魔導師の船 3



「ふあぁぁ……」
「悟空、欠伸しないでよ、移るじゃな……ふぁ……」
 彼の欠伸に釣られてか、も口元に手をやって欠伸をした。
 敵地であるはずの場所で、何故かまったりした空気が流れている。
 第3ステージについて、30分以上は経過しているだろう。
 まだ、敵さんはお出ましになっていなかった。


 ぼーっと立っているのも面倒になってきて、も悟空も部屋の壁に寄りかかり、並んで座っていた。
 悟飯もベジータも壁に背を預けているが、界王神だけは警戒しているのか、立ったままだ。
「ねえ、界王神さま。そんなに緊張してなくても、多分平気ですよ。座ってれば?」
 は本気でそう言ったのだが、彼は首を振った。
 警戒心が薄い娘だと思われたかも知れない。
 ……実際、現状ではたいした警戒心は持っていないのだが。
 敵は出てこないし、なにより悟空が側にいるというのが、安心してしまう要素になっている。
 何年もこの暖かさを失っていたので、妙にホッとしてしまって。
 目をつぶったら、本気で眠りに落ちそうだ。
 さすがに寝るわけにはいかないので、目をコシコシ擦る。
、眠いんか?」
「ん、そういう訳じゃないんだけど。……ボーっとしてると、眠くなるじゃない?」
 手元に本でもあればそれを読むが、生憎とそんな物、ここには持って来ていない。
 いつもあくせくと動きまくっているためか、こうやってぽかっと時間が空くのは、通常ならば嬉しいのだが、気を紛らわすものが何もないのでは、眠くなるだけだ。
 ふいに、悟空の手が肩に回された。
 そのまま引き寄せられ、の頭が悟空の肩ほどに当たる。
 寄りかからせてくれているのだった。
「悟空?」
 顔を上げて彼を見る。
「眠かったら、寝ちまっていいぞ。起こしてやるし」
「いや、さすがにそれはマズイよ……急な事に、反応できなくなるしね」
「そっか。イイコだなー、
 よしよしと頭を撫でられ、は思わず眉を顰める。
「子供じゃないんだけど……」
「いーんだ。オラ、の事、すっげえ甘やかしてえんだもん」
 物凄くにこにこしている悟空に、1日しかこの世にいないという状況が状況だから、止めようよと言えなくて。
 大人しく撫でられたままになっていると、界王神が目の前に来た。
 眉を潜めているが、その頬は微妙に赤い……ような。
「あの。一応、ここは敵地なので」
「分かってっけど」
 あっけらかんと答える悟空に、は小さく息を吐く。
 寄りかかるのを止めて、そーっと距離を取ろうとした――のだが。
「うわっ!」
 思い切り腕を引かれ、悟空のあぐらの上に倒れ込む。
「ちょ、ちょっと悟空っ」
「離れちゃ、駄目だろ?」
 ――うんわ、怖ッ!
 笑顔なんだけど、目が笑ってないというか。
 あの、今あなた、超化してないよねえ??
 のそのそと起き上がり、離れようとすると、酷く悲しげな声で
……」
 ……名を呼ばれた。
 くっそう、ズルイなあ……。
 軽く息を吐いて、は起き上がる。
 悟空とぴたり、くっついた。
「これで勘弁して。でないと、界王神さまが憤死しそうだし」
 界王神は深々とため息をつくと、悟飯に向かって視線を投げかける。
「……彼らはいつも、こうなんですか」
 悟飯からの返事は、ノーコメントだった。

 ――それにしても、出てこない。
 出撃前の一風呂でもしてるんじゃないよねえ……。
 外界から隔絶され、こんな風にのんびりしていると、脅威なんてないように思えてしまうのだけど。
 なんだかなあと思いつつ、何気なく頭を悟空の肩に寄りかからせた。
 界王神は見ていないから大丈夫。憤死しない。
「なあ、
「んー?」
「あのさ、オラは今日いちんちで、またあの世に戻っちまうじゃねえか」
 そう。
 折角悟空が、1日だけ現世に戻ってこれる日だったのに、こんな面倒ごとに巻き込まれてしまって。
 悟天やに、もっと悟空と話をさせてあげたかったのに。
 一拍を置いて、悟空は言葉を続ける。
「……でもさ、やっぱオラ、おめえが会いに来てくんねえと、駄目だ」
「………悟空?」
 殆ど誰にも聞こえないほど、小さな声で会話する2人。
 別に、聞かれて困るようなことは言っていないはずだが――多分。
 悟空を見やると、凄く真剣な表情で。
「オラ、ずぅっとずぅっと我慢してたんだ。頑張ってるおめえに、声かけちゃ駄目かなあって」
 彼が我慢してくれていたのは、界王から聞いて、知っている。
 子供たちを独りで育てていくのには、にとって相当の覚悟が必要で。
 悟空に甘え続けてはいられないからと、あの世へ行くことをしなくなった。
 あの世とこの世の絶対的な隔たり。
 は母で在るために、頑張らねばならなかった。
 それを理解していたからこそ、悟空も声をかけることをしなかった。
 互いが互いを求めていると、理解していたからこそ。
 だって、もし夫の声を聞いてしまったら――求めてしまうに決まっている。
 悟空はやんわりと、の手を握った。
「でもさ……やっぱし、会いに来て欲しいんだ。オラが今日を終えて、あの世に戻ったら……毎日じゃなくていいから、会いてえ。駄目か?」
 駄目か――なんて。
 そんなの。
「……そんなこと言ったら、会いに行っちゃうんだからね。いっぱい会いに行って、修行の邪魔しちゃうよ」
「そんでもいいさ」
 これは言葉遊びだ。
 悟空は、が自分の修行の邪魔をするはずがないと知っている。
 だから満面の笑みで、本当に嬉しそうにをぎゅっと抱きしめた。
「もー、駄目だってば」
「これだって我慢してんだぞー」
 当人的には、押し倒したいらしい悟空。
 冗談ごとではないので、駄目だと念を押した。
「キスも駄目かー?」
 は小さく息を吐き、こそっと言う。
「ええっと、こっから出たらね」


 それからまた30分程経っただろうか。
 やっと扉が開く気配がした。
 と悟空は立ち上がり、悟飯もベジータも扉に目をやる。
「ダーブラ……」
 界王神が驚いて、出てきた人物の名を呼ぶ。
 暗黒魔界の王、ダーブラその人が次のお相手だった。


 周囲の風景は、今までのように負荷のかかるような変化をしなかった。
 バビディが送った場所は、岩山や川のあるところ、という感じで。
 目下、悟飯はダーブラと闘いを繰り広げている。
 修行をサボっていた悟飯は、一方的な負けではないにしろ、ダーブラに相当苦戦していた。
「……もう少し、修行させとくんだったかな」
 今更だが、現状を目にすると、どうしてもはそんな風に考えてしまう。
 負ける事は多分ないだろうけれど、前2人のように、余裕がないのはやはり気になって。
「魔術って奴、面倒だなあ。の技とちょっと似てっか?」
「冗談。私は分身なんてできないし、あんな風に剣をいきなり手元に出せたりしません」
 ダーブラは魔術で出したらしい太い剣を、悟飯に向かって振り下ろす。
 悟飯は白羽取りをし、剣をへし折った。
 は、隣にいるベジータが、相当苛ついている事に気づいていた。
 はっきり言って、気が荒い。
 彼はそれでも暫く我慢していたようだが、ついにそれが切れた。
「面倒だ……このオレが終わらせてやる」
「そりゃねえよベジータ。やらせてやれって。完全に負けちゃいねえし」
 止めようとする悟空に、彼は怒号を発した。
 ――ああ、本気で頭にきてる。
「オレはこんな事さっさと終わらせて、てめえと早くケリをつけたいんだ! そのために、あんなくだらん武道会に行ったんだぞ!!」
 界王神が驚いて目を見張る。
 まあ確かに、ベジータは悟空と闘うために武道会に行ったようなものだし、魔人ブウの封印だのなんだのがなければ、確実に悟空と決着をつけられたはずなのだ。
 彼はサイヤ人の王子で、それはもうプライドが高いのだと、今更だがは思い出す。
 悟空に負けたという現実を覆すために与えられたチャンスは、今日だけ。
 なにしろ、ライバルはあの世の住人だ。
 今日が終われば帰ってしまって、それこそ二度と戻ってこない。
 それが分かっているからこそ、ベジータは酷く苛ついているのだ。

 ふいに、風景が変わった――否、宇宙船に戻った。
「え!? あいつどこ行くの」
 悟飯と闘っていたダーブラが、始めに出てきた扉に入っていく。
「お、おい! 逃げるのかお前!」
 叫ぶ悟飯に、ダーブラはニタリと笑う。
 ――ぞわり。
 不吉な何かが、背を走る。
「逃げるわけではない。このダーブラが闘うまでもない。うってつけの戦士が見つかったのだからな」
「なんだって?」
 言っている意味が分からない。
 けれど彼は、それ以上の発言をせず、その場を立ち去ってしまった。
 なんか……凄い、嫌な感じ……。
 は眉を潜める。
「お、お父さん、どういう事でしょうか」
「よく分からねえが、『いい戦士が見つかった』って言ってたな」
 状況が全く分からない。
 困惑していると――突然、ベジータに異変が起きた。
「べ、ベジータ?」
 苦しみだし、頭を抱え――いきなり超化する。
 何がなんだか分からないたちの中で、唯一、界王神だけが状況を把握していた。
「ベジータさんっ、無心になりなさい! 何も考えてはいけません! 悪の心をバビディが利用しようとしているのです!!」
 ――悪の心。
 先ほど感じた嫌な予感はこれだったのかと、は拳を握り締める。
 胸を張り、荒ぶる気のまま、自身を解放しているように見えるベジータ。
 気の高まりで、船全体が振動し出した。
 雄叫びを上げ――そうして、静まる。
 顔を上げた彼の額には、バビディに操られている印が。
「……ベジータ」
 彼の表情を見て、は嫌な事を思い出す。
 ――初めて地球に来た時と、同じだ。
 どう話をしても無駄な気がして、は口を噤む。
 瞬間、ばっと周りの景色が変わった。
「え、なに、どうし……」
 周囲を確認し、は目を瞬く。
 ――天下一武道会の、武舞台の上に、移動させられたのだ。


2008・12・5