魔導師の船 2 「おーいまだかー。早く出て来いよー」 悟空が、誰も出てこない扉に向かって言う。 先ほどと同じならば、その扉から1ステージ目で出てきたプイプイのような、バビディの手下が出てくるはずなのだが、今のところその気配はない。 単純に、待つ事が嫌いなベジータ。 面倒くさそうに下へ通じているであろう、今は塞がっている床の穴を見つめた。 「くだらん。床をぶち壊して、下に行ったらどうだ」 「いけません! そんな事をして、強い衝撃を与えて、封印が解けたら……」 フルパワーではないにしろ、魔人が出てくるようなリスクを冒せないという界王神に、ベジータは鼻を鳴らす。 更に面倒くさそうな顔だ。 「この分だと、魔人とやらも大した事はないんじゃないのか。ダーブラって野郎みたいにな」 「ど、どういう……」 驚く界王神。 は止めていた髪を解き、手串で梳くと、もう一度結んだ。 は、もう帰っただろうか? 考えつつ、ベジータの話を耳に入れる。 「あのダーブラて野郎、あんた達が恐れていたほどじゃねえと言っている。唾さえ気をつけていれば、なんとかなりそうだった……キビトはドジだったとしか言いようがない」 ダーブラの一撃を受けて屠られたキビト。 こうも言われると、界王神は口を開けているしかないらしい。 信じられないといった眼差しで、彼は悟空を見やる。 「ほ、本当ですか、悟空さん」 「うん……まあ、あれが全力じゃなかったとしてもな」 7年前にいた、セルって奴と同じぐらいの強さかなあ、と軽く言う悟空に、界王神は目を瞬く。 は腰に手を当て、軽く背を仰け反らせ、戻った。 前髪を弄り、はふ、と息を吐く。 悟空はもう一度声を上げた。 「おいー! 早くしろったらよーっ! 今度はオラの番なんだからさあ」 彼が呼んだから、という訳ではないだろうが、例の扉が開いた。 出てきた相手を見て、は思わず 「おお」 女性らしくない声を上げた。 世の中には、未だ出会った事のないような、未知の生物がいるんだなあと、しみじみ思ったりして。 出てきたお相手は、界王神曰く『魔獣ヤコン』。 図体は大きく、パッと見では動きがトロくさそうであるが、実際はスピードがあった。 仕込み刀のように、鎌が腕の先あたりから飛び出したりする。 悟空が驚いていると、上から(スピーカーもないのに凄いよね)声が聞こえてきた。 『ヤコン、界王神以外は4人とも殺しちゃっていいよ。女の子はちょっと可哀想だけど、ボクに逆らう奴は皆殺しだからね』 ――女の子って。これでも立派に人妻なんですけど。 は虚空に向かって、べーっと舌を出した。 『……ふんっ。品のない女だね』 あ、見えてるんだ。 『……まあいいや。勝負を早く終わらせるために、お前を暗黒星に連れて行くからねー』 言うが早いか、周囲が一気に暗くなった。 夜の帳を下ろした、なんて可愛いものではなく、本当に真っ暗闇。 手を顔の前に近づけてみても、ほとんど接触している状態でないと手が見えない。 「か、母さん、大丈夫ですか?」 「まあ、大丈夫、だけど。さすがにちょっと怖いねえ、これは」 当てなく歩くと危険だろう。敵もいることだし。 は、悟飯の気配のする方に、ゆっくり足を動かす。 数歩行くと、温かい手に当たった。 「あ、いた。悟飯」 「手でも繋いでましょうか?」 「……いや、それはいいって」 子供じゃないんだから。 悟空の気配が動き出す。 ヤコンの攻撃は、全く当たっていないようだ。 真っ暗な中だけれど、気配があるのだから充分動きは把握できる。 「どっ、どうなっているか、分かりますか」 界王神の声が飛んでくる。 と悟飯が、同じように答えた。 「「大体」」 暗闇の中で、界王神が沈黙した。 ふいに、視界が明るくなる。 明かりが点いたのではなく、悟空の自家発電だ。 つまり――超化した時の、あの金色のオーラが周囲を照らしている。 「うーん、真っ暗闇に1人、超サイヤ人……便利」 しみじみ言う。 悟飯は乾いた笑いを零した。 よく見えるぞーと笑う悟空に向かって、ヤコンが口を開く。 なんだろう? なにかを吸い込む音がし――開けていたはずの視界が、急に閉じた。 また真っ暗に戻ってしまったのだ。 「え、なんで? 悟空が超化解いたの?」 「違う! 解いたんじゃなく、解かされたんだ」 ベジータが言う。 界王神はハッとした。 「そ、そうです! ヤコンは光のエネルギーを食べる……超サイヤ人になった悟空さんのエネルギーは、奴にとってご馳走なんですよ!」 「悟空! そいつ光のエネルギーを食べるんだってー!」 こんな真っ暗な場所で生まれたのに、光がご馳走なんて、微妙じゃないー? と余計な言葉まで付け加える。 単純に感想を述べたまでだが。 余りの緊張感のなさに、悟飯が肩を落としたような気配を感じた。 どうやら悟空は、またヤコンに光を食わせる事にしたようで、気を高めて超化する。 横にいる悟飯が叫んだ。 「お父さん! 僕も闘いますよ、2人でなら超サイヤ人にならなくても倒せます!」 「オラ独りでやるさ! 手ぇ出すなよ!」 ヤコンは非常に下品な笑い声を、高らかに上げる。 「お前が馬鹿で嬉しいぜ! また光を頂くぞ!」 「ばっ、馬鹿ですよ本当に! なにをそう、独りで闘う事にこだわって……」 怒る界王神に、ベジータの静かな声が降る。 「黙ってやらせておけ。……何か考えがあるんだろうぜ、あいつは馬鹿じゃない」 え。 と悟飯が、ぎょっとしてベジータを見た。 あのベジータが、悟空をフォローしたよ……。 当人は至って涼しい顔。 はコホンと1つ咳払いをし、界王神に笑みかける。 「大丈夫ですよ、悟空は闘い方に関しては天才的ですから、ほんと……」 天才、という言葉にベジータが反応した。 「天才はこのオレ様だ」 「……そんな所に噛みつかんでいいって」 会話を続けている間も、悟空から放たれるエネルギーを、ヤコンはずっと食べ続けていた。 ヤコンの表情が、段々苦し気になってくる。 ――ああ、なるほど。 思った瞬間、悟空から発せられる気が爆発的に増えた。 食べきれる許容量を、遥かに越えているだろうそれを喰らい、ヤコンは内部から爆発した。 結構エグイ。 「おっ、開いた開いた。下の階に行けっぞ、早く来いよ」 悟空は超化して周囲を照らしたまま、達を呼ぶ。 超化を解かれると真っ暗になってしまうため、悟空は全員穴に入ったのを確認してから、超化を解いた。 「凄かったよお父さん! 怪物を倒した時の気!」 「へへっ、まあなー」 軽口を叩く間も、下の階へ進む。 直線の通路(というよりもチューブのようだったけれども)を抜けて出た先は、やはり前2つと同じ部屋だった。 またも敵さんの出待ち状態になる。 「悟飯。次、おめえの番だけど、ちゃんと修行してたか?」 悟空に問われ、悟飯は誤魔化し笑いを浮かべた。 ベジータが辛らつに言う。 「残念ながら、平和ボケして、たいしたトレーニングはしていなかったらしい。今では、オレ達の方が実力が上だ……」 後頭部を掻く悟飯。 ――確かにその通りだった。 セル戦以降、悟飯は殆ど修行をしていない。 彼には学者という夢があって、そのための勉強がある。 いつ来るとも分からない脅威に対して、延々と自分を鍛え続けろというのは、かなり酷だ。 修行の絶対時間は、おそらくの方が断然多い。 悟天との訓練に付き合い(しかも双子は超化して掛かってくるしね……)、単身でも時折は修行を続けていたし。 別に何か危機感があった訳ではなく、適度に鍛え続けていないと、異能力の発揮にも問題が生じる。 なにより界王や亀仙人たちの教えを、生活に埋没して、忘れてしまうのが凄く嫌だった。 訓練が甘いとはいえ、それでも悟飯は逆上すると、どうなるか分からないが。 「それにしても、出てこねえなあ……」 悟空がぼやく。 時計を持ってきていないが、少なくとも10分以上は経っているだろう。 ぼーっと立っているのも、実に暇なのだが、船を壊すわけにも行かず、結局そのまま待機する事になった。 2008・12・2 |