子供たち 1



「おっし、じゃあ超サイヤ人になるんだ」
 文句を言わず、超化する悟天とトランクス。
 は、悟空の横でそれを見ていた。
「次は、気を最大限にまで高めるんだ」
 2人は見る間に気を高める。
 多分、悟空を驚かせようとしたのだろうが(顔がそう言ってた、顔がっ)、それは成功しなかった。
 悟空から見れば、子供2人の気はまだまだ弱いのだろう。
「……よし、これで目いっぱいだな」
「へ?」
「あ、ああ」
 驚くと思っていた相手が驚かず、逆に悟天たちの方が驚く。
 ――おばか。
 は呆れて軽く息を吐いた。
 どんなに子供が頑張ったって、大人に――お父さんに敵うはずないのに。
「トランクスの方がほんの少し気がでけえな。ちょっとだけ気を抑えて、悟天と同じにしろ」
 フュージョンという技は、2人の気を全く同じにしなくてはいけないらしい。
 その調節が非常に難しく、悟天は最大値でキープするからまだいいのだが、トランクスは悟天に合わせないといけないため、苦戦していた。
 まだ7歳と8歳の彼ら。
 細かな気の調節は容易ではない。
「こ、これぐらいかな……」
「小さくし過ぎだ。もうちっとだけ上げるんだ」
 は、まだ気の大小が細部まで分かるわけではない。
 そのため、悟空が指示して変えさせている気の調節も、どのぐらいまで変化しているのか分からない。
 トランクスも余りよく分かっていないようで、指示に従って気を大きくしたり、小さくしたりと、微調整を行っている。
「もう少し……ああ、今度は上げすぎだ。ほんのちょっと下げろ。……うん、ストップ、その気の大きさをよく覚えとけ」
「む、難しいな……」
 気の大きさを覚えたところで、超化を解かせる。
 トランクスは悟天に合わせないといけないことに、若干の不満があるようだったが、こればかりは仕方がない。
 と悟天は双子のせいもあってか、気の絶対値が粗方同じだが、トランクスは1歳年上で、気の力が大きいのだから。
「よし、じゃあ次は普通の体の状態で、めいっぱい気を上げるんだ」
 いきなり超化した状態でのフュージョンは難しいから、と悟空は言う。
 その直後、バビディの声が聞こえてきた。
 トランクスの住所がバレたらしい。
 誰が告げ口したか知らないが、カプセルコーポには、トランクスの祖父母がいる。
 家にいる動物を放っておけないと、天界の神殿に来なかったのだ。
 バビディの通信を聞いたブルマが、修行場に駆け込んできた。
「孫くん、まずいわよ!! 今の聞いたでしょ!」
 ブルマは矢次に言葉を発する。
 両親の心配もさることながら、西の都が消されたら、カプセルコーポに置いてあるドラゴンレーダーが失われる。
 特殊部品を使っているレーダーは、そこいらでは作成できず、2度と神龍が呼び出せなくなると。
「そいつは困ったな……」
 悟空はほんの少し考えると、すぐに頷いた。
「よし、トランクス。大急ぎでレーダーを取って来てくれ。魔人ブウとバビディは、オラが一時、食い止めとくからよ」
「だ、大丈夫? おじさん……すぐにやられちゃうんじゃない?」
 はトランクスを睨みつける。
 彼はほんの少し、肩をすくめた。
 2人の様子に苦笑を零し、悟空は額に指を当てる。
「まあ、少しぐらいはでえじょぶさ。それより急げ! 奴ら、西の都に着いちまうぞ」
「お父さん、いってらっしゃい」
 が声をかけると悟空は笑み、直後、瞬間移動でブウたちのところへと跳んだ。

 残ったと悟天、ピッコロにブルマは、とにかく待つことしか出来なかった。
 ブルマは息を吐き、部屋の端に移動して座り込んだ。
 表に出ているという悟天とピッコロの背を見送り、はブルマの横に、ちょこんと座る。
 ブルマが小さく微笑んだ。
「……ふふ、ちゃんは本当ににそっくりね。将来、美人になるわよ。今でも充分可愛いけど」
 は無言で彼女を見つめた。
 たくさんの事がいっぺんに起きて、疲れているみたいだ。
 ブルマは大人だから、自分より色々なことを思い悩むのだろう。
 どうにかしてあげたいけれど、には手段がない。
 こんな時、母親ならどうするだろうか。
 思い返した母の姿。涙が浮きそうになって、慌てて目を擦る。
「悟天くんとあなたを見てると、小さい頃の孫くんとを見てるみたいよ、本当にね」
「お父さん、とっても強いから、ちゃんと帰ってくるよね?」
「ええ、勿論よ。……全く、も馬鹿なんだから。強くなるんだって言って……孫くんも油断してたのかしらね……彼女だけは平気だって」
 馬鹿なんだからと、どちらに向けてか分からない言葉を発する。
 は床を見つめる。
 母は、本当に死んでしまったのだろうか。
「もう一回ドラゴンボール使えば、生き返れる?」
 ブルマは寂しげに微笑み――頷いた。
「……そうね、生き返れるわよ」
 それまで、地球があればの話だが。
 息を吐くブルマに、はぽつりと言う。
「……でも、悲しいの」
 失ったものが、とても大きくて、辛い。
 そこまで言って、はっとした。
 彼女は夫を失っている。
「……ごめんなさい」
 肩を落として謝るに、ブルマは苦笑した。
「こらこら、子供はそんな事、気にしないのよ」
 彼女は優しくて、ますます萎縮するのだった。



 悟空はバビディたちの目の前に瞬間移動し、彼らの動きを止めた。
 快適に飛んでいたブウは、急ブレーキをかける。
 突然目の前に現れた人物を、しげしげと眺めた。
「よう」
 軽く挨拶すると、バビディが目を吊り上げた。
「き、きさまは……。そうか、ベジータに殺されたと思ったら、まだ生きてたのか」
「……オラもベジータも、ちっと魔人を甘く見過ぎてたよ。ここまで凄え奴だなんて、ありえっこねえと思ってた」
 自慢気に胸を張るブウ。
 バビディはにたりと笑い、ある考えを示した。
「お前、あの4匹の居場所を教えに来たんだな」
「まさか。あの中には、オラの子供が2人も入ってんだぞ。ちょっと忠告しに来ただけさ」
 近いうちに、4人は絶対に現れる。
 だからそれまで待て、と。
 余計な破壊や弱いもの虐めはもう止めろと、真っ直ぐな言葉で伝える。
 ブウ達を倒す特訓をして、必ずやってくるからと。
 バビディとブウは、千年特訓しても無駄だとげらげら笑った。
「そんなの、待ってやるもんか。すぐに来なきゃ、地球人を殺し続けるぞ」
 破壊行為自体を楽しんでいる魔導師と魔人には、悟空の言葉を受け入れるような寛容さは全くない。
 当然ともいえる結果で、悟空は口の端を上げた。
「だろうな、そう言うと思ったぜ。じゃあオラも、ちょびっとだけ抵抗させてもらうかな」
 最初は余りやる気のなさそうなブウだったが、バビディに命令されて戦闘態勢に入る。
 腕をぐるぐるまわし、悟空の正面に浮いた。
「なんだおめえ。そんなに強えのに、バビディの言いなりか?」
 ブウの動きが止まる。
 バビディは、
「ブウは家来だから、言う事を聞くのは当たり前だ!」
 唾を飛ばしながら言うが、どうもブウ本人はそう思っていない節がありそうだ。
 彼はくるりと後ろを向き、バビディを見やる。
 無言で見られ続けたバビディは、封印されたいのかと脅しをかけた。
「オレを封じ込めたら、お前、あいつにころされるぞ」
 言ってから悟空を見た。
 細い目が開かれ、いやな雰囲気を伝えてくる。
「でも、あいつころしてやる。よいこみたいで嫌いだもーん」
「ちぇ……しょうがねえな……」
 場を人の目蓋に中継しているバビディは、ほんの少し離れた所で2人を見ている。
 ブウを見ながら、悟空はにやついている魔導師に聞いた。
「……ひとつ聞くぞ」
 果たして、素直に答えてくれるか分からない。
 それでも悟空は、聞かずにいられなかった。

と悟飯を、殺したのか?」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった素振りのバビディ。
 悟空の言葉の意味に思い当たったのか、ニタリと笑む。
 返事をしたのは、ブウの方だったけれど。
「そうか、おまえ、もしかして『ゴクウ』か」
「……だったら、どうした」
 バビディは笑い、ブウは勝ち誇ったように笑み、腰に手を当てて胸を張る。
「オトコはあっさり吹っ飛んじゃったぞ。あのオンナは、オレとチュウするのイヤがった。『ゴクウのもの』だって言って、オレを拒んだ。だから、邪魔した奴と同じように、消しちゃった」

 ――消し、た。
 言葉が突き刺さる。
 やはり、と思う心と、改めて絶望に突き落とされたような衝撃と。
 思考が真っ赤に染まってしまいそうだ。

 ――駄目だ、ここで怒りに呑まれるな。

 必死に自身を抑えこむ。
 それでも体に纏っている気が、荒々しくなる。

「ばらばらになったぞ。消えちゃったぞ」

 楽しげに言うブウ。
 悟空は拳を握り締め、息を吐く。
 怒りを吐き出すみたいに。
 胸に沈み込んだ重石は、そんなもので消えてはくれなかったけれど。
 の声や体温、笑顔を思い出すと、怒りが体中を駆ける。
 怒りを爆発させる寸前で、ふいにの姿が脳裏に浮かんだ。
 ――落ち着いて。今すべきことは何?
 恐らく、彼女がこの場にいたら言うであろうその言葉に、悟空は限界近くで怒りを抑える。
 抑えながらも潜まらない怒りを持って、悟空はブウを睨み据えた。

「……それが本当なら、オラはおめえを、絶対に許さねえ」



 悟空が超サイヤ人3になり、相手の気を引いている間に、トランクスは無事にレーダーを手にしたようだった。
 戦いを切り上げて天界に戻ってきた悟空が最初に見たのは、に抱きついて泣いているだった。
 彼女も、泣いている場合でない事は分かっているだろう。
 けれど、ブウが『ばらばらになって消えた』と言ったものだから、はどうしても我慢ができなくなってしまって。
 抱きしめるの横で、悟天がの頭を撫でて、落ち着かせてやっている。
 それでも、悟天もやはり泣いていたけれど。
 悟空は静かに息を吐き、バビディの気配がなくなった事に気づく。
「……そのうちやりそうな感じだったけど、ホントにやりやがった」
 側にいたピッコロは、命令する人間がいなくなったから、もしかしたらこのまま大人しくなるかも、と希望を打ち出す。
 しかし実際は、ブウの行動は今までよりも酷くなった。
 統制する人物がいないだけ、全てにおいて遊び半分で性質が悪い。
 未だ戻ってきていないトランクス。
 早くフュージョンを覚えさせて、あの暴挙を止めなければ。
「悟空、疲れてるのか。息が辛そうだが」
「いられる時間が、短くなってきたんだ。あと1時間あるかねえか……」
「なっ、なんだと!? もっと時間があるはずだろう!」
 悟空は首を振る。
 本来、超サイヤ人3はあの世でしか使えない技だ。
 時間の制約があるこの世界では、エネルギー消費率が半端ではなく、一気に疲労がたまる。
 デンデのエネルギー復活力でも、の治療でも、それは治らない。
 あの世に戻る事でチャージされるからだ。
「悟空よ」
 つつつ、と大きな水晶玉に乗った占いババがやって来る。
 どこからやって来たのか、神出鬼没だ。
 彼女は現状にとって、非常に厳しい通達をした。
 残された時間は、後30分だと。
「そっ、そんだけしかねえのかよ!」
「そうじゃ。残念じゃがの」
 悟空はため息を吐く。
「早く戻ってこいよ、トランクス……っ」



2009・3・6