界王神から詳しく話を聞き、死に瀕していた時に自分を支えてくれていた『何か』は、悟空の気持ちだったのかな、と思った。


ゼットソード


 ゼットソードのある場所に到着するまでに、は自分が――確実に悟空に心配をかけていると自覚していた。
「母さん、どうしたんですか?」
 段々と進むスピードが遅くなっているに、悟飯が問う。
 慌てて、皆に遅れないように速度を上げた。
「あ、うん。ごめんね」
「……父さんや皆が、心配なんですね」
「…………うん」
 は悟空の元や、自身に深い関わりのある場所へなら、空間転移で行ける。
 絶対に死んだと思われているはずで、だから生きていると伝えたい気持ちがあって。
 かといって悟飯をこのまま放り出していくのは、居心地が悪い。

 悩みながら飛んでいる間に、目的の場所に到着してしまったようだ。
 とりあえず、悟飯がその剣を引き抜けたら、その時に決めることにして、界王神やキビトが下り立った、細く長い岩の上に2人も下りる。
 下を見ると、周りを湖で囲まれていた。
「ふぅん、それで、これがゼットソード?」
 が足元にあるそれを示しつつ、界王神に聞く。
 彼は頷いた。
「悟飯さん、引き抜いて下さい。わたしの知る限り、この剣を抜くことが出来た者は、誰もいません」
「引き抜くんですか……なんか、昔話でこういうのあったな」
 の世界にもあった。
 あれはなんだったっけ?
 選ばれた者にしか抜けないんだったか。
 こちらのゼットソードは、確実に選ばれた者が引き抜ける、という保障もないわけだけれど。
 悟飯は剣の柄を握る。
 難なくつかめてしまって、はちょっと拍子抜けした。
 なにかこう、剣の抵抗に遭うのかなと思ったりもしていたので。
 たとえば、電気が体を走るとか。
「この……え、っと……ゼットソードを抜けたら、どうなるんです?」
 悟飯の質問に、キビトが答えた。
「凄まじいパワーを得ると伝えられている。……そう、恐らく魔人ブウを凌ぐほどの」
「えー、それ凄いね!」
 は目を丸くし、ほとんど刀身の隠れている剣を眺めた。
「すっごく良く切れるってことかな……おっかなそう」
 不安がる悟飯に、キビトがお前には無理だと鼻白む。
 うんわ、態度悪っ!
 界王神に黙って見ていなさいと言われ、それでキビトは態度を正した。
 さすがに界王神の言葉には、反抗しきれないみたいだ。
「んじゃ悟飯。やってみようよ」
「よーし……ふんっ!」
 悟飯はノーマル状態で、思い切り剣の柄を引っ張り上げている。
 がー、とか、ぎー、とか、物凄い力んでいるけれど、剣は土の中が心地いいみたいに、全く全然これっぽっちも動かない。
「ぷはぁっ! い、いぢぢ……駄目だ、びくともしない」
 うーん、さすがにノーマル状態では厳しかったか……。
 は頬をかく。
 キビトは「ホレ無理だ」と言わんばかりの態度なものだから、ちょっとムッとする。
「よーーーし、よーしっ!」
 悟飯の体が、金色のオーラに包まれる。
 そうそう。超化した方がいいよ。
 超サイヤ人化した悟飯を見ても、キビトは
「同じことだと思うがな……」
 無駄だと、またも偉そうな態度をとっている。
 どうも、よほど界王神界に来て欲しくなかったみたいだ。
 そりゃあ神聖な場所なのだろうけれど、来てしまった者に、嫌味臭いことを言わなくてもいいじゃないの。
「悟飯っ、がんばれ!」
「うん。……っぐぎぎぎ……!」
 柄を掴み、先ほどと同じように思いっきり引き抜こうとする。
 キビトが、今まで何人もの界王神が挑戦して引き抜けなかった物を、人間が抜けるものかと静かに言う。
 は、内心で彼に舌を出しながら、悟飯とその剣を見続ける。
 最初は動こうとしていなかった剣が、ほんの少し、浮いた。
「おおっ! 悟飯がんばれ! 浮いてる浮いてる!!」
「なっ、なんだと!??」
 驚くキビトの目の前で、どんどん剣が持ち上がっていく。
「もう少しだよー!」
 も一緒になって力んだりして。
 留めていた鎖が外れたみたいに、ゼットソードは抜けた。
 余りの勢いに悟飯は剣を持ったまま、宙を浮いている。
「ほらっ、やはり!」
 界王神が会心の笑みを浮かべた。
 呆然とするキビトの肩を叩き、彼は下を示す。
 そうしてから悟飯に声をかけた。
「悟飯さん! あちらへ! 下へ降りましょう!」
「はいっ」
さんも」
 言われて頷き、は先に下りた悟飯の後へ続いた。


 悟飯は剣を引き抜いたし、一度、地上へ戻ってみた方がいいかも知れない。
 は決めて、ゼットソードを持っている悟飯に声をかけた。
「あのね、ちょっと戻ってみる」
「あ、はい。まだ1日経ってない……はずですから、父さんいますよ、きっと」
「うん。じゃあ行ってくるね」
 意識を集中し、異能力を引き上げる。
 空間転移した。
 した、つもりで。
「……あれ?」
 ――否、できなかった。
 もう一度やってみるが、やはり跳ばない。
 おおい! もしかしてこんな時にスランプか!!??
 転移の力は、今まで治療ができないような時でも使えていたため、やたらと焦ってしまう。
 おろおろしているに、界王神が気付いて言った。
「ああ、さん。今は多分、異能力の類は使えませんよ。無理せず力を休ませてあげて下さい」
「へ? ど、どういう……」
「先ほどあなたは、死の境目から人の想いを受け、異能の力によって戻ってきた。あれは秘術みたいなものです。使えば、異能力が休眠状態に入ります。非常措置みたいなものですね」
「うっそ! じゃあもう私、力を使えなく……」
「いえいえ、暫くの間ですよ。1日かそこらで戻るはずです。個人差はありますが」
 なら、まだいいけれど。
 ……1日過ぎれば、悟空はいなくなってしまうのに。
 帰ってしまったら、跳んで会いに行こう。
 腹を決めたら、案外落ち着いた。
「……そういえば悟飯、剣はどう? 強くなったの?」
 悟飯は剣を胸の前まで――非常に重そうに――持ち上げた。
 そのまま振りかぶるようにしたり、斬るような素振りをしたり。
 ただし、斬るというよりは、重みに負けて下に落ちていくといった感じだ。
「う、ん……やたら重いよ。でも、今の所……そんなに凄い力が、あるようには……」
「えー? だって抜いた人が、凄い力を得るんでしょ?」
 変化がないというのは、どういうことだ。
 剣を振っている当人が、これで魔人ブウに勝てるのかな、なんて言っているし。
 確かに気の力が高まったとか、凄い特殊能力が身についたとか、そういう様子はないし。
 だがキビトは真面目な顔で悟飯を射抜く。
「なにをいうか! この聖域に伝わる、最強の剣なのだぞ。必ず魔人ブウを倒せるはずだ!」
 疑問点としては、ずーっと埋まっていた剣が、どうして最強のものだと分かるんだろう、という所だが。
 もしかしたら過去の文献か何かで、そういう記述がったのかも知れないしと、は自分を納得させる。
 キビトは腕を後ろで組んだ。
「もっとも、使い手がそんなにフラフラしていては、無理だろうがな。自由自在に扱えるようにならねば、闘いは挑めんだろう」
「うーん、そんなこと言うけどさ……ちょっと持ってみてよ。ほんとに、すッごく重いんだからさ」
 言いながら悟飯はキビトに剣を渡す。
 渡した瞬間、
「わっ!」
 彼はちょっと可愛らしい声を上げ、剣の重量に耐え切れず、ありがたーい『伝説の剣』を地面に叩きつけた。
 叩きつけたというか……落として、自身の重量で地面に埋まったというか。
 キビトは反しの部分を持って、思い切り力を入れて持ち上げようとする。
「あ、あがぎぎぎ……!!」
 …………。
 散々力を入れた結果、持ち上がらなかった。
 悟飯たちに背を向け、後ろで手を組むと、彼は
「ま、まあまあかな」
 ぜいぜい息を荒げ、何事もなかったかのように言う。
 ……うーん。
「と、とにかくこのゼットソードを、自在に扱えるようにならねばいかんぞ! いいなっ!」
「は、はい……」
 キビトさん、鼻汁出てるよ……。


 超化状態の悟飯が剣を振るっていた時、いきなり表れた強烈な気に、は驚いて寄りかかっていた樹から飛びのいた。
「な、なにこれっ。……悟空の気?」
 凄い鮮烈な気の中に、いつもの悟空の気が混じっている。
 界王神もキビトも、悟飯ですらも驚いていた。
「も、もの凄いエナジーですが……孫悟空さんのものですよ……」
「と、とても信じられん……この聖域にまで、パワーが届くとは……!」
 一体、地上で何が起こっているのだろう。
 異能力が使えれば、ある程度は遠見の力で視えるのだけれど。
 休止状態の今にあっては、何も分かりはしない。
 悟空の気は、そう長く続かず、消えてしまった。
 彼は死人だから、2度死ぬことはないはずで。
 だけれど、やはり不安になる。
 胸の辺りをぎゅっとつかみ、悟飯を見た。
「……僕、頑張りますよ」
「ん、そうだね。私も、頑張ろう」
 特にはゼットソードを持って振り回せるわけではないので、その辺で修行でもしていようかと思ったのだが、
さん、少し体を休めておいた方がいいですよ。力の戻りが遅くなります、多分」
 界王神に進言され、それは修行するにも困ると、素直に従った。
「……悟空もみんなも、大丈夫かなあ……」
 樹に寄りかかり、ふぅっと息を吐く。
 異能力が使えないって、本当に不便だ。




 あの世に戻った悟空は、閻魔大王に、ここに悟飯とが来なかったかと聞いたが、彼は来ていないと答えた。
「お前の息子や、界王様の娘なら、すぐに分かるはずだしなあ」
 言い、名簿を見返すが、やはり乗っていない様子で。
 それを聞いた悟空はホッとし、礼を行って外へ出た。

 閻魔のところに魂が来ていないということは、どこかで生きているはずで。
 じゃあ、どうして気が感じられなかったのか。
「……界王さまなら、の居所がわかっかな……」
 早く戻ろうと決めた悟空は、同時にある気に気付く。
 界王界ではなく、大界王星でもなく、もっともっと遠いどこかの場所から、悟飯の気が感じられる。
 ――もしかして。
 消えてしまった希望を再度望むように、悟空は慎重に悟飯の回りを探る。
 そこにある、自分が求めていた気を見つけ、彼は叫んだ。
「生きてる……っ、!!」
 慌てて額に指をそえ、強く感じる悟飯の気を目がけて跳んだ。


「……え? お父さん?」
 いきなり表れた悟空に、悟飯をはじめ、界王神もキビトも驚いていた。
 自分たちが招いていない人間が、勝手に入って来たのだから、管理者の界王神やキビトなどは確かに驚くだろう。
 悟空は、悟飯が生きていたことにホッと息を吐いた。
 誰を求めているのか分かっている悟飯は、彼に後ろを示す。
「母さんなら、あそこですよ」
 くるりと振り向き――彼女を見やった。
 嬉しくて嬉しくて、息が止まりそうになる。
 瞳を閉じていた彼女が、ゆっくり目を開けた。
 悟空は彼女に近づくと、声をかけた。
……」


2009・4・10