魔人の気が変質した。
 はっきり分かるほど、以前のものと違う。
 は訳が分からず悟空を見るが、当然ながら、彼もどうなったのか分からないようだ。
 地球に有利に働くとは思えない変化。
 地上にいる者たちの安否もそうだが、果たして本当にフュージョンで勝てるのか不安になる。
 悟飯が潜在能力を引き出しきる前に、ぜんぶが終わってしまっては意味がない。
「老界王神さまっ、のんびりえっち本見てないで、早くして下さいッ!」
 思わず叫ぶに、老界王神は手を振った。
「めいっぱいやっとるよ」
 どこがだ!!



来襲



 は、突然変わってしまったブウの気に、ひどく不安になった。
 前のように、ふわふわした感じがない気がする。
 悪い方に向かっているようでいて、自然と表情が硬くなった。
 ピッコロとデンデは宮殿の端に立ち、そこから下を見続けていた。
 は不安から、側にいると手を繋ぎ、神殿を見る。
 中では、数時間ほど前に戻ってきた悟天とトランクスが、ぐっすり眠っているはずだ。
 ブウの気の変化に気付いて、起きてくるような様子はない。
ちゃん、怖い?」
 の問いに、こくりと頷く
「でもね、前にお母さんが言ってたの。とてもむつかしいことだけど、怖がるよりも、自分ができることを考えなさいって。最後まで、いっしょうけんめいでいなさいって」
 私もそうするように頑張るからねと、母は言っていた。
 だからも、そうしたいと思う。
 怖いと震えて何も出来なかったら、きっと後悔する。
 けれども実際は、凄く凄く難しいことのような気がした。

 が視線をピッコロに向けるとほぼ同時だった。
「しまった! 今度の魔人ブウはオレたちの気を見つけられる!」
 ピッコロが叫ぶ。
 が瞬きをする。
 次の瞬間には、今までいなかったはずの魔人ブウが、ピッコロの前に浮かんでいた。
 あれが、魔人ブウ?
 今までとは違うフォルムに、はブウをまじまじと見た。
 太っていた魔人は、今ではすっかり細くなっていた。
 笑顔はない。
 今までよりも圧迫感の強い、怖い気が、身体全体を包んでいる気がした。
 を後に下げ、ぎゅっと口を引き結ぶ。
 ブウは神殿のあちこちをちらりと見、
「だせ」
 呟いた。
 訳が分からないピッコロの前で、ブウは同じ言葉を――今度は呆れるほど大声で言った。
 声だけなのに、大気が鳴動した。
「だ、出せ? 何を出せと言うのだ」
 冷や汗を浮かべながらも、なんとか会話をするピッコロ。
 ブウは微妙に首――いや、頭を傾げた。
 彼は、どうやら気を探り、自分と闘う者――つまりゴテンクスを探しに来たようだ。
「たたかうと、約束したぞ。はやくやって、ころしたい」
 にんまり笑うブウ。
 今はブウとの戦いに備えて、戦う者は眠っていると言うピッコロ。
 ブウは容赦なく
「起こせ」
 告げた。
 もう少し眠らせてくれと頼み込むピッコロだが、には、ブウが待ってくれるように見えなかった。
 実際その通りで、待つのは嫌いだと切って捨てられた。
 時間稼ぎの手持ちがないピッコロは、地球人全てを屠ると言っていただろうと叫んだ。
 ピッコロとブウ以外は、みなその言葉にぎょっとする。
 はそんなこと駄目だと止めたかったけれど、に手を引かれ、首を振られた。
 これしか時間稼ぎの方法がないと分かっている。
 それでも、父親や母親、兄が一生懸命に守った地球を、その上で生きる人たちを、一山いくらの積み売りみたいにされるのは、凄く腹立たしい。
 自分にブウを倒す力があれば。
 思ううちに、ブウは神殿の外縁を歩き回り――ピタリと止まったかと思うと、空に手の平を向けた。
「――っ」
 驚きの声すら掻き消されるほどの轟音を立て、ブウの手から物凄い量の細長い気が放たれる。
 気弾というよりは、桃色の線。
 それらは地上に向かい、見えなくなる。
 破壊音は聞こえてこない。
 だが――。
「そんな……ああ……!」
 デンデが力なくその場にへたり込む。
 は急いで地上に残る気を探したが、恐怖で集中できない。
 かたかたと震える身体を、がぎゅっと抱きしめてくれた。
 温かな温もりが、ほんの少し、怖れを消してくれる。
「地球人、みんなころした。たたかうぞ、たたかうやつ出せ」
「わ……分かった。しかし、戦いの準備をする時間をくれ。1時間でいい」
 ピッコロは1時間を示すため、大きな砂時計を出して床に置く。
 は残りの話を聞かず、を連れて、悟天とトランクスの部屋にこっそりと移動し始める。
 2人を起こすために。



「………今、地球人は……ほぼ全滅させられました」
 硬い声で告げられた、衝撃的な界王神の言葉。
 も悟空も、驚きのあまりに一瞬動きが止まった。
「なん……地球ごと消されちまったんか!?」
「いいえ、地球は殆ど無傷です。ど、どうやったのか分かりませんが、生物だけがごっそりと」
「ま、待って界王神さま! あの、私の子供や、仲間達はどうなったんですか」
 聞くのは怖かった。
 けれど、聞かねばならない。
 界王神は、ほんの微か、息をつく。
「みなさん無事ですよ。子供さんも」
「よかった……」
 全体的には全く良くないのだけれど、それでも子供が生きているのは、にとって嬉しいことだ。
 もっとも、ブウにいつ屠られるか分かったものではないが。

「いい加減にして下さいッ!」

 いきなり悟飯の怒号が響き渡る。
 そうして唐突に彼を中心に、物凄い爆風が巻き起こった。
 悟空がを抱きしめ、風除けになる。
「そんなことで魔人ブウに勝てるわけが……な…………」
 段々尻すぼみになる言葉。
 それと一緒に、爆風が静まっていく。
 悟飯は、老界王神に
「さっさと座らんと、更に時間がなくなるぞ」
 忠告され、大人しく元のように座した。
 は悟空の腕の中から悟飯と老界王神を見比べ、目をパチパチ瞬く。
「すご……ほ、本当に強くなってる……」
「タダのくそジジイじゃなかった……。な、なあ界王神さま、潜在能力っちゅーのは、元々持ってる、隠された力のこと、だよな」
「え、ええ。そのはずです」
「と、とんでもねえな悟飯の奴……いってえ、どんぐらいの力を隠してやがったんだよ……」
 は振り返って悟空を見上げ、それからまた悟飯を見た。
 潜在能力。
 そういえば、悟飯は小さい頃から、怒ると物凄い力を発揮した。
 あれも潜んだ力の成せる技だったのだろうか。
「悟天やにもあるのかな……?」
「さあなあ。オラ、アイツらの側にいなかったし……はどう思う?」
には素養あり、かなあ」
 怒ると凄いから。



 は、精神と時の部屋に入って修行をしているであろう悟天とトランクスを思いながらも、神殿の外で、と2人、ただじっとしていた。
 魔人ブウは、ピッコロの言う1時間の待ち時間を、当然のように破った。
 ブウが待てたのは30分にも満たない時間。
 本来の予定よりも圧倒的に、時が足りない。
 ピッコロは仕方なくあちこちを――時間を稼ぐため――行ったり来たりしながら、精神と時の部屋に入って行った。
 最初はも一緒について行こうとしていたのだが、とビーデルの強い反対にあって断念。
 もしがいたならば、悟天とトランクスの気が散じてしまうかも、という女性2人の配慮だった。
ちゃん、ノド渇いてない?」
 に問われ、は首を振る。
「ううん、へいき」
「そう。……はあ、中はどうなってるのかしら。別に私が緊張してたって、しょうがないんだけど」
 大きく息を吐き、は立ち上がって伸びをした。
「私、ちょっと水飲んでくるわね。1人で平気?」
「うん。いってらっしゃい」
 は手を振ってを見送る。
 彼女の姿がすっかり神殿の中へ消えてしまってから、は目を閉じた。
 精神と時の部屋の状態が知りたい。
 使ったことがなかったが、その力があることは漠然と知っていた。
「……遠見なんてしたことがないけど……わたしにもできるのかなあ」
 ぽつり呟き、意識を集中する。
 母に一度だけ教えてもらった、その力の名前。
 千里眼――遠見――と言うらしい。
 気を感じるのとは全く違い、テレビを見るみたいに、脳裏に現れるのだと聞いている。
 使ったことはなかったし、母自身、殆ど消えかかっている力らしいので、詳しい手法は分からない。
 とにかく悟天とトランクス、ピッコロのことを考え、眉を寄せた。
 だけれども、いくらやっても見えてこない。
 時間の流れが違うため、見えないのかも知れなかった。
 は息を吐き、仕方なくそのまま待つことにした。
 他にしようがないというのは、辛いことだ。

ちゃん、中へ入ら――」
 丁度、が神殿の中から出てきたのと同時だった。
 空間を引き裂くほどの酷い衝撃が走り、の目の前に大穴が開いた。
 急速に収縮する穴のを通って、桃色の何かが出てくる。
 は立ち上がり、その場から離れた。
 仲間達も、先ほどの衝撃音で神殿の中から外に出てきた。
 桃色の物体の向こうに、仲間達のうろたえる姿がある。
「な、何だよ今の音は」
 ヤムチャがきょろきょろし、その桃色のものを見て、顔を青ざめさせる。
「まっ、魔人ブウだ!」
 細い紐のようだった魔人の身体は、水溜りみたいに床に広がると、そこから身体を再構成した。
 傷ひとつない魔人の身体。
 は目を見開き、周囲を探す。
 ――悟天もトランクスも、ピッコロさんもいない!
 精神と時の部屋で一体何があったのか、には分からない。
 どうして、ブウだけが出てきたのか。しかも、出入り口でもないところから。
 ブウは入口付近にいる仲間を見やり、笑う。
「ちょうど腹が減ったからな……なんにしようかなあ」
 ――何に。
 はハッとして、ブウが何かをするより先に異能力を発現する。
 彼女の手から発現した刃のような鋭い力が、背後からブウの腹部を思い切り横薙ぎする。
 背中から攻撃されたブウは、180度ぐるりと首を回して彼女を――を見た。
 確実に切ったのに、ダメージも何もないみたいだ。
 切れた先から再生するのは、実に気持ちが悪い。
 ひどいダメージを受けたのは宮殿の方で、屋根がスパリと切れて落ちた。
「お前も、変なチカラつかうな。『』とかいうのと、同じチカラだ」
 は答えない。
 ブウはニタリと笑い、今度はが間に合わないほどの速度で、触覚から光を発した。
 彼女は皆に障壁を張ろうとしたが、指先を向けるだけの時間もなくて。
「チョコになれ!」
 ブウの触覚の先から出た光に包まれ、みんなチョコレートに変化してしまった。
 も同様に。



2009・6・26

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