吸収 2




 悟飯は、必死で戦っていた。
 だが、ゴテンクスとピッコロを吸収した魔人ブウの強さは、今までよりも半端がなく、さしもの悟飯も防戦するしかなく。
 それどころか、防ぐことすら出来なくなってきて、一方的にやられだした。
 繰り出す全ての攻撃は、今のブウにとっては軽いものらしい。
 悟飯は適当にあしらわれているような状態だ。
 は攻撃され続けている悟飯を見るに見かね、助勢しようと地を蹴ろうとし、デンデに腕を引かれた。
「駄目です! あなたが行っても――」
「そんなの分かってるよ! だけどっ」
 言う間に、悟飯が吹っ飛んでくる。
 衝撃と風圧で、デンデとサタンが弾き飛ばされた。
 は飛び散ってくる岩を片手で振り払う。
「悟飯っ、しっかり!」
「……母さん、逃げ……っ」
 逃げろと、彼がそう言うより先に治療を施す。
 だが、横になった彼を狙い、ブウが膝を腹に入れようとする。
 直撃などさせるものかと、は背後でデンデが叫ぶのを無視し、能力を放つ。
 一直線に悟飯を目がけてくるブウの目の前に、障壁を展開させた。
 ブウの動きが、壁に阻まれて一瞬だけ止まる。
 その隙には悟飯を連れて、ほんの少し、移動した。
 障壁が砕けると同時に、ブウの膝が今まで悟飯のいた箇所にめり込む。
 息の上がった悟飯を、それからを見、ブウは笑う。
「おいおまえ、邪魔するな」
「そうはいかな――っ」
 全部を言い終わらないうちに、は腕をブウに掴まれる。
 ブウはを振り飛ばすように宙に投げ、浮いた彼女に向かって腕を伸ばす。
 普通なら届くはずもないのに、ブウの腕は在り得ないほど長く伸びた。
 迫る右拳をギリギリで避ける。
 だが、左拳は避け切れそうにない。
 当たると思った瞬間、ブウの腕が別の方向へ向く。
 下を見ると、悟飯がブウの頭部を蹴り上げ、攻撃の軌道を逸らしていた。
「お前の相手は、オレだろう……っ」
 悟飯が苦しい息の下から言う。
 ブウはげらげら笑った。
「じゃあ、お前からころしてやる」
 ニタリと意地の悪い笑みを浮かべ、ブウは悟飯を思い切り蹴り上げた。
 紙一重で避けたようとした悟飯は、けれども攻撃の速度に負けて上空に飛ばされる。
 援けようとしたより先に、ブウの気が悟飯を包んだ。
 幾つかの円になっている気の固まりは、悟飯の回りに一瞬停滞し、そうしてから彼を締め上げた。
「そいつはゴテンクスとやらの技だ。どうだ? 仲間の技にやられる気分は。技名はギャラクティカドーナツ、だったか?」
「っぐ……ちくしょう……!」
 身動きが取れなくなった悟飯に向かって、ブウは気功波を発しようとする。
 は阻止しようと、ブウの背後から蹴りかかったが、気配を察され避けられた。
「静かに待っていろ!」
 振り返りざま、ブウは頭を振り、太い触角での肩口を強か打ちつける。
 鈍い痛みに息を飲む。
 ブウの手に気が集まり、悟飯に向かって一気に放たれた。
 瞬きすらできず閃光を見つめ、は無駄と分かりつつも手を伸ばす。
 悟飯に向けてか、ブウを邪魔しようと思ってか分からないその手は、虚空を掻くだけに留まる。
 空気を引き裂き、気が悟飯を打ち崩さんとした数瞬前、彼はめいっぱい力を出して、己を捕縛するそれから脱出した。
 ギリギリのところで、気から逃れる悟飯。
 巨大な気は、一直線に進んで見えなくなる。
 悟飯は荒い息を零し、ブウを睨みつけた。
「よく避けたな、しぶといやつめ」
 ニヤニヤ笑うブウは、凄まじい勢いで悟飯に近づいて殴り飛ばす。
 避け切れず、悟飯の身体が地面にめり込む。
 悟飯は岩にうずもれたまま、強力な気を放ったが、ブウは右手で思い切り跳ね返した。
 返ったそれは悟飯に向かい、逆にダメージを被った。
 大穴が開いたそこに、ブウは乗り込んでいく。
 は、穴の中でブウが悟飯に攻撃をするほんの一瞬前、ブウの側頭部を蹴り飛ばした。
 異能力を纏わりつかせ、渾身の力を込めた一撃は、ブウの身体を左側の岩にぶち当てる。
 勢いは止まらず、彼は約数十メートルほど吹っ飛んだ。
 狭い穴の中では、要領よく対処し切れない。
 そう思い、傷だらけの悟飯を抱えて地上に出る。
 出ると直ぐ、デンデが駆け寄ってきた。
さん!」
「デンデくん、治療をっ」
 本来なら、神様と呼ばねばならない相手なのだが、こんな状態で節度を守るというのは中々難しい。
 デンデは気にした風でもなく、悟飯をあっという間に治療する。
 切り傷やら焼き傷やら、様々な怪我が、綺麗に消えて失せた。
「サンキュー、デンデ。さあ、早く隠れるんだ」
 頷き、デンデは物陰に隠れる。
 サタンは何やら銃を構えているが、そんなものがブウに効くなら、全く苦労しない。
 多分、彼は本気で効くと思っているのだろうけれど。
 ブウは微かに口唇を動かし、何事かを呟いた素振りを見せた後、悟飯とに向かって手の平を仰いだ。
 途端、衝撃が2人に押し寄せてくる。
「ぐ……っ」「うわっ……」
 と悟飯は同時に呻き、だがなんとか耐える。
 その隙にブウは、デンデに向かって指を向けていた。
「デンデくん!!」
「しまった!」
 気弾が、デンデとサタン目に向かう。
 は急き、軌道を逸らせないかと気弾を放とうとした。
 だが――突如、2人に迫っていた気が弾けた。
「あ……」
 現れた気に気付き、悟飯もも同方向を向く。
 そして、デンデたちを助けた人物が誰かに気付き、は声を上げた。
「……て、天津飯!」
 彼は外套を身に着け、最後に会った時よりも落ち着いた雰囲気だった。
 懐かしい、と再開を喜べる状況なら、手放しで嬉しかったのだけれど。
 残念ながら、死地では大喜びには程遠い。
 天津飯は微かに笑み、
「やはり孫悟飯か……信じられん、見違えたぞ。は……相変わらずだな」
 相変わらず無茶をして戦っているのか、とでも言いたげな雰囲気だが、棘はない。
 は苦笑した。
 天津飯は浮いているブウを見上げ、額の汗を拭う。
「……魔人ブウの変わりようは、とんでもないな」
「ザコどもが。……面倒だ、一気に消し去ってやる!」
 ブウの両手が不気味に光る。
 それらは収縮し、彼が振り上げて手の平を天に向けた瞬間、一個の球体を形成した。
 低いバイブレーションを伴い、空気を振動させるそれは、地面に到達すれば、地球を丸々破壊できるほどの気を持っているように思えた。
「あ……あんなデッカイのどうしろって……?」
 なんの冗談かと笑い飛ばしたいが、引き攣ってしまう。
 誰もかれも動けない。
 どうしよう――。

「消えてしまえ!」
 ブウが高らかに言い、球体を地球に向けて撃ち放とうとした。

 その瞬間。
 斬、と音がして、ブウの胴体が真っ二つに切り放たれる。
 頭の長い触角も、同じように約半分に切れた。
 ブウは、切られたことの痛みなど皆無のようで。
 上半身だけの状態で、自分を切った人物を睨みつける。
 も目を丸くし、ブウと対峙している彼を見やった。
 口元に手をやり、今すぐ彼の元へ飛んで行きたい衝動を抑える。
「悟空……」
 は呟く。
 ――どうしてここにいるの?
 ――どうして、あの世の住人である象徴の、頭の環が消えてるの?
 疑問はあるが、問いかける暇はなさそうだ。
 悟空は僅かにを見て微笑み、それからすぐにブウに指を突きつけた。
「はっはーー! 偉そうにしてられんのも、今のうちだぞ! こっちには、もんの凄ぇパワーアップアイテムがあんだかんな!」
「……パワーアップ、アイテム?」
 は首を傾げる。
 上空で、ブウは悟空に不敵な笑みを浮かべた。
 そして切り離された下半身で、背後から天津飯の右頬を蹴り飛ばした。
「あっ、て、てめぇ……」
 仲間を攻撃され、悟空はぎゅっと眉をひそめた。
 上半身と下半身をくっつけるブウを見ながら、は天津飯の側に膝をつき、一気に治療の力を放つ。
 淡い緑の輝きが彼を包み、傷が見る間に癒える。
 天津飯は傷こそ癒えたものの、攻撃の際の衝撃で脳が揺さぶられたか、気絶したままだ。
「うわぁっ! 早く拾え!!」
 治したと同時に、悟空の叫ぶ声が耳に入った。
 何事かと立ち上がり、は悟空を見、それから悟飯を見やった。
 悟飯はなにかを探している。
「拾って、右の耳に着けるんだっ! オラと合体して、ブウを倒すんだよ!」
 悟飯と悟空の合体。
 確かにそれは強いだろうが、そのために必要な物を、どうやら悟飯は受け取りそこなってしまったらしい。
 戦いによって荒れた地面では、どうにも探しものは難しいようで。
 は急いで悟飯に駆け寄り、
「小さいアクセサリを見つけて下さいっ!」
 言われて彼と一緒に付近を探し始めた。
 岩を除け、小さなアクセサリを必死に探す。
 悟空が背後で超サイヤ人3になった気配がした時、悟飯が岩の隙間に挟まっていたそれを見つけた。
「あった!!」
「これって……界王神さまが着けてたやつ?」
 が悟飯が持っているそれを目にし、それから悟空を見た。
 だが、超3になった悟空よりも、ブウの異常な様子に目を奪われる。
 ブウは苦しげに呻き、なにか悪態をついたかと思うと――。
「あ……ピッコロが強く出てる」
 ピッコロの外套を身に着けた姿になり、同時に気が、一気に減少した。
 どうやら、フュージョンした悟天とトランクスが、30分を過ぎて分離してしまったらしい。
 悟空はニンマリ笑い、超化を解いた。
「時間切れだ。残念でしたー! パワーがうんと落っこっちまったぞ」
 今のブウなら、悟飯だけで勝てる。
 はホッとして、軽く息をついた。
 ……だけど、あのブウが、こんな単純に勝たせてくれる状況を作るだろうか?
 フュージョン状態が解けたとはいえ、ブウは今やピッコロの頭脳を得て、かなり知能が上がっている。
 状況判断レベルも、当然だが以前とは比べものにならないはず。
 ふいに、ブウが自分の頭部――切られた触角の部分を示した。
 絶対に最強になりたい魔人は、なにをする?
 
「――っ悟飯!!」
 は叫び、悟飯を突き飛ばした。
 ほんの一瞬早ければ、はブウの目論見を阻止できたに違いない。
 だけれど、ブウの方が僅かに早かった。
 悟飯の背後から襲い掛かったブウの一部は、突き飛ばしたごと巻き込んで包んでしまう。
 せめて悟飯だけでも外へと思い、指先で彼を探すが、触れることはできなかった。
 妙に粘着質なブウの肉塊は、やたらと気色が悪い。
 視界が真っ暗で、どこがどうなっているのか、さっぱり分からない。
っ! 悟飯!!」
 悟空が叫ぶ声が聞こえた。
 だが、それ以降、全く音が聞こえなくなる。
 同時に、手足の感覚がなくなって。
 全身が冷えていって。
 意識が急激に遠のいていく。
 自分という存在が、はるか彼方へ追いやられていくみたいな、不思議な感じ。

 ――溶けて、消えちゃうみたいだって、思った。




2009・7・18