子供たち 3


 フュージョンの修行が続いている。
 は、悟天やトランクスたちの修行場の横で、ブルマを始め、クリリンや亀仙人がトランプをしているのを横にし、ビーデルと並んで座っていた。
 地球上にある、どの建造物よりも高い位置にあるだけあって、周囲には雲すらない。
 当然、走ればすぐに息が切れるはずなのだが、悟飯にちょくちょく修行をしてもらっていたせいなのか、それとも舞空術が使えるからかは分からないが、軽く運動する程度であれば特に問題はなかった。
 走り込みすれば何も考えずに済むかと思って、神殿の外を走り回ったりしてみたけれど、止まってしまえばやはり脳裏に浮かぶ様々な事は変わらなくて、結局、ブルマたちのトランプを見ているような感じだ。
「……悟飯くん」
 微かな声で言うビーデルだが、少し距離のあるブルマたちはともかく、直ぐ隣にいるにはそれが聞こえた。
 不安を目いっぱい胸に秘めている双子の妹に、は何を言えばいいのか分からない。
「ビーデルって、本当に悟飯くんが好きなのね」
 そう、軽い調子で言うのが精一杯で。
 もしかしたら傷口に塩を塗っているかも知れないが、悟飯の事を考えているなら、話をしていても一緒な気がする。
 気遣われているのが分かったのか、ビーデルもの会話に乗ってきた。
こそ、悟飯くんが好きなんでしょう?」
「私? ……うん、そうだね。好きだよ。家族だし、大事にしたいって思ってる」
「家族、ね」
 失笑するビーデル。
 はどうしてそんな風に笑われるのか分からなくて、ほんの少し眉根を寄せた。
 けれどビーデルはそれに対して何か言うでもなく、天井を仰ぐ。
 も同じように仰いだ。
 汚れひとつも見当たらない天井だなあ、なんて、どうでもいい事を考える。
「……ねえ、。ありがとう」
「うん?」
 唐突にお礼を言われ、は首を捻る。
 ビーデルは小さく笑んだ。
「天下一武道会で……助けてくれたでしょう?」
「ああ、あれね」
 大会で、スポポビッチに滅茶苦茶にやられているビーデルを見ていて、どうにも我慢ができなくなり、横から割り込んだ時の事を言っているのだと気付く。
 けれど別に、礼を言われるような事ではない。
 普通に考えれば、大会の邪魔をしたようなものなのだから。
「お礼を言うなら、私じゃなくてちゃんじゃないかな。実質、助けてくれたのは彼女でしょう?」
「それもそうだけど、それでもわたしは、にお礼が言いたかったのよ」
 自己満足ねと笑うビーデルは可愛くて。
 彼女に望まれている悟飯は、凄く果報者なんじゃないかと思う。
 ――その彼は、生きているのかも分からないのだけれど。
「ビーデルはさ、悟飯くんが死んでると思ってないでしょう?」
「……そうね」
「でもさ、私も死んでないと思ってるわけだし――2人がそう考えてるんだから、多分、生きてるよ」
「凄い自信ね」
「自信がなくなっちゃうよりはいいでしょう?」
 ふと息をつく。
 誰にともなく、呟くようには言葉を続けた。
「凄いよね、悟飯くん。小さい頃にセルと闘って……勝って。私は、そうやって苦労して、世界を繋いでくれた人たちに、何もできないんだよね……」
 闘えるわけじゃない。
 特異な力があるわけじゃない。
 単なる女学生で、できることなんて、これっぽっちもなくて。
 が今、こうして生きているのは、悟飯や悟空、やその仲間たちが頑張った結果だ。
 孫家で生活している中で、幾度も地球の危機を救ってきた彼らの事を聞いて、自分が彼らの頑張りの上に存在できているのだと知って、何かしたくなって。
 でも、お世話になるだけで何もできなくて。
 今だってこんな非常事態なのに、待つしかできない自分。
 出来ることといえば、信じる事ぐらい。
 悟飯とは生きていると信じる事が、今のにできる一杯の事だった。
「……暗くなっててもしょうがないもんね。頭切り替えて、頑張ろう」
 小さく息を吐くと、ビーデルが頷く。
「そうね。早く普通の学校生活に戻れればいいけど。どんどん勉強が遅れていくわよ」
 他愛のない会話ができるって、凄く幸せな事だと、は思った。


「ダメだダメだ! タイミングが合っていない!」
 ピッコロの声が響く。
 疲れてきているのか、肩を落とす悟天。
 そして、むっとしているトランクス。
 今にも喧嘩を始めそうな雰囲気で、は少しだけ居心地の悪さを感じていた。
 魔人ブウを止めるべく、フュージョンの修行(一見するとダンスレッスン)を続けているトランクスと悟天であるが、動きの小さな差異がどうしても埋まらないでいた。
 どちらかが一瞬早かったり、どちらかが一瞬遅かったり。
 繰り返して動きの修正をするものの、その度にまたどこかがずれるといった有様で。
 トランクスが口を引き結び、悟天を睨む。
「悟天ー、お前少し遅いんだよ」
「そっ、そんな事ないよ! トランクス君が早いんじゃないの」
「オレが悪いってのかよ」
「トランクスくんだって、ボクが悪いって言ってるんじゃないか!」
 ぎゃーす!
 案の定、喧嘩を始めたトランクスと悟天の間にピッコロが入り、殴り合いを始めそうだった2人を引っぺがす。
 毎度、小さい事で喧嘩をすると知っているだが、これは仕方がないと思う。
 状況への不安感からか、とにかくすぐ気がささくれ立つ。
 当たり前だがピッコロもどこかピリピリしているし。
 ピッコロの強烈な仲裁を受けて、2人はとりあえず落ち着いたようだ。
「……。悟天と2人でやってみろよ」
「え!? わたし??」
 いきなりトランクスに名指しを受けたは、目を瞬いた。
 ……あのフュージョンポーズをするのかあ……。
 かなり恥ずかしいのだが、動作自体は何度も見て覚えているし、問題はないけれど。
「トランクスくん、いきなり、どうしたの?」
「別に。絶対悟天の奴、動きが遅いんだ。双子のが合わせられないなら、オレが合わせられらんねえの、普通だろ」
 よく分からない論理だが、それでトランクスの気が済んで、また練習に身を入れてくれるなら問題ない。
 は一瞬、ポーズの事を考えて悩んだけれど、直ぐに頷いた。
 悟天もトランクスも同じ事を、何べんもやっているのだし。
 我侭はよくないはずだと、自分を納得させる。
 てほてほ歩き、悟天の横――大体3歩分離れた場所――に立った。
 ピッコロが深くため息をつく。
「ようし、ではやってみろ」
「はい。ええっと……じゃあ悟天。やってみよっか」
 ピッコロの合図に合わせて、と悟天が動く。

「「フュージョン、はっ!」」

 初回なのに、動きがピッタリ合った。
 絶対に動きがずれると思っていたトランクスは目を丸くし、ピッコロは深い息を吐く。
「ほら見ろ。気持ちが合っていれば、動きも自ずと合う」
「………なんだよ。だったら、と悟天でやればいいじゃんか!」
 トランクスは走って、奥の廊下のほうへ行ってしまった。
 怒鳴ろうとしたピッコロを、が止める。
「わたし、行ってくる」
「う、うム……」
 悟天が付いていこうかと言うが、はそれを断り、1人でトランクスの所へ向かった。


 彼は壁に背を預けて腕を組み、眉根を寄せて床をじっと見つめている。
 は彼の横に立ち、同じように壁に背を預けた。
 どちらも何も言わず、ただじっと立っている。
 先に口を開いたのは、トランクスの方だった。
「なんだよ。戻れって言いに来たんだろ」
「うん。でも、そんな事言わなくたって、トランクスくんは戻る気が最初からあるでしょ?」
 無言の返事が返ってくる。
 いつだって、頭に血が上って喧嘩するわけだけれど、少しの間を置けば頭が冷える。
 トランクスはまだまだ子供だけれど、自分たちの中では一番冷静で、頭の回転が速いと、は思っている。
 だから、一時的な感情の昂ぶりで、ブウを倒す修行を止めるはずがないと知っていた。
 はほんの少し、復活までの時間を短くする術を知っている、というだけ。
「トランクスくん、もう少し練習すれば、動きがピッタリ同じになるよ」
「……現時点で、の方がピッタリじゃないか。オレじゃなくて、がフュージョンすればいいだろ」
 意固地になっているトランクスに、は「んー」と唸る。
「でも、わたしじゃ気の力が足りないの、知ってるよね?」
「そんなの……分かってる」
「悟天とトランクスくんじゃないと、ダメなの。……カタキ、とるんでしょ?」
 付け加えるように呟いた、カタキという言葉。
 それに反応し、トランクスはを見つめた。
「もう少し気持ちがおちついたら、もどろ?」
「……ったく。には敵わないよなあ……」
 がりがり頭を掻き、苦笑するトランクス。
 気持ちが浮上したのが、表情で分かる。
 付き合いが長い――とはまだ言えないかも知れないけれど――ので、悟天やトランクスの気持ちの上下はよく分かった。
 同じように、悟天とトランクスも、の気持ちに聡いのだけれど。
「なあ
「なあに?」
「……勝てたらさ」
 トランクスの顔が、どことなく赤い。
 何が言いたいのか分からず、彼の目を真っ直ぐに見る。
 少し、たじろがれた。酷いかも。
「オレが、じゃなくて、オレたちが勝ったら――オレと結婚してくれ!!」
 ………。
 は目を瞬く。
 彼は何も言わないの目をじっと見つめ、がしっと肩を掴んだ。
「そしたら、文句言わないで頑張るし!」

「ダメだよ! なに言ってんだよトランクスくんっ!!」

 いきなり横に引き寄せられ、は思わずたたらを踏んだ。
 見れば、悟天の手が自分の手を強くつかんで、引っ張っていて。
 険しい顔で、トランクスとの間を阻んでいる悟天。
は、ボクと一緒に居るんだからダメだよ!」
「それこそなに言ってんだよ悟天。お前ら双子だろ! ずっと一緒に居られるわけねえじゃん!」
「いるったらいるの! だってボクと一緒にいたいに決まってるもん!」
 非常にくだらない(当人たちは至極マジメであるが)言い争いを始めた2人に、は首を捻る。
 別に悟天はいつも一緒にいるし。
 トランクスの結婚云々の冗談に、本気で向かう悟天がよく分からないぐらいだ。
 ふいに光が遮られ、振り向くと――ピッコロが眉間にしわを寄せて、立っていた。
「……おい、お前ら。さっさとしろ」
「そうだよ2人とも」
 むくれるの顔を見て、悟天とトランクスの喧嘩がぴたりと止む。
 互いに顔を見合わせ、深々と息を吐いた。
「……とりあえず、戻るか、悟天」
「そうだね……」

 その後、彼らは真面目に修行し出した。
 はそれをずっと見、やっぱり彼らは仲がいいと勝手に納得した。


2009・5・15