間一髪でブウの自爆から難を逃れたたちは、彼が自爆したポイントから少し離れた崖に降り立った。
 悟天を身体から離し、はブウが自爆した箇所を見やる。
 濛々とした粉塵が、風に流れて周囲を埃臭くしていた。


吸収 1


 自爆した地点を見、トランクスが何気なく呟く。
「自爆するなんてなあ……」
「……死んだのか、ブウは」
 問うピッコロ。
 悟飯は首を振る。
「ええっ! 自爆したんじゃないの!? 悟飯さんを巻き添えにしようとしてさあ」
 驚くトランクスの発言には、一理ある。
 でも、確実に悟飯を巻き添えにしようとしていたのなら、もっと大きな爆発を起こすはずだ。
 ブウには、それをするだけの力が充分にあった。
 地球を粉微塵にする力が。
 はブウの気を探ってみたが、気を消しているのか、察知できなかった。
「…………ねえ悟飯。あいつ、何を考えてると思う?」
 悟飯の横に立ち、考えを聞いてみる。
「分からない……何かを企んでいたことは、間違いないと思いますが」
「受け身でいるしか、ないのかな」
「そうですね……」
 何を考えているにせよ、位置が察知できないのでは探しようがなかった。


 ピッコロに乞われ、悟飯が強くなった事情を話し終えた時、悟飯がドラゴンレーダーの在りかを聞いた。
「あ、ああ。オレが持っているが……その」
 ピッコロは言葉を濁す。
 デンデが殺されているから、ドラゴンボールはただの石になっていると言外に言った。
 そういえば――と、は思い出す。
 ブウと戦う前に、悟飯が何か安心したような表情を浮かべたんだった。
 は、んーと唸る。
 小さな気も逃さないように集中して探すと、
「デンデくん、生きてる……!」
 確かに存在を確認できた。
「ええ、生きてます。とにかく、デンデの所へ行きましょう」
 悟飯に促され、それぞれが宙に浮き、デンデの元へと向かった。


「それにしても……見事に誰もいねえや。ちくしょう」
 トランクスが飛びながら周囲を見回し、悪態をつく。
 全滅させられたとは聞いていただが、こうして目の前にすると身に沁みる。
 娘も仲間も、ブウという存在に滅されてしまった。
 自分がそこにいて、どうにかできたとは思わない。
 だがそれでも、自分にできる『何か』があったのではないかと悔やまれる。
「ねえお母さん、あそこに人が……」
「え?」
 飛ぶスピードを落として、悟天が示した場所を見る。
 同じようにピッコロや悟飯も止まり、人影を見た。
 特徴的な髪型だけで、それと分かる。
「あれって……ミスター・サタンだよね?」
 随分疲労しているようで、歩き方がおぼつかない。
 ヨレヨレしていて、放って置けば間違いなく倒れるだろう。
 トランクスは、しぶといなあ、なんて言っている。
 同感だが、の父親であることを考えると、生きていてくれてよかったと、には思えた。
「ピッコロ、彼を連れて行ってもいいかなあ」
 が訊く。
 彼は口端を上げて笑み、頷いた。
「根は善人だし、問題はないだろう。荒廃した世界だ。あのままではいずれ倒れるだろうしな」
 ピッコロがサタンの襟首を掴み、悟天が側にいた犬を抱え、目的地に向かう。
 サタンは急に自分の視界が開けたことに悲鳴を上げた。
「おい、暴れるな」
「ひぃぃぃぃっ! ……ん? あれ? あんた達……」
「よく無事だったね。さすがと言うか……でもよかった」
 が微笑む。
 サタンは驚いてキョロキョロ周囲を見回し、悟飯がいるのを見つけて目を丸くした。
「お前は……」
「こんにちは」
 悟飯は片手を上げて挨拶した。
 ピッコロは、サタンを片手にぶら下げたまま呟く。
「しかし……あの場で何故、デンデだけが助かったんだ。絶望的状況だぞ? ブウには時間が充分にあったはずだ」
「お父さんが言ってましたけど、精神と時の部屋で闘ってて、ブウだけ先に出ちゃったんでしょう?」
 そうだとピッコロは頷く。
「でも、その後直ぐにピッコロさんたちも出たんなら……ここでの1日が部屋の1年なんだから、殆どブウの一瞬後に出たことになるんじゃ」
「そっ、そうか! 勘違いしていた!!」
 事実を認識し、ピッコロは興奮してサタンを掴んでいた手をぱっと開く。
「あ、落ちた」
 ピッコロは、次元に穴が空いていた時間からしても、ほとんど数十秒ほどしかタイムラグがなく、だから逃げたデンデをブウが探すことはできなかったのだと、かなり興奮気味に叫んでいる。
 は慌てず騒がず、「ぎゃー」と悲鳴を上げるサタンの足元を掴み、落下を止める。
「ど、どうも……。それにしてもあんた、力が凄いな」
「……落とすよ?」
「ひぃっ! すみませんっ!」
 確かに世間一般の女性よりも、格段に力が凄いのは認めるけれども。
 女としては、反抗しておかないといけないような気がしたりして。

 暫く飛び続け、デンデを発見した。
 嬉しそうに笑んでいるデンデを、ピッコロが「よく逃げ延びた」と褒める。
 デンデは、ミスター・ポポのおかげだと告げた。
 ポポは、神だけは死なせられないと、デンデを下界に放り投げたらしい。
 神が死ねば、ドラゴンボールも消える。
 でも多分、それだけではなくて、神に仕える従者として、主だけは生かしておかねばならないと思ったのかも知れない。
 いつだって、ミスター・ポポは凄い。
 死を目の前にして、そんな風に動けるなんて本当に凄いと、は思う。

「……ところで、ビーデルはどこへ行ったんだ? は? お前、一緒じゃなかったのか」
 話が一区切りついたあたりで、サタンが悟飯に問いかけた。
 だが悟飯は言うべき言葉にためらいを感じてか、すぐに返答を返せない様子だった。
 手頃な岩の上に腰を下ろしたまま、神妙な顔で地面を見つめている。
 怪訝に思うサタンに、が声をかけた。
「落ち着いて聞いて下さい。ビーデルさんと……は、魔人ブウに」
「お、おい、なにを言っておるんだあんたは」
「それだけじゃなくて、今地球で動いているのは、私たちだけかも知れない」
「な、なんの冗談だ。そんなっ、ビーデルが! が! 死んだ!?」
 駄々っ子のように足をバタつかせて泣くサタンに、悟天が大丈夫と告げる。
 生き返れると聞いたサタンは、悟天の肩を掴んで思い切り、
「嘘ついたら針千本飲ますからな!」
 と物凄い剣幕で迫っていた。
 ふいに、は近づいてくる大きな気に気付き、そちらに視線を向けた。
 ピッコロも悟飯も、トランクスも接近するそれが魔人ブウだと気付く。
「あいつ……もう闘うつもりなのか? ほんの1時間ほどしか経っておらんぞ」
 ピッコロの言うとおり、確かに奴が爆発して逃亡してから、1時間ほどしか経過していない。
 だが悟飯はブウのやって来る方向をひたりと見据え、仲間を巻き添えにしないようにと、少し離れた所へ飛んだ。
 は悟飯の背中と、飛んでくるブウを交互に見、腕を組む。
「勝ち目もないのに戻ってくるほど、ブウは愚かじゃないと思うけど……でも」
 実際、1時間でなにができるというのか。
 修行してきた風でもないし、そもそも、たかだか1時間の修行で悟飯に敵うはずもない。
 ブウの考えなど、には全く分からない。
 だが、嫌な予感だけは影のように纏わりついている。
 ブウは悟飯を見やり、それからを、次いで悟天とトランクスを見、にたりと笑った。
「おいチビども、出てこい! オレはお前達とたたかいたい!」
「え?」
「ボクたちと……?」
 驚く少年2人。
 悟飯は、キサマの相手は自分だと言うが、ブウはニヤニヤ笑ったままだ。
「チビたちと決着をつけるんだ。そのあと、お前とたたかってやる」
 言い放ち、ブウは更に子供たちを焚き付ける。
 怖いのかと言われ、少年たちが黙っているはずもなくて。
 フュージョンしようという気になっている2人を、は慌てて止めようとした。
「ま、待ちなさい2人とも! 相手がなにを考えてるかも分からないのに――」
「大丈夫だよさん! あんな馬鹿なやつに、作戦なんてありっこないさ!」
「そうだよお母さん。ボクらが、ぱーっとやっつけてあげる!」
「ま、待て!」
 ピッコロの制止すら振り切り、少年2人はフュージョンしてしまった。
 既に超サイヤ人3の状態だ。
 止める言葉など右から左のゴテンクスは、悟飯の横に立ち、先に闘うという了解を得た。
 どう頑張っても、悟飯には敵わないから、ゴテンクスに切り替えた?
 それだって意味があることではない。
 ゴテンクスと闘う分、体力や気が殺がれる。
 なら直接、悟飯と闘った方がいいに決まっているのに。
 やはり止めるべきだ。
 が声を張ろうとした瞬間、ゴテンクスの苦しげな声が耳に入って来た。
「な――っ!」
 は目を見開く。
 ゴテンクスの全身を、ブウの肌色をしたなにかが覆いかぶしていた。
「なにあれ!」
「っぐ……」
 真隣で同じような苦しげな音が聞こえてきて、そちらに振り返ると、ピッコロもゴテンクスと同じような状態になっていた。
「ピッコロ!」
 は、彼に纏わりつくピンク色のそれを剥がそうと、手を伸ばした。
 しかし、ピッコロを引き出そうとして突っ込んだ手は、なにをも掴まない。
「――いない!?」
 一気に消化でもされたと言うのだろうか。
 緊張で身体が強張るを無視したみたいに、ピンク色のそれは飛びあがり、ブウの身体に付着する。
 ゴテンクスの方も同様で。

 1時間で戻ってきたブウ。
 普通に考えれば、闘って悟飯に勝ち目がないと、奴は知っていた。
 ブウは、今のブウになるために、太っちょブウを自分に摂り込んだと聞かされた。
 だったら、悟飯に『絶対に』勝つために、なにをする?
 ――より強い者を取り込むに決まってる!
「波ぁーーっ!」
 は思い切り、ブウに気功波を打ち込んだ。
 せめて、ほんの少しでも吸収を邪魔できれば。
 そう思ったのだけれど。
「残念ながら意味はなかったよ、くん。……どうだい悟飯くん、作戦成功だ。素晴らしいだろう?」
 胸を張り、深呼吸する魔人ブウ。
 彼は悟飯の前に下り立つ。
 ブウは、悟飯にニヤついた笑みを浮かべたまま、自分がこうするに至った考えを述べた。
 はるか遠く――つまり界王神界――で悟飯がパワーアップをしている頃から、ブウは作戦を練っていたと。
 その時闘っていた超ゴテンクスを吸収すれば、どんな相手でも倒せる。
 つまり、パワーアップしてきた悟飯すら凌駕できると。
 は口唇を噛む。
「……つまり、あんたが1時間姿を消してたのは、吸収したゴテンクスが、すぐに分離したら困るからってことだね」
「そうだ。よくできました」
 馬鹿にされた気分だ。
 いや、実際馬鹿にされているのか。
「どうせ吸収して1等賞になりたいなら、オレを吸収すりゃ簡単だったろうによ」
 悟飯が言うが、ブウは喉の奥で笑った。
「敵もいないのに、最強になってどうする? 前のブウが言っただろう。絶対にお前を殺すと」
 最大の目的だと言うブウ。
 悟飯は微かに口端を上げて笑み、「納得した」と告げた。




2009・7・10