ビーデルの試合



 マジュニア(つまりピッコロ)は、シン――界王神――と対戦し、けれど戦わずに終わった。
 ピッコロの方が、武舞台の上で棄権したからだ。
 彼は元々地球の神だし、何かを感づいていてもおかしくない。


 続いて第3試合、ビーデル対スポポビッチ。
 会場がビーデルコールで盛り上がる中、は彼女の対戦相手の様子に、ひどい不吉を感じていた。
 息が荒く、髪のない頭部には血管が浮き出ている。
 目を見開いてビーデルを見る様子は、言葉は悪いが、気持ちが悪い人に相当するだろう。
 口の端から唾液を垂らしている彼。
 どう見ても尋常ではない。
 はビーデルをよく知っているわけではないけれど、棄権しろと言ってするタイプでない事は分かる。
 ピッコロが界王神が話をしている間も、悟空がピッコロに何やら進言している間も、はずっと試合を見ていた。

 ビーデルは何度も攻撃を仕掛け、しかもその殆ど全てが当たっているにも関わらず、スポポビッチは全く動じていない。
 ダウンしても、何度も何度も起き上がる。
 顔面に膝蹴りを食らわし、頭から床に落ちたのに、それでも平然と立ち上がってくる。
 ――異常だ。
 悟空が、心配して見ている悟飯に
「試合を棄権させた方がいい」
 と進言するものの――ビーデル本人が、絶対に棄権しないだろう事を知っているため、言葉を詰まらせている。
 大きく蹴飛ばされたビーデルは、背中から場外に向かって吹っ飛ぶ。
 落ちるかと思いきや、舞空術で状態を保ってしまった。
 武舞台に戻ってきた彼女はボロボロで、それでも闘おうとしている。
 ビーデルの気は大きく削げているのに、苛烈な攻撃を浮くらっているスポポビッチは、全く動じない。
「さっき落ちた方がよかったかもな……あの対戦相手、生気が感じられねえし……普通じゃねえのは間違ぇねえ」
 不安そうな瞳で悟空を見る悟飯。
 は服の裾を掴み、武舞台を見た。
 ビーデルの攻撃が相手の首に思い切り入る。
 スポポビッチの首の骨が折れ、彼の顔は後ろを向いた。
 普通なら殺してしまっている状況なのだが、彼は自信の頭を掴むと、何でもない事のように、顔を正面に戻した。
 機械じゃあるまいし、折れた首が、即刻戻るはずがない。
 性質の悪いブラックジョークにも見えるが、事態は切迫している。
 彼女の顔面を殴りつけ、スポポビッチは更に追撃しようとする。
 大きく飛び上がり、舞空術を使って相手から距離を置いたのだが――
「嘘、飛んだ!」
 が驚きの声を上げたのは道理。
 スポポビッチもまた、空を飛んだ。
 ビーデルより上に飛んだスポポビッチは、その手から気を放つ。
 何とか床に着地するビーデルだが、降参しないと言い張るビーデルは、もう一方的にやられるだけで。
 悟飯の気が荒くなっていく。
 も、さすがに黙っていられなくなってきた。
 何せ、ビーデルはの双子の妹だ。
 放っておくには、関係がありすぎる。
 スポポビッチがビーデルの頭を掴み、顔面に膝を入れた。
 そのまま投げ捨てるように放りだし、彼女の頭を足で踏みつけた。
 悲鳴が場内に響き渡り、誰もが止めろと叫ぶ。
 悟飯は超化すると、身につけていたマントを引きちぎった。
 今にも武舞台に飛び出さんばかりになる。


 同じように、もビーデルの姿を見ていた。
 怖いより何より、ビーデルを痛めつけている相手が憎くて、は拳を握り締める。
 近くに座っているブルマは口元を覆い、ヤムチャは膝の上で拳を握って、何かに耐えているかのよう。
 の傍にいたが、目の前で行われている行為に眉を潜めている。
 は考える。
 私に何ができるだろう?
 ビーデルは意地っ張りで、負けを認めたくないだろうから、もしかしたら死ぬまで。
 不吉な考えを浮かべた時、ビーデルの悲鳴が一際大きく響いた。
 ――その瞬間、の体は自身の意思とはほぼ無関係に動いていた。
!?」
 ブルマの叫びを背中にしながら、舞空術で武舞台に向かう。
 そして、今まさにビーデルの頭を更に踏みつけようとしていた男を、思い切り蹴り飛ばした。
 会場がざわつくが、そんな事、今のには全く聞こえない。
 渾身の力を込めて顔面に蹴りを喰らわせたため、スポポビッチは背から床に倒れ込んだ。
 自身も蹴りの体制からもとの状態に戻れず、背中から地面に落ちる。
 背中が痛むが、体をすぐ立て直して、倒れ込んでいるビーデルを抱き起こした。
「ビーデル、しっかりして!」
……? わ、たし……試合、まだ……」
「うるさいッ! 無茶して!! 聞かないわよ、そんな事!」
 完全に頭にきているは、ビーデルを引きずってでも医務室に連れて行くつもりだった。
 蹴り飛ばされたスポポビッチが起き上がり、の手を掴む。
 ギリギリと力を込めて掴まれ、顔を歪める。
 ――痛い。
「や、やめなさいっ! あんたの相手は、わたし……」
 ビーデルの言葉を無視し、スポポビッチはを捻り挙げる。
 痛みに涙が出てきそうになり、思い切り歯噛みした。
さんっ!」
 悟飯の声が聞こえる。
 痛みで呼吸がままならなくなって来た、丁度その時――ふいに痛みが消えた。
 ずん、と重いものが倒れる音。
 正面に視線を合わせると、金色に光った――がいた。
 彼女は幼い瞳に燃えるような怒りを込め、スポポビッチを睨みつけている。
お姉ちゃんを虐めるなんて、ゆるさない」
 激しい金色のオーラ。
 悟天たちがそうなるように、逆立ちはしていないけれど。
 金糸のような髪が怒りで舞っている。
 完全に臨戦態勢になっている
 そこへ、司会者の声が割って入った。
「す、すみません! 時間制限ルールにより、今の試合はスポポビッチ選手の勝利という事で、終わりにします!」
 もしかしたら、それは大会側の救済処置だったのかも知れない。
 は超化を解いたものの、まだスポポビッチを睨みつけていた。


 は悟飯と一緒にビーデルに駆け寄り、状態を見る。
「……母さん、医務室に彼女を連れて行きます。治療、お願いできますか」
「うん」
さんも医務室へ」
 言いながら、そっとビーデルを抱える悟飯。
「私は大丈夫だよ悟飯くん。ちょっと手が痺れるだけで」
「いいから!」
 怒号にも似た声で言う悟飯に、はびくりと肩をすくめた。
 は心配そうに、とビーデルを交互に見ている。
 控え室を通る途中、悟空が仙豆を取りに言ったと聞かされた。
 それならばすぐに回復するだろう。

 は仙豆待ちで仲間の元へ置き、急いで医務室へ移動する。
 医務室に運び、ベッドにビーデルを寝かせた悟飯は、の腕を取った。
 彼女は痛みに顔をしかめる。
「……痣が出来てる」
「平気よ。ビーデルの方が心配……」
 は後にするとして、はビーデルの傍へ寄る。
 そこへ、彼女やの親であるミスター・サタンが駆け込んできた。
「ビビビ、ビーデル! これは酷い! まで青痣を作って……ああ、なんて事だ!」
 愕然とするサタン。
 は押しのけられそうになり、思わず怒った。
「邪魔しないで! ちょっとどいてなさいっ!」
 怒号にびくりと体を振るわせ、サタンは少々後退りする。
「お、おい、あんた……どっかで会わなかったか」
 セルとの闘いの時に会ったよと内心言いながら、無言で治療を始める。
「ビーデルさん、すぐに仙豆がくるけど、それまでの間、痛みを引かせておくから」
「……、さん」
 にこりと微笑み、緑色の光を手に纏わせ、彼女に触れる。
 触れたそこから体全体に力を流し込んだ。
 ビーデルは、悟飯に
「あいつをやっつけて」
 と頼むと、そのまま口を閉じた。
 は湿布を張ってもらって立ち上がると、悟飯と一緒に部屋を出ていった。
 サタンはの真横で、悟飯とビーデルが何かあるのかと訝り、
「あんな滅茶苦茶弱そうな奴と、付き合ってるんじゃないだろうな!」
 なんてぎゃーぎゃー騒いでいる。
 やかましい事、この上ない。

 暫くして、が走り込んできた。
「ビーデルお姉ちゃん、はい。仙豆だよ、治るんだよ! 早く治して悟飯兄ちゃんの試合見ようよ!」
ちゃん……これを食べればいいの?」
 うん、と頷く
 も頷いた。
 妙なものを食べさせるなとサタンが叫ぶが、完全無視。
 仙豆を食べたビーデルは、当然すっかり完治した。
 ほっと息をつき、は先に部屋から出る。
 はビーデルと一緒に来るとの事なので、先に控え室に戻った。


 丁度、悟飯とキビトの試合が始まってすぐだったようだ。
 界王神が、何があっても手出しをするなと言い放った。
 自分が界王神であると、正体をばらした彼に、悟空もベジータも、クリリンも驚いている。
 は一緒にいるものの、言っている意味がよく分っていない。
 ピッコロはやはり、彼の正体に気付いているようだったが。
「先程のスポポビッチと、もう1人、ヤムーという男が、孫悟飯さんを襲うと思います。ですが、手出し無用です。絶対に手を出さないで下さい」
 命まで取る事はないと言うが、そんなのでが納得できるはずがない。
「……辛い思いをさせるって、こういう事ですか」
「すみません。ですが、彼らの目的はエネルギーであって、命ではない」
「そんなのっ!」
 怒るに、界王神は瞳を伏せる。
「必要な事なのです、お願いします」
「………
 悟空にいさめられ、は唇を噛む。
 なんで、どうして悟飯がいつも――。
 そこへとビーデルが戻ってきた。
「悟飯くんは」
 今、闘うところだとが告げた瞬間、会場が大きく揺れた。
 ――悟飯は超化していた。
 ベジータがこれ見よがしに舌打ちする。
「あのヤロウ、平和ボケしてやがって。随分と衰退したもんだ」
 界王神は真剣な表情で悟飯を見やる。
「いえ、それでも想像以上ですよ。果たしてあの力を止められるかどうか」
 止めるとは、一体どういう意味か。
 それにしても、悟飯はもう学校には行けないかも知れない。
 超化した姿を、金色の戦士なんて名前で呼ばれている事は知っていたし、セル戦との事を思い出す輩も出てくるだろう。
 上手く納まってくれればいいのだが。

「お母さん、さっきの人が来る」
 の進言通り、スポポビッチともう1人、ヤムーなる男が武舞台に飛び込んできた。
 手には、妙な形の――何と言うのだろう、先端の尖った入れ物を持っている。
 気配に気付いて抵抗しようとした悟飯の動きを、何を考えているのか界王神が止めた。
 スポポビッチに動きを封じられた(既に界王神のせいで動けないのだけれど)悟飯のわき腹に、入れ物の尖った先端が食い込む。
「悟飯兄ちゃん!!」
 飛び出そうとするを、ピッコロが止める。
「やだ! 離して!」
「お前の兄は大丈夫だ! だから少し落ち着いていろ!!」
「うぅ、お兄ちゃんっ……。トランクスくんと悟天お兄ちゃんがいたら、あんな奴一緒にボコボコにしてやるのに!」
 泣きそうになるの頭を、悟空が撫でる。
 は飛び出したい気持ちを、必死に押し止めていた。
 暫くして悟飯を手放すと、2人の男は何処へか飛んで行った。
 界王神は息をつく。
「……大丈夫、悟飯さんはキビトが、すぐに元に戻します」
「それで、どうするの?」
 の問いに、界王神は答える。
「これから、あの2人を追いかけます。気付かれないように後を付けるんです。もし宜しければ、あなた達も来てください。とても助かります」
 言うと、界王神は飛んでいく。
「悟空、どうする?」
 彼に問いかけると、悟空はに簡単に答える。
「行くさ。界王神さまが、悟飯は助かるっつってんだし、こうなった訳を知りてえしよ」
 とビーデルは、倒れた悟飯の元へ駆け寄っている。
 は母親の動向が気になっているのか、その場を動かない。
「聞くまでもねえけんど。――、おめえはどうする? 来るか」
「……ほんとに聞くまでもないね」
 毎回そうだが、この状況で『待ってろ』なんて言われた日には、暴れかねない。
 クリリンは言伝をしてから行く、と18号の元へ走った。
 飛ぼうとする悟空を、ベジータが止める。
「な、なんだよベジータ」
「きさまとの一対一の試合はどうなる。オレは界王神などどうでもいい」
 ある意味、究極のワンマンだ。
 だがベジータの性格を考えれば、1日しかこの世にいられない悟空を、おいそれと訳の分からない事象に送り出し、自分と闘えない事態になるのは避けたい所なのだろう。
 悟空は向こうでやろうと進言し、彼もそれを呑んだ。
「お母さん、わたしも行きたい」
「え。……でも、悟天もいないし、は――」
「……お父さん」
 母が駄目だと踏んでか、悟空に視線を向ける
 彼は困ったようにを見――そうしてからの頭をぐりぐり撫でた。
「母ちゃんと父ちゃんの言う事、ちゃんと聞くか?」
「うん!」
 ぱぁっと顔を明るくする
「ちょ、ちょっと悟空!?」
「いいじゃねえか。ヤバそうなら帰せばいい」
 夫に言われると強く出れないは、肩を落とした。
 でも確かに、を置いていくと後が凄そうだ。
 悟飯の側にいるに駆け寄り、は悟天を頼むと告げた。
さん、気をつけて下さいね」
「大丈夫だよ、悟空がいるから」
「行くぞ!」
 ピッコロが飛び、悟空もその後を追う。
 直後にクリリンも飛び、も飛んだ。



毎度のことながら、タイトルに捻りがない。
2008・11・21