悟空が弾き切れなかった強烈な気功波が、彼の斜め後ろに飛んで行く。
 激しい爆発音。
 ――観客席の一角が、ごっそり消えうせた。



王子の矜持



 悲鳴と共に、人々が逃げ惑い始める。
 は目の前の光景に唖然とし、信じられない思いでベジータを見やった。
 彼は今まさに人を何人も屠ったとは思えないほど、静かに立っている。
「さあ、オレと勝負しろカカロット。これ以上、死体の山を増やしたくはないだろう」
「……ベジータ……おめえ、わざとバビディの術に」
 ベジータの右手に気が溜まる。
 真横に向かって発射された力が、またも会場を削り取る。
 ――駄目だ。
 このベジータは、地球にやって来た時のものと違いがない。
 トランクスの父親で、ブルマの夫の姿など、今の彼には見当たらない。
 悟空はベジータを睨みつけ、を下がらせると超化した。
「い、いけません悟空さんっ!」
 界王神が止めに入る。
 ここで彼らが戦えば、互いに入ったダメージは、魔人ブウのエネルギーに変換される。
 分かっているが、今のベジータにそんな事はどうだっていい類のものだろう。
 超化したままの悟空は、ベジータに問う。
「おめえ、オラに本気を出させるために、わざとバビディの術にかかって自制心をなくしたんだろ。違うか?」
「……こうでもせんと、貴様はオレと闘わん。この1日だけで、貴様は2度とこの世に来られんのに、邪魔が入ったからな」
 ベジータの呟きに、界王神が震える。
「そ、そんな……たったそんな事で、こんな馬鹿な事をしたと……」
「馬鹿な事だと!? このオレにはそれが全てなんだ! 魔人なんてどうでもいい!」
 彼は悟空を示し、言葉を続ける。
「こいつは、こいつは下級戦士の癖に、このオレを超えやがったんだ! 同じサイヤ人でありながら、オレを抜いた! 命を助けられた事もある……!!」
 許せないのだと怒りに震えるベジータを、悟空は静かに見つめる。
 ――そう、ベジータはサイヤ人の王子で、プライドが高くて。
 下級戦士とエリート。
 立場の違いは、彼の中に深く根を下ろしている。
 通常であれば、歯牙にもかけない相手に負けた。
 その事実は、ずっと彼の中に燻っていたのだろう。
 ライバルといえば聞こえはいいが、ベジータの方は、多分そんな綺麗なものじゃないとは思う。
 だからって憎んでる訳じゃなくて、本当に単純に決着をつけたいんだと、は思っている。
 実際の所は、当人にしか分からないのだけれど。

 悟空が、すぅと息を吸い――思い切り叫んだ。
「バビディ! 誰もいない場所に変えろ! オラはベジータと闘うことにしたーーーっ!」
 その宣言に、は知らずほっとしていた。
 武道会場の人を犠牲にした彼が、結局闘えなかったなんていうのは、冗談にもならない。
 界王神は悟空を止めようとするが、悟空の決意の固さを知ると、諦めたように息をついた。
「……仕方がありません、好きになさい」
「…………すまねえな、界王神さま」
 悟空の望みどおり、場所が一瞬にして変わる。
 界王神と悟飯、そしては、下への通路へ近づいた。
「あなた達は、心置きなく対決なさい。わたしたちは入口を壊して、バビディやダーブラと闘ってきます」
 ショックで魔人ブウを出す方が、悟空たちのダメージエネルギーを吸って、フルパワーになった状態で出すよりマシだと判断したようだ。
 地下への扉を壊されそうになったため、バビディがベジータに命令し、全員を殺すように言うものの、彼はそれを拒否した。
 操られていても尚、彼はやはり王子で、他人の言いなりにはならない。
 その精神力――いや、誇りたるや、敬服に値する。
「あ、あいつ、自分から扉を開けた」
 悟飯の足元が開き、地下への扉が口を開ける。
 生半可なダメージで、中途半端な魔人が出てきては困ると踏んだのだろう。
「それじゃあお父さん、行ってきます」
「……行くね、悟空」
 と悟飯に、悟空は頷く。
「うん、頑張って来い。――っと、待て悟飯」
 悟空はしまっていた仙豆を取り出し、その1粒を悟飯に与えた。
 先ほどの、ダーブラとの闘いで消耗した分を回復するためだ。
、悟飯を頼むぞ」
「悟空も気をつけて」
「ああ。……悟飯、怒るんだ。怒ってセルと闘った時の事を思い出して、全力で叩くんだ。そうすりゃ、おめえに敵う奴なんていねえんだかんな」
「……はい。それじゃあ、行きます!」
 悟飯に続いて、も穴の中に入る。
 最後に界王神が入って、扉が閉じた。

 部屋を1つ抜けると、3ステージ目までと同じフロアに出た。
 既にそこから地下への通路は開いている。
「随分と強気ですね……行きましょう。魔人ブウのところまで」
 界王神がまず下におりる。
 続いて悟飯、最後に
 降りながら悟飯が問う。
「……ねえ母さん。どうしてベジータさんは」
「純血サイヤ人の血っていうか、王子としてのプライドなのかな、悟空に勝ちたいっていうのは。……どっちも、誰よりも強くなりたいっていうのは、一緒だろうにね」
 残念ながら、最強の称号は誰とも同居しない。
 ベジータの中で、最強は自分でなくてはならなかった。
 事実、ある地点までは、彼は紛れもなくサイヤ人最強だっただろう。
 ――ただ、それを悟空が上回ってしまっただけだ。
「……着きますよ」
 界王神が言う。
 一番下のフロアに到着した。
 あいも変わらず殺風景な部屋だが、変わったところが1つある。
 達の正面には、大きな球体、否、卵がある。
 桃色のそれの表面には、太いみみず腫れのような線が幾本も走っていて、ちょっと見、気持ちが悪い。
「あれが、魔人ブウの球ですか」
 悟飯の問いに、界王神は頷いた。
 正面には球の他に、今回の騒動の発起人の姿がある。
 バビディとダーブラだ。
「よく来たね、界王神……父の仇め……」
 その言葉を聞いて、は少し意外に思った。
 親の事を一応気にするんだ、と。
 界王神は一歩前に出る。
「お前を倒しに来た、バビディ。そして、魔人ブウの復活を阻止する」
「ふーんだ。残念だけど、こっちにはダーブラもいるんだよ。簡単にいくもんか」
「……さん、悟飯さんのサポートをお願いします。わたしはバビディを」
「はい」
「母さん、無理しないで下さいね」
「大丈夫」
 悟飯が超化する。
 は息を吸い、ゆっくり吐いた。
「ふん。界王神、ボクはパパみたいに、お前なんかにはやられないよ」
 言うと、バビディは宇宙船外に位置を移動した。
 船の中で闘えば、フルパワーになった魔人ブウが出る時に、勢いあまって船を壊されると考えたからだ。
「パパより絶対魔力が上だし、ダーブラだっている――」
 にたにた笑っていたバビディの笑顔が止まる。
 背後で聞こえてくる警報のような音に、彼は慌しく動き、魔人ブウのエネルギー計を見た。
 激しく鳴り響く警音。
 同期するみたいに、バビディの体が震える。
「な、なんですか……?」
「……最悪の事態かもね」
 は唇を引き締める。
 バビディは悦びのあまり、顔中にいやらしい笑みを浮かべて叫んだ。
「魔人ブウがフルパワーになったぞぉーーーーっ!」
「な、何故だ……なぜ、こんな一気に、悟空さんの、ダメージエネルギーが……っ」
 ダメージエネルギー。
 通常の攻撃なら、そう酷い供給量にならなかっただろう。
 しかし――
「お、お父さん達は、超サイヤ人を更に超えたレベルで闘ってる……。多分、ベジータさんも。だから」
「一撃からの供給量が、生半可じゃない……。こっちが浅はかだったのか、向こうの運がいいのか。どちらにせよ、私たちには非常によくない事柄に違いはないね」
 冷や汗が流れる。
 悟空もベジータも不在の状況で、どこまでやり切れるだろう。
 ブウの球を固定している部位から、蒸気が吹き上がる。
 ピンク色の蒸気が、もうもうと空へ舞い上がっていく。
「で、出る! 魔人ブウが出るよ!」
 興奮するバビディ。
 界王神は悟飯とに叫んだ。
「2人とも逃げましょう、もう駄目です!」
「え!? な、なに言ってんですか、このまま放って行くって言うの!?」
「いいですか、ブウには絶対に勝てない! 倒せる者など、この世に存在しないのです! 殺されるために残る気ですか!! 行くんです!」
 懇願にも似た叫びに、悟飯が口唇をかむ。
「ど、どうせフルパワーになってしまったなら……」
「そうだね」
 と悟飯は同時に気を溜める。
 収縮したそれを、一気に球に向かって放った。
 ダーブラがバビディを庇って回避する。
 気は一直線に進み、ブウの球を直撃した。
 2人分の気の流れに耐え切れず、球が土台から外れる。
 浮き上がり、自身の重量で地面にたたき付けられた。
 ゴロゴロと転がって――真ん中から球が割れる。
「出るぞ! 魔人ブウーーー!」
 喜ぶビビディだったが、けれど、何の変化も起きない。
 球の中は空っぽだ。
 しん、と静まる。
 界王神が、乾いた笑いを零した。
「は、はは……凄い幸運だ……魔人は、今の攻撃で消滅してしまったんだ!」

 ちがう。
 も悟飯も、その濃厚な気配に気付くのに、数秒どころか数瞬もかからなかった。
 界王神の言葉など、耳に入ってこない。
 強烈な気は、たちの上空にある。
 はっきり言って、体に震えがくるレベルだ。
 空にある不自然な雲を見つめながら、は苦笑する。
「……宇宙船の外に出てからなんて言ってないで、さっさと悟空とキスしとけばよかった」
 そうしている間にも、雲は形を変えていく。
 見ている間に一塊になり、人のような形を作っていく。
 不自然な色の雲が一切なくなると同時に、彼は地に降りた。
 魔人ブウ。
 太っちょで、桃色の肌の魔人。
 思わず、フリーザの第三段階変形の時の事を思い出す。

 ――外見で判断するなという、いい見本だと言ったのは、確かピッコロだっただろうか。



2008・12・12