誰かが嘆く刻 2



 は両親に言われた通り、ゆっくりではあるが、武道界場の仲間のところへ戻るつもりだった。
 実際戻っていて、その途中、悟天とトランクスに合い、結局2人にくっついて行動しだしたが。


 あちこちで闘っている場所が変わるし、大きな気の場所が増えたりして、なかなか目的地の定まらなかった3人だが、結局最後はバビディの船の位置に戻った。
 急いで飛ぶために超化していたものの、バビディたちに気配を悟られると不味いため、超化を解く。
 岩陰に隠れて様子を見守った。
「あれ? 知らない奴ばっかりじゃないか」
 トランクスの言葉に、は遠くにいる者たちを見やる。
 そういえばトランクスも悟天も、ビーデルから大よその話を聞いているのみだったと思い出す。
「あのね、あそこの倒れてる人……武道会にいた人が、界王神さまっていうの」
 悟天がきょとんとする。
「界王さまは、お母さんのお父さんだよね。界王さまより偉いのかな」
「神さまだし、えらいのかなあ?」
「それより、魔人ってのはどれなんだ?」
 が、多分、と示す。
「ダーブラっていうのが、ヨロヨロしてる人だし、バビディってのがちっちゃいのだし」
 必然的に残るのは、ピンク色のぷくぷくした、あれだ。
 悟天とトランクスは、魔人ブウらしき物を見て、ちょっと肩を落とした。
「あんまりカッコよくないな」
「でも、強いんだよきっと。魔人だし」
 悟天が言い、が頷く。
 から見て、界王神はそんなに強いと思えなかったけれど、それでもあんな風に倒れ込んでしまうのだから、魔人はやっぱり魔人だろうと思う。
 絵本のように、何か簡単に封印できるようなものがあればいいのに。
 たとえば、魔法のランプとか。
 真剣にそんな事を考えていると、悟天が何かに気付いた。
 界王神たちの方を注視しながら、けれど悟天に手を引っ張られつつ、ついていく。
 トランクスが岩の上の方に飛ぶ。
 は悟天と一緒に下の方。
「なあ、これってピッコロさんの人形だぜ」
 上側からトランクスの声が聞こえてきて、ははっとなった。
「あっ、触っちゃだめだよ!?」
「え、なんでだよ――うわっ!」

 何か、重たいものが倒れて、鈍い音が。

 うわあ、やった!!
 は見てもいないのに顔を覆う。
 石のクリリンに触ろうとしていた悟天を引っ張り、は「触っちゃだめ!」と念を押す。
 ああ、どうしよう。
 ピッコロさんが、壊れちゃった。
 泣きたい気分になりながら、はこっそりバビディたちの方を見る。
 音で気付かれるかと思ったが、気付いた様子はない。
 あっちは、それどころじゃないのかも。

 魔人ブウに殴りかかろうとしていたダーブラだったが、ブウの頭にある、触覚のような所からビームが出て。
 それに当たった魔界の王は。
「ご、悟天お兄ちゃん、ダーブラがクッキーになったよ!」
「げげっ、しかも食べたぞ!」
 驚く双子に、引き攣るトランクス。
 魔人だから、なんでもありみたいだ。
 わざわざ人をクッキーにしなくても、いっぱい美味しいクッキーがあるのに、とは頭の隅で思う。
 明らかに自分の頬以上の容量を口に含み、バリバリと食べるブウ。
 呆然としている3人の後ろに、急に気が現れた。
 ぱっと振り向くと、
「あっ、クリリンさん!」
 悟天の言うとおり、クリリンがそこに立っていた。
 彼は驚いていて、どうして子供3人がここに揃っているのかが、分からないようだった。
「ど、どうしてお前らここへ……」
「さっきまで石だったのに」
 疑問符を浮かべるトランクスに、が説明する。
 ダーブラというのがブウに食べられて死んじゃったから、元に戻ったんだよと。
 すると彼は目を丸くした。
 ゆっくりと浮かび上がり、問題の――ピッコロの像があるところへ飛ぶ。
「……ど、どうしたんだよ」
 重要な事があるみたいな動きのトランクスに、クリリンが首を傾げる。
「ト、トランクスくん、ピッコロさんの人形、壊しちゃったんだ……」
「いっ!!」
「触っちゃ駄目って言ったけど、遅かったの」
 申し訳なさそうに言う
 トランクスは上の方で、微妙に情けない声を上げる。
 側に戻ってきた彼は、目を真ん丸くして地面に視線を合わせた。
「み、見ない方がいい……頼むから、皆には内緒な……」
「そ!」
 そんなの駄目だよ!
 叫ぼうとしたより先に、
「なにが内緒だ」
 ピッコロ当人の声が降って来た。
 立ち上がっていた彼は、ブウの気を悟って地に伏せる。
「な、なんだ、この恐ろしい気は……あいつか! 魔人ブウなのか!」
 魔人も重要だが、ピッコロがどうして戻ったのかも重要項目なトランクスが、彼に聞く。
 どうやって元に戻ったのかと。
 も気になっていたので、傍で聞いていたのだが、彼曰く、
「オレは頭さえ無傷なら、再生できるんだ」
 だそうで。
 クリリンさんの石像を壊さなくてよかったと、3人の子供はホッと息を吐いた。

「それより聞かせろ。一体、なにがどうなった。悟空たちはどこだ」
 ピッコロの問いに、分からないと答える悟天、トランクス。
 が、自分の知る限りの事を教えた。
 2人がダーブラの唾で石像にされてから、や悟空、悟飯もベジータも、界王神も、バビディの宇宙船の中に入って行った事。
 自分はそれから暫くして、武道会場に戻ろうと飛んだため、その後は知らない事も。
「たぶん、あのピンクいのが魔人ブウなの」
 示すと、クリリンはそれとはっきり分かるほどに体を強張らせた。
「じょ、冗談じゃないぜ……このおっそろしい気は、あ、あいつのだろう」
「ちょっと待て、あの倒れてるのは界王神さまか!」
 倒れて動けない界王神を見て、ピッコロが立ち上がりかかる。
 クリリンがそれを抑えた。
 絶対に敵うはずがないと。
「あいつ、槍で刺されたってへっちゃらみたいだし、あいてをお菓子にして食べちゃうんだよ」
 悟天が口唇を尖らせて言う。
 ピッコロは奥歯を噛み締め、拳を握った。
 悔しいだろうが、この場にいる誰もが勝てないのだと、それぞれ理解しているのかも知れない。
 もっとも、子供たちはそう感じていないかも知れないが。

 魔人ブウの触覚が、界王神に向く。
 ああ、お菓子にされてしまうんだ。
 がギュッと口唇を引き結ぶと同時に――ブウの正面、少し離れた箇所が爆発した。
 宇宙船があったところだ。
 でっかい気を浴びて爆発したみたいだと、は思った。
 実際その通りで、そこから出てきた男性は、情け容赦なくバビディの宇宙船を吹っ飛ばしたのだった。
 金色のオーラに包まれたその人に、トランクスが声を上げる。
「パパだ!」
 
 遠すぎて、なにを話しているのか聞こえない。
 それでもピッコロにだけは聞こえているみたいで、なにかを聞いて、体が震えていた。
「……ピッコロさん?」
 ピッコロはと悟天を見つめ――視線を外す。
 訳の分からないは、どうしたのかと聞こうとした。
「うわっ、魔人ブウがなんか噴き出したぞ! 蒸気か!?」
 強烈なまでに膨れ上がったブウの気に、は質問を止めて岩に伏せる。
 悟天の横で、不安がいっぱいになっている胸をぎゅっと押さえた。

 闘い出したベジータは、物凄く強かった。
 超サイヤ人を超えたサイヤ人で、魔人ブウをボコボコにしている。
 だけれども、殴られても蹴られても、ブウはすぐ元も戻ってしまって。
 圧縮した気でブウを貫いても、やはり同じように戻る。
 腹に大穴が開いたのに、なんの苦でもないみたいに。
、だいじょうぶ?」
 心配する悟天に、は頷く。
 大丈夫だと。
 別に、ブウが怖くて不安な顔になっている訳ではなかった。
 そういうのではなくて――誰かが遠くへ行ってしまうような、そんな不安感。
「……お母さん、どこ……?」
 口をついて出たのは、母の事だった。
 そう、先ほどからの不安はこれだった。
 母の気配が、感じられない。
 分からないけれど、ひどく不安で。
 悟天がもう一度、に声をかけようとした時だった。
 ――地面が、大きく揺れている。
 ブウを見ると、彼の体を中心に、大きな気が集まっていて。
「にっ、逃げろーーーー!」
 ピッコロが叫ぶが、逃げる間などなかった。
 気の力で、思い切り吹き飛ばされる。
 は地面すれすれのところで舞空術を使い、衝突から免れた。
 悟天もトランクスもすぐ近くにおり、クリリンとピッコロも無事のようだ。
 先ほどまで自分たちがいた辺りを見ると、大きなへこみが出来ている。
 ベジータはボロボロで、気が減っているのが分かった。
「パパはっ、パパはあんなのに負けたりしないよね!」
 トランクスが急いてピッコロに聞くが、彼は答えない。
 無責任に、『勝てる』と言えないのだ。
 ――または、そんな嘘をつけないか。

 ブウは、何を思ったのか自分の腹の肉を思い切り掴むと、それを引きちぎった。
 でろーんと伸びたそれを、不意をついてベジータに巻きつかせる。
「トランクスくんのお父さんが!」
 が立ち上がる。
 飛び出そうとした彼女を、クリリンが止めた。
 ベジータはブウの肉に巻きつかれ、動きが取れない。
 動けない相手に、ブウは容赦なく攻撃を加える。
 蹴り飛ばし、上に乗り、馬乗りの状態で顔面を殴りつける。
「ご、悟空やや悟飯は、一体どうしちまったんだよ! も、もう死んじまったのか!?」
 クリリンの言葉に、が目を見開き、立ち上がる
「死んでなんてない! お母さんもお父さんも、悟飯兄ちゃんだって!」
「……ちゃん」
 一方的にやられているベジータに、トランクスも我慢がきれる。
 ピッコロの制止を振り切り、父の元へ飛んだ。
「わたしも行くっ!」
「ボクも!」
 と悟天もトランクスに続く。
 何かを通り過ぎたが――バビディだったのだが――それを認識する事はないほど、急いでベジータの所へ向かう。
 トランクスがブウを蹴り飛ばした。
 岩山を幾つも突き抜けていくブウを気に止める事なく、と悟天がベジータを巻いている肉を剥ぎ取った。
 苦し気に息をする彼に、は手を触れて治療を施す。
 と違って、補助系の力が弱い
 まともに他人に使った事もあまりなくて、それでも出来る限りの治療をする。
 手の平から、弱い燐光が溢れる。
 ベジータの傷が、徐々にではあるが消えていく。
「あっ、ピッコロさんが」
 悟天が、遠くでバビディを排除したピッコロを見やった。
、パパは全部治るか?」
 緑色の光が、すぅ、と消える。
 触れていた手を離した。
「……ごめんね。わたしはお母さんみたいに、治すの得意じゃないの……」
 ベジータが起き上がる。
「もう充分だ」
 言うと、ピッコロを見ながら、彼は呟いた。
「……トランクス。ブルマを……ママを大切にしろよ」
「ど、どういう事、パパ。……ママを大切にしろって、一体」
 戸惑うトランクス。
 悟天とは顔を見合わせた。
 子供たちを見る事なく、ベジータは言葉を続ける。
「お前たちは、遠くへ避難しろ。魔人ブウとは、オレ独りで戦う……」
「いっ、嫌だ! オレ達も闘う! パパひとりじゃ殺されちゃうよ!!」
 息子の言葉をベジータは切り捨てる。
 何人でかかっても、普通の闘い方をしていては、絶対に敵わないと。
 自分たちは強いから、一緒に闘えば大丈夫だと主張するトランクスを見て、ベジータは薄く笑んだ。
「トランクス、お前が子供の頃から、一度も抱いてやった事がなかったな」
「パパ?」
「……抱かせてくれ」
 ベジータはトランクスを引き寄せ、片手で抱きしめた。
 悟天とは、それをじっと見ている。
「……元気でな、トランクス」
「――え?」
 瞬間、ベジータの手刀がトランクスの首に入る。
 次いで驚く悟天の腹に、気絶する程度の拳が入った。
 ベジータはを見つめる。
 彼はに攻撃しなかった。
 しても、母親譲りの防御壁で防がれると分かっていたのか、それとも、男2人のように無茶しないと思ったからかは分からないが。
「……ベジータおじさん」
「お前は分かるな。居残るべきか、そうでないか」
 は無言でベジータを見上げ、そうしてからブウがのっそり歩いてい来るのに気付き、彼を見る。
 が内心では怒り狂い、燃えるような力を瞳に灯してるのに気付いているのは、ベジータだけだったけれど。
 口唇を結び、頷く。
 ピッコロが彼らの側に来て、悟天とトランクスを抱えた。
「……ピッコロ、子供たちを頼む。できるだけ遠くへ離れてくれ。……急いでな」
「……貴様、死ぬ気だな」
 彼の言葉に、ベジータは答えない。
 代わりに、質問をぶつけた。
 自分が死ねば、あの世で悟空に会えるかと。
 けれどピッコロは首を振る。
 罪もない人を相手に、殺戮を繰り返したため、肉体消滅後は無になり、魂も悟空とは違う世界に運ばれると。
 ベジータは、淡々と
「そうか。もういい……行ってくれ」
 呟いた。
 はベジータの手を握る。
 彼は視線を、小さな少女の、燃える瞳に向けた。
「……あえるよ。天国じゃないかもしれないけど、あえる」
 言うと、そっと手を離した。
 慰めではなくて、本当に、心から、はそう思った。
 こんな風に自分たちを助けてくれる人が、心からの願いも叶えられないなんて事、ないんだと。
 あまりに真っ直ぐな瞳に、ベジータが口の端を上げた。
「行くぞ」
 ピッコロに急かされ、は彼の後について飛ぶ。


 クリリンとピッコロ、がその場を飛び去り、暫くして。
 背後で大爆発が起きた。

 ベジータの気が消えたのを知って、は泣いた。
 口唇を引き締め、嗚咽も零さない、非常に子供らしくない泣き方で。



2008・12・27