なにかが、支えてくれている。 それがどんなものなのか、分からないけれど。 暖かな、なにかが、体の中にあった。 吹き返る 悟空があの世へ戻る時間から、遡(さかのぼ)ること幾刻。 魔人ブウの攻撃を受けて伏した悟飯を、キビトの力によって復活した界王神が発見していた。 木々の中に倒れ込んでいた彼に手を触れる。 弱々しいが、確かに生命の鼓動がそこに残っていた。 「悟飯さんを死なせてはいけません。――さんも、すぐ近くにいるはずです、キビト、急いで探しなさい」 「は、はいっ」 は、悟飯のいた所からすぐ近くに倒れていた。 彼女をゆっくりと抱え、キビトが界王神の元へ連れて行く。 「彼女は、生きていますか?」 「……息は、かろうじて。しかし危険な状態です」 あまりに生命反応が小さすぎて、気などスズメの涙ほどもないような状態だった。 これでは気を探っても場所を突き止められないだろう。 正直なところ、動かすだけで息絶えそうだ。 キビトは細心の注意を払ってを動かし、界王神と悟飯の側へと連れ戻った。 身体のあちこちに傷を負いながら、それでも彼女は微かに生きていた。 浅い呼吸。今にも消えてしまいそうな。 「そうですか……よかった。それでは直ぐに行きましょう」 呪文を唱え、界王神はと悟飯を連れて、界王神界へ飛んだ。 本来、界王や大界王すら入る事ができない神域の、界王神界。 ごく一部の選ばれた者が行ける、大界王星の者ですら入れない場所。 当然、神聖性が高い。 のどかな風景。凪のような、静謐で柔らかな雰囲気を保つ大気。 ただの平地のようではあっても、ここは間違いなく界王神の世界だった。 「さあ、まずは悟飯さんに復活パワーを」 「は」 命令れた通り、キビトが倒れている悟飯の胸に手を当て、治癒させる。 『復活』の名は伊達ではなく、生死の境を彷徨っていた悟飯の命を、あっというまにこの場に引き戻した。 悟飯の目がぼんやりと開く。 横たえた体を起こし、軽く頭を振った。 「……え、あれ、界王神さま……?」 「よかった。さあキビト、次はさんを――」 「はい」 キビトが注意を払いながら、悟飯の側に倒れていたに手を触れる。 が、その動きが止まった。 界王神が怪訝な表情を浮かべる。 「……キビト? 早く」 「………界王神さま、彼女は息をしておりません」 まだ少しぼうっとしていた悟飯だったが、が倒れていて、しかも息をしていないと聞かされ、一気に頭が覚醒した。 背筋がぞっとして、頭の芯が痺れる。 キビトを押しのけるようにして、呼吸を確認する。 ――本当に、息を、していない。 あるべき息吹が感じ取れない。 こんなに近くにいるのに、気の断片すらも感じられない。 「う、嘘だろ……母さんっ! 母さん!!」 信じられない面持ちで、心臓マッサージをする。 キビトが横から復活の力を流し込んだ。 まだ、間に合うかも知れないと。 けれどもキビトの力を流し込んでも、悟飯がいくら心臓を再始動させようとしても、は沈黙したままだ。 「頼む……っ、戻って母さん!!」 キビトが再度、治癒をかける。 反応はない。 ――やめてくれ。冗談じゃない。 悟飯は口唇を噛む。 目の奥がつんとして、視界が歪む。 父親を失くし、今度は母親までも失くすのか。 幼い悟天やから、から、自分から――どうか奪わないで。 どこの誰でもいい。誰か。 「助けて……母さんを……っ」 祈るようにマッサージを繰り返す悟飯。 ――神に祈る? 違う。そうじゃない。 祈るべき人は。願うべき人は。 「お父さん…………!!」 ――母さんを助けて――! 悟飯がぎゅっと目を瞑った瞬間、電気が弾けるような音がした。 衝撃で、悟飯と、治療を試みていたキビトの手が、の身体から離れる。 「なっ……」 驚く悟飯たちの目の前で、の体が地上から1メートルほど浮き上がる。 胎児のように丸くなった彼女の体を、淡い深緑色の球体が包み込む。 外見では、球体の中に、液体が入ってるようにも見えた。 光の陰影で、内部が揺らめいている。 時折、球体の表面に不可思議な文字が浮かんでは消えた。 キビトが目を瞬く。 「……か、界王神さま、これは」 界王神は球体に目を奪われたまま、小さく呟いた。 「悟飯さん、もしかして……彼女はベルウリツ星人ですか」 「は? ええと……ご先祖様が、そうだったみたいだと聞きましたが、それが」 悟飯は浮いた涙を拭いながら答えた。 「そうですか……ならば彼女は大丈夫、きっと助かりますよ。御覧なさい」 見れば、球体の中にいる彼女の傷があっという間に治っていく。 大きな傷も、小さな傷も、気の熱でできた火傷の痕も。 「……い、一体なにが起きてるんですか」 「きっと、ベルウリツ星人のある一定の系譜にだけにあるとされる、死と生の拮抗が起きた場合に自身を癒す力です。己を死の淵から巻き戻す」 「便利な力ですな」 キビトが言うが、界王神は首を振る。 「誰かが、強烈に彼女を想っているんです。これは、起こそうと思って起きるものではない」 球体の中のを見やり、界王神は静かに語る。 「誰かの強い願いに反応し――また、彼女の魂がそれに応えようとしている場合にのみ、起きる現象なのですよ」 頻発できるものではない。 その人生で1度しか発動しないとさえ言われている。 ましてや、『想い』などという不確定な要素が発動のきっかけだけあって、発動も非常に難しい。 「反魂。やり直し。再生。色々言われていたようですが、正確な原理は当人たちにも分からないようでした」 なにしろ、発現回数が数える程しかない。 界王神が知る限り、ベルウリツ星人の中で、これを成し遂げた者は数名程度だった。 彼女――は、稀少な成功例の1人。 星の者が散り散りになった今、こうして目の前で見る事が出来るとは、界王神は思ってもみなかったが。 悟飯は『強烈に彼女を想う者』は、父――悟空だと感じた。 自分も、もちろんも悟天も、仲間のみんなもを心配しているはずだ。 けれど、母の特殊能力を引き出すほどの物凄い感情は、おそらく父にしか出せないだろうと。 「……そろそろ回復しきったようですね。悟飯さん、彼女を出してあげてください」 「僕で大丈夫でしょうか」 恐る恐る、を包む球体に近づく。 電撃でも走ってきそうな気がしたが、近づく程度ではなにもない。 界王神は頷いた。 「本来なら、その『想い』の人が出してあげるのが一番なのですが。大丈夫、敵意がなければ触れられるはずです」 悟飯は意を決し、球体に指先をつけた。 不思議な弾力がある。 思い切って、手を突っ込んだ。 「……あれ?」 水が入っているように見えた球体の中は、けれど全くなんの感触もない。 空気と一緒だ。 「不思議だな……。よっ……」 の手を引くが、彼女は壁に阻まれたように出てこれない。 仕方なく頭から突っ込み、球体の中に体半部を入れた状態で、を抱えて引きずり出す。 出した瞬間、淡い深緑色の球体は、霧状になって消えていった。 「お、っと」 膝の裏に手を入れ、背中を支えてゆっくり地面に下ろしてやる。 背を支えた状態のまま、の様子を確認した。 胸が上下しているし、先ほどまで仮死状態だったとは思えぬほど健やかな顔をしている。 顔色もいい。 「……母さん、聞こえる?」 声をかけると、ほんの少し目蓋が痙攣した。 もう1度声をかけると、今度はゆっくりと瞳が開いた。 「んっ……ぅ………悟空……?」 悟飯は苦笑する。 「僕だよ、悟飯」 「悟飯……よかった、無事だったんだ」 頭がすっきりしたらしいは、彼に向かって微笑みかける。 悟飯からしてみれば、無事でよかった、はこっちのセリフだというところだけれど。 は彼に支えてもらって立ち上がり、界王神とキビトを見て、それ以上に風景を見て驚いた。 「あれ? どこ、ここ。……界王神さまとキビトさん? ……もしかして、私、死んだ?」 「そういえば僕も死んだんですかね」 今更ながら言う悟飯に、界王神はくすりと笑む。 「いいえ、御二方とも死んでいません。ここは界王神界、つまり、わたしの世界です」 キビトが重々しく言う。 「本来、この界王神界は、人間はおろか、神や界王すらこれない聖域なのだぞ」 「キビトさんて、ダーブラにやられましたよね? 生き返れるんですか」 が問うが、 「自分にも分からないが、なぜか生き返った」 本人が物凄く不思議がっているので、答えは返ってこないものと判断した。 もしかしたら、誰かがドラゴンボールを使ったのかも知れないし。 「あの。それよりどうして僕たちをここへ?」 「界王神さま、なぜ人間などをこの聖域に……」 キビトの、人間など、という発言が少々気にかかるが、は界王神の話の方に集中する。 「さんを連れてきたのは、彼女が界王たちと、濃い繋がりがあるからです」 「まさか、界王神さま、それは」 驚くキビトと、訳が分からない悟飯と。 界王神は、を次期界王と目していたのだが、一応言っておくと、そんな重大な責務のものを引き受けたがる彼女ではない。 今はまだ言う必要もないと、界王神はそれ以上の説明をしなかった。 「悟飯さんですが……彼に、ゼットソードを使い、ブウを倒してもらおうと思ったのです。悟飯さんなら、きっとあの剣を使えるはずですから」 「ぜっ、ゼットソード!?」 先ほどから驚きっ放しのキビト。 そして、相変わらず訳の分からない悟飯と。 キビトは物凄い勢いで口を開く。 「お、お気は確かですか! 人間などに、あのゼットソードが使えるわけありますまい。このわたしはおろか、何人もの界王神さまでも、全くどうにもならなかった、あの伝説の剣を……!」 言われても、界王神はがんとして引かなかった。 キビトは悟飯や、悟空たちサイヤ人の強さを見ていないから、分からないのだと言って。 「とにかく、試してみましょう。付いて来てください」 飛び立つ界王神の後に続き、悟飯とが続く。 渋々ながらキビトも同行した。 「母さん、体は本当に大丈夫?」 「うん、へーキだよ。ごめんね、心配かけて」 「仮死状態でしたしね……寿命縮まりましたよ、ほんとに」 笑いあっていられる現状は、もしかしたら奇跡の上に成り立っているのかも知れないと、は思った。 「それにしても、お前たちの格好は、この場所にはふさわしくないな」 確かに、ブウとの闘いであちこちボロボロになっている。 は余り気にしていなかったが、気付けば結構、難儀な格好だ。 キビトが力を使い、2人に新しい服を着せた。 悟飯はキビトとペアルックのような状態だが、の方は、今までの服と大差ない。 「……悟飯、キビトさんとペアルック」 「ぶっ! そ、そんな事言わないでくださいよ!」 とっても苦い顔をされた。 無茶苦茶かましてますがお許し下されー。 2009・3・31 |