戻ってきたあなた



 天下一武道会のその日、はほんの少しだけ早起きした。
 それ以降はあまり変わらず、食事を作って家族を起こし、そうしてから武道会の準備を始める。
 悟飯はグレートサイヤマンの格好で出場するため、さし当たって必要なものはない。
 悟天とは道着に着替え、興奮と緊張からか落ち着かない様子だ。
「さてと。、そろそろ出かけるけど平気?」
 の問いに彼女は頷く。
 一行は全員そろって、舞空術でカメハウスへと向かった。
 そこから西の都勢も合流し、大型飛空挺で会場へと向かう。


「ねえ、孫くん本当に来るかしら?」
 飛空挺を運転しながら、ブルマが後ろにいる悟飯に聞く。
 彼は自信を持って
「来ますよ」
 口にした。
「ところで、悟天くんはともかく、ちゃんも出場するわけ? も出るの?」
 話を振られたは、悟飯の膝の上に座っているの頭を撫でて苦笑した。
 は、余りに悟天が一緒に出ようと説得するので、引きずられる形で参加を決めている。
 しかしは、今の時点でも参加を決めかねていた。
 18号が前から声をかけてくる。
「いいじゃないか、。出なよ」
「うーん……そう、だね……記念に一丁出てみようか」
 そうしな、と喜ぶ18号。
 悟天とが嬉しそうな声を上げた。
「わぁ、お母さん闘うんだ! ボクと闘えるかなあ?」
「わたし、お母さんが真面目に闘うとこはじめてみるの!」
 が逆隣に座っているに、にこにこしながら説明し始めた。
 修行なんて殆どしてないから、きっと予選で落ちるよと言うと、
「それはない」
 ほとんど全員から否定された。
 はふと、18号の横にいるクリリンを見やる。
 かつては丸坊主だった頭には、今は黒髪が生えていた。
 小さい頃から坊主だったために、なんだかまだ少し違和感があったりして。
「悟空、クリリンだって気付くかな?」
「え? ああ、髪か」
「まあ声聞けば一発だけど」
「ははっ、そうだなあ」
 そうだ、と悟飯が何かに気付いたみたいに声をあげ、クリリンたちが話をやめる。
「あの、ベジータさん……それと悟天と、トランクスくんも。武道会では超サイヤ人はなしという事にしませんか?」
「何故だ」
 眉間をよせ、ベジータが理由を問う。
 悟飯ガ答える前に、ブルマが代弁した。
「ばっかねえ。わかんないの? ただでさえセルとの闘いでテレビに映って、どっかでみた顔だなーって思われてるかも知れないのよ?」
「そうですよね……。悟飯くんは学校のみんなにバレちゃったら、なにかと問題あるし……」
 腕を組んで納得する
 確かに彼らの言う通りだ。
 テレビなんかに騒がれたりした日には、まともな生活などできなくなる可能性がある。
 まして学生生活中の悟飯。
 無用な騒ぎは頭痛の種にしかならない。
 だって、村に記者やなんかが詰め掛けてきて、仕事の邪魔なんかしようものなら、怒り出してしまうかも。
 ベジータは
「そんな奴らは殴り飛ばしてしまえばいい」
 かなりな事を言っていたが、最終的には悟飯の考えを呑んだ。
 誰も超化しないなら、自分の優位に変わりはないと。
 子供たちもそれで納得し、クリリンはホッとしていた。
 確かに達のように超化できない人間は、超サイヤ人の物凄い力に対応するなど至難の業だから。
「あ、そうだ。、異能力だけど……使っちゃダメよ?」
「どうして?」
「危ないでしょ。武舞台を浮かしたりとか、人の気を完全に押さえ込んだりとか。超化しないなら大丈夫だと思うけど……ほんとに止めてね」
 わかったと頷くに、黙って話を聞いていたヤムチャが驚く。
「そ、そんな凄いのか、ちゃんは」
「それでも悟天よりは弱いはずなんだけど」
 真面目に闘わせた事なんてないし。
 兄妹喧嘩がひどい事ぐらいしか分からない。
 ヤムチャは、完全にオレの時代は終わったと嘆いていた。


 会場に着き、受付をするために大通りを移動していく。
「わあ、人がいっぱいいるね!」
 が嬉しそうに、の手を握ったまま言う。
 は元々中の都の住人なので、人出が多い事には慣れているようだが、それでも熱気の違いにかあちこちに視線を走らせている。
 は息を吐いた。
「武道会、なんか昔より人が多い気がするなあ……」
 記憶の中にある、一度だけ見た武道会とは、趣きも違う気がする。
 ブルマが頷く。
「お祭りみたいになっちゃってるわね」
「凄い人混みだな。悟空はもう来てるかな……」
 あちこち見回しながらヤムチャが言うが、今の所その気配は見当たらない。
 すると、遠くの方で人々が叫ぶ声が響いてきた。
 歓声というやつだ。
 周囲の人々がざわつきだす。
「ミスター・サタンだ! ミスター・サタンが着いたらしいぞ!」
 駆け出す多くの人々を横目に、クリリンが笑った。
「地球を救ったヒーローのお出ましらしいや」
お姉ちゃんのお父さんだよね!」
 悟天が言い、悟飯が頷く。
「会いに行かないでいいの?」
「この状況じゃあ、まともに話もできないだろうし……ビーデルに会えたら考えようかと思って」
「え、さんってミスター・サタンの娘なんだ?」
 知らなかったらしいトランクスが、の顔をまじまじ見やる。
 似てないと思っているのだろうか。
 事実、似ていないけれども。
「あ、兄ちゃんピッコロさんだ!」
 悟天の声に悟飯が反応し、少し離れた場所にいたピッコロに駆け寄る。
 ピッコロは悟飯の姿に目を見開いていた。
「……お前、そんな格好で出るのか」
「え? そうですけど。ピッコロさん、お父さん見ませんでしたか?」
「いや、見ていないが」
 そうですかと少し肩を落とす悟飯。

 ――ふいに、は気付いた。
 肌に感じる、暖かな空気。
 ずっと自分のすぐ近くにあった、懐かしい雰囲気。
「お母さん?」
 問われる悟天の言葉に返答もできず、ただその感覚を感じていると。
 唐突に――山吹色の姿が現れた。
 瞳を瞬かせる
 目の前にいるのは、確かにあの人で。
「……ご、悟空」
「ヤッホー!」
 笑顔で、大好きな人がそこにいた。
 周囲の皆が悟空の名を呼ぶ。
 クリリンや悟飯は涙目になっていた。
 悟空は笑い、みんな結構変わっちまったなあと、飄々とした言葉を投げかけた。
 と悟天は恥ずかしいのか、の後ろで縮こまっていた。
 悟飯がと双子の様子に気付き、まずは母を父親に押し出す。
「ほらほら母さん、固まってないで」
「わ、ちょっ……押さないでよぉ!」
 トンと押され、は悟空の前に立った。
「あの、悟……っ」
 言葉を探す
 けれど悟空は有無を言わさず抱きしめ、頤を掴むと激しく口付けた。

「うわ! 見ちゃダメだ!」
 悟飯とが、悟天との目を隠す。
「み、見えないよー兄ちゃん!」
「離してよーお姉ちゃん!」
「「子供は見ちゃいけません!!」」
 トランクスは別に目隠しされておらず、目の前で行われている事に目を瞬いている。

 舌の根を擦り合わせ、たっぷり口付けしてから悟空は一旦離れ――といっても抱きしめる事をやめたりはしていないが――に微笑む。
「へへ、やっと触れたな!」
「は、ぁ……公衆の、面前で……こういうの、しないでよ……って、前から」
「ずぅっとずぅっと会えなかったんだもんさ、しょーがねえだろ?」
 毒のない笑顔で言われ、は小さく笑む。
 ――ああ、変わってない。
 会えた安心から、今頃になって涙が出てくる。
 彼は指先で雫をぬぐい、目尻と頬に軽く口付け、再度口唇を奪った。
 さすがに先ほどより長くはなかったけれど、それでもの息を上げるのには充分で。
「んぅ……はぁっ。悟空、ちょっと……も、ダメ……ほんと、に……」
「んー、そっか。……、顔真っ赤だぞ」
 くすりと笑い、やっとの事で手を離した悟空。
 はホッと息をつき、後ろの双子を見やった。
「……なにしてんの? 悟飯に
「いやあ、あ、あの……見せちゃダメかなと。ね、さん?」
「そうそう。双子には早いかなあって!」
 ねー、と顔を見合わせて笑む2人。
 今まで静かに控えていた占いババが、それを期に
「悟空よ。24時間後に迎えに来るぞ」
 言って、その場を立ち去った。
 悟空は双子の顔を見やり、少し驚く。
「なあなあ。もしかして、そいつらがオラの子か?」
「うん。悟空そっくりなのが悟天。私そっくりなのが。双子なんだよ」
 と悟天は顔を見合わせ、興味深そうに悟空に近寄り、恐る恐る聞く。
「おとう、さん?」
「ああ。父ちゃんだ。うひゃあ、ホントにオラとにそっくりだなあ」
 2人は嬉しそうに悟空にひっついた。

「おい、いい加減にせんと、受付けできなくなるぞ」
 ピッコロの言葉に、全員が一斉に動き出す。
 大会受付け前で、次々に登録を済ませた。
 悟飯はグレートサイヤマンで受付けして、悟空に首を捻られていたが。
も出るんか」
「勧められてね。まあ記念に」
 そっか、と嬉しそうにしている悟空の横で、トランクスと悟天が不機嫌な声を上げる。
 どうやら少年の部というものにしか出られないらしく、大人に混じってやりたかった彼らは不満たらたらだ。
「ところで、そっちのってのは? 悟飯のカノジョか?」
 ぼっ、と音がしそうなほど赤くなる悟飯。
 慌てて手を振る。
「ち、違います……」
「初めまして、私、と言います。さんのところでお世話になっています」
「大きな声じゃ言えないけど、さんはミスター・サタンさんの娘さんなんですよ」
「そうなんか? ……似てねえなあ。よろしくな!」
「はい!」
 にこにこ笑む
 彼女は選手ではないため、悟飯と一緒には行けない。
 今のうちにいっぱい喋っておこうとしているみたいに、悟飯との会話は尽きない。
 それを見た悟空が、にこっそり聞く。
「なあ、あいつらホントにコイビトじゃねえのか?」
「傍目から見ると恋人なんだけど、まだそうじゃないみたいなんだよね。悟飯が奥手だから……」
もさ、結構チカラあるよなあ? 出ればよかったんに」
「悟飯が大反対したんだって。『舞空術はできても、危ないからダメ!』って。すっごい大事にしてるみたい」
「へーえ……」
「なにをコソコソ言ってるんですか!」
 後ろからちょっと照れ怒りの声が聞こえてきて、2人は振り向く。
 悟飯が顔を赤くして立っていた。
「あ、あっはっは……」
「ほら、早く行きましょう、お父さんも母さんも」
 急かされ、会場内へ入る。
 悟飯は名残惜しそうにに手を振ってから、会場に入った。
 ……素直じゃないなあ。




2008・11・7