先行していたゴテンクスは、既に負け戦に入っていた。
 ブウに殴られ、彼は思い切り海際のコンクリートにめり込む。
 完全に息が上がっているゴテンクスを見る限り、やはりただのフュージョンではブウに敵わないようだ。
 ブウはにんまり笑い、右手に桃色の気を集め――

「死んじゃえーーーー!」

 ゴテンクスに向かって思い切り放った。



お調子者



 はむっつりと黙り込んだまま、掴んだ手の先で力なく揺れているゴテンクスを連れ、天界への空路を飛んでいた。
 何を言うでもなく、不機嫌そうな顔をしている
 ゴテンクスはちらりと彼女を見上げた。
『あ、あのぉ……?』
「ちょっと静かにしてて。知ってるでしょ、わたしはお母さんみたいに、けがを治すの得意じゃないって」
 彼女は飛びながら、ゴテンクスに治療の力を流し込んでいた。
 淡色の光が、ゆっくりと彼の体に吸い込まれていく。
 母親ならば、天界に着くまでにすっかり治してしまえるだろう。
 見たところ、ゴテンクスは母が治せない程の重症ではない。
 骨も折れていないようだし、治療の力が万能でないとはいえ、この位ならきっと治せる。
 けれど、残念ながらは癒しの力を、母ほど上手く使えない。
 しかも魔人ブウに見つかっていないか、一応向こうの気を確認しながらの移動。
 ちょっとだけゴテンクスを恨めしく思ってしまうのは、仕方がないかも知れない。
 段々と、身体を普通に動かせるようになってきた彼を見て、は力を流すのを止める。
「後は神様に治してもらお。今はとにかく早くもどらなくちゃ」
 ゴテンクスは何も言わず、頷くでもなく、けれどとりあえず納得はしているようだ。

「おっ、戻ってきたぞ!」
 戻ってきたとゴテンクスに、クリリンがホッと息を吐いて肩を落とした。
 ゆっくりと着地する2人。
 デンデが駆け寄る。
 ゴテンクスの状態を見て、思ったほど酷くないと彼は安堵した。
 両手をかざし、傷を癒す。
 ピッコロがその横に歩いてきた。
「いいかっ、魔人ブウとの戦いは1日後だ! それまでせいぜい修行をしておけっ」
 少しでも強くなってからの方が、フュージョンした時に効果的だと言い捨てる。
 舌打ちし、彼は神殿の中へ引っ込んでしまった。
 相当苛々していたのだろう。無理もない。
 は、すっかり綺麗に傷を治してもらったゴテンクスから離れた。
 の姿を探したのだが、外になかったためだ。
 気を探ると、神殿の中にあると分かって、彼女の方へと歩いていく。
 は、ビーデルと一緒にキッチンにいた。
「……お姉ちゃん?」
ちゃん! よかった、無事に戻ってきて。お腹すいてない? まだおにぎりだけなんだけど」
「うん、たべる」
 からひとつ握り飯を受け取り、口に運ぼうとして手を止めた。
「あのね、お姉ちゃん。あと2つ、おにぎり欲しいの」
「いいよ。ビーデル、そっちから取ってあげて」
 はビーデルに頼み、置いてある握り飯を2つほどに渡した。
「はい、どうぞ」
「ビーデルお姉ちゃん、ありがとう」
 握り飯を持って、キッチンを出て行こうとする
 には、なんとなくそのご飯が誰の胃に入るのか分かって、微笑む。
、なに笑ってるのよ」
「ううん、本当に仲がいいなあと思って。――あの子たちがあれで足りるはずないし、急いで作っちゃいましょ」
 言うと、は急いで手を動かし始めた。


 30分が経ち、目の前で分離した悟天とトランクスの鼻先に、はおにぎりを突きつけた。
 ほんのちょっぴり、不機嫌な顔で。
「……たべるでしょ?」
「「う、うん……」」
 合体が解けているのに、それでも一緒に口を動かす2人。
 彼らはを挟んで階段に座った。
 普段なら握り飯ひとつぐらい、ペロリといってしまう3人。
 しかし今、少年2人の口の動きは遅々としたものだ。
 理由は簡単。
 真ん中にいる少女が、とても不機嫌そうだったから。
 は、悟天とトランクスが自分を気にしていることを知っていたが、それでも何も言わずにお握りを食べる。
 指についた米粒も食べて、じーっと少年たちの食事が終わるのを待っていた。
 いつもより随分時間をかけて、すっかり握り飯を食べるた男2人の前に立つ。
 はぎゅっと口唇を引き結んでから、
「ばか!」
 大声で叫んだ。
 何に対して馬鹿と言われたのか、合体している間のことを覚えている少年2人は、すぐに理解した。
「ご、ごめん。なんていうかさ、ゴテンクスになると、妙に強いんだと思えるというか」
 トランクスがボソボソ言い、
「ほら、ちゃんと戻ってこれたしさあ!」
 悟天が焦ったみたいに言う。
 言い訳を一生懸命に言われても、の機嫌を更に悪化させるだけだ。
「2人とも、お調子に乗ったらだめなのっ。そうやってお調子に乗ってると、すごい間違いをしちゃうことだってあるかもしれないでしょ」
 油断大敵とはよくいったものであるが、ゴテンクスの場合、自身の強さを過信して油断しすぎているような気が、にはする。
 とにかく、注意しておきたいことは言えて、すっきりした。
 聞いてくれるかどうかは、全く別の話だが。
「みんな心配するんだからね、お調子に乗ると」
「……わ、分かったよ」
 言うトランクスに対し、悟天も頷いた。
 いまいち信用しきれないは、そっと母を思う。
 彼女が注意したら、少なくとも悟天はちゃんと聞いてくれたかも知れない、と。



「くちゅんっ!」
 口元を両手で隠し、その中に小さなクシャミをする。
 小さく唸りながら、は軽く鼻を擦った。
「うー……誰か噂でもしてんのかなあ……」
 地面に足を揃えて投げ出し、樹に背中を預けて座って、悟飯を眺めている
 地球のみんなに、せめて生きていることが伝えられればいいのに。
 思いながら、離れた所で座っている、悟飯と老界王神の様子を見続ける。
 老界王神の儀式とやらは既に終了しており、現在は座って潜在能力を引き出している段階。
 だが見る限り、老界王神は大きく舟を漕いでいる……。
 あれで大丈夫なのだろうか?
 は、自分の膝の上で気持ち良さそうに眠っている悟空に視線を向け、小さく息を吐いた。
「全くもう。1人で安らかーに寝ちゃって」
 こちとら腰が痛くてたまらんかったっつーの。
 悟空は、悟飯がパワーアップするまで時間がかかるからと、を連れて悟飯や界王神たちから離れ、散々大人の事情を堪能した。
 そのための腰は、異能力が戻り治療を施すまで、重たるいやら痛いやらひどかった。
 界王神は未だ立ったままで悟飯と老界王神を見ているが、キビトは完全に飽きたらしく、どこからか本を持ってきては読みふけっている。
 界王神がふと悟飯から視線を外し、の膝の上でかーかー寝ている悟空を見やった。
「……この状況下で、随分と幸せそうに寝てらっしゃいますね」
 軽く呆れたような笑いの混じった声で、咎めている様子はない界王神に、は苦笑するしかない。
 悟空の頭を優しく撫でた。
 状況に対して急いている自分も、確かに存在はしている。
 けれども休んでいる力が完全に戻ってくるまで、もう少しだけ時間が要った。
「界王神さま。私、悟飯が戻る時に、一緒に行こうと思います」
 自分の意思を強固なものにするため、は界王神に伝えた。
 言っておけば、悟空から離れる段階になって、自分で葛藤しなくて済むような気がしたからだ。
「し、しかし。わたしは界王の娘たるあなたを、過度の危険に巻き込みたくはないんですが……」
「お心は嬉しいですけど、私は地球の人間です。結果がどうあれ、ぜんぶを放り出して自分だけなんて、そんなこと出来ない」
 真っ直ぐに言う
 界王神はそれ以上何を言うでもなく、ただ苦笑した。



 1日と数時間が過ぎた頃、地上では悟天とトランクスが、超化した状態のままでフュージョンを成功させていた。
 ……いたのだが。

 は、またも勝手に乗って飛んで行ったゴテンクスに、思い切り肩を落とした。
 ピッコロが彼の後を追いかけて飛んで行ったけれど、今回、と共に天界に残った。
 追いかけて行って文句を言っても、たいして効力がない気がしたからだ。
 ゴテンクスになると、やはり自分がナンバーワンだと強く思うらしい。
 調子に乗らないと約束したのに、相変わらずお調子に乗っている。
「あの調子で、本当にあっさり倒してくれればいいのよね……」
 の呟きに、クリリンが思い切り息を吐いた。
「どうだかなあ。超化前の状態でもでかい態度だったしな。無事に戻ってくれねえと、それこそ全人類終わりなんだって分かってんのかねえ」
 ゴテンクスが敵わなければ、誰もブウに敵わない。
 言い含めても、たぶん彼はあの調子のままだろう。
「悟天のうそつき。……わたしの言うこと、分かったっていったくせに」
 は頬を膨らまし、フュージョン中の双子の兄を思う。
 ――もう、わたしの分のオヤツ食べたいって言っても、ぜったいに分けてあげない!




2009・6・23