出てきた魔人ブウは、ある意味、非常にコミカルであるけれど。 外見と中身が同居しなさすぎだ。 誰かが嘆く刻 1 ダーブラ曰く、『ただの馬鹿』である魔人ブウだったが、界王神の怖がり方は半端ではない。 今のところ、悟飯の全力であれば倒せそうな気配はあるものの、気の質のようなものが、普通ではなく感じられて。 「……魔人っていうから、もっと大きいのかと思いましたが」 悟飯が言う。 確かにブウは、体型からすると魔人ぽくはない。 だけれども、は知っている。 外見で判断すると、とんでもない事になると。 フリーザの最終形態の時のように。 「お、おい魔人ブウ! ボクはお前を作ったビビディの子供で、バビディっていうんだ」 バビディは興奮と陶酔の混じったような浮かれた声で、ブウに近づきながら話しかける。 ダーブラもその後ろについて歩いている。 「封じられていたお前を、すっごい久しぶりに復活させてやったんだぞ。今日からボクが主人だ!」 ブウは従順にするのかと思いきや、ふふんと鼻を鳴らして横を向いた。 それを見たバビディは大声を上げる。 「おいっ、おいったら! お前のご主人様なんだぞ、魔人ブウ!」 ブウがバビディを 「わっ」 大声で脅かした。 びっくりして目を剥く彼に、ブウはカカカカと笑う。 単純に見ているだけならば、面白いと感じるだろうが、何しろブウの発する気は尋常ではない。 笑える状況下にないことは確かだ。 ブウはダーブラの前に立つと、軽く構えた。 「なんだ、このダーブラ様とやろうってのか。身の程知らずが……だから馬鹿だと言うのだ」 どうにも制御し切れていない感のあるブウに、悟飯が呟く。 「魔人ブウは、完全な復活じゃなくて、なにか失敗したんじゃないですか……?」 確かにあの状態を見れば、そう思う。 けれど界王神は奥歯を噛み締めた。 「……失敗なもんですか、あれこそが魔人ブウですよ」 直後、水が沸騰しきったヤカンの蒸気音みたいな、ピーという激しい音が鳴り、ブウの頭や腕にある穴の部分から、水蒸気のようなものが噴き上がる。 気が爆発的に上がった。 達が驚くと同時に、ブウの目潰しがダーブラに入る。 不意を突かれたダーブラに、ブウは――当人にしてみれば、多分軽く――蹴りを撃ち込んだ。 ダーブラは地面をバウンドし、地表を削りながら、それでも速度を落とさぬままに、遠くにあった岩に突っ込んだ。 崩れきった岩の上に、うつ伏せに倒れているダーブラを背中に、ブウはパチパチと手を叩いて自賛する。 バビディはダーブラの事など意に介さず、ブウを賞賛した。 悟飯はブウの強烈な気に中てられ、体を震わせている。 「じょ、冗談じゃない……なんなんだ、あいつの気は……」 思わず、現実逃避したくなる。 馬鹿馬鹿しいほどの気。 寒くもないのに、凍えるほどの寒さを感じている気がして、は手で体を擦った。 「さあ、魔人ブウよ、ボクの言う事を聞け、いいな!」 「べーっ」 思い切り舌を出して馬鹿にするブウに、バビディはむっとなる。 「さ、逆らってもいいのか。ボクはお前を封印する方法を知ってるんだぞ。またあの中に入りたいのか?」 封印という言葉を聞いたブウは、今までとは一変し、急にバビディにへこへこしだした。 悟飯は界王神に問う。 「魔人ブウは……まだ子供みたいなもんじゃありませんか」 ああ、なるほど。 「バビディを倒しちゃえば、無茶しないかもって?」 の言葉に頷く悟飯だが、しかし界王神はそれをすぐさま却下する。 封印を施せるのは、バビディだけ。 そうなれば、封じた所を叩くという方法が取れなくなる。 魔人ブウはああ見えても、本当に恐ろしい怪物で、だからバビディもそのうち、絶対に手に負えなくなり、封じる時がくる――その時を待つしかないと、彼は言う。 「……こ、こんな事なら、別の方法もあったのに……」 「別の方法?」 いわゆる、プランBがあったのか。 が、今からでもそれを実行すれば、と進言するけれど、彼は首を振る。 「いえ、もう遅い。……わたしたちは、魔人ブウからもう逃げられませんよ。誰も生きてはいられないでしょう」 「なにを言っているんですか! 逃げる事ぐらいは――」 悟飯が慌てたように叫ぶ。 瞬間、の背中に、ピリ、となにかが走った。 ブウの視線が、こちらに向いている。 「さあ魔人ブウ! 最初の命令だ、あいつらを殺すんだよ!!」 「悟飯!!」 が悟飯に声をかけ、彼は驚いている界王神の腕を引っ張り、その場から全速力で逃げ出す。 その後を飛びながら、はブウの気配が凄まじい勢いで自分たちの前に出てくるのを理解した。 「なっ……!」 悟飯が停止する。 桃色の魔人は、にたりと笑って悟飯を殴り飛ばした。 防御する間もなく、下にある岩に吹っ飛ぶ。 ブウはケタケタ笑うと、の腕をわしっと掴み、悟飯と同じように下へ投げ飛ばす。 背中に痛みが走った。岩に衝突したのだと知る。 動けない程ではない。 口の中にある血の味をしたものを吐き出し、咳き込んだ。 「げほっ……久々に効く……」 自身を奮い起こし、石をどけて立ち上がる。 少し離れた所で、ブウは界王神を痛めつけていた。 バビディが止めを刺そうとした、その脇あいから、悟飯がブウの右頬に渾身の蹴りを入れる。 勢いで体が横に流れたブウだったが、軽く側転して何事もなく立ち上がった。 抉れていた頬は、ぷにょん、と軽く戻る。 悟飯の渾身の蹴りも、全く全然これっぽっちも効いていない。 は界王神の状態を見、近くの尖った岩でほんの少し、左の人差し指を傷つける。 薄っすらと出てきた赤いそれを力に変え、治療の力として界王神に飛ばす。 セル戦の時に、悟飯に使った手法だ。 当時は完全に規格外だった手。 自身に手荒いのは間違いないが、今は、ほんの少しならば許容範囲になっている。 接触治癒より、俄然威力は弱まるが仕方がない。 それが界王神に接触するのを見守ることなく、は魔人ブウに突っ込んだ。 「やーーーっ!」 殴りかかると同時に、力を乗せた気を放つ。 悟飯も一緒に攻撃を仕掛けるが、ブウは2人を蹴り飛ばした。 は地面すれすれを飛ばされる。 地に指をつけ、ガッと引っかいて速度を殺す。 ほぼ腹ばいの状態から地面を蹴り、ブウに向かう。 界王神は倒れ込んだままで、2人と一緒に攻撃はできない。 殴っているのに、の手に伝わってくるのは、ほぼ、妙に柔らかい感触で。 正面を突いた拳を掴まれ、ぽんと飛ばされる。 空中で停止したの下で、ブウがにたりと笑った。 「くそっ……母さん!」 悟飯がブウの腹に一撃を加えようとした。 が―― 「ジャマだよ、消えちゃえ」 ブウが正面にいる悟飯に向かって、気を押し出す。 高濃度の気の球は、悟飯を押して遠方へ凄い勢いで飛んで行く。 「悟飯!」 あのままいけば、悟飯は間違いなく気に押しつぶされて――消滅する。 は――は気付かなかったが、界王神も――気を飛ばし、途中でブウの攻撃波を爆発させた。 あの方が、まだダメージが薄いはずだ。 けれど――けれど、悟飯の気は、消えてしまう。 知覚できなくなってしまった。 「ご……はん……」 ざわり、感情が逆打つ。 彼が死んでしまった訳ではないと感覚の中だけで知りつつも、それでも目の前で行われたことに、怒りが込み上げてくる。 恐怖の一切が払拭されるほどに。 は魔人ブウの前に立つと、歯を噛み締める。 実力差がなんだっていうの。 こいつは、悟飯を痛めつけたんだ。 私の、大事な息子を。 「……んの……やろ……っ!!」 腰を落とし、荒ぶる気を正面からぶつける。 軽く払いのけたブウの腕を掴み、高く跳躍して上から下へと、彼の体を振り下ろす。 ズガンと音がして地面が大きく抉れた。 ブウは軽く首を振り、ぷぅと息を吐くと埃を払う。 今までの経過も手伝って頭にきているは、ブウの様子を見るでもなく、自分の力のリミッターを外した状態で、思い切り気を練り上げる。 胸の前で両手を合わせ、開いていきながら、丸い球体状のエネルギー波を作る。 青い力に雷の走っているそれを、ブウに向かって思い切り振り下ろした。 一直線に向かうその力は、凄まじい勢いで彼に着弾した瞬間、思い切り爆発した。 「ひ、ひぃっ!」 バビディが、爆風と辺りに飛び散る雷の余波のようなもので、吹っ飛ばされて転がる。 ――こんなもので、消えてくれるなら、魔人なんて名前じゃないだろう。 異能力の制御装置を外したは、既にその反動を軽く受け始めていた。 汗を拭おうとした手の甲に、薄い傷が入っている。 異能力の源に触れて力を取り出す方法は、普通よりも断然強い力が出るけれど、危険度が高く、あまり酷い使い方をすると、使う度に自分の体が傷を受ける。 だが、毎度の事ながら、切迫した状況で自身の体を労われるわけがない。 なにしろ今この場で闘えるのは、だけだ。 土煙が治まり、魔人ブウの姿が見えるようになる。 気の減りが殆どないから、分かってはいたのだけれど。 「……私じゃあ、全然敵わないよ、これ」 誰にともなく呟く。 の一撃で、ブウの体には小さい穴が開いていたのだが、ほっと力を入れただけで、穴は綺麗さっぱりなくなり、元の状態に戻った。 なんの冗談だ。 性質の悪いブラックジョークであれば、凄く嬉しい。 ビーデルではないけれど、も相当負けず嫌いだ。 けれど、これは『試合』ではなく『死合』だし、いつまでも元気でいられる程、闘いが好きなわけでもない。 「……もっと強い力があれば」 切羽詰ると、もっと、と考えてしまうけれど。 いつだって自分は、自分でしかない。 ブウは大きく息を吸うと頬を膨らませ――上にいるに思い切り吹きかける。 「うわっ!」 息だけなのに物凄い衝撃があり、は吹き飛ばされた。 直後を追ってきたブウは、一撃を見舞う。 防御したが、腕が弾かれ、開いた隙間から腹部に向かって拳が入る。 内蔵から揺さぶられているような気がした。 余りの痛みにか、息が止まる。 更に殴りかかろうとしてきたブウの追撃を逃れようと、体の周りに防御壁を張り巡らせる。 彼の拳が弾かれた。 燃えるような瞳で、ブウを睨みつけている。 彼女を守護する力に、彼は興味を持ったようで。 「……おまえが、だしたのか?」 答えず、内部から壁を弾く。 鋭い形をしたエネルギー壁が、ブウを貫く。 通り抜けた傍からすぐに傷は治ってしまって、全く意味がない。 彼はニヤリと笑った。 「ふふん、もう一回だしてみろ」 「……なんなの」 「いいから、出してみろ。じゃないとすぐ殺しちゃうぞ」 舌打ちし、は防御壁を張る。 なにをする気なのか分からずにいる。 ブウは、カカカと笑い――の張った壁の中に、手を差し入れた。 常態であれば、入ってこれるはずがない。 弾かれるか、または無理矢理に入ってこようとしたとして、壁を形成する異能力の力によって、腕がなくなろうというものなのに。 唖然とするとは対照的に、ブウは楽しげだ。 「う〜ん、ちょっと痺れる……」 彼が手を振ると、壁が一気に弾けて消えた。 中にいたの方が、傷を受ける。 「っく……」 至近距離から力一杯攻撃するも、ブウは手を掴んでそれを止めた。 「おまえ、オレとチュウしたら、殺さないでいてやってもいいぞ。おまえ、おもしろい。いっしょにいろ」 「………」 こんな場合なのだけれど、は笑いたくなった。 すぅ、と瞳を閉じる。 口の端を上げて、笑んだ。 「……冗談じゃない、私の心身(からだ)は悟空ものなんだからっ!」 キス1つだって許せるもんか! かっと目を開き、掴まれている方とは逆の手で、顔面に向けて気を発す。 ブウは軽く仰け反ったものの、やはりダメージを受けてはいなくて。 怒りの灯った顔で、を思い切り放り投げる。 「おまえもきらいだーーーっ!」 体に、ブウの放った巨大な気が当たる。 押し返そうとするものの、体はどんどん後ろに流れて。 圧力に負ければ、死ぬ。 目減りしていく自分の気を感じ、は押されながら、ブウのものからすれば弱々しい気を、自分を押している気功波に向かって放った。 密着している状態で爆発され、衝撃で体が吹っ飛ぶ。 舞空術を使う暇もないまま、木の枝に引っかかれながら地面に落下した。 ――絶対にどこか折れた。 起き上がろうとして、うつ伏せに倒れる。 痛みが体中を蝕んでいた。 ――なおさ、ないと。きぜつ、するまえ、に。 眠れば、2度と目覚めない気がした。 体が痛い。 息が、できない。 もう、指先すら動かなかった。 治療すべきなのに、その力を使う事さえできぬほど、意識が朦朧としている。 ――怖い。 ぽつり、涙が地面に落ちる。 無性に、悟空に会いたかった。 ――私……死ぬ、の……? 目が霞む。 父の、界王の声が聞こえている。 目を閉じるなと言っている気がしたが、定かではなかった。 酷く寒くて、眠くて。 息をしろと、はっきり界王に言われたのを最後に、は自分を失った。 2008・12・19 |