吸収 3



 悟空は、目の前でブウの姿が悟飯寄りに変化していくのを見て、奥歯を噛み締めた。
「ち……畜生っ!」
 当然だが、力の強い悟飯が前面に出ている。
 今度はフュージョンではないため、時間制限がない。
 それだけでも最悪だが、もっと最悪なのは、自分の妻がブウに取り込まれたということで。
 の異能力を悟飯の力交じりで発揮されたら、冗談ごとでは済まない。
 ブウは悟空の気持ちが分かっているのかいないのか、野卑な笑いを浮かべる。
「お前のオンナを、オレのものにしてやった。ははは!!」
「ふ、ふざけんなっ!」
「ふん……それよりお前、もう合体する者など誰もおらんぞ。どうする気だ」
 確かにそれはその通りだ。
 天津飯はダウンしてしまっている。合体不能だ。
 デンデは戦闘タイプではないから駄目だろう。
 残すは……。
「ミ、ミスター・サタンか……?」
 自分で言い、悟空は絶望的な気分になった。
 サタンと合体?
 下手すると、今よりも弱くなるんじゃねえか??
 悩む悟空に、ブウは腕組みをしたまま偉そうに胸を張る。
「後5秒だけ待ってやる。どっちと合体するか決めるがいい」
 悟空は地団駄を踏み、あれこれ悩んだ。
 しかし、他に相手がいない。
「くそっ……サタン、受け取れ!」
 意を決し、悟空は老界王神から貰い受けたフュージョンアイテム――ポタラ――をサタンに投げようとした。
 だがその途中、なにかに気付いて動きを止める。
 大きな気を持つ誰か――その誰かに即座に思い当たって、悟空は額に指を当てた。
 ベジータのところへ、瞬間移動するために。



「……さん……お母さん」
 揺さぶられ、は飛び起きた。
 地面に突いた手に不快感を感じ、地を見ると、そこには土や岩ではなくて、鮮やかな赤色系の……言うなれば臓器色のなにかがあって。
 思わず「うわぁ」と嫌悪たっぷりに手を離す。
 どことなく滑っている気がして、服で手を拭った。
「ふふ、お母さん、わたしと一緒のことしてる」
「……?」
 は、正面にいる女の子が、ブウによってチョコにされ、飲み込まれてしまった自分の娘であると気付く。
 気付いた瞬間、彼女の身体を思い切り抱き締めていた。
「っ……、よく無事で……!」
「お母さん、苦しいよう」
「あ、ごめん……」
 手を離し、嬉しそうにしているの頭を、やんわりと撫でてやった。
「どこか怪我は?」
 は首を振る。
 目立った外傷はない。彼女も異能力である程度治療ができる。
 怪我をしていたとしても、回復しているはずだった。
 は息をつき、改めて周囲を見回す。
 非常にグロテスクだ。
 赤紫色の壁やら、青色の管やら、とにかく気色が悪い。
「……、ここって一体……っていうか、どうして無事だったの?」
 は首をかしげて訊く。
 はこっくり頷いた。
「あのね、わたしチョコにされて、だけど一生懸命、お母さんのところに行きたいってお願いしてて……そしたら、いきなり身体が戻ったの」
 どういうことか分からないが、異能力が関連しているのかも知れない。
 この力は、常に使用者が『安定している』ことを望む節があるし、はとにかく力が強いので、想定外のことが起こっても驚かない。
 彼女は更に言う。
「それからね、お母さんが無事だったのは、わたしがカベを張ったからだよ」
が助けてくれたの……ありがとう」
 ブウに吸収されなかったのは、が障壁を張っていてくれたかららしい。
 じゃあ、どうしてゴテンクスやピッコロ、悟飯は駄目だったのかと問えば、2人とは波長が合わず、障壁を展開させられなかったのだと言う。
 まだは、誰に対しても壁を展開させられらる訳ではない。
 3人を助けられなかったのも、無理からぬことだ。
「ところで、やっぱりここはブウの中……なんだろうね」
「うん。とっても気持ち悪いの。わたし、変なのに攻撃されたりしたけど、頑張ったよ」
「攻撃……。それって、人とか?」
「ちがうの。緑色の、変なの」
 さっぱり分からない。
 ブウの体内の防衛機能だろうか。
「とにかく、どうにかしなくちゃ……」
 は腕組みをし、外のことを考える。
 ――悟空、1人になっちゃったんだよね。
 考えたら、猛烈に気になりだした。
 悟飯との合体は、合体するべき対象がブウに吸収されたことで、ご破算になっている。
 すると、今闘えるのは悟空だけで……。
「あーもうっ、外の様子が見れないかなあっ!」
 唸るに、がきょとんとした表情で、
「とおみ、というのは、出来ないの?」
 異能力のひとつを言った。
 遠見。つまり千里眼。
「っ、そ、そうだよ……遠見! 忘れてた!」
 ここのところ全く使っていなかった異能力だけに、存在を忘れかけていた。
 遠見の力ならば、この場所からでも外の状況を確認できるはず。
 差し当たって周囲に危険がないことを確認し、は意識を集中した。
 ………。
 …………できない。
 しっかり集中して、もう一度。
 今度は成功したかに思えたが、物凄くぼやけていてものを認識できない。
 長いこと使っていなかった能力だから、弱くなってしまったのだろうか。
 それとも、ブウの体内にいるから見えないのだろうか。
 それでも必死に外部を認識しようとしていると、じっと見られている気配に気付く。
 は目を開いた。
?」
「わたしも見たいよ」
 ふと考える。
 やったことはないが、気と同じ要領で2つの異能力を同調させたら、顕現する力が強くなるのでは、と。
「……それじゃあ、ええと。外を見たい……じゃ駄目か」
 は、遠見が初めてだ。
 ならば『外』という漠然としたなにかではなくて、確たる焦点を定めておいた方がいい。
「よし、お父さんを見たいって、一生懸命念じながら、力を使うの」
「うんっ」
 こっくり頷く
 は彼女と額を合わせた。
「いい? 額に集中してね。気を探すんじゃなくて、お父さんのことを、一生懸命考えるのよ」
「はい」
 暫くはぼやけていたが、次第に視界が開けてきた。
 1人で遠見をしていた時よりも、明度や色彩が明らかに明瞭だ。
「……、そのまま頑張れ。見えるでしょう?」
「うん、見える。……? でも、お父さんじゃない……」
 が疑問に思うのも無理はなかった。
 今、が見ているのは、悟空の気配を持つ誰かだったからだ。
 訳が分からないが、深く気を探ってみると、どうも悟空ともう1人、ベジータの気が入り混じっている。
 1人の中に、2人の気。
 それは当然……。
「悟空とベジータ、フュージョンしたんだ……」
 は、どうしてベジータがここに戻ってこれたのか分からなかったが、少なくともこれで無事に地球は救われるかも知れない。
 悟天とトランクスが合体して、ゴテンクス。
 同じように、悟空とベジータが自身の名を申告するなれば、どうやら『ベジット』というらしかった。
 雰囲気の荒さなんかは、超化したばかりの悟空を思い出させる。
 どこか軽い口調は、なんだかナンパする人みたいでもあるけれど。
「お父さんとベジータさんが、合体したの?」
「そうみたい。超化してるんだろうなあ……髪が金色だし」

 ベジットの強さは並大抵ではなく、パワーアップを済ませた悟飯を吸収したブウでさえ、太刀打ちができないようだった。
 宇宙空間で人間は生きていけないため、ブウは巨大な気を放ったりもしたのだが、ベジットはそれを難なく蹴り飛ばした。
 一瞬、唖然としたブウを、ベジットは上から蹴り飛ばした。
 避けきれず、地面にめり込むブウ。
 ベジットは、岩石の合間に挟まっているブウに向かって手を向けた。
 彼の手から強力な気が真っ直ぐ伸び、それはまるで剣のようにブウを串刺しにする。
 腹部を貫いたまま、ブウはベジットの向かいに引っ張り出される。
「おい、どうした。随分と無口になったな」
 ブウは悔しそうにベジットを睨みつける。
「……本気でやって、このザマか? だったら悪かった。期待しすぎたようだ、謝るよ」
 ベジットの剣から、ブウは自力で――脇腹から無理矢理に――引き抜く。
 抜くというよりは、ずり落ちる感じではあったが。
 ブウはとにかくベジットに攻撃を加えようと、全身から蒸気を出す。
 蒸気で煙幕を作り、目隠しをするつもりだったようだが、気を探れる相手に物理的な煙幕など意味はない。
 結局、ブウは激しく殴られて煙幕の中からよろけ出る。
 いつん真にやら、ベジットの片手にには、ブウの頭部についていた触角があった。
 軽く放った触角に、彼は強烈な気を当てる。
 高濃度の気に、ブウの肉片は一瞬で消え去った。
 煙も立たず、跡形もなく。

「お父さんすごい」
「そうだね、でも……」
 でも、あんなに凄いのに、どうしてすぐに決着をつけないのだろう?
 今の彼なら、すぐにでもブウを消し去ってしまえるはず。
 なのにどうして?
「……もしかして、なにか考えてるのかな」

 の呟きから数十分後、ベジットはブウに吸収された。
 


2009・8・7