かつて悟飯が見ていた悪夢。
 自分の傲慢から、父親を失ってしまったことを悔いて、その悪夢を見続けていた悟飯の恐怖。
 は今、自分はその悪夢を見ているようだと思った。
 恐ろしい敵と対峙して、誰かを失う悪夢。
 ……闘う力のない自分では、対峙したところで、一瞬の足止めにもならないだろうけれど。



誰かが嘆く刻 5



「……ベジータはともかく、今さっきの願いで、も悟飯くんも復活したんじゃないの?」
 瞳に涙を浮かべたままのブルマの言葉に、悟空はハッとする。
 地球のドラゴンボールは、1度死んだ人間は、2度と生き返れない。
 でも、悟飯もも、まだ死んだ事がない。
 悟空は慌ててそれぞれに気を探るけれど――やはり反応はなくて。
 肩を落とすに、クリリンが言う。
「……もしかして、タイミング悪かったんじゃないか。願いを言った後に……その」
「ちょっと、クリリン!」
 18号が鋭い声を上げる。
 クリリンは「悪い」と唇を噛みしめた。
 側に居たデンデが、眉を潜めた。
「……もしそうだとしたら、その時点では亡くなっていないので生き返れません」
 しん、と静まり返る。
 ドラゴンボールは、決して万能ではない。
 瀕死の状態の人間を助けてくれ、という願いならともかく、死んだ者を蘇らせてくれという願いでは、死に瀕している者は素通りだ。
 ピッコロが深々と溜息をつく。
「そもそも、孫が必死で探して、なお察知できない程の微弱な生命反応だ」
 誰もがピッコロを見やる。
 彼は視線を受けながら、重々しく言葉を続けた。
「今生きていたとしても、間違いなく瀕死だろう。気が見つからねば、瞬間移動もできん。……救う手立てがない」
 は思い切り首を振る。
 泣きそうになったからだった。

 バビディの声が聞こえてきたのは、皆が呆然としている頃合いだった。
 ブルマは突然聞こえてきた声に、涙を無理矢理押し止める。
『ボクは、バビディという魔導師だよ。おっと、探したって見つからないよ、僕は魔法で、お前たちの心に話しかけてるんだからさ』
 妙に子供っぽい、けれどどこか厭らしさを感じる声色に、の眉は自然に潜められる。
 の手を握ったまま、その声に耳を傾け続けた。
 平和に暮らしている所悪いね、なんて言うバビディに、だったら今すぐ全てを元に戻せと、内心で悪態をついた。
『実はボク、今日ちょっとある馬鹿たちのせいで、不愉快な目に遭っちゃってね。でね、その馬鹿たちを探してるんだよ』
 目をつぶってみてと言われ、それぞれが瞳を閉じる。
 目を閉じている、その瞼の裏にいきなり現れた者たちに、はあっと驚いた。
 ピッコロと悟天、トランクス――そして、
 これも魔法だろうか。
『見えたかな? こいつらを探してるんだよね……。出て来いよ、当人たちにも分かったはずだ!』
 ご指名されてしまったたちだが、だからといって簡単に出て行くような間抜けは、多分いない。
 それはバビディも分かっているだろう。
 にやにや笑うバビディは自身を映しこみ、両手でピースサインをしつつ、話を続ける。
『紹介しておくよ。ボクがこわ〜〜い魔導師のバビディ様だ!』
 画面が切り替わるように、ピンク色のふくよかな体を持つ、魔人ブウが映しだされる。
 片手を天に突き、ポーズを取っているようだ。
『こいつは、ボクの家来の、もっともっとこわ〜〜い魔人ブウ! 滅茶苦茶強いから、こいつに勝てる奴なんて、絶対いないんだからな』
 好き勝手言っているが、確かにその通りだ。
 はむかむかしながら、それでも瞳を閉じて映像を見続ける。
 またも画面が切り替わり、どこかの町が映し出された。
 どこかは分からないけれど、バビディが善からぬ事を企んでいるのは、間違いない。
 その通り、バビディはたちが出てこないとどうなるか、少しだけ教えてやると言って、にたりと笑う。
『ボクはあまり、グチャグチャってのは好きじゃないからね、スマートに町の皆を殺して見せまーす』
 なにが、まーす、だ。
 冗談ごとではない。
 魔人ブウは、住む人々を一気に浮き上がらせると――頭の触覚から、ダーブラをクッキーにした時のようなビームを出し、全員を飴玉に変えた。

「な、なんなのコイツ!」
 ビーデルが横で叫ぶ。
 は、の手をぎゅっと握り返してきた。
 怖いのかも知れない。
 悲惨にも飴玉になった住民たちは、ブウの口の中に次々と吸い込まれ――噛み砕かれ、飲み込まれた。
 ――違う。お母さんは、こんな風になんて、なってない!
 嫌な考えを振り払うように、は頭を大きく振る。
 バビディの明るい声が、やたらと腹立たしかった。
『この星の人間、ぜーんぶこうしちゃうよ。おっと魔人ブウ、住んでる人間がいない都市なんて無意味だよねー。だから、お掃除しといてあげなよ』
『オッケーオッケー』
 物凄く軽いノリで手を振り、ブウは大きく息を吸い込みだす。
 どんどん、その腹が膨れてくる。
 ある一定のところまで吸い込むと、彼は思いっきり息を噴き出した。
 単なる息なのに、その衝撃で地面が削れ、なにかが爆発したみたいに、辺り一面で粉塵が舞い上がる。
 土煙が治まって見えてきたのは、見るも無残な姿になった都市の姿で。
 気分が悪化する。
『それじゃ、もう一度言うよ』
 次々とターゲット……つまり、と悟天、トランクスにピッコロの姿を、瞼の裏に映し出す。
『こいつらが今どこにいるか教えるんだよ。お菓子にされて、食べられたくなかったらね。ああそうそう、この女の子は、ボクのお嫁さんにしてあげてもいいかなって思ってるんだ。早く出てきた方がいいよ、怒らせないうちにね』
 バビディは、情報の教え方を伝える。
 頭の中で、自分の事を呼び出せば、すぐ話ができると。
 その時すぐさまに情報が入った。
 教えようという気のある人を責めるつもりは、にはなかったけれど、少なくともはそう思っていないようで、気がほんの少しだけ荒くなっていた。
 天下一武道会で係員をしていた人からで、大会名簿を見て名前を教えている。
 だが、名前だけでは意味がないと、あっという間に――遠隔魔術なのか――係員の頭部が吹き飛んだ。
 つまらない情報をよこしたら、ああなるという見せしめのようなものか。
 バビディは楽しそうにブウの背中に乗ると、これからあちこちの場所へ行って、人を消すと宣言した。
 5日後には地球中を、全部空きなくバラバラにするつもりだから、なんて言って、通信が途切れた。
 は、怒りで浮かんできた汗を拭う。
 腹が立って仕方がない。
「……お父さん」
 悟空に声をかけると、彼は駄目だと言うように首を振る。
「おめえが出て行って、どうにかなるもんじゃねえ。……悟天とトランクスのためにもここに残ってろ。いいな?」
「…………うん」
 俯く
 ピッコロが、自分が出て行くと言うけれど、それも悟空によって一蹴された。
 彼が死んだら、悟空の代わりにトランクスと悟天にフュージョンを教え込む役がいなくなる。
 フュージョンできなければ、ブウは倒せない。
 だから堪えろと。
「どっちにしたってあいつらは地球を滅ぼす。絶対だ。オラたちは、今できることをやるしかねえんだよ」
「……ウム」


「……んぅ……あれっ、!?」
 目覚めたトランクスは、傍にあったの顔に驚いて、その場から飛び退った。
 は、彼がしっかり起き上がったのを確認し、次に悟天を起こす。
 いつも寝坊する悟天だが、今はゆっくり寝かせている暇なんてない。
 むりやり叩き起こす。
「悟天お兄ちゃん! 起きてッ!」
「うわっ! な、なんだよ〜〜」
 びっくりした、と息を吐く悟天。
 起き上がった2人を連れて、は悟空とピッコロの待つ修行場へと移動した。

 そこで事態を聞かされる。
 トランクスと悟天は大泣きした。
 が声をかけるより前に、悟空の怒号が響く。
 真横にいたせいでもあり、父親に初めて怒られたような気にもなって、は小さく飛び上がった。
「泣くなっ! そんな暇はねえぞ、悔しかったら新しい技を早く覚えて、仇を討て! 分かったな!」
 焦り交じりの怒った声に、2人は泣き止む。
 拳で涙を拭いて、悟空を見た。
 ピッコロが悟空に問う。
「精神と時の部屋を使うか?」
 その部屋は、以前母から聞いた事があった。
 生涯で2日間しか入れい場所だと。
 悟空は、これから先いつ使うか分からないから、使用しないと言った。
「……いいか、フュージョンは上手く成功して合体できても、30分程度で解けちまう。30分過ぎたら元の状態に戻って、それから暫くは合体できねえんだ」
 せめて1時間ぐらいじゃないと、意味ないんじゃないかと悟空に問うと、彼はに笑みかけた。
「この2人なら、上手くフュージョンできれば30分で倒せると思う。それぐらい強烈な技なんだ」
「……ふぅん」
「よし、じゃまず2人とも超サイヤ人になるんだ」
 ――けれど、悟天とトランクスは黙して動かない。
「なんだ?」
「……おじさん、パパや悟飯さんやさんが殺された時、なにしてたの」
 言いたい事が分かったのか、悟空は静かに告げる。
 気絶していた、と。
 不審な瞳で悟空を見やる少年2人。
「気を失ってたの、そんな時に。弱虫なんじゃないの、おじさん」
 がぴくりと動く。
 悪いことに、そこに悟天も加わった。
「そんな人に技を教えてもらったって、強くなれっこないよ」
 きょとんとする悟空。
 怒ったのは、ピッコロの方で。
「てめえら……悟空はな……」
「いいんだピッコロ。弱虫ってのはホントだ。魔人ブウには、ちょっと勝てそうもねえ」
 相変わらず信用のない瞳で悟空を見続ける少年2人。
 の怒りが、ふつふつと煮えたぎる。
 あまりに自分の双子の兄が――血の繋がった片割れが――馬鹿をしているから、余計に腹が立った。
 悟空は変わらず普段の調子で、彼らに言う。
「ただ、弱くったってフュージョンっていう技は教えられる。おめえ達が本気で仇を討ちてえなら、この方法しかねえんだがな」
「……でもさあ」
 それでもまだ口唇を尖らせ、動こうともしない悟天とトランクスに、の方の我慢がきれた。

 だって、は知っている。
 悟空がを失って、悟飯を失って、どんなにか悲しんでいるかを。
 何があったのかも知らないで、気絶したから弱虫だなんて、その無神経なひと言が許せなくて。
 身体全部を怒りが舐めて、指先がジリジリする。

 異変に気付いたのは、悟天が先だった。
……うわっ!」
 立ち昇る金色の力が、悟天の横を過ぎる。
 髪の毛が数本、はらりと落ちた。
「ちょ、……」
 トランクスも慌てる。
 この状態のがまずいと、今までの付き合いで知っているからだ。
 まだ超化だけだからいいが、ここに異能力が混じると手に負えない。
 そのことは2人ともよく知っている。
 彼女が本気で怒っていると知れた。
 大きな瞳に宿る、明らかな怒り。
 床に、小さな亀裂が走った。
「……トランクスくん、やる気がないなら、わたしが代わる。悟天、修行するよ」
 怒っている時は、兄を呼び捨てにする
 悟天は面食らい、トランクスが眉を潜める。
「な、なに言ってるんだよ。じゃ――」
「気絶してたことが弱虫だっていうなら、わたしたち全員が弱虫だよ! あそこにいたのに、なにもできなかったのは、わたしたちの方なんだから!!」
 大人びた物言いで放たれた言葉は、彼女の本心で。
 涙が溢れて出てくる。
 悔しくてたまらない。
 睨み付けたままでいると、ふいに頭を撫でられる。
 上を向けば、悟空が優しく頭を撫でてくれていた。
 徐々に落ち着き、金色の光が治まる。
、ありがとな」
 言われ、静かに頷いた。

『また出たよ、地球人の諸君。魔術師バビディ様と、魔人ブウだ!』
 割って入って来た声に、はっとしては瞳を閉じる。
 見ない方がいいというピっコロの制止を無視して、は目を閉じ続けた。
 悟天もトランクスも同じように目を閉じ――驚く。
「うわっ、ブウたちが見える!」
 悟天が驚いた。
 の瞼の裏に、大きな町とバビディ、ブウが映っている。
『マジュニア、トランクス、悟天とって4匹が、すぐに来ないと、この町が消えちゃうよ』
 連絡がないねーと呟き、バビディはブウに命じる。
 住民をチョコレートにして、食べろと。
 命令どおりブウが住民をチョコに変え、すっかり食べてしまう。
 次いで手から圧縮した気を発し、町を消し炭に変えた。
 残ったのは陥没した大地。
『どうやら、魔人ブウは今のでお腹一杯になっちゃったらしいから、次の町はいきなり粉々にさせてもらうからね』

「バビディ、魔人ブウッ! トランクスだ!」
「悟天だっ!」
ですっ!」

 我慢しきれなくなった子供3人は、バビディに怒りのこもった声を発する。
「今はまだ無理だけど、近いうちに、絶対、てめえらを倒してやる!!」
 トランクスの声。
 聞こえてはいるが、バビディには場所は分からないらしい。
『おいっ、どこだ、どこにいる!』
 ピッコロに居場所がばれるから、声をかけるなと言われ、素直にきいた。
 悟空は息を吐き、少年2人に聞いた。
「……修行するな? フュージョンを」
 今度は文句を言わず、2人は頷く。
 はほっとして、やっと肩の力を抜いた。




娘っ子はがんばる大人たちが大好きです。
2009・2・3