失ってしまったのだと思った瞬間、凍った世界は、今彼女を目の前にして温もりを取り戻していた。


その温もり


 悟空は、目の前に座っている自分の妻が、確かに生きているのだと理解して――たまらず彼女を抱きしめた。
 失ってしまったと、本気で思っていた。
 怖くて怖くて、たまらなくて。
 触れる肌が嘘ではないと確かめるように、きつくきつく抱きしめる。
 勢いあまって横に倒れ、けれど悟空は感情のまま、の上に覆いかぶさるようにして、荒々しくその口唇を奪った。
 逃がすまいと舌を絡めて甘く吸う。
「っ……」
 ばたばた逃げ惑う手を絡めとり、指を組み合わせた。
 もう片方の手で胸元を開き、胸元から下へ幾つもの痕を残す。
「ちょ、ご、悟空っ? あのっ!!?」
…………っこの……馬鹿……ッ!!」
 いきなり怒られたは目を瞬く。
 心配をかけたことに関して、怒られていると理解はしているようだけれど。
 悟空の気持ちは止まらなくて、息をする間も惜しむように、何度も深く口付けた。
「んぅっ……ごく……」
「どんだけ心配したと思ってんだ……っ。オラ、おめえが……っおめえが、死んじまったと思って……っ」
 でも、会えた。
 それが嬉しくて、涙が溢れる。
「悟空……泣いてる?」
「……っんなの、当たりめえだろ……っ」
 悟空の涙なんて滅多に見ないは、驚いて彼をじっと見た。
 彼はもう一度、の柔らかな口唇に触れる。
 目尻に、頬に口付け、そうしてからやっと体を起こした。
 上気した頬に微笑み、息を吐いた。
 が微笑み返してくれて、胸が波打った気がする。
「……愛してる。ずっと、おめえはオラのもんだかんな! もう勝手に……勝手にいなくならねえでくれ」
「……ん」
 真剣な言葉。は小さく頷き、恥ずかしそうに顔を伏せた。


「ごほんっ」

 誤魔化すように咳をひとつ落とす界王神。
 顔が赤くなっている彼に、は失笑して悟空から離れようとする。
 悟空の方は絶対に体を離したくないようで、手をがっちり捕まえて抱きしめたまま、より体を密着させる。
 慌てる彼女の頬に軽く口付け、きゅーっと抱きしめた。
 真っ赤になるの逆頬にも口付ける。
「ちょ、ちょっと悟空っ……私、別に逃げないし死なないから、離して……」
「やだ」
「や、やだって……子供の駄々じゃないんだし……」
「嫌だったら嫌だ」
 照れて、でも困ったように眉尻を下げる
 悟空は口端を上げ、額に口付ける。
が悪ぃんだぞ。死ぬほど心配させたんだかんな」
 この場合、自分が現状で死んでいるというのは無視。
 ふぅ、と息を吐き、を捕まえたまま立ち上がる。
 離れようとする腰を引き寄せて、密着させた。
「お、お父さん。あの、それぐらいにしておかないと、お母さん今度は恥ずかしさで倒れますよ……」
 悟飯に言われ、悟空はそれでも体をくっつけたまま、を見やる。
「……んー、でもなあ。んじゃあ、
「うん?」
「手ぇ繋いでんだぞ?」
 どこかが触れていないと、不安でたまらない。
 にかっと笑い、ぎゅっと片手を握る。
 は諦めたように軽く息をつき、そうしてから恥ずかしそうに悟空の頬に口付けた。
「……心配かけて、ごめんなさい」
「オラの方こそ、おめえを護ってやれなくて、悪かった」
 もう地球に行けない身だとしても、それでも護りたいと、心から思う。
 ――どうすっかな、地球は危ねえしなあ。
 いっそ、このままずっと彼女をここか、大界王星へ留めておこうかと、ちょっと本気で考えたりした。

「そういやさあ、悟飯はなんでそんな妙な格好してんだ? それに、ここどこだ」
「物凄い今更な質問だね、悟空……」
 が呆れたように言う。
「しょーがねえだろ、オラ、殆どおめえしか見えてなかったんだからさあ」
 普通に答えたつもりだったのだが、も悟飯もため息をついた。
「お父さん、僕の方が聞きたいですよ。地球は……地球はどうなったんですか?」
「ああ、それがさあ」
 悟空は、現在の地球の状況を簡潔に話した。
 バビディは、ピッコロやトランクス、悟天とを探していた事。
 西の都でトランクスの情報を通告した者がおり、西の都が破壊されると、カプセルコーポにあるドラゴンレーダーも壊れてしまう。
 トランクスがレーダーを西の都に取りに行く時間を稼ぐため、超サイヤ人3になってしまったので、悟空は1日生き返っていられる所が、物凄く早くあの世に戻される事になってしまった事。
 魔人ブウがバビディを殺した事。
 バビディがいなくなったブウは、破壊行為を楽しんでおり、地球はかなり破壊されてしまっている事などなど。
「それで……トランクスと悟天に、フュージョンって技を教えたの?」
 大きな岩に腰を下ろした悟空は、手を繋いだまま隣に座ったに問われ、頷いた。
 正面にいる界王神とキビト、悟飯も神妙な顔で話を聞いている。
「中途半端な状態だったけどさ、ピッコロが後を引き継いでくれたし。……完成すりゃ、ブウを倒せるかも知れねえ」
「……も悟天も、大丈夫かな……」
 肩を落とす
「そんで、悟飯はどうしたってんだ? 服と、その剣」
「ああ、この服はキビトさんが出してくれて。剣は、この聖域に伝わる伝説の剣なんだそうです。ゼットソードっていう……」
 とんでもないパワーを与えてくれるという、伝説の剣なのだと悟飯に説明される。
「へぇ。ちっとその剣、オラにも持たしてくれよ」
 悟空が悟飯の側に寄る。
 手が繋がっていたが、悟空の動きに引っ張られる。
「わわ、ちょっと悟空! 剣を掴むのに私の手を掴みっ放しは」
「うーん、でもさあ……」
「ちゃんと悟空の視界に入るところにいるから。ね?」
 少し悩み、うん、と頷く。
「ちゃんといるんだぞ?」
「いるってば。出て行こうにも、異能力が休止中でどうにもならないし」
 その辺りは、また後で説明してもらう事にする。
 凄く重いから気をつけてと悟飯に言われつつ、剣を受け取った。
 途端にとんでもない負荷が腕にかかる。
「おわっ! な、なんだこれっ、す、すっげぇ重てぇなあ!」
 力を入れて、剣を振り回す。
 界王神やキビトが驚愕に口を開けているが、悟空にはどうして彼らがそんなに驚いているのか分からないだろう。
 界王神界の人間が持てない剣を、軽々と持って振り回している悟空や悟飯は、界王神らにとって驚異的な事なのだが。
「この剣が、とんでもねえパワーを与えてくれんのか。ふーん、凄えな!」
 確かに力はつきそうな剣だ。
 肩で支えて持つようにし、悟空は界王神に視線を向ける。
「なあ、界王神さま。悟飯が魔人ブウと戦うときまで、オラここにいていいか?」
「は、はい。問題ないですよ」
「じゃあ、悪ぃけどさあ、なんか食わしてくんねえかなあ。それとも、なんか作ってくれっか?」
 界王神ならば凄いご馳走を食べているのかも知れないが、がいるなら、彼女の手料理の方がいい。
 悟飯に剣を返し、の側によると彼女の手を取る。
「で、では……悟飯さんも少し休憩にしますか」
「はい。お父さん、超サイヤ人3って凄そうですね、後で見せてもらえませんか?」
「おう、メシ食ったら見せてやらあ」
 界王神の後に続いて、それぞれ飛ぶ。
「わ、わ、悟空っ、あんまり引っ張らないで〜!! 飛び辛いよ……」
「なら、抱っこしてやろっか?」
「いいって……自分でちゃんと飛べます……」
 はほんのちょっぴり赤くなり、そっぽを向いた。


 界王神界というところは、基本的に人がいないらしい。
 大界王星では、あの世の達人の他に、仕事をする者たちもたくさんいるが、ここでは見ない。
 なので、物凄く広い宮殿のような場所の中は、閑散としている。
「なあ、界王神さま。ここって誰も人いねえのか?」
「用事がなければ、特にここに足を踏み入れる者はありません。あの扉を介して、この世界に出入りする者が少数いるだけです」
 示された扉は、ごく普通のそれに見える。
 大界王星にも似たような物があったので、別段珍しいような気もしないが。
さん、キッチンと食料はその端の部屋ですが、どうします? こちらでご用意もできますけれど」
「悟空、どうする?」
「オラ、のメシがいいって」
「おっし。じゃあ気合いれて作りますかー」
 うん、と力を入れ、はキッチンへと入って行く。
 男連中もその後に続いた。

「……こ、これは凄い」
 界王神は、目の前で展開されている料理に、純粋に驚いた。
 次々と作られては皿に載せられる料理。
「キビトさん、お手空きでしたら出来上がったのを並べてくれます?」
 はキビトに頼んだ。
 彼は渋っていたのだが、界王神に命ぜられ、の手伝いを始める。
 とんでもなく食べるサイヤ人2人とあって、運ぶ方も大変だ。
 悟空はキビトが運んでくる皿を、悟飯と共に次々綺麗にしていく。
ー、オラ次なんか米食いてえぞ」
「はいはーい。悟飯は?」
「えっと、じゃあ唐揚げを」
「りょうかーい」
 間延びした返事を返しながらも、の手は凄まじい勢いで動いていく。
 片手で中華なべを持ち、チャーハンをざかざか作りながら、もう片方の手で鳥唐揚げを作る。
「はいキビトさん、悟空にあげて」
「は、はあ」
「うっひゃー、サンキュー!」
「次、唐揚げどうぞ」
 キビトに大皿を渡す。
 こんもりと乗っかった唐揚げを、悟飯が嬉しそうに食べていく。
 悟空も脇合いから手を伸ばし、チャーハン片手に唐揚げを食べる。
「ふー。後はなんかリクエストある?」
「いんや、充分だ。うん、うめえ! やっぱのメシだよなー」
「喜んでもらえてなにより」
 苦笑し、は片付けに入る。
 悟空は、界王神たちがやたらと驚いているのをとりあえず放置し、腹いっぱいになるまで食べてから、彼らに声を掛けた。
「ぷはー、食った食った! ところで界王神さまたち、いってえどうしたんだ?」
「あ、いえ……その、食べっぷりも凄いですが、さんの作るスピードが凄くて……」
 片づけをもあっさり終えたは、余り物をちょこっと摘んで食べ、界王神たちに笑む。
「慣れですかね。悟空と結婚した当初は、作るの凄く遅かったんですけど。食べる速度が速度じゃないですか、だから自然と。サイヤ人の腹を満たすのは大変なんですよ」
 軽く笑う
 悟空は腹をさする。
「さーて悟飯、超サイヤ人3、見せてやっぞ」
「あ、はいっ。是非!」
「私も見たい!」
「そんじゃ、外でっか」
 悟空はの手を取り、外に向かって歩き出す。
 他の3人も後に続いた。



2009・4・17