界王神と魔導師




 先を行っていた少年――界王神――に追いついた。
 だが、悟空の横を飛んでいると、その娘のを見て少々驚いたようだが。
「悟空さん、さんまで連れて来られたのですか」
「ああ。いつもの事だけんど」
「大丈夫でしょうか、特に――その小さな娘さん」
 は自分の事を言われたのだと気付くと、界王神に笑みかけた。
「だいじょうぶなの。お父さんとお母さんの言う事、ちゃんと聞くから」
「そうですか……でも、助かりますよ」
 あなた達の力がなければ、恐らくは勝てないだろうと言う界王神。
「ねえ、結局どういう事なの?」
 一同を代表してが問うと、彼は口を引き締め、そうしてから事の成り行きを説明し出した。


 大昔。少なくとも人類が歩き始めた頃、宇宙の彼方に、ビビディという魔導師がいたそうだ。
 名前だけ聞くと非常にギャグテイストであるが、その内容はいたって真面目である。

 ビビディは偶然から――俗称『魔人ブウ』を生み出した。
 ブウは理性も感情もなく、とにかくひたすらに破壊と殺戮を繰り返したと、界王神は告げた。
 には当然、理性も感情もあるわけで、ブウの気持ちなんてこれっぽっちも分からないけれど、
話だけ聞いていると、ひとつの事のみを実行する機械のように思う。

 彼の話を聞きながら、は以前、界王から聞いた話を思い出していた。
 父親である界王の上には、大界王がいる。
 そしてその大界王の更に上に、界王たちの神がいると聞かされ、ちょっと驚いた事を覚えている。
 東西南北の界王がいるのだから、界王神も4人かと思いきや、そうではないと教えられた。
 元々は5人であった神はしかし、現存しているのは、ただ1人であろうと。
 激しい戦いの末に、たった独りしか生き残れなかった。
 その激しい戦いとやらの原因が、魔人ブウなのだと、今理解する。

 界王神は話を続けていた。
「5人の界王神はフリーザ程度ならば、一撃で倒せるほどの腕を持っていたのですが、それでもブウに――4人、殺されました」
「す、すげえな」
 悟空が目を丸くする。
 は首を捻った。
「ねえねえ、界王神さま。どうしてその『ブウ』ちゃんが、地球にいるの? 遠いところにいるんじゃないの?」
「ビビディは魔人ブウを封じ込めた状態のまま、地球に渡ってきたのですよ。当時のターゲットは地球だったんです」
 クリリンが呆れたように息をつく。
「ったく……毎度毎度、地球は嫌な所で大人気だぜ……」
 同感だとは頷く。
「わたしは、ブウを封じた状態でビビディが来るのを狙っていました。そして、封印を解かれる前に」
「施術者を屠った」
 の言葉に、界王神は深く頷いた。
 術を使う人間がいなくなれば、封印されたものは封印されたままで存在し続ける。
 確かに、ある意味では確実な方法とも言えるけど、永遠の安全が保障された訳ではないだろう。
「後続者がいなければ、何の問題もない話だよね……でも、そうじゃなかったか……」
 腕を組む
 界王神は口の端を上げて笑む。
「悟空さん、あなたはとても聡い女性を伴侶にしましたね。素晴らしい」
 笑む悟空を横目に、界王神の表情が引き締まった。
「その通り、つまり後継者がいたんです。ビビディには子供がいて、名をバビディと言いますが――そいつがブウを蘇らせようとしている」
「要するに、それを阻止しちまえばいいんだろ? バビディってのは強ぇのか」
「厄介な魔術を使いますが、力は大した事ないはずです。親がそうでしたから。ただ――魔導師は、スポポビッチやヤムーのように、人間の邪悪部分につけ込んで、操る事ができる」
 思わず、自分の身を顧みてしまうである。
 が無邪気に、ピッコロの側に寄った。
「ピッコロさん、今はいい人だもんねー、悪くないからだいじょうぶ!」
 全く邪気のないの笑顔に、ピッコロは
「うム……」
 何とも歯切れの悪い音で返事をした。
「で、悟飯を襲った理由はなんなんだ? オラたちが邪魔になると思ったからか?」
「いいえ、そうではありません。ブウを蘇らせるためには、穢れていない巨大なエネルギーが必要らしいんです」
「なるほど、悟飯はまさにうってつけってわけか。超化すりゃあ、エネルギーも凄ぇだろうしな」
 界王神たちが張り込んでいた理由は、ブウの封じられている場所――バビディの居場所を知りたかったからだそうだ。
 以前の場所に、そのまま封印されたブウを置いておくなんて、間抜けな行動は当然していなかったわけだ。
 だから、スポポビッチとヤムーの2人を、追いかけていく必要があった。
 悟空は考え込んで、眉根を寄せた。
「なあ、そんな厄介な魔人だったら、なんで昔やっつけちまわなかったんだよ。親と一緒にさ」
 その言葉に、界王神は苦い物を飲み込んだかのような表情になる。
「止むを得なかったんですよ。変に刺激を与えて封印が解けでもしたら、それこそ全てが無駄になる。当時の人間には、ブウの所へ行けるような文明力もなかったので、安心してもいましたし」
 油断大敵というやつだ。
 結果として、見落としていた部分が、今こうして一気に問題になって噴出しているのだから。


「お父さん! お母さん!」
 後ろから声をかけられ、その気配で悟飯とキビトが合流したのを知る。
 が一緒にいるのを見て、悟飯はかなり驚いていた。
「だ、大丈夫なんですかお父さん、を連れてきたりして」
「ヤバそうなら帰すさ。放り出しても、多分こっそり付いて来るだろうしな」
「それは、そうかも知れませんが」
 悟飯の横を飛ぶが、にっこり笑う。
「お兄ちゃんの言う事も、ちゃんと聞くの。だからへいき」
「そうか。気をつけるんだぞ」
「うんっ」
 大人と同じ速度で飛んでいるのに、はいたって元気だ。
「悟飯、そういえばはどうしたの」
 当然ながら彼女の姿はなく、が彼に聞くと、武道会場でブルマたちと一緒にいるのだそうだ。
「……それにしても、でもあんなに怒るんだね」
 ビーデルがスポポビッチにやられていた時、まさか彼女が止めに入るとは思わなかった。
 舞空術を使えるとはいえ、格闘技なんて軽くかじっただけの少女が、大男の前に飛び出すなんて。
 もしかしたら、悟飯より怒っていたのかも。
「僕もびっくりしましたよ。怪我までするし……全く」
 過保護、とは少し違うだろうけれど、悟飯も多少心配性なのかも知れないとは思った。


 それから暫く飛び続け、バビディのアジトらしき場所に到着した。
 手前にある大岩の影に隠れ、様子を見張る。
 明らかに掘り返したような跡が円状に広がっており、その中心にちょこんと、入口らしきものがあった。
 キビトが苦々しげに言う。
「バビディの奴、船を地中に隠していたのだな……!」
 頷き、界王神が呟く。
「……という事は、わたしたちが地球にやってきている事を、奴は知っているのかも知れません」
 知らないのなら、隠す必要などない。
 そう考えると、九割程の確率で、界王神たちの存在は確認されているだろう。
 ピッコロは焦ったように言う。
「早く攻撃を仕掛けた方が……! 封印を解かれる前に!」
「大丈夫。船を壊さないように、外で封印を解くはずです……」
 もう少し様子を伺うべきだと、慎重論を打ち出す界王神。
 を自分の方へ呼ぶと、彼女の頭を撫でた。
、寒くない?」
「うん、だいじょうぶ」
 瞳を細めて嬉しそうに笑むと、は船の入口らしき箇所を見つめた。
 外にいたバビディの手下が、悟飯のエネルギーを吸い取った器を持って、船の中に入っていく。
 それから少しして、大男と小型の――多分男――が出てきた。
 薄い赤桃色の肌の大男を見て、キビトが声を震わせる。
「ダーブラ……! 魔界の王までも手の内に入れたというのか!」
「なんだ? ダーブラってのはどっちだ、でけえ方か?」
 悟空の問いに、界王神が頷く。
「すげえのか、あいつ……」
「勿論です。なにしろ暗黒魔界の王なのですから」
 クリリンが後ろの方で身震いを起こす。
「ま、魔界だって……? そんな世界があるのかよ……」
 は、別にそういったものがあっても不思議ではないと思っている。
 何しろ自分が規格外の存在だし、異世界だってあるのだから、魔界があってもおかしくない。
 出自はともかくとして、クリリンはもしかしたら、が異世界から来た人間だという事を、忘れているのかも知れない。
 悟飯がほんの少し腰を浮かせ、岩の間からダーブラの隣を見る。
「という事は、あのちっちゃい方が魔導師バビディなんですか」
 ダーブラの膝丈か、それより少し上程度の身長で、くすんだ黄土色の肌。
 頭皮にはなけなしの髪があり、全体的に見て頭部が大きめ。
 目玉は飛び出して見える。
 あまり見目麗しいともいえないその容貌に、が引き攣った。
、こっちへおいで。お兄ちゃんとこに」
 呼ばれてこっそり移動する。
 悟飯の近くに移動すると、彼女は兄の服にしがみ付いた。
「あんなのが魔導師……」
「非力ですが、魔術を侮ってはいけません。……しかし、ダーブラまでもいるとなると」
 歯噛みする界王神。
 ベジータはそれを鼻で笑った。
「勝算はかなりなくなったと言いたいのか? ……ふん、このオレはあんな奴らには負けん」
 堂々とした態度は相変わらずだ。
 その自信は、こういう場では非常にありがたいものかも知れないが。
 悟空が、完全に腰の引けているクリリンに声をかける。
「クリリン、おめえ戻った方がいいぞ。思ったよりずっとヤバそうだし」
「は、はは……そ、そうだな。悪いが、オレなんかが役に立てるレベルじゃなさそうだ」
「あっ!!」
 が、小さく叫ぶ。
 自分で慌てて口を塞いだ彼女は、バビディたちの様子をつぶさに見つめた。
 も悟空もの声に視線を戻す。
 すると、スポポビッチが消滅するところで――
、見ちゃ駄目だ!」
 悟飯が慌てて彼女の目を隠す。
 もう1人の仲間、ヤムーは逃げ出そうと空を飛んだ所で、ダーブラの気を受けて爆発した。
 フリーザもそうだったが、なんでこう敵と呼称される者たちは、仲間を簡単に殺せるのだろう。
 には全く理解できない。

 バビディは暫くダーブラと会話をし、そうしてからダーブラのみその場に残して、船の中へと戻って行く。
 どうしたのだろうかと疑問を差し挟んだ瞬間、ベジータが叫んだ。
「奴はオレ達に気付いているぞ!!」



2008・11・25