思議なものを見るような目で彼らを見ている。 それはも同じだ。 こそりと、悟空がの耳元に口を寄せる。 「なあ、あいつら仲良かったんか?」 「えー……いや、確かにブルマの家に行くと、べジータに構って欲しがっていたような気は……するけど」 ただ、あそこまで気を許していた覚えは、はっきり言って無い。 自分の知らない間に、彼らの間に何かがあったのだろうけれど。 抱きつくはともかく、べジータも満更ではなさそうなのが、違和感を増幅させている。 悟空が微妙な表情を浮かべ、 「べジータがの初恋の人とか言われたら、オラちょっと複雑だぞ」 「あ、の初恋は悟飯だから大丈夫……っていうのもどうかと思うけど」 はからりと笑った。 「そういえばさ、悟空……どうして現世に戻ってこれたの? もう2度と現世には戻ってこれないはずじゃ……」 「ん? 老界王神さまが、オラに命をくれたんだ」 「命をくれたって、じゃあ亡くなったってこと!?」 うん、と頷く夫。 「けど、すっげえピンピンしてんのな。本人が一番気にしてないぐれーの勢いだったかんなあ……」 「そ、そうなんだ」 悟空が自然に、の手をぎゅっと握った。 も少し戸惑いながら、彼の手を握り返す。 ――あーもう、全然安心できない状況だし、また死ぬかも知れないのに。 自分の単純さに改めて苦笑する。 「……いっしょに、いられるの?」 「ああ。また一緒に暮らせる。ブウを倒したらだけどな」 「じゃあ絶対に倒そう」 くすくす笑いあう2人に、またもべジータの苦言が飛んできた。 「貴様ら少しは緊張感を持て。イチャイチャしやがって……」 「……今のおめえに言われたくねぇなあ、べジータ」 完全にに懐かれているサイヤ人の王子に向かって、悟空がにんまり笑みを浮かべる。 べジータは荒々しく舌打ちした。 「き、貴様の娘のせいだろうが!!」 「べジータさん、きらい? やだ?」 一瞬で泣き出しそうな顔になる。 べジータが幾分か焦り、ため息を零した。 「…………そのままでいろ。鬱陶しくなったら放り投げる」 「はーい」 どすどす歩いていくべジータの背中を眺め、悟空は後頭部を掻く。 「人間って変わるもんだなあ……」 「同感」 2009・8・21 |