老界王神の出した大きな水晶玉でぜんぶを見ていたは、が――娘がチョコレートにされると理解した瞬間、異能力の路が通常に戻っていることを確認し、地球に跳ぼうとした。 けれども怒りに眩んだままの力の発現で、地球までの路が歪み、上手く行かない。 ブウが、チョコになってしまったを乱雑に手に取る。 「待て、っ!!」 「悟空っ、だって……だって!」 取り乱すの両手を掴み、悟空は彼女を引き寄せる。 「おめえ1人が行って、どうにかなるもんじゃねえ! おめえが死んじまったら悟飯はどうすんだ! 戻ってくるかも知れねえ悟天はっ!」 掴まれた手が痛い。 絶対に放さないという意思を悟空の目から汲み取り、は口唇を噛み締めて俯く。 今すぐ跳ぶ気配がなくなったため、悟空は小さく息を吐き、の身体を抱きしめた。 「すまねえ……すまねえ……」 どうして悟空が謝るのだろう。 には分からなかった。 彼が、娘より地球より、他の生きとし生けるものぜんぶより、を――妻を守りたい一心であるということに対して謝っているなんて、知る由もない。 ――水晶玉の中で、ブウがチョコレートを丸呑みした。 荒涼の大地へ 「ごっ、悟空さん、さん! また空間に穴が開きました!」 界王神の悦びが混じった声。 は水晶玉に目を凝らした。 悟空も同じようにじっと見つめる。 空間の穴から出てきた子供の姿を見て、悟空が目を見開いた。 「し、信じられねえあのクソガキども、オラが何年もかかってやっと出来た超サイヤ人3に、もうあっさりなってやがる……はは、凄ぇ!」 確かにゴテンクスは、悟空が見せてくれた超サイヤ人3の姿になっていた。 精神と時の部屋から出てきてくれたことに幾分かホッとしつつ、はじっとゴテンクスの戦いを見守った。 ゴテンクスは、子供としての性格が強く出ていて、戦いも微妙に真剣味のない感じではあった。 だけれども、確かに強い。 「このまま行けば、倒せるんじゃ」 は悟空を見て問う。 彼は口端を上げて笑んだ。 「こりゃあ、悟飯の出番はねえぞ。――って、ああっ!!」 悟空が驚いて叫ぶ。 どうかしたのかとも玉を見て、同じように叫んだ。 先ほどまで確かに超3だったのに、今はノーマル状態。 つまり、パワーダウンしてしまっていた。 「ど、どうして!? だって30分経ってないんでしょ、フュージョンはしてるわけだし!」 30分が経過したのならば、フュージョン自体が解けるはずだ。 なのに、2人はくっついたままで、ただ超化だけが消えている。 「超サイヤ人3は……物凄くエネルギーを食っちまう。つまり」 「エネルギー切れ……?」 冷や汗を浮かせるに、悟空は頷く。 冗談ではない。このままでは、確実に殺されてしまう。 幾らフュージョンしているとはいえ、今のブウは、ノーマル状態で敵う相手などでは決してないのだ。 悟空は立ち上がり、老界王神に向かって叫んだ。 「じ、じいちゃんの界王神さま! 早くしてくれっ、チビたちがパワーダウンしちまった!」 「早く! みんな殺されちゃうよ!!」 も立ち上がり、握った拳を胸の前で上下に振った。 老界王神は悟飯に手をかざしたまま、何を焦るでもなく 「よし、じゃあ行ってええぞ。とっくに完成しとるから」 「えぇ!?」 その場の全員が驚くようなことをあっさり告げた。 完成したなら、すぐにでも言ってくれればいいのに。 悟飯の、どれぐらい前からかと言う質問に、5分ぐらい前からかなあ、とのんびり答える。 しかも教えなかった理由は、 「ピンチになってから行った方がドラマチックじゃろうが」 切迫した状況なのに、いっそ呆れるほどマイペースだ。 頭に血が上ってもよさそうな発言なのに、ああもあっさり言われると怒る気も失せる。 悟飯はどうすれば最強の戦士とやらになれるのかを乞い、老界王神は座ったまま彼を見上げる。 「おまえ、よくスーパーなんとかに変身するじゃろ。あの要領じゃよ」 「超サイヤ人の要領ですね……よし」 拳を握り、気を入れた悟飯を中心に、爆発が起きた――と思った。 圧風を受けて体がよろけそうになる。 目の前にいた老界王神に至っては、悟飯から数メートル以上離れたところへ飛ばされていた。 尻餅をついている界王神は目を瞬き、キビトに引き起こされている。 「ほ、ほんとに凄えや……見たとこ大して変化してねえのによ……」 「ふん、変身すりゃいいってもんじゃないわい。スーパーなんとかなんぞ邪道じゃ」 苦労してなる超サイヤ人を、邪道呼ばわりする老界王神。 は乱れた髪を手櫛で直した。 キビトが悟飯を地球に送り届けることになった。 悟空は、もう地上へ行けない自分を悔しく思っているようだった。 「お父さん……頑張ってきます」 「ああ、魔人ブウをぶっ飛ばしてこい!」 悟飯は悟空に抱きつき、ぐっと唇を噛んで離れた。 は後ろで手を組み、すぅ、と息を吸い、吐く。 そうしてから悟空に視線を向けた。 「悟空、私も行くね」 「、で、でもよ……」 「だめ。いくら悟空が止めても行くから」 絶対に揺らがないであろう、意思を秘めた言葉。 ここにいて、全部が終わってから帰るなんてできない。 娘や息子だけを戦わせて、辛い目に遭わせて。 そんなことをしたら、全てが終わった時、悟空に会いに来れなくなってしまうと思うから。 「悟空にちゃんと会いに来たいから、だから行く」 彼は眉をひそめ、諦めたようにため息をついた。 を引き寄せて抱き締めると――耳元で囁く。 絶対に死ぬな、と。 名残惜しそうに体を離した悟空の頬に軽く口付け、は悟飯の元へと駆けた。 悟空はその場に佇立(ちょりつ)し、キビトや悟飯、そしてを見つめる。 彼らが消えてしまうまで、ただずっとそうしていた。 地球に出た後、悟飯がキビトに頼んで、悟空と同じ吹色の道着に身を包む。 キビトが界王神界へ跳んで、その場にと悟飯しかいなくなった。 ひどく地球が寒々しく感じるのは、殆どの生物が消えてしまったからだろうかとは思う。 「……さて母さん。行きましょうか」 悟飯が手を差し出す。はそれを取った。 引き寄せられ、身体を固定される。 「はは、お父さんに怒られそうな体勢だ」 「どっちかっていうと、に申し訳ない感じ」 軽口を叩き、どちらともなく口を引き結ぶ。 ひゅう、と風が流れた一瞬後には、2人の姿はそこになかった。 突然飛んで来た自分の弟子に、ピッコロは驚いてものを言えなくなっていた。 トランクスはどこかホッとしたように笑み、 「兄ちゃん! ――っお母さん!!」 悟天は涙を浮かせてに抱きつく。 勢いよくぶつかってきた悟天を抱っこし、は彼の頭を撫でてやった。 ぐすぐすと鼻をすする悟天。 「よ、よかった、死んだんじゃなかったんだ!」 「心配かけてごめんね。――こらこら、泣いてる場合じゃないでしょ」 ぐりぐり頭を強く撫で、彼を地面に下ろした。 強く目を擦り、ぶるぶる首を振る悟天。 「お母さんっ、が……がっ」 「うん……」 魔人ブウを見つめ、は奥歯を噛み締めた。 悟飯がブウを見据えたまま、他の皆はどうしたのかと問う。 はだいたいを水晶玉で見ていたけれど、悟飯は知らない。 既に皆、この世にいないことを。 トランクスが怒りを露わに、今ここにいる者たち以外は全員殺されたと告げた。 悟飯の表情が強張る。 ブウが腹をさすりながら、悟飯を見てにたにた笑った。 「おいしかったぞ、みーんな食べちゃったんだ」 神様が殺されてしまったならば、ドラゴンボールが消えてしまっている。 頼みの綱が消えてしまっているのに、悟飯は何故か安堵したように息を吐いた。 悟飯の態度に、は目を瞬く。 何か、安心するような類のことがあったのだろうか。 もしかして、と思い、気を探ろうとして悟天とトランクスの慌てる声で中断。 1人で闘おうとしている悟飯に、悟天たちがフュージョンで一緒に戦わないと――と焦っているのだった。 ブウは悟飯を見てゲラゲラ笑っている。 「お前、まえ、オレにぶっとばされたやつだろ。オレをころすなんて無理だ!」 悟飯は答えない。ただ、不敵に笑むだけ。 上品ではない笑いを浮かべているブウの目の前で、悟飯の気が爆発的に増える。 驚く暇はあったが、ブウはそれに対処しきれなかった。 悟飯の右裏拳が左頬に入り、衝撃で身体が右に流れる。 踏み止まろうと重心を左に移動させたブウに、今度は右足を軸にした回転蹴りが入った。 顎下を蹴り飛ばされ、それでもなんとか右足で止まるブウ。 怒りのあまりにか半ば大振りの左拳を難なく受け止め、悟飯は更に顔を蹴り上げた。 ブウは上向き、腹部を晒す。 そこへ思い切り拳を突きたて、次いで激しい蹴りを放つ。 上空に吹っ飛んだブウを、背中を向けて追いかけ、ぐっと力を入れると肘鉄を打ち下ろした。 肘鉄を食らわせた右腕が、そのままブウを弾き飛ばす。 ブウは怒りを込めた目で上空を見るが、悟飯は既に彼の後ろにいた。 「ウスノロ、どこを見ている」 あまりの強さに唖然として大口を開けている仲間を見て、は無理もないとこめかみを掻いた。 「ぬ、ぎぎ……がーーっ!」 ブウは一気に悟飯に近づき、口から気を撃ち出そうとした。 しかし、吐き出される直前に悟飯の手が気を直に押し返し、結果――銃でいうところの暴発を起こした。 口の中で自分の気を爆発させたブウは、白い煙を吐いた。 こちらは怒りでだろう、頭の穴から蒸気が吹き出て、ヤカンみたいな音を立てている。 「勝てんぜ、お前は」 口端を上げて笑む悟飯。 ブウはふいに、ニヤリと笑った。 「やはり、おまえだったか」 「……どういう意味だ」 割合近くで話をしているため、やピッコロたちにも聞こえる。 その内容は、ずっと遠いところに強い力を感じていた、というもの。 ブウは自分より強い者を許さないと言い放った。 「おまえだけはゆるさないっ、ぜったいぶちころしてやる!!」 轟音の叫びを上げた直後、はブウの全身の血管が突然脈打ち出したのに気付いた。 全身が痙攣し、顔は笑顔のままだが妙に凄みがある。 は悟天を引っつかむ。 悟飯が地を蹴ったのとほぼ同時に、ブウが弾け飛んだ。 2009・7・2 |